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心が叫ぶから



 レイが学園を去り一ヶ月が経った。


 彼が居なくなった後も、フローラは屋上にて昼休みを過ごしている。

 隣には、フローラを気遣うシーナとオンラード。逆に二人の邪魔をしているようでフローラは申し訳なさでいっぱいなのだが、彼らも意外とここの居心地が気に入っているようだった。


「フローラさん、大変そうですね」

「朝から校門で待ち伏せだもんな……」


 レイがいなくなってから痛感していることがある。それは『自身の顔の良さ』だった。これは自惚れでも自慢でも無く、事実のようだ。

 ウィッグと眼鏡で地味に変装したつもりの姿を、レイから『地味を装っている美少女』と評されたことを思い出す。それは、決してレイの欲目では無かったらしい。


 レイがフローラの元からいなくなった途端、彼女の周りには男子が群がり始めてしまった。

 朝は校門で待ち伏せされ、休憩時間は自席まで集まってくる。断っても断っても、キリがないのだ。そして遠巻きに感じる、一部女子からの冷たい視線。


「『ランチは兄達と食べる』って言うと諦めて貰えるの。凄く助かってるわ、ありがとう」

「こんなことでしたらいくらでも……」

「レイの牽制には敵わないけどな」


 フローラは、くたくたに疲れ果てていた。

 レイと過ごしていた静かな屋上だけが、フローラの心を落ち着かせる場所となっている。


 思えば、入学式直後に公衆の面前でレイから話しかけられたこと。あれは他に対する『牽制』だったのだ。その後も彼は、神出鬼没にフローラの元へと現れた。まるで「付け入る隙は無い」と、周りに知らしめるかのように。そうやってレイは入学以来、ずっとフローラの事を守ってきてくれていたのだ。


 


「でもお前待望の『普通』の相手だらけだろ。いい奴いたか?」

「いい奴?」

「いませんか? フローラさんの理想通りの方は……」


 オンラードとシーナに言われて気がついた。あしらう事に精一杯で、周りの男子一人一人をまるで見ていなかったことに。

 

 フローラの理想とは……何だっただろう。


 平凡な暮らし。両親のように恋愛をして、普通の家庭を築くこと。父のように、癒しの力を活かして治療院を開いたりして。

 

 それは……レイとでは叶えられない未来。

 彼以外の誰かと、叶えることが出来るのだろうか。

 レイに心惹かれている自分が……






 そんな中、レイがいなくなって初めての実力試験が行われた。


 彼の指導無しで迎えた試験は、入学直後の試験以来で。出題問題がフローラには予想できない分、いつもの倍も時間をかけて自分なりに一生懸命勉強した。レイが残してくれた参考書を見直して。


 今日はその結果が張り出された。

 フローラは、一人きりで順位表の前に立っていた。


 (三十位……)


 フローラの座学試験結果は三十位。最初の試験が最下位だったことを考えれば、レイ抜きで三十位など大健闘ではあるのだが。


「あの子、三十位になっちゃってる」

「レイ様がいなくなった途端にこれよ」

「男にうつつをぬかしてるからじゃない?」


 背後から、レイのファンであった女子達の陰口が聞こえる。フローラのすぐ後ろで、クスクスと笑う彼女達。明らかに陰口が聞こえるであろう距離に、周囲の者達がハラハラとしているのが分かる。


「フローラさん、今回はたまたま調子が悪かったんでしょ?」

「俺なんて百位にも入らないよ。三十位なんて凄いことだよ」


 見かねた周囲の男子生徒達が、立ち尽くすフローラをフォローした。

 だって『普通』ならそうだから。たまたま調子が悪いことだってある。百位から見たら三十位は凄いと思うだろう。




 でも。フローラの目からは涙が溢れて止まらなかった。拭うこと無く流れる涙が、ぽたぽたと床に染みをつくる。

 周囲の生徒達は目を丸くしている。注目を集めていることも気にせず、フローラは悔しさを爆発させた。


 悔しい、悔しい……

 せっかく、レイに勉強を教えて貰っていたのに。レイの参考書を使って勉強したのに。


『私は、フローラを一位にしたいのです』


 レイは、フローラを一位の場所まで上げてくれたのに。

 自分だけでは一位になれなかった。

 レイの隣に相応しい順位になれなかった……




 自覚すると、もう駄目だった。

 フローラは普通を望んでいたはずなのに。平凡な人生を送りたかったはずなのに。


 心が望むものは違うのだ。

 レイの隣に立ちたいと、レイに相応しい自分でありたいと。

 だからあまりにも至らない自分に自信が無くて、勇気が持てなくて……


 こうなると、無性に会いたくてたまらなかった。

 生徒達が見守る中、フローラの身体は白く発光しながら浮かび上がった。


 彼の元へと飛び立つために。






 フローラが制服姿のまま降り立ったのは、美しい庭園だった。


 以前、レイに案内してもらったマルフィール城の庭。見事だったバラは鳴りを潜め、今はシルクのように輝くユリが庭園を彩っている。

 

 来てしまった。マルフィール城に。

 レイに会いたいという気持ちだけで。勇気も覚悟も何も無いまま、飛んできてしまった。


 なんという罪悪感。

 迫力ある城を前に、急に頭が冷えてきて……ゴクリとフローラの喉がなる。自分は本当にここに来て良かったのだろうか。レイに会って、どうしようというのか。フローラの頭は真っ白で……


「レイ様に、なんと言えば……」


「ただ『会いたかった』と、言えば良いんです」




 背後から、ずっと焦がれていた声が聞こえた。

 振り向けない。止まっていたはずの涙が、一気にせり上がってきてしまう。


「私は、会いたかったですよ。フローラ」

「なぜ……私が来たと分かったんですか」

「報告を受けました。庭園に制服姿の少女がいると」


 すぐそばで、じゃり、と地面を踏みしめる音が聞こえる。レイがすぐ後ろまで来ているのだ。

 そっと振り向くと、堰き止められていた涙が一気にこぼれた。

 そこにレイがいるだけなのに。


「レイ様、ごめんなさい……」

「なぜ謝るのですか」

「わ、私、一人じゃ駄目でした……試験、一位を取れなかった」

「じゃあまた、一緒に勉強しましょう」

「普通がいいとか言っておいて、一位じゃなかったら悔しかった……」

「そうですか、また一位になれますよ」

「レ、レイ様に相応しくなりたいのに」


 涙を溜めたフローラを見て、レイは苦しそうに表情を歪めた。


「……フローラ、私が悪かったです。貴女は貴女のままでいいのに」


 レイは、フローラの眼鏡をそっと外した。潤んだ瞳は森の泉のように輝き、レイの辛そうな顔を映す。


「貴女は私の憧れなのです。他の者に陰口を言われたのが我慢ならなくて、ムキになり過ぎました」


 レイの大きな手が、フローラの頬に触れる。彼の骨張った指先が、フローラの涙で濡れていく。


「試験も何でも、一位じゃなくて良いのですよ」

「で、でも私は、一位になりたい。レイ様の隣に並べるように」

「……じゃあ、またどんな事でも共に頑張りましょう。それがフローラの自信になるのなら」


 レイは宝物のようにフローラの頬を包むと、涙に濡れた彼女の頬にそっとキスを落とした。




「フローラ……来てくれてありがとう」


 フローラが薄く瞳を閉じると、二人はそっと唇を重ねる。

 やわらかなキスが、二人の胸を甘いもので満たしてゆく。


 睫毛が触れそうなほど近くにある彼の瞳は、熱く、やさしい。


 自信が無くても、勇気が無くても……

「この人じゃないとだめだ」と、心が叫んだ。





次回完結となります。

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