1 トレの日常
間を開けずして二回目です!次回は少し間が開くかもです、ごめんなさい!
今回は、無口でストイックなスナイパー、ラノベの定番ともいえる無口枠のトレの話です!
距離2518・風向南南西・風速10.5メートル。必中条件クリア。依頼遂行時刻まであと……2・1・fire。
ターゲットの絶命を確認。戦線離脱行動開始。ヘリコプターに異常なし。危険区域離脱まで約二分。
残弾数500。銃のエネルギー99.99パーセント。帰還予定時刻まであと5時間23分47秒。
今から5時間の仮眠を取る。
起床。残り23分47秒で帰還予定。着陸準備、よし。
着陸。降車。ウーノの執務室まで残り258歩。
到着。ノック。返事を確認。入室。
ウーノの不在及び自分用の報酬を確認。入手、退室。
自室まで残り138歩。
自室に到着。着替え……完了。
睡眠体制に移行。理緒との交代を開始する。
……あぁ、よく寝た。今は何時ごろだろう。トレはきちんと仕事をしただろうか。というか、毎回毎回こんなにお金がもらえるって、なんの仕事だろう。
一樹君は「体を売っているわけじゃないから、心配はいらない」って言っていたけど、それでも不安の残る金額だな。
まあ、美月ちゃんも大丈夫って言っていたし、いいんだろう。何やら、トレはお得意様らしいし、実験に関する手伝いとかかな。
それにしても、このガラスはすごい。本当は映像なのに、実際に日の光を浴びているように気持ちいい。
朝の伸びと、一杯のコーヒーから私の朝は始まる。これぞパジャマって感じのするパジャマから、今日はノースリーブのワンピにする。これを着られるのも今年までかな、と考えて、去年も全く同じことを考えていたことを思い出した。一樹君はセッテちゃんに不誠実な真似なんて決してしないし、されたらされたで自分が理不尽に怒るであろうことは容易に予想できる。
一樹君には、ぜひとも誠実なままでいてほしいが、やはり振り向いてほしくもある。でも、戦国時代バカの彼には、乙女心は難しいだろうか。
朝ごはんは美月ちゃん発明のロボットが作って、持ってきてくれる。ロボットだから味気ない……なんてことはなく、とてもおいしい。そこらの一流コックとやらが裸足で逃げ出すようなレベルの味を提供してくれる。
真心がこもっているような気がするのと、美月ちゃんのもとには体の一部がロボの人が大勢いるのは……考えるのはやめよう。
タワーの出口に向かうエスカレーターに乗っていると、後ろからノヴェさんが乗ってきた。目の下にクマを作っているが、彼は苦労人らしいし、トレの脛をかじっている身としては尊敬こそすれど、無視する理由はない。
「おはようございます!
大丈夫ですか?かなり無理をなさっているようですけど。」
なるだけ元気を与えるように声をかけてみた。
「あぁ、おはようございます、えっと、理緒さん?」
「はい!今は理緒ですよ!」
「どうも、嫌な夢を見た後に二度寝できず、寝不足なんですよ。」
苦労人気質だと、色々と大変なのだろう。
「ご自愛くださいね?
皆さんの力は存じていますが、仕事というのはうっかりが命取りになりますから!」
そう、みんなの仕事はわかるのに、自分の仕事だけはわからないというのも変な話だ。
ちなみに私も、一応仕事はしていた。カフェや本屋さんの店員、さらには花屋さんなんていう柄にもないこともやってみたりした。
しかし、ある事情で長続きしない。
そう、私は二重人格である。
昔の嫌な記憶を持つ私、理緒が作り出した、自らを守るためのもう一人の私。それがトレでる。無感情・無表情で、精確。たまに手紙でのやり取りをするが、伝えてくることは完結で、とても私自身とは思えない。
だが、トレは私自身と私の生活を守ってくれたし、きっと陰で助けてくれている。決して冷たいわけではないのだろう。
「理緒さん?
ボーっとして、実は理緒さんも寝不足ですか?」
少々、考え事が過ぎてしまった。でも、さすがにノヴェさんに心配されるほど疲れているわけでもないので、慌てて首を振った。
「いえいえ、なんでもないですよ。」
ちなみに、ここの人たちは(一部を除き)とてもやさしく、温かな人たちだ。トレの仕事は教えてもらえないが、超一流と聞かされるので、優秀な姉妹を持った気分にもなる。
「今は、どんなお仕事をされているんですか?」
どうやら、守秘義務があるらしく、いつも教えてもらえないが、ノヴェさんは本当に疲れていたらしい。うつらうつらとしながらもぼんやりと答えてくれた。
「異世界への門を、開いて、領地を……」
どうやら、本当に寝ぼけているようだった。
仕組みはよくわからないが、美月ちゃん特製のワープ装置にて外に出ると、ビルの屋上に立っている。ここにはたいてい、ヘリが止まっていて、遠くに行きたいときには一樹君のクロさんに願いするか、ナビに行き先を打ち込むと自動で、目的地に連れて行ってくれる。しかし、今日は単なるお散歩なので、そのような面倒はかけない。
今出てきたワープ装置の隣にある「隣の市行」のワープ装置に乗ると、今度は一軒家の中についた。普通の家族が普通に暮らしてそうな一軒家だ。間取り的に明らかに分厚い壁があり、その中にワープ装置さえなければ、本当に普通だろう。
最も、この普通は私の精神衛生に悪いので、さっさと外に出させてもらう。
外には、16歳のころより見慣れた、イタリアの街並みがあった。
少し物々が古臭い気もするが、それが趣を醸し出している。近くの大衆食堂は朝からいい匂いを漂わせ、食べたばかりにもかかわらず食欲を刺激する。
私と同じ朝の散歩だろうか、小さな女の子が母親らしき人物と手をつないで歩くのとすれ違う。
動悸がした。呼吸や心臓がうるさい。聞こえるはずのない怒鳴り声に身をすくめる。慌てて先ほどの家まで戻る。しかし、家の中には何者かが仁王立ちしている気すらする。
怖い、ただただ怖い。助けて、助けて。
かつての自分の鳴き声が聞こえる。振り下ろされるこぶしの幻影に身をすくめ、ただひたすらにおびえる。
「大丈夫。」
「大丈夫か!?」
二つの順番がおかしな声が聞こえたとたん、意識を失った。
理緒の意識の低下を確認。強制覚醒。周囲の状況確認。現在地を本部最寄りの隠れ家の一つと推測・確認。周囲の人間を確認。ドウエ一名のみと判断。無事を伝達。
強制覚醒後の硬直により、5秒間の戦闘不能状態を脱却。ドウエによる回収を確認。
意識終了。
知ってる天井だ。
どうやら、また団のだれかに迷惑をかけてしまったらしい。
「やあ、おはよう、と言っても夜だけどね。」
起き上がり越しにそう声をかけてくれたのは、団員きっての怠け者、オットさんだ。
「ここまで運んでくださったのですか?
ありがとうございます、いつも迷惑をかけてしまい申し訳ありません。」
とお礼を言うと、
「違う違う。運んできたのも見守ってたのも、全部そこの筋肉ダルマだよ。
君のは心因性のものだからね、寝込まれたら非力な僕にはどうしようもないよ。」
などと返しつつ、顎でしゃくった先にはドウエが座りながら寝ていた。
筋肉ダルマという言葉に思わず納得してしまうほどの屈強な肉体と、常に着込むように一樹君に言われている鎧。筋骨隆々とはこの人のためにあるとすら思えるほどの体格を持つ親友に、しかし起こすのははばかられるので心の中で謝意を告げる。
「さて、今は夜だ。
医者としては、患者にはしっかりと寝ていてほしい時間帯なんでね。
ちょっと失礼」
トンッ
再び、けれども今回は安心とともに私は意識を手放した。
またもや知ってる天井だ。しかし今回は自室のである。オットは働くのを嫌がるので、おそらくまたも彼の世話になったのだろう。
本日(いや、実は昨日だったか?)二度目の謝意を心の中で告げると、今度こそ面と向かって言うために、彼を探すことにした。
彼はなかなか見つからなかった。仕方なく美月ちゃんに聞いてみると、「仕事だよー」とのことで、時間を無駄にしたような感覚が否めなかった。
そうこうしているうちに、今が気を失ってから丸一日で、何も食べていなかったということに気が付く。昨日は外にまともに出られなかったのだ。今日こそはご飯を外で食べたい。
散々悩んだ末、和食を食べようということで私の中で整理がついた。お寿司だ。お寿司がいい。
思い立ったが吉と、外へ出るエレベーターも苦にならず登れる。ワープ装置に乗って屋上に出た瞬間、同じように中に入ろうとしていた一樹君とぶつかりそうになってしまった。
「わわっ、ごめん。」
私が慌てて謝ると、一樹君は何でも見通しているかのような声音で言った。
「気にすることはない。
それより、昨日はまた気を失ったそうじゃないか。
こんなに早く出歩いて、大丈夫なのかい?」
こんなタイミングでもしっかりと心配までしてくれる一樹君は本当に優しい。
「う、うん。大丈夫だよ。
これからちょっと日本のお寿司を食べに行こうと思って。」
自分が、年甲斐もなく恋をしていることも、それが叶わぬことも十分に理解している。だが、これぐらいは許されてもいいだろうと、なけなしの勇気を振り絞って聞いてみる。
「よかったら、奢るから、一緒に食べない?」
一樹君は優しい人だ。だから、この答えも分かっていた。
「女性におごらせるなんてできないよ。
でも、一緒に食事というのは魅力的な提案だね。
ただ、セッテに連絡だけさせてくれないか。
余計な誤解は不和を招くからね。」
今では聞きなれた、少し遠回しなこの物言いも、内容だけに、少し寂しく感じる。それでも、全体としては予想通りで、天にも昇るほどうれしい答えだった。
「それに、大きな仕事が一つ入りそうなんだ。おそらく、団全員の力が必要になるだろう。
もちろん、トレの力も必要になってくる。そうなると、しばらく会えないかもしれないからね。」
こちらは、予想外の答えだった。というより、急に想定外の内容を話しに突っ込まれた形になる。
これまた寂しいような気もするが、そもそもトレの間は記憶がないので、長く会えない、という悲しみはなかった。
「今回は、装備も総出での出動になるだろうから、トレにも伝えておいてくれたまえ。」
さらに驚きの情報までついてきた。「装備」が総出なんて、滅多にあることじゃない。いや、ほとんどないといったほうが正しいだろう。危ない仕事でないといいが。
「さて、どこのお寿司屋さんに行こうか。」
いつの間にかセッテちゃんに連絡をしていたらしい一樹君は、(少なくとも私には)とてもまぶしい笑顔を向けて聞いてきた。
どうしよう、下手なところは紹介できない。
しばらく悩んだ挙句、一樹君が「そういえば」とおすすめの寿司屋さんを教えてくれた。この人は一体、どこでこんな情報を手に入れているのだろう。
一樹君おすすめの寿司屋(しかも個室!)で、一樹君と(二人っきりで!)食べる寿司は最高においしかった。状況もそうだが、寿司屋の腕前もすごい。
上品な日本酒の選定。一粒一粒が輝いているシャリに、旨い部位を厳選して脂ののったネタ。しかも私たちの口のサイズに合わせて少しだけだが確実に作ってあるのは、ここの職人の腕の良さと粋な気遣いを十分に表していた。
こちらの呼吸をうまい具合に読み取ってくれる仲居さんには脱帽したし、いくら取られても満足といえるだけのサービスだった。
満足のため息をつくと、一樹君がちらっとこちらを見てほほ笑む。
至福のひと時だった。
それゆえに、すっかり失念していた。もとは自分が奢るつもりで声をかけ、彼を連れ出したのだということを。
我に返ったのは、いつの間にかお店の外へ連れ出されていた時だった。つまり、会計は自分が払ったのではないのだろう。先ほど飲んだ日本酒以外の理由で顔が赤くなるのを感じた。
それから、最寄りの隠れ家を経由してビルに帰るまで、一言も発せなかった。
ビルに返ってようやく、
「お会計、すみませんでしたっ」
とばね仕掛けの人形のように頭を下げる。普段は短く切っているはずの髪がばっさと跳ねて、無性に煩わしい気がした。
「いやいや、気にしないで、大した金額じゃないからさ。」
誰がどう考えても、あそこの寿司屋(というか、料亭といって差し支えないだろう)は安くなかったが、これ以上の謝罪は無礼になるというものだ。
「あ、ありがとう……」
どうも私は、やはりこの人をあきらめきれなさそうだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回のお話はいかがでしたでしょうか!
次回は、少し時間を巻き戻し、ある意味かわいい彼の出番です!