blue. 04(きみの声)
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学生の頃:旅行(と名ばかり)美術館巡りをして(変な)絵にたくさん出会った(奇妙な)絵にうんざいりした。大きいだけで、〈無題〉と名付けられた抽象画には怒りすら憶えたのに、あるとき不意に笑ってしまった。つまりこれはそういう絵でこういうことで心が弾んだ。この絵は(楽しい)だから、ぼくもいつか・誰か/何か(楽しませる)一枚を書きたい(思った)。
そして、一枚の絵がぼくを壊した。
本でも美術番組でも、幾度となく紹介された世界的名画(すっかり目垢のついた)一枚。美術館の通路を曲がったそこに(予告もなく)置かれていて、それがちょうど目の高さにあって、不意打ちはそれだけなくて。
世界には、これほどの美しいものがあって、──
(一体)これから(お前は)何を作るのか?
射貫かれ涙で(色)滲んで以来ぼくはぼく(自身)絵の距離が変わる。
ぼくは絵を描かない。
予算と納期の枠の中、クライアント・誰かの要望 (ただ)応える。
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沸かした湯を(カップ麺)きつねそばの容器に注いで蓋を戻して重しを乗せて。
コンペのアイディアスケッチと持ち込み企画を練りながら終わりが見えないと嘆いていた案件も調子が分かってからはわりと楽になった。
理論的な仕事 (イラストもレイアウトもピクセルにグリッド)直感に頼り切りを痛感。
三原色。色(CMYK)と光(RGB)の違い:減色と加色。使える色域・色範囲。感覚的に色が作れない、が、使ったことのない色が使えるのは新鮮で(だからって慣れるってこともない)おかしな案件。
三分経って蓋を剥がす。年越しの即席おそば、ふっくら戻ったおあげ「おいしいね」きみは、ずるずると、おそば啜る。
この一年:世界は曲がった。五輪が中止になった百年前を笑う者は百年後に笑われる(知ったことかと笑われる)。対案もなく批判時に力づくおかしいと口にすれば(差別的)告げ口触れ廻る正義を盾に棒で叩く煽る(普通の)人たち(多様性)配慮の先廻り狭量で偏狭で曖昧な(基準・本質)先送り(先進的)成し遂げた自分で云うか。
報道:毎日数字の積み上げ恐怖と不安で人心(惑わす・操る・弄ぶ)。(建設的)議論なく火種蒔いて、ふいごで風送り人燃やし・燃えて転がる姿(大変です!)見てください酷いでしょう?(醜悪な見せ物)悪意の再生産(延々と)毒の撒き散らし(リアリティショー)ずっと・ずっと飯のタネの自家栽培。分かってやってる奴が悪い。勉強できない奴も悪い。みんな同罪? いいや火付けを吊るせ(同じこと)堂々巡り(再生産)人を(惑わし)不安(掻き立て)日和見・ご都合・数字取り(弄ぶ)自分たち世界を動かしてる(右往左往と跳梁跋扈)さぞかし気分が良いだろうね(楽しいだろうね)恥知らず。
「そんな云い方、しないの」
ふうふうと息を吹きかけ、きみは、ずるずると、おそばを啜る。
世論を煽って、誰かが何か(魂)をかすめ取ろうとする。あいつら悪意の塊だ。悪魔でない(ただの)人こすっからい(小狡い)悪知恵に長けた連中 (かわいそうな)人をダシに絞り取ろうと触手を伸ばしている正義面して(叩いていい誰か)吹き込み・それから(叩かれた誰か)庇うふり(それも数字になる)。笛を吹いて対立を煽って(分かって)乗っかる人がいる。広告 (メディア)は悪魔の発明だ。ぼくも(広告業)その片棒を担ぐことがある。悪辣と思うこともある。同族嫌悪? いや、カネのため。対立はカネになるカネは対立を生む。
「そう」ね、ときみはテレビを消し「もういいじゃない」もっと楽しいことをしよう? お汁を吸って膨れたおそばも「おいしいよ」
きみは、口いっぱいにおそばを頬張る(七味が効いて)そう(美味しい)即席(カップ麺)おそばで年越し(ぬくぬくの部屋)。
「悪い言葉を口にしない」で、と、きみは云う。「世界には、素敵なものがたっくさんあるの」だからね、「悪いことばかり目にしては駄目」聞いては駄目、口にしては駄目。
ぼくは(むっつり)食べ終わった(即席麺)容器を洗って水を切る。
「勿体ないでしょ」と、きみは云う。
分かってる。だから(きっと)固執している。今になって(今更と)シャガールが見たいのだと。
ぼくは仕事に戻る。
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大晦日と元日の間、相方もオンライン。仕事納めぎりぎりに追加の指示書・資料・届く。
進捗状況:指示書の解読、読み合わせ。ファイル共有を使って確認・適宜修正。
一年の最後の挨拶をしたあともなおログイン状態 (グリーン)結局 (そのまま)新年のご挨拶さすがに疲弊・午前二時:お開き。
「形になるもんだな」
まったくだ。信じられない。
「残りは相手(客)のチェック次第で修正がメインじゃないか?」
そうだね。でも、まだ少し迷ってるところがある。たぶん、君(だけでなく誰も)気付かないだろうけれども修正したら連絡するよ。
「明日の予定は?」
午前中は実家に挨拶。遅くても夕方には戻る。ちょこちょこ修正はそれからだね。
ハハハ、と笑い合う。「無理しないでいいぞ」と相方が云う。「俺は働かないぞ」
いいよ。こっちの都合だから──それにしても、ぼくら、がんばった。
「がんばったぞ」
ハハハ、と笑い合って(昨年はお世話になりました)今年もよろしく(ログオフ)。
仕事納めと仕事始め:世間は動かず取りも直さず邪魔がない(世の休みは仕事が捗る)。
三箇日。疲れの反動・やる気の降下。黒豆と伊達巻きとブリとカシワとかつお菜のお雑煮。甥っ子たちと遊んで過ごす。久方ぶり何もかも(不安)忘れる。
新年四日目・仕事に戻る。
七日、緊急事態宣言、発令。
クライアントへ提出。返答待ち。
十日、日本海側、記録的大雪。
クライアントからの返答待ち。
十一日、成人の日。式典、取りやめ相次ぐ。
十六日、大学入試。共通テスト。
クライアントからの返答はまだない。
──今じゃない?
きみの声、聞こえた。