過去への逃走、そして脱出 その4
「……どうだ、人の気配はするか?」
ロドルフォの言葉に、カイは無言で首をふりました。カイの提案で、ロドルフォたちはしばらく控室に隠れていたのです。その間に、人形サイズとなったカイが控室付近を探っていたのですが、明かりこそついていましたが、どうやら見回りの兵士などは誰もいない様子でした。
「やっぱりロドルフォがいった通りだな。会議室からはまだ声がしていたが、見張りはもちろん、召使いとかのすがたも見えなかったよ」
「イルレア王国は良くも悪くも、そういうところがずさんな国だからな。まぁ、外からの侵入は当然警戒しているだろうが、内部に侵入者が現れるなどということは想定していないだろうし、今は夜更けだからな。眠らない町とまでいわれたイルレアでも、いや、だからこそ警備などというかったるいことはしなくてもいいという考えなのだろう。……ま、どちらにしてもわたしたちにとっては好都合だ」
ロドルフォの言葉に、カイも静かにうなずきました。
「見張りさえいなければ、あとはさっさと出口を目指せばいいさ。じゃあ、会議が終わる前にとっとと逃げようぜ。それじゃあティアラ、早いところおれを大きくしてくれよ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
ティアラがカイを人間サイズにしようとするのを、ロドルフォがすばやく制しました。ぽかんとしているティアラに、ロドルフォはちらりとピーター大臣を見てから答えました。
「ここからはわたし一人で行くことにする。カイ、それにティアラとシャルロッテも、わたしのポケットの中に入っておきなさい」
「なんだって、いや、だがあんた一人じゃ見つかったときに逃げきれないだろう? それにピーターをせおって移動しなくちゃならないんだぜ。さすがにあんたじゃ大変だろ。それならおれも人間のサイズになっていたほうが」
「いや、大丈夫だ。こう見えてわたしはしっかりからだも鍛えているから、人間一人かついでいくなどわけないよ。それにわたし一人のほうが、仮に見つかったときにもいいわけがきく。ピーターが倒れていたのを見つけたから、病室まで運ぼうとしていたとかなんとか、うまいこと言い訳をすることができる。だがカイ、お前がいっしょにいたら、そんな言い訳もきかなくなる。この時間の人間にとっては、いや、元の時間でもそうだが、お前は完全に不審人物なんだからな」
「だけど、それじゃああまりに危険じゃないか?」
カイが疑問を投げかけますが、ロドルフォは意に介さずに続けました。
「それにティアラの話では、止まった時間を動くことができるのは、二人のうちどちらかにふれている者だけなのだろう。それならお前とわたしが二人で行動した場合、わたしたちがティアラとシャルロッテのどちらかずつつかんでいないといけなくなるだろう。それだと動きづらいじゃないか。……それにお前だって、このわたしと手をにぎりあうなどということはごめんだろう?」
カイの顔がしかめっつらになりました。
「……そりゃあ、まあ、あんたと手をつなぐなんて、そんなのは悪い冗談にしか聞こえないな」
「だが、わたしのポケットの中であれば、ティアラとシャルロッテも自由に時間を止めることができるだろう。もちろん肌にふれ合っていなくても、ポケットの中ででも時間は止められるな?」
ロドルフォの疑問に、ティアラはこくりとしました。
「ええ、大丈夫と思うわ。わたしたちが接しているって認識していれば、大丈夫なはずよ。……でも、ちょっと不安だから、この控室から出るときに、少し実験してみましょうよ、お父様」
「ああ、そうしよう。……とにかくそういうわけだから、お前はわたしのポケットの中でおとなしくしておくんだな」
「チッ、わかったよ。……だが、最悪あんたがまずいことになりそうになったら、おれもポケットから出て戦うからな。あんたにはちゃんと、ティアラとシャルロッテとかわした誓いを守ってもらわなくちゃいけないんだから。……それに、あんたをゲルム王国に連れて帰らないと、ローザにあわす顔がない」
カイの言葉に、ロドルフォは黙りこくってしまいました。重苦しい沈黙がただよい、ティアラが持っていたランタンの光もゆらめきます。しかし、やがてロドルフォは大儀そうに息をはいたのです。
「……ティアラとシャルロッテの力を研究していけば、ローザの時間を巻き戻すことができるかもしれない。さっき二人は、ピーターの足のけがを完全に巻き戻して治すことができただろう? ならばきっと、ローザのからだも、事故が起きるよりも前まで戻すことだってできるはずなんだ」
カイの目が大きく見開かれました。
「本当か? そんなことが、可能なのか?」
「わからん。だが、ピーターの足のけがは治した。他人のからだを、しかも部分的に治すことができるのだ。それならローザだって救うことができるかもしれないではないか。事故の前に時間を巻き戻してしまえば。……それに、カイ。お前だってそれで救うことができるかもしれない」
「おれを?」
カイはまたたきしてから、ロドルフォの顔を見あげました。