魔法学園の有名人
『探し人
・強い治癒力を持つ少女
・現在十四~十八歳ほど(推測)
・輝くような髪、白い肌、翠の瞳
探し出した者には褒美をとらせる。
マルフィール王国』
マルフィール魔法学園の掲示板に、でかでかと恐ろしい貼り紙が貼ってあった。
昼休みの喧騒の中、『地味な少女』フローラは、その貼り紙を食い入るように見つめた。
フローラは、ウィッグに眼鏡をかけた『地味な少女』として、無事にマルフィール魔法学園へ入学した。変装して、ほとんど喋らず、一週間。とりあえず何事もなく過ごせている。
せっかくの学園生活、とりあえず学内売店も経験してみようということで、売店のある管理棟へと向かったのだが……
(な……なに、この貼り紙は)
売店前の大きな掲示板には、同好会の会員募集だとか、研修のお知らせだとか、生徒達に向けて様々なチラシが貼ってあった。
その中でも異彩を放つ王家の貼り紙。学園にまでこのように王家の手が及んでいるとは。
「髪色以外、完全に一致しますね」
「ひっ!」
突然、背後から話しかけられた。レイだ。
彼は眼鏡の縁を上げながら、不敵な笑みをフローラへと投げ掛けている。
フローラは小声で彼に囁いた。
「ちょっと……学園では話しかけないで下さいと兄を通してお伝えしたはずなんですが」
「秘密を守ることは約束しましたが、話し掛けない事については了承していません」
なんて……なんて理屈っぽい男なのだろう。澄ました顔で掲示板を見つめるレイが憎たらしい。
入学式直後、レイはフローラを探し出し、公衆の面前でいきなり話しかけてきた。その時の事は忘れない。
それはたった十秒程、「フローラ、入学おめでとう」「ありがとうございます」と言葉を交わしただけだった。なのにかつて経験もしたこともないような注目を浴びたのだ。ざわざわと、二人を遠巻きに見る女子生徒達の視線、男子生徒達の好奇の眼差し。目立って仕方がなかった。目立たないように変装しているはずなのに。
ほら、今も生徒達が二人のことを遠巻きに噂しているではないか。
フローラは小声で続けた。
「申し訳ないんですけど、レイ様。あなたと関わると目立って仕方がないんですよ……」
「目立っているのは私だけのせいだとお思いですか、フローラ。君はウィッグと眼鏡だけでその容姿を隠せているとでも?」
「……えっ?」
隠せていると……思っていた。だって、父からも母からも兄からも、「ばっちり地味になった!」とお墨付きをいただいている。だから安心して学園へと通い始めたのに。
ふと、レイを見上げた。
黒縁の眼鏡に、黒髪。なのにこの人はとても目立つ。色気があって、美しい。……まさか、そういうことなのか。
「フローラ。あなたは今、ただの『地味を装っている美少女』です」
「そ、そんな……」
「あなたの家族は、普段の美しい姿に目が慣れ過ぎてしまっているんですよ。私のような第三者の意見を早く取り入れれば良かったのに」
思わず、周りを見回した。好奇心旺盛な生徒達の視線は、レイだけではなくフローラ自身にも注がれている。
「そもそも、『オンラードの妹』という時点で目立つんですよ。あの男は自覚無いみたいですが」
「あの兄が、目立つ存在だと?」
「ええ」
フローラの兄オンラード。妹から見れば、単純・素直・鈍感な、普通の兄だ。モテないとぼやいては、レイを羨んでいるような。
「まず転移魔法で通学している生徒なんて、オンラードだけです。ああ……この春からあなたも加わりましたから、二人ですね」
「私たちだけ!?」
どうしてだろう? なぜあんな便利な魔法を、皆使わないのだろう?
コバルディア家は、森の中にあった。実はフローラもオンラードも、家から街までの正確な道のりを把握していない。何故なら幼い頃から、転移魔法を使って往き来していたからだ。
うちは街から少し遠い、ということだけは分かっていた。だから転移魔法を使っての通学が当たり前だと思い込んでいたのに。
「なぜ、皆さん転移魔法を使わないのですか?」
「フローラ。あんな高度な魔法、学園でも習いませんよ」
「嘘……では皆さんどうやって通学を……」
「徒歩か、馬車ですね。私は馬車です」
まずい。通学手段の時点で、既に悪目立ちしていたようだ。まさか転移魔法が高度だったなんて知らなかった。我が家では幼い頃に二人共叩き込まれたからだ。
今からでも馬車で……と思ったが、我が家には馬車など無い。どうすれば……
「更に言えば、オンラードは我が学園史上初の幻獣使いです。コバルディア家のベルデ、あれもただの猫じゃない。幻獣ケット・シーでは?」
「まさか!」
ベルデは……ベルデは猫だ。ただの猫のはずだ。いつの間にか家に居着いて、自然と飼い始めたのだ。しかし妙に賢い猫だとは思っていた。フローラの言うことはきかないが、オンラードには良く懐いているベルデが……幻獣?
『女子にはモテないけど動物にはモテるんだよなー』とは、昔からオンラードの口癖だった。その寄ってくる動物、実は幻獣だった可能性がある。オンラード本人は、気付いているのだろうか?
「あの、兄本人はそれが幻獣だってことは」
「おそらく気付いてないですね。幻獣については、生徒達も気付いていません。学園の教員達には周知されていますが」
まさかの事態だった。
なぜオンラードはそれらの事に二年間も気付かなかったのだろう。学園で目立ちまくっているではないか。鈍感にも程がある。
「そんなオンラードの妹が入学してくると、とても話題になっていましたよ。入学してみれば、強力な癒しの力を持つ美少女だった。私なんかよりもずっと目立ちますよね」
フローラの中の『普通』が、ガラガラと音を立てて崩れてゆく。今まで『普通』『平凡』だと思っていたものは、一体何だったのだろう。他にも、普通では無い部分があるのだろうか。
平凡だと思っていた父と母にも、一気に疑惑が募る。
「私、目立ちたくなかったんです」
「はい、知っています」
「どうすればいいんでしょう……」
両親も兄も、どこかおかしい。もちろんそんな彼らを『普通』だと信じていた自分も。
頼みの綱は、もうウィッグのみ。茶色い髪色だけが、フローラを王家からギリギリ守ってくれている状態だ。本当の髪色だけは、絶対に晒すわけにはいかない。
「フローラは『王子の婚約者候補』になりたくない、だから目立ちたくないんですよね」
「そ、そうです」
「でしたら、婚約相手が私ならどうですか」
レイは、表情を変えぬままフローラを見下ろした。
フローラの耳からは、途端に昼休みのざわめきが消えた。
彼からの謎の言葉だけが頭にこだましていた────