blue. 03(きみの鼻歌)
*
線を引いて、ちょっとネットを覗いて。また引いて、ちょっと紙にペンで落書きをして。線を引いては横を向いて気を散らして何か(遊び道具)探すことが気にならなくなって時間:感覚の喪失。肩の痛みで気が付く力加減。咽喉が渇く。指先の痺れ・首まで凝る。
今日は、ここまで線を引いておこう。ここまで色を塗っておこう。レイヤーを整理する今日はここまで一晩置き明日に見直しだから今日はここまで済ませて日を跨ぎ夜も更け(更け)気温はグッと落ち、夜明けが近くなる頃、ぼくは(ファイル)バックアップ/寝起きの自分に申し送り/メモ。PCのスリープ、マグカップを洗って、歯を磨いて、(安定剤)抗ヒスタミン剤を飲み、もそもそと寝床に入る。今日も一日よく働いた。冬の布団(体温)暖まるまですっぽり被って身体を抱く息を吐く目の奥がちくちく痛む。
やっぱり、あの線はおかしい。塗りも違う。解決策のひらめき。レイアウトの手直しをしたい。(相方に)連絡しなきゃ。
暗がりの中ではっきり思った。
シャガールを見たい。
*
ぼくは自分の絵を売らない(買われない)。
世界中で毎日々々そこかしこ・誰かが/誰もが/新作を発表している。
一握り。名前が残るのなんて。誰かに気に入られるなんて。
その(世界)希望・願望(成り損ねの死体)裾野が何処までも広がっている。ほんの僅かの機会/チャンス/タイミング・階層を昇れることもあれば落ちることもある。誰が見ても実力があったとて(消える/去る)者がいる。仕事にしない者がいる。その道を選ばないこともある。自分(偉大な)才能を知らないままの者もいる(嫉妬)。
世界に(知られないまま)終わることがむしろ普通なんだ。知られることは(奇跡)あるいは(偶然)かもしれない。
コンピュータで描く(ぼくの仕事)は、(ベクター)イラスト。いつでも/どうにでも/修正・訂正・転用できる構造で。これは、作品でもなんでもなく。絵でもない(データ列)。
ローカルとサーバーとクラウドに保存する(クローン)。必要に応じて引っ張り出して(コピー)再利用 (リサイクル)新作に廻す。
ゼロからファイルを作らない。ファイル(クローン・コピー)増えていく。
*
十二月中旬。イラストの修正が戻って来る(反応が遅い)。指示書の一部が届く(1/3は不明)、おいこれ、見積りよりも要望が増えてないか? リテイクと追加素材の描き起し。
こっちがどんなに進めても、向こうのチェック(戻し)で間に合わないことになる。資料も素材も写真も(まだ)ない。
「それはこっちの都合じゃない」だから、「気にするな」
手離れの悪い仕事になりそうな予感がする。
「よくあることだ」
よくあることだね。それでも(一応)作業の第一段階は終わったってことだ。
「このペースなら年末年始で形になるな」
そうなるかな(なるだろうか?)。
「向こう(クライアント)が休みの内にやっつけよう」
了解。そっちの都合は?
「大丈夫さ」
ねえ、とぼくは云う。フラグ、立てていいかい?
相方が笑う。「やめてくれ」
いいや。止めない。
ぼくはこの仕事が終わったらシャガールを見に行く。
*
──これできる?
ひとつの問い合せがあって、それが仕事になって。できると思うよ。
過去に手がけた案件を「外に出さないでね」と約束して、ソッと見せて、「こんな感じになると思う」
それで決まる。
ぼくは自分の名前で仕事をしない。
ぼくは作風を決めない。
それでもやっぱり手癖が出るのか(自分の絵)何処か・何か(分かる)仕上がり。
美術品でしょっちゅう衆目に晒され目新しさがなくなることを「目垢がつく」と云う。
ぼくは、仕事に自分の名前を出さない(出せない/出せるほどもない)。
無名でいい充分だ商品に名前と顔がつくのは望まれない。
アンディ。あなたの言葉(誰もが十五分は主役になれる)ぼくは断わる。ウォーホル。(誰もが十五分で有名になれる)ぼくには不要。
ぼくは名無しのままでいい/ぼくは名無しのままがいい。
*
クリスマス。きみの鼻歌ぼくは小さな贈り物(模造)モミの木(玩具)下に(そっと)置く。東北地方:大雪のニュース。ぼくは仕事をする。シャガールの絵。資料と作業スペースに分けた二面のモニタ。ウインドウ裏のブラウザに時刻表と美術館の公式サイト、展示案内・シャガールの絵。雪の深い土地にこれまで一度も行ったことがない。
今更/今になって。どうしてシャガールなんだ?