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厭世のルシファー  作者: 六日
真昼の白い月
9/10

08

 胸の痛みが、記憶を掘り起こす——


 中学生に上がって直ぐの頃だ。私には好きな人がいた。初恋だった。相手は、同じクラスの男子だ。何がきっかけだったとかははっきりと覚えていないが、気付けば惹かれている自分がいた。彼の性格は、クールかつシャイだった。女子が苦手なようで必要最低限しか関わろうとせず、いつも男子とつるんでいた。

 その彼が唯一、普通に接した女子が、私だった。


 はじめの頃は、それはそれは素っ気無かった。しかし、自分で言うのもなんだが、私は我慢強かった。幼い頃から置かれていた環境が私を辛抱強く育てたのだ。宵の自己中心的な性格に振り回されてきた私は、それ以降も態度を変えず彼に接することができた。ついでに言うと、完璧主義が祟り、学級委員としてクラスメイト全員と仲良くならなければと躍起になっていたこともある。


 数ヶ月の苦労の末、なんとか女友達の座をゲットした。女友達といえども、なかなか気分は良かったように思う。なんてったって、彼は他の女子には相変わらず素っ気なく、私だけ特別扱いだったわけなのだから。だからといって、陰口を叩かれることもなかった。男女問わず皆に同じ態度を貫いたのが、人望を築き上げた。弛まぬ努力の賜物である。


 そして、その頃には、もう淡い恋心を自覚していた。成績もそれなりに優秀で、運動神経もよく、同性からの信頼が厚い彼なので、密かに憧れている子は少なからずいたと思う。だからこそ、初恋を自覚するのも早かった。私が好きになっても可笑しくない相手だったため、好きになってもそれをすんなり受け入れられたのだと今になって思う。


 なんとか手に入れたそのポジションを後悔したのは、二年も終わりに差しかかる頃だった。私以外に親しく話している女子など見たこともなかったため、急いで距離を詰める必要もないと、その関係に長く浸りすぎたのだ。例外なく発揮されてしまった我慢強さは、ここで裏目に出てしまった。


「煌星、話あるんだけど」

「どうしたの? 急に改まって」

「んー、ここじゃ話せないんだよなぁ。今日、部活終わるまで待っててくんね?」

「全然、構わないよ。宵にも先に帰ってって言っておく」

「っし、じゃあ終わったらソッコー来るから」

「わかった。部活頑張って」

「おう!」


 心なしかその頬が微かに赤い気がして、もしかして、と脳裏に過ぎるある期待を振り払うことができないまま、私はその時を迎えてしまう。


「悪い! 待たせた!」

「いいよ、いいよ。明日の予習してたし。気にしないで」


 息を切らせて、西日が差し込む教室に走り込んできた彼に、胸が高鳴った。平常を装いつつも、緊張で自然と顔が強ばる。


「で、話って?」


 さも、何もわかってません、と主張するように首を傾げようとして、首が曲がりすぎた。何気ない所作に失敗して、冷や汗がどっと湧き出たが、彼は彼で余裕がないらしく、私の不自然さに気付いていないようだった。一度、目線を泳がせてから私の席まで向かってくる。その度に息苦しくなって、心臓が鼓動を早める。目の前にまで来た彼を、見上げる。

 いよいよ、意を決したように口を開いた。


「実はさ」

「う、うん」


 視線がかち合った。息を飲む。


「煌星宵のこと、好きになったかもしんねー」


 一瞬、喜びのあまり息が詰まり、そして絶句した。その言葉が何度も頭で反響する。私が予想したものと一音、違う。たった一音。信じられなくて、思わず口の端から情けない笑いがこぼれ落ちた。


「はじめてなんだよなー、好きな子できるの。女子なんて関わりたくないとすら思ってたし。って、あっ! 煌星は別な! お前は特別! でも、初恋の相手が親友の双子とか、正直助かったわー。な、もちろん協力してくれるだろ?」


「あ、あー、そうなんだー。もちろん、協力するよ。親友だもんね」


 ショックよりも真っ先にこみ上げたのは、羞恥心だった。思い上がった自分が酷く惨めで、かつ滑稽であった。こういう時にこそ不器用になれれば何か違ったのかもしれないが、上手く笑えてしまう自分が虚しかった。


「宵と喋ったこと、あった?」


 そもそもの疑問だ。私と二年間同じクラスなため、宵とはクラスすら被ったことがないというのに。なぜ。顔なら、同じだ。それに、小学生の頃ならまだしも、今の宵はいわばクラスでも、もっといえば学年でもやや浮いた存在だ。空気を読むことを知らず、我を通す傲慢さに陰口を叩かれ、その陰口の一つ一つにご丁寧に噛みついている。そんなのより、私の方が、ずっと、いいじゃないか。


「ちょっとな。あいつ部活ない時は迎えに来てただろ? なんつーか、お前の双子だけあって、噂ほど悪い奴じゃねーよな」


 何かを思い出したらしい、やけに柔らかい笑みを浮かべてみせた。その笑顔に、途端に嫌気がさした。そこで引き合いに出されても、喜べないどころか傷つく。小学生の頃の自分と決別し、こんなに努力してきたというのに、肝心のものが手に入らない。ああ、私の人生には一生あの片割れが付き纏うのか。そう思った。

 私が誰よりも一番近しい女子だと思っていた。もう何が駄目なのかわからなかった。私はこれからもずっとこのまま彼女の下で、勝てない運命なのかもしれない。そういう星の下に生まれたのかもしれない。そうとも考えないと、説明がつかなかった。


 それからはそういうものだと無理矢理納得させて協力させて頂いた。相談もいっぱい聞いてあげた。しかし、親友のポジションにようやく納得しはじめた頃に、彼は宵への恋心が薄れてしまった。あまつさえ、宵のことも親友だと言い出す始末だったのだ。


 ——一旦開きかけた唇は、直ぐに固く結ばれていた。


 認めてしまえば、後戻りはできない?


 自分自身ですら、そう思って気付かない振りを決め込んでいたが、存外、そうでもないらしい。私の特技は、我慢強いことだ。ほら、もう笑顔だって浮かべられる。意識は目の前で繰り広げられる会話に戻っていく。


「馬鹿は一人で勉強してろ」

「今回赤点なかったら、俺とデートしてくれるって約束してくれる? だったら、そうするよ」

「……ハァ? そのドヤ顔鬱陶しいから。ってか、どっちも罰ゲームじゃん。ヒナ子の分際で調子乗んな」

「ガーン」


 宵の言葉の意味が理解できていなくて、暴言も糠に釘なのではないか、と心配してから、このドストレートな宵相手にそれは流石にないと思っていたが、あながち杞憂でもなさそうな気がしてきた。馬鹿ってある意味未知数。


「じゃあ、私とは?」

「あそこの奴とでもすれば?」


 ぴっと指を差された、まるで無関係で罪のない窓際の男子生徒は肩を跳ねさせたが、こちらを向こうとはしない。あくまでも気づかなかったことにしたいのか、再びペンを動かし始めた。


「宵、失礼でしょ」


 蚊帳の外にいたわけだが、ここでようやく口を挟む。注意された当の本人は「はいはい」と投げやりな返答をした。念のため、相手の男子生徒に向けて「ごめんね」と謝罪するも、黒くて長い前髪が揺れるだけで表情などは伺えなかった。


「さてと、じゃあ、私帰るから。宵本当にごめん。お願いするね。満、行くよ?」


 一旦、話が中断されたこともあり、元来の作戦を強行することにした。早口になりそうなのをぐっと堪えて、落ち着いて言葉を紡ぐ。当然着いてくると思われた満に笑いかけると、存外快くない面持ちの満がいてやや面食らう。


「えー! もう?」


 私の気持ちも察してほしいところだ。というのも無理があるだろうが、それを抜きにしてもあの二人をくっつけるためだということは満も承知済みのはずである。二人っきりになるのを満が邪魔してどうするのよ。もちろん、声に出すわけにもいかないので、その分少し目つきが鋭くなる。すると、察したらしい満がわざとらしく手を叩いた。


「ああ! そうだ急がなきゃいけなかったんだ! やばい! それじゃあ、ヨイもハルタもまたね!」


 私の手を取り、満が走り出す。後ろの方で何らかの声が聞こえたが、言っていることはわからなかった。


「ごめんごめん、完全に本来の目的忘れちゃってた」

「もー焦ったって」

「でも、案外、私たちが協力するまでもなく上手くいっちゃいそうじゃない?」


 まさか。心の中でそう吐き捨てながら、いい姉、いいクラスメイトの仮面を被り、心にもないことを口にした。


「そうなるといいんだけど」

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