過去への逃走、そして脱出 その5
「おれを救うって、いったいどういうことだ?」
少し声に警戒の色を混ぜて、カイがロドルフォを問いただしました。ロドルフォは別段気にする様子もなく、逆にカイに聞き返しました。
「お前は戻りたくないのか?」
「戻りたくないって、だからいったいどういう」
「元のからだにだ。イズンではなく、人間のからだにだ」
「なっ……」
絶句するカイでしたが、ロドルフォはさらに説明を続けます。
「ティアラとシャルロッテの力は、その人間の時間を完全に巻き戻すことができた。それを応用すれば、お前のからだも、イズンになったころよりもっと前、事故に会う前まで戻してしまえるはずだ。そうすればお前は、人間に戻ることができる」
カイは信じられないといったおももちで、ロドルフォから目が離せませんでした。しかし、やがてエメラルドのひとみをゆっくりとまたたかせて、それから首をふったのです。
「……だが、あんたはいいのか? おれはあんたが創り出したイズンだ。スパイとして使えるようにお前が生み出したんだろう? おれが元の人間に戻れば、そのイズンは消滅してしまうんじゃないのか? それともたましいがこもる前の、完全に人形だったイズンへと戻るのか?」
カイの疑問に、ロドルフォは肩をすくめました。
「そこはわからん。お前を戻すことで、イズンとお前のたましいが分離し、そのまま人間のからだとイズンの二つが出現するかもしれないし、人間のからだだけが出現するのかもしれない。……最悪イズンだけが現れて、お前のたましいが消えてしまうかもだな」
「……あんた、それが狙いか?」
ロドルフォは首をふりました。その目は今までのような、カイに対する強い憎しみはなく、むしろ、わずかながら温かささえ感じられました。カイはきつねにつままれたように、きょとんとした顔になってしまいました。
「まぁ、お前が疑うのもわかるよ。本当いうとわたしですら、なぜこんなことを提案しているのかわからないくらいだからな。……だが、わたしの推測だが、最悪お前のたましいが消えてしまったとしても、今度は時間を進めてしまえば戻るのではないかと思う。……もちろん確信はない。すべてわたしの推測だ。だからお前がこれを望むかどうかも自由だ。……だが、娘の婚約者が人形のままというのは、ローザがあまりに不憫だと思ってね」
「……ロドルフォ、あんた」
ロドルフォはふっとカイから視線を外しました。ゆっくりと無精ひげをなでつけ、それから再び口を開きました。
「勘違いするなよ。別にお前のためを思って提案しているわけじゃない。今いったように、わたしはローザが不憫だから提案したまでだ。もちろんどうするかはお前の自由だ。魂が消えるのが怖くて、しっぽを巻いて逃げたとしても、わたしは別に構わん。それにローザとの仲を引き裂こうとも思わん。まぁ、ローザがどう思うかはわからないが」
「お父様、ローザさんはそんなこと気になさらないはずだわ!」
抗議するようにティアラがロドルフォを見あげました。ロドルフォはハハハと笑ってうなずきました。
「あぁ、ティアラ、わかっているとも。きっとローザはお前がどんな人間であろうと、人間でなくイズンであろうと、そんなことは気にも留めないだろう。だが、わたしがカイのたましいを、同意なくもてあそんだことは確かだ。だからその償いをしたいと思ったまでだよ。そうしないとこの男に、わたしは永遠に借りを作ったままになってしまうからね。それが我慢ならないだけさ」
「……お父様ったら、素直じゃないんだから……」
ぽつりとティアラがつぶやきましたが、ロドルフォは聞こえなかったのか、それとも無視したのか、カイに向きなおって続けました。
「どちらにしても、お前はついでだ。わたしの究極の目的は、ローザを植物人間の状態から救い出すことなのだから。もしそれがうまく行ったら、お前を救うことぐらい苦にもならん。……それに、お前たちがスパイ活動をする必要もなくなるだろう」
「なんだって? いや、だがあんたはゲルム王国の」
「わかっている。そこはうまく国を説得するさ。わたしの知識でもなんでも提供して、自由になってやる。それで娘とその妹たち、それにいけ好かない婚約者と暮らせるなら、安いものだ。……今までずっとお前たちにスパイ活動をさせてきたのも、それが目的だったのだからな」
「ロドルフォ……」
ロドルフォはカイからティアラに向きなおって、その手からランタンを受け取りました。まだなにもいえないカイを、それにティアラとシャルロッテもポケットに入れて、ロドルフォはフッとランタンの火を消しました。ランタンもティアラとシャルロッテの入ったポケットに入れると、ロドルフォは乱暴にピーター大臣をせおいました。
「どちらにしても、そんな生活を手にするためには、このバカをゲルム王国の牢屋にぶちこまなければいけない。それにもちろん、ここから無事に出なければな。……ティアラ、シャルロッテ、準備はいいかな?」
ロドルフォに聞かれて、二人は元気よく答えました。