魔法学園の女王②
休日、妖精達が飛び交う迷いの森。
コバルディア家のリビングには、久々にレイとオンラードが揃っていた。
まったくタイプの違う二人ではあるのだが、レイが学園を去った後も時々こうしてコバルディア家にて近況を伝えあっている。
(レイ様と兄様、なんだかんだで仲が良いわよね)
久し振りとなるレイの来訪に、ケット・シーのベルデも機嫌よく彼の足元へと擦り寄った。彼の上質な服に容赦なくベルデの抜け毛がついてゆくが、もうフローラもオンラードも気を遣うことは無い。
レイも気にせずベルデを抱きかかえると、フローラへと視線を移した。
「フローラはどうですか。学園は」
「ええと、今のところはなんとか講義にもついていけています。皆さんも親切にして下さいますし……
そういえば、カロン様という方に出会いました。本当に素敵な方だったな……」
フローラは二人へお手製のベリータルトを振る舞うと、とろんとした瞳で独り言のように呟いた。
オンラードはフォークも使わずタルトにかぶりついた後、訝しげにレイと目を見合わせている。
「カロンって……、三年のカロンか?」
「確か以前……私の婚約者候補だと噂されていましたね」
「そうです。このあいだ、初めてお会いしたのですが」
ポニーテールをひるがえし、颯爽と歩く姿。上級生として下級生を守る正義感の強さ。振り返ったときの涼やかな眼差し……思い出すだけでフローラはぼーっとしてしまう。
「学園で助けていただいたんです。とても優しくて、頼りがいがあって……」
「カロンかー。まあ実際、あいつ男より人気あるよ」
カロンもオンラードも同じ三年生。兄から聞く話では、彼女の周りにはいつも『カロンのファン』を名乗る女生徒達が群がっているらしい。レイが在学中であった頃には、レイとカロンで女子人気を二等分していたというほどで。
「そうなの? 知らなかったわ、すごい人なのね」
「『魔法学園の女王』って呼ばれるくらいだからな」
「なんですか、それは」
「兄様、よく知ってるわね」
オンラードは呆れ返ってレイとフローラを交互に見た。
「あいつ一応、学園の有名人なんだぞ……お前ら、本当に何も知らねーな! 二人の世界しか見えてなかったんじゃねえの」
「な、なに言ってるのよ兄様」
「否定はしません」
もじもじするフローラと、平然と答えるレイ。世間知らずな二人に、オンラードは二度目の呆れ顔を浮かべた。
「なんつーか、カロンって女子なんだけど……イケメンなんだよな」
「わ、分かるわ……すごく分かる」
カロンに助けられたのは、きっとフローラだけではないだろう。あんなに華麗に助けられては、ときめかない方がおかしいというものだ。別れ際のカロンのさり気ない微笑みを思い浮かべては、フローラの胸は高鳴った。
そんな高鳴る胸を抑えるフローラを、レイのじっとりとした目が責めたてる。
「……フローラ。まさかあなたは、カロンのことを好きに」
「あっ、違いますよ。レイ様とは別枠です。憧れるというか……」
よく周りを見渡せば、フローラと同じように他の女生徒達もカロンを目で追っていた。皆を惹き付けるその振る舞いや立ち姿に、憧れる者は多いだろう。
「けどなー、カロンかー……俺は苦手だわ」
「えっ? なぜ?」
「なんかあいつさ……あ、そう言えばお前、今日は街に行きたいって言ってなかったか? そろそろ時間じゃねえの」
「あっ……そ、そうね。兄様、転移魔法をお願いできる?」
途中で兄の話は切れてしまった。なぜカロンを苦手に思うのか、少し気になるところではあるのだが。
(兄様が『苦手』だなんて……カロン様となにかあったのかしら)
もしかしたら、オンラードはカロンに引け目でもあるのだろうか。なにせカロンは、見た目から中身まで完璧な人なのだ。のらりくらりと生きている兄としては、少し敬遠したいタイプなのかもしれない。
フローラはブツブツとカロンのことを考え込んでいると、隣に座るレイからふいに手を握られた。
「フローラ」
「はい」
「カロンには、何から助けられたのです?」
(あ……失敗したかもしれない)
距離を詰めてくる彼の心配げな眼差しを受けて、フローラはやっと気がついた。彼がどのような気持ちでこの話を聞いていたのかという事に。
ただでさえ倒れて、魔力を失って……レイには心配をかけているのだ。そのうえ、魔法学園での小さな出来事など、学園を去ってしまった彼が知り得ることなどできないわけで。
わざわざレイの前で心配させるようなことを言うべきではなかったのだ。なのに──
「学園で何があったのですか」
「なんでもないのです。カロン様に助けられたのも、本当に些細なことで……」
「フローラ」
「私、頑張ります。以前のような魔力が戻るように」
フローラは無理矢理話を切り上げると、分かりやすく元気な笑顔を作って見せた。レイの瞳からは心配の色が消えなかったけれど仕方がない。そうさせてしまったのは自分なのだ。
「おーい。そろそろ行くぞ」
「わ、分かってるわ兄様」
街へ行くため、身支度を整えていたオンラードから声をかけられるが、レイはまだ心配で納得がいかないようだ。
レイをどうにか安心させたくて。
フローラは「大丈夫ですから」と微笑んでみた。
依然として心配げなレイは何も言わず、ただ彼女の肩を抱いたのだった。




