過去への逃走、そして脱出 その11
太った料理人に続いて、やせた料理人もうめきながら立ちあがりました。カイを憎しみのこもった目でにらみつけます。
「くそっ、あのバカ、こいつはゆうれいなんかじゃないぜ! 確かに小人だが、こいつこそが、大臣たちがいってた怪しげな魔法の人形だ! おれにはわかるぜ、お前、魔法の人形なんだろ?」
やせた料理人の言葉に、カイは剣をかまえたままうなずきました。
「そうだ。あんたらの主人が、国を陥れる悪いことをしてるって聞いてね、それでおれが成敗しに来たんだよ」
「成敗? ケッ、そんなのはあいつらに直接しやがれ、なんでおれたちの仕事の邪魔をしやがるってんだ! このっ!」
料理人が、そばにあった包丁をカイに向かって投げつけました。ひらめくように剣をふるい、カイは包丁を弾き飛ばします。男は顔を恐怖でゆがめ、今度はフライパンをにぎりしめて、ブンブンとふりまわします。
「うわっ、く、来るな! 来るなぁ!」
「別にあんたに危害は加えないさ。それよりさっさと助けを呼びに行ったらどうだ?」
カイの言葉に、やせた料理人はごくりとつばを飲みこみました。そして、きびすを返すと、一目散にドアを開けて外に逃げていったのです。カイもそのあとを追いかけ、料理人の背中にどなりつけます。
「早く警備員でもなんでも呼んで来い! そうしないと、本当に宮殿内の美術品を破壊するからな!」
料理人は振り向くこともなく、ものすごい勢いで走って逃げていきました。そしてそれとともに、どたどたと大勢の足音が聞こえてきたのです。
「いったいどこだ? どこにいたんだ?」
「調理場です! でも、あいつ宮殿内をめちゃくちゃにするっていってて、とにかくヤバいゆうれいだったんですよ!」
どうやら先ほどの太った料理人が、警備兵たちを呼んで戻ってきたようです。カイはにやりと、くちびるのはしをゆがめました。
「あっ、いました、あそこです!」
太った料理人が調理場のドアを開け、すぐにカイを指さします。料理人のうしろから、銃を持ったイルレア王国の兵士たちがぞろぞろとすがたを現しました。
「うわっ、なんだこの惨状は? めちゃくちゃじゃないか!」
「こんなことが大臣たちに知れたら、おれたちはクビだぜ! いや、クビどころか、処刑されるかもしれねぇ! くそっ、お前らなんとしてもあいつを捕らえるんだ!」
兵士たちが銃をかまえて、カイにすごみをきかせました。
「お前が何者か知らないが、おとなしくしろ! これ以上騒ぎを起こすようなら、どうなるかわかってるな!」
「さあな。いったいどうなるんだよ?」
カイの予想外の言葉に、兵士たちは顔を見合わせました。カイのかまえていた剣が、青白い光を放ち始めます。
「くっ、かまわん、撃て! 撃ち殺すんだ!」
うなずきあって、兵士たちが発砲しますが、銃口をしっかり見ていたカイは、すでに鍋のうしろへと身を隠していました。兵士たちの放った銃弾が、食器や壁に当たって耳をつんざくような甲高い音を奏でていきます。カイはすばやくあたりを見まわしました。
――よし、あれを切り裂けば――
鍋のかげからすばやく飛び出し、カイはテーブルから思い切りジャンプしました。くるくると身を回転させると同時に、剣をふりまわして何発もの真空波を放っていきます。兵士たちはうおっと悲鳴をあげ、思わずその場にしゃがみこみます。
――いまだ――
地面に着地する前に、カイはしっかりと狙いを定めて剣をふるいました。真空波はあやまたずに、壁に沿っていた鉄パイプを切り裂きました。シューッと気体がもれ出る音が聞こえてきます。
「あれは、まずい! おい、撃つな、撃つな!」
カイを狙おうとしていた兵士を、仲間がすんでのところで制します。部屋にどんどんガスのにおいが充満していきます。
「まずいぞ、このまま銃を撃てば爆発する! おい、換気扇は?」
「さっきのあいつの攻撃で、めちゃくちゃになってやがる!」
兵士が指さした先には、カイの真空波によって羽が切り裂かれて、動かなくなった換気扇が見えました。兵士たちにあせりの色が広がっていきます。
「くそっ、このままじゃどんどんガスが広がっていく! 調理場だけならいいが、宮殿の美術品にもしものことがあったらまずい! 火災なんてもってのほかだ。いいか、銃は絶対に……おい、どうした?」
兵士が太った料理人をふりかえりました。太った料理人は、真っ青な顔でがたがたふるえながら、部屋のすみのほうを指さしました。
「大変だ、さっきおれたち、つまみのベーコンをあぶってたんだ。あいつがいきなり出てきたから、火を消してない……」
「うわっ、みんな伏せろ!」
兵士のどなり声とともに、調理場が一気に炎に包まれました。兵士たちの悲鳴が炎が燃え盛る轟音にかき消されていきます。炎は調理場のドアからももれだし、そのあとすぐに兵士たちが火だるまになって出てきました。その様子を、一足先に調理場から脱出していたカイがながめます。
――ちょっとやりすぎたな。だが、これでさすがにピーター大臣たちも気づくだろう。ロメン宮殿はイルレア王国の美術品や貴重品が集められた、文化的に相当価値がある建物だ。火災が起これば、会議どころじゃなくなるだろう。シャルロッテにはあとで相当文句をいわれそうだけど――
シャルロッテの怒った顔を想像して、カイは思わず笑い顔になりました。しかし、すぐに気を引きしめて、周囲に意識を集中させました。