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ルーシア共和国へ その2

「はっくしょん! うう、寒い」

「カイったら、くしゃみ何度目? そんなに寒くないじゃない」


 シャルロッテがのんきな声でいいます。カイはむすっとした顔でつぶやきました。


「だからお前たちはコートの中だから……」


 鼻をすすり上げながら、カイはぶるぶるふるえてしまいました。


 イルレア王国からの越境汽車の終着駅は、同時にルーシア共和国最南端の町でもあります。マスカーヴという名のこの町は、首都ではないにも関わらず、ルーシア共和国で最も栄えている町でした。イルレア王国との貿易により、富も人もこの町に集中しているのです。とはいえイルレア王国と比べれば、やはり素朴でさびしい街でもありました。


「とにかく寒いから、どこか店を探そう。そこで、ちょっとあったまってから」

「それよりいろいろ町を見てまわろうよ!」

「わたしも賛成! すごいわ、ほら、雪があんなに積もってる! それにあっちのおうちなんて、屋根が雪でうもれちゃってるわ」


 内ポケットの中で二人が口々にいいました。信じられないといったおももちで、カイが何度も首をふります。


「二人とも落ち着けって。そんなにはしゃいだら、他の人たちに怪しまれるだろ」


 カイにいわれて、やっと二人が落ちつきました。けれども二人のはしゃぎようも無理はありません。そこらじゅうの家々が、銀色のお化粧をしているように見えます。それが朝日に照らされて、目がくらむほどにまばゆく見えるのです。ちらほらと粉雪も舞っているため、その化粧もどんどん深まっていきます。


「とにかく、どこか店に入ろう。な、ほら、シャルロッテもいってただろ、スイーツ食べたいって」

「あっ、そうだったわ! じゃあどこかレストランに入ろうよ! 寒いとこのスイーツって初めてだから、楽しみ」


 カイは近くにあったレストランへとかけこみました。あたたかく、甘いにおいがふわっとただよってきます。カイはいつものようにはしっこの席に座ると、ウェイターを呼びました。


「すみません、フレアコーヒーのフランベを」

「かしこまりました」


 耳慣れない名前のコーヒーを頼んだので、シャルロッテとティアラがきょとんとしてからカイにたずねました。


「ねぇ、カイ、フレアコーヒーって……なに?」

「それにフランベってなあに?」

「ああ、そうか、二人とも雪国は初めてだったからな。おれは何度か雪国には来たことがあるんだけど、ここでの唯一の楽しみが、このフレアコーヒーなんだ。まぁ、見てればわかるさ」


 カイは寒そうに両手をすりあわせて、それからじっと厨房を見つめました。シャルロッテとティアラも、興味深そうに内ポケットの窓から厨房をながめています。しばらくすると、ウェイターが耐熱ガラスに入ったコーヒーと、それからやはり耐熱ガラスに入った、琥珀色のとろりとした液体を持ってきたのです。それとなぜかマッチもおぼんに載っています。


「どうしてマッチまで?」

「なーに、見てりゃわかるさ」


 カイは嬉しそうにコーヒーと琥珀色の液体を交互に見ました。


「フランベはいかがいたしましょうか?」

「ああ、自分でするよ、ありがとう」


 ウェイターはうやうやしくお辞儀してから戻っていきました。


「よし、はしっこの席だし、せっかくだから二人とも見てるといいよ」


 カイが内ポケットから、シャルロッテとティアラをひょいっとつかみだしました。とたんにシャルロッテがくしゅんっとくしゃみします。


「ほらな、寒いだろ。内ポケットの中が、いかに暖かいかこれでわかっただろ」

「これくらい、ロッテ平気だもん。それよりなにをするの? どうしてマッチまで持ってきたのかな?」

「ああ、それはな、見てろよ」


 カイはシャルロッテとティアラを、他のお客さんたちの死角になっている、テーブルのすみに座らせました。


「それじゃあ始めるか。面白いぞ」


 カイはまずコーヒーのにおいを存分に堪能してから、琥珀色の液体をゆっくりふって、コーヒーの上に垂らしたのです。液体は混ざらず、コーヒーの上に琥珀色のまくができます。


「わぁ、きれい……」

「ハニーヴァスっていうお酒だよ。ルーシア共和国特有の、アルコール度数がかなり高いやつさ」


 お酒と聞いて、シャルロッテとティアラがジト目でカイを見つめました。


「カイったら、任務中なのにお酒なんて飲んでいいの?」

「それが大丈夫なのさ。まぁ見てろって」


 カイはコーヒーの上にできた、ハニーヴァスのまくへと、マッチの火を近づけたのです。とたんにハニーヴァスが燃えあがり、青い炎がコーヒーの上に踊り始めたのです。


「わわっ、燃えてる!」

「大変だよ、カイ! このままじゃコーヒーが真っ黒こげになっちゃうよ!」

「そんなバタバタしなくても大丈夫さ。ハニーヴァスはかなりのアルコール度数を誇るからな。しかもこれは直前まで温められていたんだ。だから火をつけたら燃え上がったってわけさ。これでアルコールは飛んで、香りだけが残るって寸法だよ」


 青い炎がおさまると、カイは待ってましたとばかりに、フレアコーヒーをゆっくり口に流しこみました。ハニーヴァスのなめらかでくどすぎない甘さが、雪国の濃いコーヒーによく合います。カイは幸せそうに息をつきました。


「はあっ、やっぱりあったまるなあ」


 にこにこ顔のカイを見ているうちに、シャルロッテはにやりと意地悪く笑いました。オパールのひとみに、いたずらな光がともります。


「あっ、忘れてた! ロッテ、スイーツたくさん頼むんだった! カイ、どうして頼んでくれなかったのよう!」


 わざとらしく怒ったふりをして、シャルロッテがテーブルの上で暴れだしました。


「おい、バカ、そんな暴れるなって! 他の客に気づかれるだろ」

「やだやだ! スイーツ食べるって約束だったのに、カイのうそつき、バカ!」

「そんなこといっても、食べるのおれだろ! いやだよそんなの、せっかくうまいコーヒー飲んでるのに、甘ったるいの食べるなんて」

「お姉ちゃん、ロッテのこと大きくして! おっきくなってカイのことたたいちゃうんだから」

「わかったわ、ロッテ!」

「わっ、バカ、やめろってば!」


 ティアラがシャルロッテに両手を当てたので、カイはあわててウェイターを呼びます。すばやく二人を内ポケットに隠して、シャルロッテにいわれるままにスイーツを頼みます。その量に顔を引きつらせるウェイターをよそに、カイははあっとため息をつきました。


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