第一話「病棟にて」
栄一が目を覚ますと、電球の無い、白い天井が目に入った。
白の中にポツポツと、模様のようなものが入っていて、これはなんなんだろう?
と、いうような事を考えていた。
しかし、暫くしてから異変に気付く。
「ここはイッタイ何処なんだ?」
見慣れない場所だった。
窓から見える景色も、見渡す風景も。
第一、俺は寝るときは布団なんだ。ベッドじゃない。なぜ俺がベッドで寝ているんだ?
誰かの家に泊まりに来ていただろうか。いや、そんな記憶はさらさら無い。
そうだ、学校は?
俺、単位が危ないから、出席だけはしておかないとまずいんだよ。
なんて事を考えながら、彼は大きくアクビをして手を上の方に回した。
すると、何か、リモコンのような物が手に触れたのだ。
小さな長方形の物体で、その真ん中にボタンの用なものがついていた。
彼は思わず、そのボタンを押した。
「プルルルル、プルルルル」
という、電話機の用な音が鳴り響いた。
「はーい」
遠くで声がした。
扉を開けて入って来たのは、ナースだった。
ここで、栄一はヤット事態をのみこめた訳である。
「…………そうだ。俺は」
外で人が騒いでいるのが聞こえた。
どうやら、栄一が意識を取り戻した事に対しての歓喜のようだ。
ナースがこちらへやって来て、栄一の肩をポンポンと叩き
「分かりますか?」
と、問いかけるのである。
「いえ、分からないです」
と答えると、ナースは「ふふっ」と笑った。
「でも良かった。目を覚まして。家族に伝えておきますね」
聞くところによると、栄一は三日間、意識が無かったらしい。
友人が彼を川から引き上げ、水を吐かせた。
そうして、すぐに止血をして救急車を呼んでくれたお陰で栄一は助かり、通り魔は見事にお縄についた具合だった。
しかし驚くべき事に、彼は一度集中治療室で目を覚ましたようだ。
それが昨日の事。
なんと、栄一は、意味の分からない事をブツブツと呪文のように唱えていた。
医者の問いかけには、普通に受け答えしていたと聞いて、なおさらにびっくりした。
「いや、俺、そんな記憶はないんだけど」
一回、意識が戻ったということで集中治療室から普通の病室に移動した。
移動の時も彼の意識ははっきりしており、また、呪文のようなものをブツブツ唱えていたようだ。
看護師が耳を近づけると、
「いやいや、殺そうよ。違うんだよ、殺せないよ、だってコイツハ、ええっあら、ホントダ、コロセナイ」
と、言っており、その時の栄一の目は虚ろで、全く覇気を失っていたらしい。
「怖かったわよ」
と、看護師にいわれた。
「イヤイヤ、なにそれ! ちょっと、俺の方が怖いんだけど。なにそれ、霊なの霊の仕業なのかよ!? まじで、こっちが怖いんだけど」
「でのねえ」
そう言って、看護師が笑った。
「昨日と違って目付きも良くなって、安心したわ」
「うーん。俺はそんな事を聞かされて、安心できないんだけどなあ。逆に不安だわ」
その日の夜の出来事だった。
大事をとって、栄一はもう一晩、入院する事になった。
静まりかえった部屋の回りにカーテンかかかっていて、月明かりが臼青く辺りを照らしていた。
栄一は幽霊の存在に恐怖を覚えた事はなかった。
せいぜい、ホラー映画を見たとき、びっくりする程度で、霊的な存在に関しては信じてはいるもののテレビのホラー特集なんて見ても全く満たされなかった。
そのくらい、栄一には肝が据わっていた。
だから、さっきの話も、霊的な仕業なら逆に喜ぶよ、と、考えている。
それより、脳の損傷による異常行動の方がよほど恐ろしく思えたのだ。
その時だった。
栄一のベットの横に、老人が一人立っていた。
「あの、すみません」
声をかけたが、返事がない。
「すみません!」
耳が遠いのかと思い、大きく声を張り上げた。
「病室間違えてますよ! ここは俺の部屋!」
そう言って、ナースコールを押した。
「どうしました?」
看護師がきた。
パッと、電気が付く。
「すみません、あのお爺さん、多分認知症だと思うのですが、俺の部屋に来ちゃって、困っているんです。耳も遠いみたいで」
そういうと、看護師はかなりびっくりしていた。
「えっと、それは」
栄一は立ち上がり、
「だから、このお爺さん俺の部屋に来ちゃって………………」
と、老人の肩を叩こうとしたら、
手に異常な寒気が走った。
「…………!?」
栄一は驚愕した。
「いるんですよ。見えちゃう患者さん」
「えっ。じゃあこの人」
「どんな感じのひとです?」
「……えっ。見えないんですか?」
「はい。ちょっと私には、霊感が無いので」
「じゃあこの人オバケなんですか?」
「多分」
「ちょっと待ってくださいよ。ちゃんと足だってあるし、第一、電気をつけても消えなかった!」
「でも、触れなかったんじゃないですか?」
「そうだった」
すると、老人の幽霊は軽く会釈をして
「じゃあ、お若い方。私は先に行っていますよ」
と言って、上を日指した。
「聞こえました?」
と栄一は看護師に問いかけ、再び老人の方を向くと消えていた。
「ええー、いない」