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馬車も悪くない


 魔法学園に終業を知らせる鐘が響きわたる。

 鐘の音を合図に、校舎は放課後のざわめきで溢れかえった。


 (はあ……疲れた)

 その日も、どうにか一日の講義を終えることが出来た。校門へ向かってなんとか歩いているけれど、足はまるで鉛のように重い。

 (魔法を使おうとするだけで、こんなにも疲れてしまうなんて)


 魔法学園において、魔法が使えないということがどれだけ大変であるのか。

 フローラは身をもって知ることとなってしまった。今は、初級魔法に四苦八苦していた同級生達の気持ちが痛いほどよく分かる。


 今日一日ひたすら頑張ってフローラに出来たのは、指先ほどの炎を一瞬舞い上がらせるだけの初級魔法。

 やっと指先に灯った炎をロウソクに移した瞬間、どっと力が抜けていった。たったそれだけの事なのに、その一瞬だけで身体中から魔力がごっそり奪われたかのような疲労感に襲われたのだ。


 (……なんて無力なんだろう)

 無力などでは無い。これが『普通』なのだ。今までの、桁外れな魔力が特別だっただけ。

 ただ、以前は癒しの力を使っても、転移魔法を使っても、こんなことは無かったのに──




 重い心と重い足を引きずりながら校門へと進んでゆくと、なにやら校門前が騒がしい。


 (……やけに人が集まっているわね)

 転移魔法が使えなくなったフローラは、兄オンラードの転移魔法に頼るしかない。そのため、兄に頼み校門にて待ち合わせをしていたのだが。


 校門には不自然なほどの人だかり。

 女生徒達からは黄色い声が上がっている。まるでレイが学園にいた頃のような────


 (…………そういえば、昼間……)


 ある可能性が頭をよぎった瞬間、フローラは青ざめた。昼間、レイの前でわんわん泣いたことで、それ以前のやりとりを失念していたのだ。


『放課後、門の前でフローラを待つこととしましょう』


 (ま、まさか!)

 間違いない、これは────

 フローラは疲れた身体を奮い立たせ、校門まで駆けつけた。

 





「フローラ」

「……レイ様!」


 案の定、学園の校門前ではレイがフローラを待ち構えていた。

 彼自身はシンプルなコートを羽織っただけのラフな装いであるというのに、とても目立つ。……目立ち過ぎている。彼はどうやら馬車でフローラを迎えに来たようで。


 久々のレイノル王子の登場に、校門は騒然となってしまっていた。

 夏までは王子という身分を隠し、生徒として学園に通っていたレイ。その時でさえ目立ちまくっていた彼が、今度は立場を隠すことなく、王家の馬車を背に立っていた。


 つまり今のレイは目立つ要素をさらに追加し、パワーアップした状態。レイノル王子の一挙一動に、人だかりからは黄色い声が上がって……とにかく尋常ではない注目を集めている。


 そんな彼がフローラの姿を見つけた途端、ふわりと顔をほころばせた。

 そうなると、レイに集まっていた視線は一気にフローラへと注がれることになって──今、生徒達による観衆は、フローラの反応を待っている。


 (えっ……うそ、この中を歩くの……?)


「レ、レイ様。お迎えありがとうございます……」


 生徒達から好奇の視線を浴びながら、フローラはやっとのことでレイの元まで歩み寄った。すると彼はやさしく微笑み、フローラの肩を支えて。


「フローラ、疲れたでしょう。さあ」

「は、はい」

 

 全方向から刺すような視線を受けながら、レイに促されたフローラはなんとか馬車へと乗り込んだ。

 車内に入り、やっと皆の注目から切り離された。馬車の扉が閉められた安心感からか、ふにゃりと気が抜けてゆく。


「レイ様……私、今日一番疲れたかもしれません……」

「何がです」

「もしかして明日も馬車でお迎えに?」

「はい、そのつもりですが」


 フローラは頭を抱えた。毎日このお祭り騒ぎのような送迎を繰り返すと思うと、正直参ってしまう。かといって、王子であるレイの申し出を無下にすることもできないが……


「わざわざ、レイ様直々に迎えにいらっしゃらなくても……」

「なぜそのような寂しいことを言うのです」

「目立ちすぎません?」

「そうでしょうか」


 この国唯一の王子であり、立場・容姿共に目立ち続けてきたレイにとって、あれしきのことは『目立つ』範疇に無いらしい。


「では明日は、お城までレイ様の転移魔法で……」

「城からコバルディア家までフローラを送るには、転移魔法でなければならないので。転移魔法は大量の魔力を消耗しますから、温存しておきたいのですよね」


 なるほど。だからレイは馬車で迎えに来たというわけだったのか。そうか……


「大丈夫です、フローラ。慣れますよ」

「私、レイ様の『大丈夫』は信用してないんですよね……」


 フローラは軽くため息をついた。

 レイはマイペースな男だ。なんと言おうと、明日からもきっとこの送迎は続けられることだろう。


 仕方なく諸々を諦めることにして、疲れ切った身体をレイの肩へと預けてみた。彼に対して失礼なことを口にした自覚はあったのだが、隣に座るレイは予想外に嬉しそうだ。




「こんな時ぐらい、フローラを甘やかしたいと思うのですが……だめですか?」


 レイはいつも、甘く優しい。

 フローラには勿体ないくらいに。


「……レイ様には、いつも甘やかして頂いてますよ」


 フローラがぽつりと呟くと、レイの笑みは深くなる。

 彼は寄りかかるフローラを愛しそうに見つめると、「馬車も悪くないでしょう」と呟いたのだった。


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