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コバルディア家の少女

アクセスいただきありがとうございます。



 街の外れ、森の中に佇むコバルディア家は、ごくごく普通の家庭だった。

 街で治療院を営む父と、その受付をして支える母、そして子供が二人。皆仲良く、時々ケンカをしたりして。


 毎日を平凡に過ごしていた。

 家族四人、力を合わせて暮らしていた。

 このまま四人揃って、平凡でいるために。

 





 冬のある日。

 キッチンに、甘く香ばしい匂いが漂う。

 フローラお手製のパイは先程焼けたばかり。彼女はシトラスジャムのパイを切り分け、さっそく一口頬張った。

 冷ましたところに、クリームを添えたらこれは最高かもしれない。でも焼き立てサクサクのパイも捨てがたい……。もう一口、と口を大きく開けたところで、ふと刺すような視線を感じた。


 キッチンの戸口に、制服姿の兄オンラードと……

 もう一人、同じく制服姿の、見知らぬ青年が立っていた。


 フローラは固まった。

 大口を開けてパイを頬張る能天気な姿を、赤の他人に見られてしまったのだ…………。

 よりにもよって『変装前』の、この姿で。




「……兄様。家に人を連れて来るときは、ベルを鳴らして知らせるように伝えてあったはずなんだけど」

「わり、忘れてた! すまねえ!」

「すまねえ、じゃないわ。どうするの、見られちゃったじゃない!」

「でもお前言ってただろ、『一度見てみたい』って。こいつだよ!」


 オンラードは、隣の青年を指差した。

 艶のある黒髪に黒縁眼鏡をかけた、一見冷たそうに見える美青年。では、この人が例の……


 兄オンラードはフローラより二つ歳上。マルフィール魔法学園に通う兄の同級生に、非の打ち所が無い人間がいるとは聞いていた。

 名はレイ・クレシエンテ。彼は、あらゆる魔法を難なく使いこなし、座学も常にトップ。おまけに容姿も性格もいいため、女子の大半が彼に持っていかれる……と、兄はしょっちゅうぼやいていた。


『そんな完璧な人いるわけないわ。いたら一度見てみたいわね』

 フローラは、確かにそう言った。言ったけども。


 なんてことだ。妹が「一度見てみたい」と言っただけで……そんなくだらない理由で、カーストトップに君臨するレイを、なんだか育ちの良さそうなレイを、こんな雑然とした普通の家まで連れて帰るなんて。

 彼女は青ざめた。オンラードの底抜けな単純さと、そんな兄だと分かっていて失言してしまった自分の迂闊さに。


「と、とりあえず兄様。レイ様をリビングにお通しして……」

 事の発端となったフローラは責任を感じ、レイを精一杯もてなすことにした。

 この家に応接室など無い。とりあえずはリビングだ。普通の家庭なりに一番良いお茶を出して、ちょうど焼けていたジャムパイを添えて、部屋には庭の花を飾って。


 それでもなにか足りない気がしてそわそわしていると、飼い猫のベルデがレイの周りをウロウロし始めた。嫌な予感がした。ベルデは畏れ多くもレイの膝の上に乗ろうとしていたのだ。必死に阻止していると彼から突然話しかけられた。


「君……名前はなんというのですか」

「この子はベルデと言います。すみません、人懐っこい子なのです」

「……いいんですよ。おいで、ベルデ」


 レイに呼ばれて気をよくしたベルデは、遠慮無く膝の上で丸まった。レイに優しく撫でられ、満足そうに喉をゴロゴロと鳴らす。

 フローラはヒヤヒヤした。レイのきれいな制服に、猫の毛が沢山ついてしまう。それにベルデはいきなりガブッと噛むこともあるから……

 ベルデが粗相をしないように少し離れた場所からハラハラと見守っていると、ふいにレイと目が合った。


「オンラードの妹さん、素敵なおもてなしをありがとうございます」

 レイとベルデを、不躾にじっと見続けてしまったかもしれない。気を遣われてしまった。

「い、いえ……」


 無気質にも見えるレイが、フローラに薄く微笑んだ。


 それだけで、胸を射貫かれたかと思った。

 微笑みひとつで、純情な少女フローラの心は危うく奪われかけたのだ。制服姿の彼に。


 もてなすことで精一杯だった頭の中が、急にレイで支配された。

 ソファに座っているレイの周りだけが、フローラには別空間のように見えた。兄の馬鹿みたいな話に付き合うレイ、ジャムパイをこぼさず綺麗に食べるレイ、猫にしては大きすぎるベルデを抱きかかえるレイ。


 (なるほど、これは……女子の大半が持っていかれるのは納得かも)

 これだけ目立つ存在の彼だ。入学後は、極力関わらないようにしようとフローラは心に決めた。そうだ、口止めをしなくては……


「兄様……レイ様に口止めをお願いして」

「ああ、そうか! そうだった」


 兄オンラードは、レイの肩を抱いて話し始めた。

「いいか、レイ。妹のこの姿は他言無用だ」

「この姿とは……彼女の、美しい姿のことですか」


 


 フローラ・コバルディア十五歳。この春からマルフィール魔法学園に通うことになる彼女は、生まれつきとても強力な癒しの力を持っていた。

 加えて、眩いホワイトブロンドのストレートヘアに、天使のように無垢な顔立ち、エメラルドのようなグリーンアイ……まるで国が探し求めている『王子の婚約者候補』のような……世にも美しい姿。


 平凡な家庭に生まれたはずのフローラの容姿は、なぜかマルフィール王家が求める『王子の婚約者候補』の姿と完全に一致していた。

 輝くような髪、白い肌、翠の瞳、強い治癒力。


 成長するにつれ、期待以上に美しく、期待以上に魔力が強くなっていくフローラに、家族達は心配した。このまま外へ出してしまえば、フローラはたちまち王家に奪われてしまうだろう。

「外へ出る時はこの眼鏡をかけてみよう」

「このブラウンのウィッグを被ろう」

「あまり話さず、目立たないように……」


 そして出来上がったのがフローラの『外の姿』。暗めのブラウンヘアに眼鏡をかけ、極力喋らない『地味な少女』だった。

 しかし強力な魔力だけは、マルフィール王国の義務である魔力検査で隠し通せず……春から通うことになってしまった学園では、こちらの『地味な少女』で目立たず騒がず過ごす予定なのである。


 なのに、よりにもよって学園トップの男に正体がバレてしまった。見た目を偽って学園へ通うことを、咎められてしまうだろうか?




「いいか。男同士の秘密だからな」

「はい。分かりました」

 彼は、意外にもすんなり頷いてくれた。


「秘密に……してくれるのですか?」

「ええ。学園でこの姿を知るのは、妹さんとオンラード、そして私の三人だけということですよね?」

「はい、そうしてくださると助かるのですが」


 レイは満足そうに微笑んだ。

「ではそうしましょう。……あなたの名前は」

「フローラと申します」

「フローラ……よろしくお願いしますね」



 彼が手を差し出したので、フローラはおずおずと握手に応じた。


 大きく綺麗なレイの手は、彼女の手をひんやりと包み込んだ。






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