村の掟
それはとても明るくて、暖かい朝だった。それなのに、ヒナの心はどうしても晴れなかった。今日、この村から旅に出ていた青年の、訃報が届いたのだ。
大人達は何でもないふりをして、よくあることだ、仕方のないことだ、と呪いのように繰り返した。それでも、村長の家の裏では、夫婦が泣いていたのを、ヒナは見た。悲しいような、何も感じないような、複雑な気分だった。
だから、ヒナは気づかなかった。明日が何の日で、両親がどれだけ慈愛の瞳で彼女を見ていたか。
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「ヒナ、誕生月、おめでとう!」
「わあっ!?え、えと……今日って新月?」
この国には、ウメ月からスイセン月まで、12の月がある。月が満ちたら一ヶ月、月が消えたらまた一ヶ月。満月から始まる一年は、今日まで一回の新月と、一回の満月を経て、今夜の新月で四つ目の月……つまりサクラ月が始まるのだ。
「ええ。サクラ月の生まれは、この村でヒナだけよね。」
「う、うん……。それは、そうだけど、あの……!」
「分かってるわ。今日の夜に、村長さんと話し合いましょう。」
そう、ヒナは13回目の誕生月を迎えたのだ。
『村の掟』
『①とりあえず争ってはいけない。』
『②困っている生き物がいたら助ける。』
『③国の掟に堂々とは逆らわないように。』
『④自然をとても大事にしなさい。』
『⑤人生で一度は旅に出なさい。』
『追記:旅は13になってから。』
この日、ヒナは人生を変える旅に、大きな一歩を踏み出す権利を得た。ただし、掟に従うならば、だが。
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(危ないよね……絶対危ないよね……!?)
柔らかいベッドの上で、ヒナはぎゅっと小さくなっていた。家には一人きり、両親は昼間の言葉通りに村長の家に行った。少しわがままを言って家に残らせてもらったが、その代わり今どういったやり取りがされているのか、ヒナには分からない。
「でも……」
旅に、出たかった。毎年、自分と遊んでくれたお姉さんが、隣の家のお兄さんが、生まれ月になると村を出ていく。ヒヨコ色の髪を優しく撫でてくれたその手に、革製の指ぬきグローブをはめて、にこりと笑ってくれた彼らに、追いつきたかった。
「…………危ないのは、分かってるけど。」
ヒナは言い訳するように呟いて、眠りについた。