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厭世のルシファー  作者: 六日
朝露
3/10

02

 ラブレターが届いた日の放課後を思い返していた。


 ——気が緩んだ教室内。

 本日の授業が全て終了し、帰り支度をしていたところ、喧騒の中でも一際慌ただしい足音が近づいてきて、思わず顔を上げた。


「めえぇいちゃあぁん」

「トトロのおばあちゃんみたいな呼び方やめてって」


 男子にしてはやや高い地声をわざわざご丁寧に低く響かせ、独特の抑揚をつけて私の名を呼んで下さった彼は、クラスメイトの日名子ひなこ 陽太はるたである。二年になってからの付き合いだ。

 彼は、私の席に来るなりしゃがみ込み、机に手を着き、顔の三分の二を机から覗かせるという何ともわざとらしい動きをして、挙げ句の果てに、にっこにこと人懐っこい愛嬌のある笑みを浮かべてみせた。


 自然と目を引く色の抜けた髪は、私やみつの茶髪なんかよりもよっぽど明るい金色だ。良い感じに無造作感を醸し出したふわふわそうに見えるそれだが、前に一度必死に工事しているのを見たことがあるので、実はワックスでガチガチに固められた計算された頭である。また、背丈のせいもあいまって、ぶかぶかになってしまう真っ青なパーカーをシャツの上に着ていて、金色の頭にその格好では一際目立つ。


 言わずもがな、嫌な予感がした。あまりに作ったような笑顔を貼り付けた彼とは対照的に、私は苦笑をもらした。

 パン。乾いた音が鼓膜を揺らした。


「一生のお願い! 今日の掃除当番代わってほしい!」


 何度目の一生のお願いだろうか。両手を合わせて目を固く瞑る金色を眺めて、げんなりした。

 しかし、ここで悪態を突き、露骨に嫌な顔をするのは良くない。私のキャラ的に。とりあえず、へらりと笑ってみた。


「うーん、代わってあげたいんだけど、今日はちょっと、」

「そこをなんとか! どーっしても今日だけは!」


 拝む勢いで手を合わせ食い下がってくる様に、というよりも、周りの視線を意識して、本心をぐっと堪えて深く息を吐きだした。


「……ミルクティーで手を打とう」

「さっすが明ちゃん! 話がわかる! サンキュ!」


 がさつな音を鳴らして立ち上がった彼の右耳には、趣味の良いシルバーの小さな星のピアスがキラリと光っている。

 要望が通ったためにもう気が抜けたのであろう彼は、実にぞんざいに私を持ち上げてくれると、来た時のように慌ただしく去って行ってしまった。舌打ちの一つでもしてやりたい心境であったが、平常心平常心と自分に言い聞かせて、鞄をそのままに席を立った。

 都合よく利用されていることはわかっているが、親切で頼りがいのある委員長であり続けるための努力はしよう。


 お陰様で宵はバイトの時間だと先に帰ってしまい、私は一人で帰宅路を歩くことになった。


 ——もしかすると、馬鹿なりに頭を使ったのかもしれない。思い返して、そう思った。確実に宵に読ませるため、先に私に読まれないように、私に掃除当番を頼んだのだろう。


 敗因は、宵にバイトがあったこと。バイトがなくとも、宵が郵便受けを気にするはずもないこと。そして、何より煌星宅の誰宛かを明記しなかったことだ。

 結論、やはり馬鹿だ。


 登校中にも宵に手紙を渡すことはできなかった。というよりも、最早渡す気はさらさらなかった。わざわざ晒してやるのも可哀想かという私の慈悲深い心遣いだ。

 だって、そもそも宵と陽太なんて釣り合わない。


 体育の授業が早く終わり教室に戻る途中、聞き覚えのあるアルトで、リスニングの音声かと思うほどに流れるような綺麗な英語が聞こえたので、思わず歩みを緩めた。微かに開いていた扉から中を伺うと予想を裏切らない人物が見える。

 今しがた、スラスラとやけに流暢に英文を読みあげたのは、私の双子の妹である。

 役割を終えた妹は、その長い艶やかな黒髪を微かに靡かせて席に着いた。


 彼女こそ紛れもなく本物の天才である。

 物心ついた頃から何かと私の比較対象には彼女が泰然と君臨していた。


 家での宵と、学校での宵は、まるで別人だ。陽太も、大方一目惚れだとか、遠くから眺めて好きになったとか、どうせそんな口だ。ならば、現実を見せないであげるのがせめてもの優しさだろう。


「ひゃー、キラボシさん、ネイティブ?」


 隣を歩いていた友達の望月もちづき みつが声も眉も潜めて、話しかけてきた。

 私が授業中に英文を読みあげたところで、模範的なカタカナ英語を披露するだけだというのに、双子でどうしてこうも違うのだろうか。やりきれないというよりも随分と投げやりな劣等感を喉の奥で噛み殺して、真顔で切り返す。


「バレた?」

「メイじゃない方のキラボシさんだから」

「あっ、そういうこと言うんだー。へぇ?」

「わー! ごめんごめん! もう、ほんっと今回の範囲お手上げなの! 救済を!」


 緩めた歩みを早めると、後ろから切羽詰った声で情けを乞う満が駆けてくるのがわかった。


「宵の方の煌星さんに頼めばー?」

「メイー、ごめんってばー!」


 バタバタと大層な足音を立て、頭上に乗せた色素の薄い茶色のお団子を揺らしながら追いついてきた満が、傍らに並んで歩くのを横目に眺めてから、目を逸らして意地悪くそう言うと、腕にしがみつかれてしまったので仕方ないなぁとわざとらしく溜め息を吐いてみせた。満のこういう可愛いところが好きだ。


 話題はそのまま迫り来る期末考査へ転がるかと思いきや、少し戻ったところに留まった。


「ねぇ、メイじゃない方のキラボシさんって、家じゃどんな感じなの?」

「えー、偏食」

「なにそれ」

「好き嫌い激しくて困る」

「意外と仲良いよね?」

「意外とって」

「だってあまりにも違うからぁ」


 ドキっとした。悪い意味で、だ。満のその言葉の裏には、私が思うような意味はきっと含まれていない。頭ではわかっていても、つい意識してしまう。自分自身にすら誤魔化すように軽く笑ってみせた。


「家ではあんな感じじゃないけど、それでもやっぱり似てないね」

「前に遊びに行った時も恐かったって。私チキンだから怯えたよ」

「うーん、人見知りなんだよねぇ。っていうか、どこがチキンよ。どこが。心から宵に謝罪するべき」

「ええ、私も人見知りだよぉ。無理だよぉ。私、絶対嫌われてるよぉ……」

「うわ、気持ち悪い……」

「ひーどーいー!」


 家での宵は、自由奔放で横暴で勝手だ。

 しかし、学校での宵はといえば、冷静無口な学年主席様であられる。ただでさえ近寄り難いというのに、彼女は人一倍警戒心や懐疑心が強く、愛想も悪い。高嶺の花だと憧れているものも少なくないらしいが、一部では自身が何でも出来ることを鼻にかけているだとか、プライドが高いだなんだと言われている。クラスが違うため、宵のクラスでの様子まで事細かにわかるわけではないが、どうやら中学生の時に学んだらしい教訓から、わざわざ自ら孤立して、一匹狼的なポジションを確立してしまっているようだ。


 類まれなる才能を持つ者というのは、否が応でも妬まれてしまうものである。

 そんな双子の妹を持つ私は、本来なら同情される側の人間である。残念ながら、私には妬まれ嫉妬されるほどの才能はない。それでも、その才能の差に哀れまれることなくいられるのは、実質、私が可哀想に見えないからだろう。学級委員で、成績は一番にはなれなくとも常にトップクラス、運動神経だって悪くはない。愛想もある。友達だって多い。面倒みも良い。先生からの信頼もある。

 そういうことだ。

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