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厭世のルシファー  作者: 六日
朝露
2/10

01

 それは、9月も暮れのことだった。日が沈むのも早くなりつつある中で、カーディガンが活躍しはじめた頃。

 薄いラベンダーのカーディンガンのポケットからスマホを取り出して、ディスプレイの時間を確認する。掃除当番の代役を頼まれてしまい断りきれずに引き受けたせいで、予定よりも少し遅い帰宅となった。スマホを再度ポケットに突っ込み、自宅の門の片方だけを内側に開いて通ると、後ろ手に門を閉めてからその門と繋がった塀に埋め込まれている郵便受けを開いた。


 私宛のものなど入っていることはほとんどないので、特別意識することもなく親宛の複数枚のハガキだとか、ピザのチラシなど全部を塞がっていない方の手で一掴みにして家に入る。買い物袋を玄関先に下ろして、ローファーを脱ぎながら無造作に郵便物を下駄箱の上に乗せたからだろう、目測を誤って随分下駄箱の端においてしまったらしい。数える程しかない郵便物が全部足元に散らばってしまい、あぁ、と私は小さく声をもらした。


 一つずつ拾い上げ、最後の封筒を見下ろしたところで、それが他の郵便物とは異質な存在であることにようやく気付いた。

 片手に提げていた買い物袋を玄関先に下ろし、それを手に取って、まじまじと見る。


 ——きらぼし☆さんへ


 スマホを縦に並べて二つ分ぐらいの大きさで、無地のレモンイエロー。封をするためにあしらわれたシルバーの星のシールが一つ、きらりと光った。


「ん? 手紙? きらぼし……さんへ……」


 表裏どちらを向けても、それ以上の情報は得られない。

 誰宛、いや、どっち宛なのか。手書きで綴られた平仮名七文字と記号一文字から推測できるのは、せいぜい私か妹宛だということくらい。差出人の名前も封筒には書かれていないので、それ以上、絞りようがない。


 私が行動に移すのは早かった。少しだけ、既視感を覚えて、首をひねったものの、直ぐに私の手元からはカサカサと紙が擦れる音が鳴っていた。私宛じゃなかったら、後で渡せば良いし。そんな軽い気持ちで中身を確認して、数十秒後、手の内で何かがグシャリと嫌な音を立てた。

 ハッとして、慌てて視線を落とすと、感情のままに握りつぶされてしまった手紙が両手のひらの上に乗っていた。


 不意に、足音がして、慌ててそれをカーディガンのポケットに突っ込む。買い物袋を持ち上げると、ガサガサとビニールの擦れる音がした。


「明ちゃん? おかえりなさい」

「あっ、ただいま、お母さん」


 今日はお母さんの誕生日である。

 遅かったねというお母さんは、私の持つものを見て嬉しそうに笑ってくれた。脱いだローファーを揃えて、リビングに向かう。今日の晩ご飯はご馳走の予定だ。腕によりをかけて作ろうと、レシピも買い出しもバッチリである。私は制服から部屋着に着替えると、早々に母をキッチンから追い出して料理を開始した。


 ケーキまで手作りしたものだから、結構な時間がかかった。気付けば妹が帰宅するくらいの時間になっていて、うわっ、と急いでサラダの準備を始めた頃。外で門が開閉するだろう音が微かに聞こえて、まもなく予想に違わず妹がご帰宅なされた。


「……なんでご飯まだなの」


 まだ食器しか並んでいない食卓を見やった妹は、帰って来るなりあからさまな溜め息を吐き出して下さった。バイト帰りの妹は、疲れからか大抵ご機嫌斜めである。随分と横柄だとは思うが、不満を顔には出さず私はへらりと笑ってみせる。


よい、おかえり」

「疲れてるんだけど。ってか、なんでめいが作ってんの? あいつは? あー、そっか。もうテスト期間?」

「今日、お母さんの誕生日でしょ」

「そうだっけ。どうでもいい」


 苛立ちを隠す素振りもせず、荷物をぞんざいにソファーに放り投げて、食卓に着いた宵を横目に見て、内心うんざりした。これだから機嫌が悪くなると嫌なのだ。先にサラダ作っておけば良かった、なんて後悔しながら、仕上げにプチトマトを添える。


「こちら、本日の前菜になります」

「いや、こっちがメインディッシュだから」

「でも、その前にお母さん呼んできてね」

「はぁ? 嫌」

「今日ばっかりは、お願い。お母さんの誕生日なんだから。はい、呼んできて。部屋で待たせてあったの。あっ、ついでに手も洗ってきて」


 こちらを睨みつけて舌打ちをした宵は、ドスドスとわざとらしく可愛くない足音を立てて、リビングの奥にある階段へ向かった。

 宵の気分に振り回されてなんかられないと、残りの作業を急ピッチで進める。鼻腔を擽るのは、クリームシチューの匂い。こちらはもう大丈夫だと火を切ったところで、キッチンタイマーが鳴った。オーブンの方もどうやらいけそうだ。よし、と独りでに頷いていると、不意に怒鳴り声が聞こえた。


 二階からだ。暫く何やら言い合っている声が聞こえたかと思うと、バタンッと力任せにドアを閉める音が階下まで響き、今度こそ深い溜め息を吐いた。


「やっぱり、行かせるんじゃなかった、」


 まもなくして母がリビングに顔を覗かせた。その顔色には疲労が窺える。


「お母さん、ごめん。私が呼びに行かせたの」

「明ちゃんは悪くないわよ。ごめんね。ご飯、食べましょ」


 私を心配させまいと無理に笑うお母さんを見て、やるせなくなった。結局、その日の食卓は楽しいとは程遠い気まずい雰囲気で、お父さんが帰宅して漸く緩和した。用意した入浴剤とボディバターをプレゼントとして渡したものの、なんとなく慰めのようにしかならず、私のストレスも増す一方だった。


 *


 昨日はそういうわけで、すっかり忘れていた。


 朝、姿見の前で、最終チェックをする。

 毎朝念入りにセットする髪は、高校に入ってからは自由な校風にかなり甘えている。うちの学校は地元でも有名な進学校ではあったが、成績さえ問題なければ服装周りはだいたい自由にさせてくれる文化のある学校だ。そのお陰様で、私は赤茶色とパーマを貫いていて、今日も今日とてふわりとウェーブがかっている。長さは漸く胸上辺りまで伸びたが、前髪は最近パッツンに挑戦し、みんなに幼くなったね、なんて言われたところだ。化粧もそれなりにはしている。一応ナチュラルを心がけているが、下まつげのマスカラは外せない。


 白いシャツに腕を通して、紺色のスカートはベルトで膝上二〇センチまで上げ、シャツをインする。それから、ふくらはぎ丈の黒い靴下を履いて、赤のリボンを着けて、ラベンダーのカーディガンを羽織り、ポケットに指を入れて、なにこれ、とグシャグシャのレモンイエローを取り出したところで、はたと思い出した。


「そうだ、これ、宵に……」


 無残にもグッシャグシャに成り果てたそれを見つめて、とても渡せる状態ではないな、と正直にそう思った。


「明? まだ? 行くよ?」


 ノックをしても直ぐに開けたら、ノックの意味がない。そんな毎度のツッコミは胸の内に仕舞って、ついでに手紙も見なかったことにして再びカーディガンのポケットに仕舞って、スクールバッグを肩に提げた。


 扉の先には、私よりもスカートの丈が十センチほど長く、きっちりとブレザーのボタンまでも留めた宵がいる。スカートから覗く足は、黒のタイツに覆われていて、革のスクールバッグを肩に提げ直して私を催促した。


 宵は私と比べると落ち着いた様である。制服はきっちり着ているもののダサいということは決してない。胸下まで伸ばしたストレートの黒髪をそのまま重力に任せて下ろし、長い前髪はサイドに流していて、雰囲気は大人しい。

 また、化粧っ気もほとんどなく、せいぜいアイブローとリップクリームを使用する程度で、いわゆる清楚系である。清潔感とフレッシュさを折り重ねたその姿は、いそうでいない、所詮男子の幻想に過ぎない女子高生像の模範解答そのものではないだろうか。女である私の目から見ても、希少価値のある存在であることに間違いはない。


 そうであるが故に、これに騙される男子はごまんといる。


 私、煌星きらぼし めいと、煌星きらぼし よいは、双子の姉妹である。

 一卵性双生児であるため、我ながら顔はそっくりだ。背丈もだいたい同じぐらいで、体型は、まぁ、宵の方が、細い、かな。果物や野菜ばかり食べているからだ。といっても、それも目立つ違いではない。

 しかし、間違えられることはほぼない。髪型や服装、極めつけにお互いが持つ雰囲気がまるで違うからだ。


「結局、サラダ以外食べなかったんだ?」

「明が作るのって、なんであんなどろっとしたのとか、こってりしたのが多いわけ? もっとサッパリしたの作れないの?」

「宵が偏食なんでしょぉー」


 二人して階段を下りリビングを抜けようとしたところで、食器を洗っていたお母さんが、水を一旦止めてこちらに顔を向けた。


「今日のご予定は?」

「バイト」

みつとテスト勉強するから遅くなると思う」

「はい、気をつけて行ってらっしゃい」


 笑顔で見送られて家を出る。下校はお互い都合が合えばだが、幼稚園、小学校、中学校、高校、と現在に至るまで登校は幼い頃からほぼずっと一緒だ。

 宵は、非常に自己中心的な上に、気分屋であり、短気だ。しかし、その分切り替えもかなり早く、何度も繰り返すことはあっても、一時の感情をズルズルと引きずることはない。お陰で、寝て起きると大抵のことはリセットされ、我が家の朝はわりと平和だ。寝起きがよろしいのも大いに影響しているだろう。


 十分程度の通学路を宵と並んで歩きながら、考えるのはこのポケットの中にあるものだ。

 宛先は、おそらく宵で間違いない。さて、どうするか。


「明? 聞いてる?」

「えっ、あ、うん。で?」

「嘘。絶対聞いてなかった!」

「ごめんごめん、はい、飴あげるから」

「何味?」

「いちごみるく」

「絶対いらない」


 差出人は、うちのクラスの馬鹿だ。別にそこに問題はない。

 へぇ、用事があるっていう私に無理矢理掃除当番頼んでおいて、宵に手紙出してたんだ。へぇ。とか皮肉混じりのそんな感想。


「ねぇ、宵」

「何?」

「手が届かない星みたい」

「は?」

「瞬く君の名前は煌星さん。明るくとびきり明るく光る一番星」

「……何言ってんの?」

「って、言われたらどうする?」


 内容は、ポエムじみた寒いラブレターであった。その上、誤字脱字のオンパレードで、頭を抱えたくなるひどい有様。渾身のラブレターがこれでは受け取った方も不快感すら覚えてしまうレベルだ。

 元よりクラス全員が馬鹿だと認識している程の馬鹿からのラブレターであったが、手に負えない類だということをありありと訴えてくる仕上がりになっている。

 例えるなら、おバカアイドルがバラエティ番組でとんちんかんな発言をするのを、目も当てられないと目を細めてしまう感じ。バカかわいいだとか面白いやらを通り越して引いてしまう感じ。

 笑えない感じ。そう、笑えない深刻な事態なのである。


 そんなわけで、とんでもない化学反応を起こした元凶は、今、私のカーディガンのポケットの中にうずくまっているのである。私のとっさの行動も仕方ないと思う。あまりに不快だったのだ。


「え、ただただきもい」

「だよね……」


 外観に騙されたのだ。ちょっと中身を読みたいと思わされたレモンイエローと星が、今度はダイレクトに本人を想像させた。既視感はこれだった。

数年前に書いてどこにもあげたことなかったやつを供養したいと思います。南無。

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