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狡猾な女で何が悪い  作者: ゴリエ
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 高橋さんは、今まで自分から女性に告白したことが、実は一度もないということを、以前話していた。もてるがゆえに、がつがつしなくても女性が自然と寄ってくるのだろう。だが、それはつまり、高橋さんが今までほとんど女性に対して受け身の状態であり、本当に自分から好いた人とは、付き合ったことがないということではないか。

 付き合う当初は、女性からの告白で始まる恋愛でも、交際を経て相思相愛になるというパターンも実際にはあるのだろう。しかし、男性は本能として、女性を自ら選定するものであり、本来は自分の狙い定めた女性を勝ち取ることに、喜びを見出す生物だ。

 私は、自分からすり寄って、結果的に短い期間であっさり飽きられるよりも、最初からずっと追いかけられる女でありたい。彼の最後の女でありたい。そうでないと、付き合っても意味がない。

 八時ごろまで残業をして、ようやく高橋さんも私も、仕事を終わらせることができた。

「今日は本当にありがとう。俺一人だったら、たぶん倍の時間は居残りしていたよ」

「そんな。大したことはしてませんけど、お役に立てたのなら良かったです」

「横田さん、なんだかすごく頼もしくなったね。みんな言ってるよ。最近、横田さんがんばってるって。いつも笑顔で活き活きしてるし、だから彼氏でもできたんじゃないかって思ってたんだけど。……本当にそうじゃないの?」

「やだな、違いますってば。誰か良い人がいれば良いんですけどね、難しいです。高橋さんも、彼女さんと、早く仲直りできるといいですね」

「仲直り……ね。どうかな。今回のは、かなり深刻な気がするよ」

 浮かない顔をする高橋さんを見て、行動を起こすなら、やはり今しかないと思った。

「ねえ、高橋さん。もし良ければなんですけど、今からぱーっと飲みにでも行きませんか? 最近ずっと忙しかったですし、たまには息抜きしましょうよ。私、前から行きたかったお店があるんです」

 軽い口調で誘いはしたものの、実際はかなり勇気を振り絞った発言だった。

「おお、良いね。どこの店?」

 高橋さんが迷うことなく即承諾してくれたので、私は心底安堵した。大袈裟だけれど、これだけでも舞い上がってしまうくらいに嬉しい。

「本当ですか? やったぁ。ここから歩いて五分くらいの居酒屋なんですけど、隠れ家っぽい雰囲気のところで、割と穴場だって評判なんですよ」

「わかった、行こう。俺も今日はとことん飲みたい気分だ。手伝ってくれたお礼に、ご馳走するよ」

「え? いや、悪いですよ。そんなつもりじゃなかったですし。……それに、高橋さんに少しでも元気になってもらおうと思ってお誘いしたので、むしろ今日は私からご馳走しようと思ってたんですよ」

 すると高橋さんは目を丸くして、それからすぐにほっこりとした笑顔になった。

「そうか。俺は本当に良い後輩を持ったなあ。でも、これは俺の気持ちだからさ。先輩を立てると思って、受け取ってよ」

「なるほど、わかりました。それじゃあ、今日のところは甘えちゃいますね。ありがとうございます」

 喜ぶ私を見て、高橋さんも嬉しそうにしていた。まずは、最初の関門はクリアしたということだ。

 外はすっかり暗くなっており、立ち並ぶ商店の灯りが私の気持ちを高揚させる。二人で何気ない会話をしながら雑踏を抜けて、ほどなくして目的の店にたどり着いた。

 高橋さんが、会社を出る前に、あらかじめ店の空き状況を電話で確認して予約を入れてくれていたので、店内にはスムーズに入ることができた。全部屋個室の居酒屋なので、ゆっくり話をするには最適な場所だった。

 もちろん、実は前もって個人的に下見に来ていたということは、高橋さんにはあえて言う必要のないことだ。

 サラダや唐揚げ、だし巻き卵などの無難な料理や店のおすすめメニュー、おつまみを二人で適当に選んで注文し、高橋さんは生ビール、私はカクテルを片手に、「お疲れ様です」と笑顔で乾杯した。

 高橋さんは、「久しぶりに若い子と居酒屋に来られて嬉しい」などと、自分もまだ二十代のくせに、私のことを最初から持ち上げてくれた。

 彼は、人を褒めたり乗せたりするのがとても上手い人だ。わざとらしくもなく、かつ嫌味もない。それがいつも自然にできるからこそ、みんなから好かれているのだろう。しかし、そういう人は、相手を気遣うあまり、自分のことをおろそかにしがちだ。

 そうでなくても、根っからの聞き上手の高橋さんは、大抵いつも誰かの話の聞き役に回っているので、自分の話を聞いてもらって、憂さを晴らしているところもほとんど見たことがない。

 だから、今日はとにかく、私が高橋さんの話の聞き役に徹しようと考えた。普段は誰にでも優しい高橋さんだからこそ、本当は、胸の内に抱えているものがたくさんあるのだろうと思う。

「高橋さん、本当にお疲れ様でした。そんなに仕事以外でも大変だったなんて、全然知らなかったです」

 これだけ言うと、あとは何も誘導しなくても、高橋さんは自ら彼女とのことについて話し始めた。思ったとおり、やはり誰かに話を聞いてほしかったようだ。

「プライベートの問題のせいで、仕事に支障をきたしたくなかったから、自分では切り替えてたつもりだったんだけどね。やっぱり日々のストレスや疲れがたまってたみたいだ。良い子ではあるんだよ、彼女。優しいし、よく気が利くし、料理も上手だ。いつも家に来て作ってくれている。でも、なんていうか……。誰でも、一長一短ってあるものだね」

「何があったんですか?」

「いや、特に何があったってわけでもないんだけど……」

 高橋さんは、ぽつりぽつりと語り始めた。

「すごく良い子なんだけど……ちょっと、尋常じゃないくらい束縛が強くてね。正直、かなり息苦しい」

 高橋さんは、ビールをぐっと飲み干した。私は話の腰を折らない程度に、彼に軽く確認してから、さりげなく二杯目を注文した。

「横田さんには、まだピンと来ないかもしれないけど。俺くらいの年になると、そろそろ結婚を考えたりする時期でさ。……というか、彼女も同い年なんだけど、実際に彼女の方がかなり結婚に対して焦りが強くて、最近急に急かすようになってきてね。だからってわけじゃないけど、俺も真剣に考えなきゃいけないなって思って。でも、この先彼女と一生二人でやっていくことを考えると、なんだか自信が持てなくなってさ。一番ネックなのが、その束縛だ。毎日の電話は当たり前だし、俺が誰かと飲みに行くなり出かけるなりするときは、必ず前もって連絡を欲しがって、とにかく俺の行動を逐一把握していたいタイプの子なんだ。それで、さすがに俺も疲れてきて、最近はあまり自分から連絡もしてなかった。そのうちに、彼女から聞かれて、その間にあった出来事を事後報告っていうことが何度か続いて、それが揉めてる一番の原因かな。……今、横田さんとこうして来ていることも、もう面倒だから言ってないよ」

「そう……だったんですね。それはかなり大変そうですね」

「もう、大変も大変。最初は、愛されてるなって感じて嬉しい気もしたんだけど。でも、それがだんだんエスカレートしてきて、最近だとかなりヒステリック気味で窮屈なんだ。結婚したら、これがずっと続くのかと思うと、げんなりしちゃってさ」

 高橋さんは、疲れた笑みを浮かべていた。

「なるほど。高橋さんはもてるから、彼女さんは心配なんでしょうね」

「俺、そこまで言うほどもてないよ。それに、自分で言うのも変だけど、割と真面目な方だし浮気もしてない。それなのに、そこまで心配するなんて、逆に信用されてないのかなって考えてしまう」

「高橋さんが真面目なのは、私もよく知ってます。でも、やっぱり高橋さん、その……すごく素敵だから。彼女さんとしては、誰かに取られたりしないか、きっと気が気じゃないんですよ」

「そ、そうかな」

 高橋さんは、私の「素敵」という言葉に謙遜しながらも、実際はまんざらでもなさそうだった。

「でも、それはそれとして、必要以上に束縛されるのはしんどいですね。お互いもう大人ですし、ある程度は分別も持たれているでしょうから、それでも相手の行動を全部把握したいっていうのなら、高橋さんが思うように、彼女さんから信用されていないと感じてしまうのも、無理ないですよ。社会人なら、仕事上のお付き合いもこなさないといけないし、突発的なお誘いや飲み会だって、日常的にあることじゃないですか。それを逐一報告しないといけないなんて、私だったらすぐに音を上げちゃいそうです」

「うん、本当に疲れたよ。でも、慣れって怖いもので、それがいつの間にか普通になっちゃってたんだよね。だから、多少窮屈でもだましだましやってこられた。でもさ、いつだったか、同僚にそのことを話したら、みんなにありえないって散々言われたよ。それからかな。なんとなく、彼女とぎくしゃくするようになったのは。彼女みたいな子ばかりじゃない、そうじゃない子もいるんだって思うと、彼女と付き合っていく意味がそもそもわからなくなった。結婚願望が人一倍強い子だから、俺にその気がないのなら、これ以上無駄な時間を過ごさせるわけにもいかないと思って、実は別れ話を切り出したりもしたんだ。そしたら、すごく泣かれてさ。もう絵に描いたような修羅場だよ。唐突すぎた俺も悪かったけど……。そんなわけで、この一ヶ月くらいは、会えばもうその話し合いばかりで、毎回かなり神経をすり減らしてる」

「そうだったんですね……」

 思ったとおり、二人が別れるのは、もはや時間の問題だった。


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