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手記

死ぬなら夜のうちに

作者: 海星

 朝を迎えるのが怖かった。朝が来ると、働かねばならない。勤勉しなければならない。学校に行かなければならない。それが堪らなく苦痛であった。夜寝て、朝起きる。一見健康的な生活だが、それが自分には酷く苦しいものに思えてならなかった。だから、必死の抵抗に、出来るだけ朝が来ないように願いながら徹夜するのが常であった。

 眠れば、朝が来る。一度ばかり瞼を閉じてみれば、窓の外からは朝日が差し込み、カーテンの隙間から縮こまって入った布団を明るく照らし、その明るさに自然と目は開く。平穏な日常生活の、何気ない風景を切り取ったものだが、私はそれに酷く恐怖した。夜更かしをすれば、夜はいつまでも続き、それはまるで私が本当の自由を手に入れたかのような錯覚を引き起こす。明けない夜を願って、うつらうつらとしながらその自由を謳歌するのは果たして何度目だろう。私は夜を全身で感じながら、その束の間の、独りきりの時間に入り浸っていた。

 死とは、永遠の眠りである。私は、死ぬなら夜がいいと心に決めていた。昔からそうだった。

 幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も、その人間関係の小さな檻は、私を酷く逼迫させ、心身共に緊張の渦へと巻き込んだ。常に相手の顔色を伺い、機嫌を損ねないよう、嫌われないよう、努めてきたのだった。しかし世渡り下手は大抵、相手の顔色を悪くさせたし、機嫌を損ねさせてきたし、不特定多数に嫌われてきた。私は道化を演じ損ねたのだった。その成れの果てがこれである。

 お道化を演じ続けられるほどの怜悧さも、体力も、私は持ち合わせてはいなかった。

 道化は難しい。常に笑顔を浮かべていても、面白くなければならない。面白くても、何人たりとも不快にさせてはならない。要するに、面白さのなかでも、特段に大衆的なものでなければならない。人に何を言われても、笑い続け、更にはコメディを含めて笑いへと昇華させなければならない。それが例え軽蔑や嘲笑の念を含んでいたとしてもだ。そんなサービスを無償で提供、否、これはあくまで自分の保守的な働き故だが、それは並大抵の努力で補い切れるものではなかった。それは、ある種の才能を要するものであった。

 朝日を浴びて目を覚ました時の絶望感は、何にも代え難い苦痛に他ならなかった。ああ、今日も朝を迎えてしまった。溺れもがき、肺に少しずつ水が溜まっていくかのように、その苦しさでむせ返り、余計に水が溜まっていくかのようであった。

 死ぬまで苦しみ続ける。肺が侵されてゆく感覚をじわじわと味わい続ける。

 溺れて苦痛に悶えるくらいなら一層、潔く首を括ってしまいたいと言うのが私の心情であった。

 夜は独りだ。誰にも干渉されない、日常から切り離された、異世界の様な、まるで断頭台の上に立たされている様な、ギロチンを目の前にして、そこから漂う死の匂いに安心感を覚えているようであった。人は生まれながらの罪人なのだ。罪人は処されるべきであるし、自分を罰するものに何処か懐かしさを感じる。それが夜なのだと、私は思う。夜は優しく、私を死へと誘ってくれる。私はそのなかで、永遠の眠りにつく。

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