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普通の、学園生活

 裏庭の魔法練習は、カロンが人を引き寄せ、人がさらに人を呼び……いつのまにか大規模なものへと膨れ上がっていった。


「人がこんなに……すごく増えましたね」

「みんなフローラさんと話したいのよ」

「私と? まさか」


 生徒達でひしめき合う光景は、あんなにも閑散としていた裏庭とは思えないほど。


「これまで、フローラさんって雲の上の存在だったでしょう。『魔法学園の聖女』と話せるきっかけなんて、なかなか無かったもの」

「いえ……皆さんカロン様に憧れて来ているのです。カロン様こそ『学園の女王』と呼ばれているじゃないですか」

「そんなの、面白がられているだけよ」


 カロンはそう言って謙遜するが、フローラ一人で練習していても、こうはならなかっただろう。


 入学してからというもの、フローラは基本、単独行動をとっていた。

 試験で悪目立ちし、陰口をたたかれ、レイに構われ、王子の婚約者となり……挙げ句『魔法学園の聖女』という異名がつけられてしまっている。

 そんな人間には近寄りづらくて当然かもしれなくて。積極的に話しかけてくる者などシーナくらいだったのだ。それがここまでになったのは、やはり声をかけてくれたカロンのお陰だろう。


 それに皆がフローラやカロン目当てに来ているわけでもない。見渡せば、上級生が下級生に魔法の手ほどきをする場面もあちらこちらに見られて。純粋に、魔法を学びにきている生徒も多かった。


「ここまで人が増えるなんて思いもしませんでした。教え合えて、仲良くなれて、楽しくて。全部、カロン様のおかげです」

「楽しんで下さっているなら良かったわ……思っていたより、フローラさんって親しみやすい方だったのね」

「え?」

「あっ、もちろん良い意味よ。普通の生徒達に馴染んできたというか……」


 以前なら喉から手が出るほど欲しかった『普通』。

 少々複雑な気もしたが、フローラ自身も『普通』を実感していたところだった。


「そうよ。私、フローラさんがこんなに話しやすい人だったなんて知らなかったもの」


 カロンと並んで話していたところにやってきたのは一年の同級生。この子も、最近仲良くなったうちの一人だ。


「そ、そう? そうかな」

「ええ。もっと早く話しかけてればよかったわ。フローラさん、いつも一人だったから気になってたの」

「えっ、うれしい……! ありがとう」


 同級生が、一人きりでいた自分を気にかけていてくれただなんて。フローラは、そんなことにも気づかなかった。

 同級生だけではない、フローラはこれまで周りにいたはずの人達に、どれだけ目を向けていただろうか。

 

「私も、もっと話しかけてみればよかった」

「皆フローラさんの話いろいろ聞きたいと思うわ」

「ええ」


 新しく出来た女友達に、気持ちもなんだかふわふわとして落ち着かない。フローラが、慣れない女友達との会話に浮ついていたところに突然──




「フローラさん、フローラさんはどこ!?」


 叫び声に近い、聞き覚えのある声がフローラの名を呼んだ。




 和やかな空気が流れていた裏庭は、にわかにざわつき始めた。振り返ると、校舎に近い場所で一人の女生徒が声を上げている。

 よく見てみればあれはイーゴの姉、クラベルではないか。彼女は学園を欠席していたようで、私服のままバタバタとフローラのもとへ走り寄る。


「クラベルさん! いったい何があったの」


 彼女はフローラを探してここへ来た。鬼気迫るクラベルの表情を見るに、おそらくイーゴの身に何か危険が迫っているのだ。


「イーゴが……イーゴの発作が止まらないの。とうとう、血を吐いてしまって」

「ええっ」

「お願い、イーゴを助けて、フローラさん!」

「クラベルさん……でも、今の私には助けられるほどの魔力が無くて……」


 フローラにはどうしようも無かった。

 自分を頼って来てくれたものの、今のフローラには力が無さ過ぎる。イーゴに以前のような治癒魔法を施すことが出来ない。しかし事態は一刻を争う──




「私が行きましょうか」


 静まり返った裏庭に、カロンの一言が響いた。

 木の根元に座り、静かに一部始終を見ていたカロン。彼女が立ち上がると、クラベルの瞳に希望が灯る。


「以前のフローラさんほどではないけれど、私も治癒魔法が使えるから」

「カロン様……」

「お役に立てるか、やってみないと分からないけれどね。どうかしら」


 カロンはレイの婚約者候補として噂に名前が上がっていたほどだ。つまり治癒魔法も修得済みということで──


「カ、カロン様……お願いできますか」

「もちろんよ。さあ、フローラさんも行きましょう。クラベルさん、お家の場所は?」

「え……? 住宅街の、三番地の」

「あのあたりね。了解」


 カロンは段取りよく住所を聞き出すと、フローラとクラベルの腰へと手を回した。そして三人は戸惑う間もなく白い光に包まれ、身体は宙へと浮かび上がる。


 (えっ……これは、まさか──)




 カロン、フローラ、クラベルの三人は、眩い光とともに裏庭から姿を消した。


 カロンによる華麗な転移魔法によって。

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