きっかけを探して
『私、頑張ります。以前のような魔力が戻るように』
先日、心配そうなレイを前にして、とっさにあのような大口を叩いてしまったフローラだったのだが。
頑張りたい気持ちは嘘じゃ無いけれど、宣言したからには宣言通り魔力を取り戻さなくては──という焦りにも似た気持ちが芽生え始めていた。
しかし、何をどうすれば魔力が戻るのかさっぱり分からない。
父いわく『魔力が再び湧くようなきっかけがあれば』との事だったが、その『きっかけ』が何なのかすら見当がつかない。
フローラは手始めに、魔法の練習を始めることにした。
講義中、魔法の感覚を覚えているうちに繰り返してみると、なんとなく上手くいくような気がしたのだ。成功率はとても低いものなのだが。
それでも、何もやらず何も出来ないまま焦っているより、ずっと気持ちも落ち着く気がした。講義で教わったばかりの魔法は感覚を忘れぬよう、すぐに復習をしてみようと考えたのだ。
(裏庭はどうかしら……あそこは人も少ないはずだけど)
魔法学園の校舎裏には、木々が生い茂る庭があった。そこなら人目も少なく、自主練習にもってこいの場所だ。
さっそく裏庭へと向かったところ、人の気配と……わずかに猫のような鳴き声が聞こえる。すでに先客がいたようだ。
(あれは……カロン様?)
木陰にもたれ掛かる人影が見えた。
美しいポニーテールに、揺れるピアス。カロンは小さな黒猫をやさしく抱き上げると、柔らかく微笑む。
「ふふ。いい子ね」
クールなカロンの瞳が、猫に向かってふわりと細められた。それだけでフローラまでドキリとしてしまう。
なんとなくそのプライベートな空間に立ち入ってはならないような気がして、踵を返そうとすると……なんと不覚にもジャリ、と大きな足音を鳴らしてしまった。
「……だれ?」
驚いたカロンと目が合い、気まずい空気が裏庭に流れる。カロンはフローラの顔を確認すると、安心したようにフッと笑った。
「フローラさんだったのね。どうしたの、こんな場所で」
「あの、お邪魔してすみません。少し魔法の練習をしようかと……ここなら人もいないだろうからと思ったのですが」
「そういうことね。……練習、もしよければ私も付き合うけれど、どうかしら」
「えっ?」
カロンからの、思いがけぬ申し出だった。皆の憧れの的である彼女が、フローラの魔法練習に付き合ってくれるなんて。
「そんな、カロン様を煩わせるわけには……お恥ずかしながら、練習も初級魔法からですし」
「実は私、教室にいるよりここで過ごした方が楽なの。かわいい後輩の面倒を見るのは上級生のつとめだと思うし。ね?」
カロンはポニーテールをさらりと揺らし、有無を言わせぬ笑顔をフローラへと向ける。
(カロン様も、人目を避けてここへ来ていたのね……)
フローラは、兄オンラードの話を思い出した。
たしかカロンはとても人気者で、いつもファンである女生徒達に囲まれているらしい。そういった環境が常であると、やはりさすがのカロンでも疲れてしまうのだろうか。
「は、はい……それでは、よろしくお願いします。カロン様」
「よろしくね、フローラさん」
意図せず、憧れのカロンと練習を始めることとなってしまった。
緊張で強ばる身体を、カロンの微笑みが柔らかく和ませるのだった。
話がまとまってからというもの、次の日も、その次の日も、カロンは裏庭へと現れた。フローラの魔法練習に付き合うと言っていたことは、どうやら本気であったらしい。
「フローラさん、今日の講義はどんな魔法を?」
「水の初級魔法でした。ですが、やっぱりうまくいかなくて」
それは手のひらから、水の球を生み出すという簡単な魔法だった。
周りの同級生達が次々と成功していくなかで、フローラはとうとう講義終了まで水を生み出すことができなかった。
魔力を失う以前は、魔法で水浴びしていたくらいであったのに。仕方がないと分かっていても、講義で苦戦するたびに、悔しさで打ちひしがれてしまう。
「私……本当になにも出来なくて。先生も困っていました。次までに練習してくるように、って」
「そうね……フローラさん、私と一緒にしてみましょう?」
カロンがまずお手本として小さな水球を作って見せ、それをフローラが真似してみる。
やはり水滴すら作り出すことができず、なかなか上手くいかず苦戦していると、カロンは作った水球をフローラの手のひらへとそっとのせた。
「?」
「ふふ。私もこうやって教わったの」
「カロン様も……?」
カロンの水球は、彼女の手から離れると当然のようにバシャリと壊れた。水球が割れたフローラの手のひらには、わずかな水が溜まっているだけ。
「その水は、魔法で作ったものだからやり易いはずよ。もう一度、その水を丸く大きくするイメージでやってみて」
「は、はい」
フローラは半信半疑で手のひらに溜まった水を見つめた。カロンに分け与えてもらえた貴重な水だ。失敗するわけにはいかない。
(集中して、集中……)
カロンが見守る中、わずかな魔力を手のひらへと集中させると……なんと先程までまったく出来なかった小さな水球が、フローラの手のひらで浮いているではないか。
「カロン様! で、できました!」
「やったわね。この感覚を覚えるのが大事なの。繰り返せば、水を生み出すところからスムーズにいくようになるわ」
「はい!」
フローラの顔には、思わず笑顔が戻ってくる。そんなフローラを見て、カロンも安心したように微笑んだ。
カロンはとても教え上手だった。
彼女の指導のもと、フローラは魔法の練習を日々繰り返した。
それにしても人気者のカロンを独り占めしてしまうなんて……と気が引けていたのだが、次第にぽつりぽつりと他生徒達も裏庭へと足を運ぶようになってしまった。
人目を避けて裏庭を選んだはずなのに、さすがはカロンである。どこにいても人を呼び寄せてしまう。
「フローラさん、魔法の練習なら私達も混ざっていい?」
日を追うごとに、次から次へと女生徒達がやって来る。
カロン目当てかと思った彼女達は、意外にもフローラの魔法練習にも積極的に参加してくれた。自分たちよりも魔力の低いフローラを励ましたり、教えあったり。
(なんだか……うれしいな)
魔力が強かった頃、自分はカロンのように魔力を分け与えたことがあっただろうか。彼女達のように、だれかを励ましたことがあっただろうか……
皆の輪に混ざり、フローラはたどたどしく初級魔法を繰り返した。
(こういうの、いいな……)
木陰に座るカロンと目が合えば、二人で柔らかく微笑み合う。
裏庭には、以前のフローラでは経験したことの無かった和やかな時間が流れたのだった。




