表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/61

迷いの森の天使①

レイ視点のお話です。



「……はい。会いました。妖精と……天使にも」




 あの日、私は不思議な兄妹に出会った。

 迷いの森の中、瀕死状態の私を見かねて妖精達が呼んできてくれたのは……

 沢山の妖精を侍らせた少年と……天使だった。






 レイノル・マルフィール。

 この国の王子として生を受けた私は、生まれつき身体がとても弱かった。


 息が止まりそうになるまで咳込む朝。少し歩くだけで起こる発作。高熱で眠れないほど苦しい夜。己の身体に振り回され、日常生活を送ることもままならない毎日。


 王子がこのような身体では、世継ぎとしてとても務まるはずが無い。私を産んでから子が産めなくなった母に代わり、早く側室を、早く第二の王子を。

 それが当時、周りの口癖であった。


 しかし父であるマルフィール王は、それをしなかった。ただ、母を愛し、息子である私を愛していた父は、決して周囲になびかなかった。




 かたくなである王、子の産めない妃、身体の弱い私。そんな王家に不満を抱いた誰かが、ある日事件を起こした。

 十二歳になった私は、皆が寝静まった深夜、突然何者かに拐われた。

 力の無い私は、あっという間に誰かに担がれ、視界が暗転し……


 目が覚めると、そこは森の中だった。

 木の根元へ無造作に転がされていた私は、薄い部屋着に裸足。とてもじゃないが、屋外に耐えられる服装では無かった。


 寒い。足が痛い。胸が苦しい。

 木に印をつけ、迷わぬように気をつけながら……しばらくさまよい歩いたが、どうやら私が置いていかれたのは迷いの森のようだった。

 あちこちに咲くのは図鑑で見た『迷いの花』。周りを飛んでいるのは、人を迷わせて楽しむ『森の妖精』。

 身体の弱い私は、常人でも抜け出せることの無い森に置いていかれたのだ。


 半日ほど歩き回っただけで、私の脆弱な身体はもう限界を迎えようとしていた。

 木に寄りかかるように座った私の目からは、涙がこぼれた。それは苦しさからか、絶望からか。それとも……死への安堵から来た涙だったのか。


 私がそのまま意識を手放しかけた時、遠くから足音が聞こえた。次第に近づくその足音は二人分。こんな場所へ、一体誰が。

 渾身の力を込めて目蓋を開くと……




 目の前に立っていたのは、なんと子供だった。

 同じ歳くらいの金髪の少年と、隣に立つのは……世にも美しい、天使のような少女。


 少年の周りには妖精が飛び回り、足元に森のリスがしがみついている。

 天使は眩いホワイトブロンドの髪を風になびかせ、その瞳は森の泉を映したかのような翠。手には赤い林檎が沢山入ったカゴを持っていた。


 二人は、泥だらけで死にかけている私を見て、とても驚いていた。

 もう驚く気力も残っていない私は、現実感の無い彼らの姿をただぼんやりと眺めた。


「この子、死にそう」

「私たちが、迷わせたから」

「死んでしまう、どうしよう」


 妖精達は、しきりに二人の周りを飛び回る。

 そうか、もうすぐ私は死ぬのだ。妖精達は、『お迎え』を連れてきたのだと……

 

「やっと楽になれる……ありがとう」


 私は、天使達に向かって礼を告げた。

 人生の最後にこんな不思議な者達に出会えるなんて。



 

「ええ、今すぐ楽にしてあげる。大丈夫よ」


 天使はふわりと駆け寄ると、ためらい無く泥だらけの私の身体を抱きしめた。天使からは、香ばしく甘い焼菓子の香りがして、朦朧とする意識の中で「天使も菓子を食べるのだろうか」と思ったことを覚えている。


 温かい。やさしい。甘い。

 人とは、死ぬ前にこのような幸福を味わうのか……

 ただただ彼女の柔らかさに身を委ねていると、それは起こった。




 彼女の中から、膨大な光が溢れた。


 眩しくて、目も開けていられないほどの光。

 それは森を光で包み込んでしまうのではないかと思うくらい……

 光の中、真っ白な空間で、見えるのは美しい天使の姿だけ。

 

「あなたが、元気になりますように」


 彼女が私の耳元で呟く。

 すると溢れていた桁外れな光が、一斉に私の中へと流れ込んできた。

 その魔力は温かく、やさしく……やはり甘い。

 私を落ち着かせるように微笑む天使に、私の目は釘付けになっていた。




 光が私の胸へと吸収されると共に、徐々に森の姿が現れ……白い世界は消えてゆく。

 

 最後に一筋の光が私に落ちると、あたりは本来の森の姿を取り戻した。


「気分はどう?」


 天使は、先程までの出来事がたわいないものかのように、あっけらかんと問いかけた。

 そういえば……、息ができる。胸の痛みが消えている。足も動く。手も……


「信じられないほど、いい気分だ」


 私は、また泣いていた。

 もう自分は死を待つだけかと思っていた。でも、こうして生きている。

 光を呑み込んだ私の身体は、以前よりも生命力に溢れていて。息が、こんなに楽だなんて。頭の痛みが、胸の痛みが無くなるなんて……


「よかった。元気になった」


 彼女は私の様子に安心して、輝くような笑顔を作った。

 ああ……胸が痛い。先程、彼女の力で胸の痛みは無くなったはずなのに。




「あっ。今気付いたけど、あなた凄く泥だらけ!」

「これは……ずっと森をさまよっていて」

 私を抱きしめたせいで、天使の着ていたワンピースも泥にまみれてしまっていた。申し訳なさで謝ろうとした時。


「兄様の服を貸してあげたら。サイズは同じくらいでしょ」

「じゃあ一度うちに帰るか」

 二人は勝手に話をまとめると、さっさと私の手を取った。

 何事かと戸惑っているうちに、今度は少年が白く光り出し……三人まとめて宙に浮いたではないか。


「な、なに」

「家に帰って着替えを貸してあげる。眩しいから目をつぶっていて」


 天使に言われるがまま、私は無我夢中で目をつぶった。初めての浮遊感とともに、目蓋の裏には強い光を感じる。

 (なんだこれは……なんなんだ、この二人は)


 目蓋に感じる光が収まったかと思うと、ふわりと地面に降り立った。




 そろりと目を開けると……

 そこは……おとぎ話の世界だった。


 小ぢんまりとした二階建ての家は、一見普通の家だった。

 でも違う。庭には迷いの花が咲きほこり、妖精が飛び交う。金の小鳥がさえずる木々には、見たことも無い実がなり、森の妖精達はその実を食べて……

 この二人は、なんと迷いの森に住んでいた。大人さえ入ったら出ることは出来ないと、滅多なことでは近寄らないこの森に。


「こっちよ」

 案内されて室内へと入ると、そこに広がるのはほわりとした焼菓子の香り。彼女から香っている匂いの正体だ。


「あのシャツなら合うんじゃない?」

「じゃあ、このズボンと……」

 奥でごそごそとしていた二人は、私に貸してくれる着替えを選んでやって来た。私がそれに着替えている間に、天使はキッチンで湯を沸かし、カップを用意し……


「よかったら、どうぞ」


 テーブルの上には温かいお茶と、りんごのクッキーが用意された。ちょうど三人分。


「兄様。私たちもおやつにしよう」

「ああ。このクッキーは美味いぞ。こいつが焼いたんだ」


 この日三人で食べたクッキーの味を、私は一生忘れない。空腹の胃に優しい甘さが沁み込んで、湯気の立つお茶が疲れきった私の心を溶かして。


「美味しい……とても」

「でしょう! たくさん食べてね」


 天使の笑顔。少年とのたわいない話。鳥のさえずり。三人の笑い声。そして……嘘のように楽になった身体。


 十二年間生きてきて初めてだった。こんな穏やかで幸せな時間を過ごしたのは……


 




 私は、少年の転移魔法で街まで送ってもらうとそのまま別れた。


「またな!」

 少年は八重歯をちらりと輝かせ、軽く手を振ると再び魔法で去っていった。いとも簡単に。


「……また、彼らに会いたい」

 けれど。


 夢のような時間に浸っていた私は、忘れていたのだ。


 彼らの名を聞くことも、

 自分の名を伝えることも……

 そして、次の約束も。







誤字王です……

今回もどなたでしょうか、親切な方が報告して下さいました。

いつも誤字報告ありがとうございます(>_<;)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ