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古都シオン ~潜入編~ その4

「二人とも起きろ。出発するから、すぐに準備するんだ」


 カイにゆすり起こされて、ティアラとシャルロッテは寝ぼけまなこをこすりながら顔をあげました。


「う……ん、もう、朝?」


 ボーッとしているのでしょうか、ティアラがぽかんとした顔でカイを見あげました。カイはすでに雪山を進む準備を終えて、テントに耳を押しつけていました。


「カイ、まだ五時だよ……。ロッテ、もっと寝ていたいよぉ……」

「二人とも、落ち着いて聞くんだ。足音とうなり声からして、多分狼の群れだ。こっちにはまだ気づいていないようだが、近くにいる」


 二人の顔から、眠気が一気に吹き飛びました。大声を上げそうになるシャルロッテの口を、カイはすばやく押さえました。


「静かに! ……声をあげるな。大丈夫、木のかげにテントは隠れているし、雪山でのキャンプを想定したテントだから、丈夫な素材で作られている。仮に狼に気がつかれても、簡単にはテントも破られないだろう。とにかく襲われたときに、すぐに逃げられるように準備を整えるんだ。ティアラ、シャルロッテをおれの内ポケットに入るサイズにしてくれ」


 カイにいわれるまでもなく、ティアラはすでにシャルロッテに魔力をこめていました。寝袋をすぐにたたみ、ティアラの雪山装備を準備します。


「おれを大きくしてたら多分間に合わないだろう。だからティアラもこの大きさのまま、森を抜けるようにしよう」

「でも、大丈夫かな? 人形サイズだから、森を抜けるのもかなり時間かかるんじゃないの?」

「狼をまきさえすればいいから、とにかくしばらくはこの大きさだ。で、どこかのタイミングでおれを大きくしてくれたらいい」


 カイにいわれて、ティアラはこわばった顔でうなずきました。


 いつでも出発できるように準備を整えたときでした。外の狼たちのうなり声が、急に騒がしくなったのです。カイが剣の柄をぎゅっとにぎりしめました。ティアラはカイのそばへと身をよせます。じっと耳をすませて、外の様子をうかがっていると、いきなり「グルォォンッ!」と、悲鳴のようなうなり声が聞こえてきたのです。バシッ、ドゴッと、重い打撃音も聞こえてきます。


「なんだ、いったいなにが起こってるんだ? 狼が仲間割れでもしてるのか?」

「カイ、どうする?」


 ティアラの問いかけに答える間もなく、いきなりテントの屋根がぐにゃっとへこんだのです。ティアラがヒッと息をのんで、カイにしがみつきます。カイはティアラをすばやくおんぶしてから、テントの入口から転げるように外へ飛び出しました。


「うおっ!」


 カイが予想したように、テントには狼がぶつかっていました。ですが、その狼は頭から血を流してぐったりしています。狼同士の戦いではつかないような、鋭く深い爪あとでした。


「まさか」


 ティアラがしっかりしがみついていることを確認して、カイは急いでスキー板を足につけました。


「ティアラ、おれにしがみついたまま、おれに力を使うことはできるか?」


 カイにたずねられて、ティアラはおびえながらもはっきりと「できる」と答えました。


「よし、それじゃあおれを人間の大きさにしてくれ。たぶん狼よりやばいやつが相手になるだろう」


 カイがいい終わらないうちに、またもや狼が吹き飛ばされてきました。かんいっぱつでカイは狼のからだをかわします。テントに狼がボフンッとぶつかり、完全につぶれてしまいました。


「いったいなにがどうなってるの?」

「あれだ、狼たちが騒いでたのは、あれが原因だ!」


 カイが指さした先を見て、ティアラは言葉を失いました。内ポケットの中からも、シャルロッテの悲鳴が聞こえてきます。


「なにあれ、熊……?」


 真っ白い体毛におおわれた、三メートルはあろうかという巨大な熊が、狼たちを見おろしていました。


「白い死神、ホワイトベアーだ。ルーシア共和国で見られる熊の一種だが、まさか、こんな巨大なやつがいるなんて……」


 うなり声をあげながら、狼が再びホワイトベアーに飛びかかります。ホワイトベアーは巨体に似合わぬ俊敏性で、飛びかかった狼をたたき飛ばしました。木に思い切りたたきつけられた狼は、一撃で絶命してしまったのでしょうか、ピクリとも動きませんでした。


「すごいやつだ。だが、好都合だ、ティアラ、しっかりつかまってろよ、今のうちに逃げよう」


 カイがホワイトベアーに背を向けた瞬間でした。カイの視界が、風で巻き上げられたかのように一気に高くなったのです。カイはハッとしてうしろを振り向きましたが、いやな予感は的中しました。


「グォォォッ!」


 ホワイトベアーがカイをにらみつけて、うなり声をあげたのです。同時に、ぼてっと雪が踏みしめられるような音がしました。急いで足元に目をやると、さっきまでしがみついていたはずのティアラが、雪に埋もれてしまっていました。


 ――しまった、ティアラの力でおれのすがたが大きくなったんだ。それでホワイトベアーに気づかれて――


 カイはものすごい速さで雪に埋もれたティアラをひろいあげ、内ポケットの中へ突っこみました。下の雪がやわらかかったことが幸いしたようで、ティアラはケガもなく、カイに大声でさけびました。


「カイ、ごめんなさい! お願い、逃げて!」


 ティアラのさけびが終わらないうちに、カイは急いでスキーをすべらせ、その場から逃げ出したのです。うしろをふりかえると、ホワイトベアーはもちろん、狼たちまでもがカイを追ってきています。


「くそっ、だからいったんだ、おれは北国なんか来たくなかったって!」


 カイのさけびが、雪の森にひびきわたりました。


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