9月1日(8)「愛生罪死」
9月1日が終わろうとしている。
今日一日色々あったものだ。
数日前に僕の事務所に住み込んだ一人の少女。
自らを神と名乗り、それ相応の技術を見せ付けてきた。
そして、一日で色々な彼女を見た気がするが、とりあえず言える事は「とても頼もしい」という事だった。
情けない事に僕の何倍も仕事が出来きるし、技術もあるし、判断力もある。
まだ10歳という子供という点を除けば「神の子」とは言わないまでもとても優秀な部類だろう。
もっとも、一緒に喋っていると子供という事を忘れそうなぐらい達観していて、知識量でさえも僕は負けているかもしれない。
だけど・・・
ここまでとは思わなかったんだ。
「じゃあミチオ。 この部屋でいいわよね?」
「・・・・・・」
「返事ぐらいしなさいよ!」
「う・・・うん」
こちらはそれどころじゃない。 いくら子供だからと言っても場所が場所だ。 戸惑ってしまうのは仕方ない。
祈は慣れた手つきで部屋を選択するボタンを押していた。 ボタンを押すと部屋の鍵が出てくる。
一般的にこういうホテルは子供連れだと断られるハズだが・・・。
「何してるのよ? いくわよ」
「あ・・・あぁ・・・」
従業員等が止めてくる気配は無く、僕等はそのままエレベーターに乗って部屋に向かう。
部屋は205。 (2)二人は(0)お泊りで(5)GO〜 という意味では無い。
そんな馬鹿な事を考える余裕がその時の僕にあったとは思えないのだが、ふと冷静になると、相手は10歳の子供。 何があっても間違える事は無いハズだ。
だけど・・・祈はここに来る前に「体で払って貰う」と言ってなかったか?
ガチャリ・・・バタンと僕等は部屋の中へ入ってしまった。
部屋の中は普通のビジネスホテルのような感じだった。 ドアはオートロックで2重扉。
重い扉がガチャリと鳴って閉まるのが「逃げられない感じ」を演出していた。
それだけ厳重なのは遠い昔、こういうホテルを使った殺人事件が多発した為だ。
その為に入り口(出口)の所に精算機が付いていたりする。
ただベットがダブルベットが一つしか無い事と、浴室の壁が透明なガラスだった。
「さて、動いたから汗かいちゃったわね。 先にお風呂貰うわ」
祈と僕はベットに腰掛けて、一先ず一息ついた。 先程まで命を狙われていたので少なからず緊張していたのだろう。 大袈裟に溜息を付き合い、祈は浴室に歩いていく。
「あ、うん。 どうぞ」
そう答えたものの、肝心の浴室は透けているガラスの奥で、祈がお風呂に入っている様子が衣とも簡単に見えてしまう。
神に・・・いや、祈に誓ってもいいが、僕は幼女趣味じゃない。 だから平気なんだけど・・・そうは言っても気恥ずかしい。
「・・・・・・アンタの中には見ないって選択肢は無いの?」
浴室の扉から顔を出して至極真面目な事を言われた。
なるほど。 見なければいいんだ。 見なければ。
簡単だよね。
簡単・・・
「って・・・音は丸聞こえだってば・・・」
祈がシャワーを使う音が聞こえてくる。 水の流れる音と、不思議に響き渡る彼女の鼻歌が僕の顔を赤く染めるのには十分だった。
僕はまと・・・・まともだ。
数十分後・・・。
「わぁ〜い♪ ほっこほこ祈のでっきあがりぃ〜♪」
「・・・は?」
お風呂から上がってきた祈は先程の祈とは別人になっていた。
というよりテンションが高い。
縛っていた髪が垂れていたので確かにそれも別人に見せる要素の一つだったが・・・。
バスタオルを体に巻いたまま元気にベットに飛んでくる。
「ほらほらぁ〜ミチオも入ってきなよぉ〜♪ あったまるぞぉ〜♪」
「あ、あぁ・・・じゃあ頂くよ」
「はいはい〜♪ いってらっしゃ〜い♪ 見ないから安心してゆっくり入ってきなね〜♪」
「う、うん」
誰だアレ・・・。
僕は怪訝に思いながらも一日の汚れを落とす為に浴室へ入る事にした。
そうは言っても男の風呂なんてカラスの行水だ。 ものの数分で済ませ、僕は浴室から出ようとした。
すると祈が頬を膨らませてズンズンとにじり寄って来た。
「ミチオぉ〜! お風呂はちゃんと入らないと内臓まであったまらないから意味無いでしょぉ? ほらほら、とりあえず浴槽に浸かってぇ〜」
「うわっ!? ちょっと裸なんだからちょっと気を使って・・・うわっぷっ!」
祈に押されて僕は浴槽に沈められた。
「ちゃんと100数えてから出ましょうね〜♪」
祈は濡れるのも気にせず僕の肩を抑えていた。
元々バスタオル姿だったが。
「・・・なんだか祈ってお母さんみたいだね」
何かと世話を焼いてくれる祈を見て、昔の記憶の中の母を思い出す。
母は今は遠いところに居る。 僕が「仕事」をし始めた10歳の時に離婚して家を出てしまったからだ。
今も生きていれば元気で居て欲しいなぁ・・・。
そんな懐かしい記憶を思い出しながら浴槽の中でゆっくりお湯を切る。
こうしてゆっくりお風呂に入るのも久しぶりな気がする。
乳白色の入浴剤が入っているので僕は安心して浸かった。
「・・・・・・馬鹿」
「ん? 何か言った?」
後ろで祈が何か言ったような気がして振り返ると、何故か少し顔が赤くなっているように見えた。
やっぱり恥ずかしいのかな?
そんな祈をよそに、僕は何故か先程よりは落ち着いていた。
雰囲気で彼女がどうして此処に連れてきたのか分かった気がしたからだ。
「別になんでも・・・無いわよ。 ええと・・・ミチオ?」
「何?」
「キャ!? ぬ・・・濡れるでしょうが!」
「祈が可愛いから撫でてあげただけじゃないか。 それに濡れるのが嫌なら此処まで来なければいいんだよ」
「・・・・・・だって・・・ミチオが・・・疲れるでしょ?」
「久しぶりの仕事・・・だったのかな? まぁ一応仕事か。 体動かしたから少しはね。 それにしても・・・祈ってさっきと様子が違う気がするけど・・・どうして?」
ちなみに撫でたのは頭だ。
「あ・・・。 し、仕事だからキッチリしなくちゃいけないでしょ? それにお風呂に入ったら何か安心したし・・・」
「へぇ・・・。 どっちが本当の祈なんだろうね?」
「わ・・・私は神よ」
またも意味不明な返答。 もはや口癖なんじゃないかと思ってしまう。
それでも普段よりとても素直な祈は可愛い女の子だった。
だからか慌てて言い直してきた。
「あ、べ、別にいつもあんなにキツく当たったりするわけじゃないのよ? でも・・・仕事だから何があるか分からないじゃない・・・。 今日だって一歩間違えたら撃たれてたんだし・・・」
「うん。 祈には感謝してるよ。 本当にありがとう」
もう一度祈の頭を撫でる。 もう彼女の巻いているバスタオルもそれ以外もビショビショになってしまって意味を無くしていた。
そこで僕は思いついた事をそのまま口にしてしまった。
「祈。 一緒に入る?」
「!?」
祈の顔が一際真っ赤に染まった。
僕も言ってしまってから「一応」彼女も女の子だという事を失念していた事に気が付いた。
「え、えとえっと! ままま・・・まぁもう祈は入ったんだし辞めた方がいいよね! これ以上入ったらのぼせちゃうし!」
「・・・・・・・・・」
「い・・・いのり?」
即答で断ってくると思ったら黙ってしまった。
・・・嫌な予感がする。
「入る」
「い”っ!?」
祈はバスタオルを脱ぎ捨て、僕の隣に入ってきた。 いくら子供だからって・・・僕等他人なわけだし・・・。
「パートナーなんだから裸の付き合いもたまにはいいでしょ」
「たまにはって・・・僕等まだ会って数日なんだけど・・・」
「そう? それにしては最後の脱出劇は結構息が合ってたと思うんだけどな私」
そう言いながら恥ずかしそうに笑う祈。
最後の・・・というと、祈が現れてそのタイミングにナノカちゃんと小木曽さんを振り払って逃げた時の事を言っているのだろう。
あの時、祈を見た瞬間になんとなく助かる予感がしたので行動したんだけど、あんな助かり方をするとは思わなかった。
「そうだね。 でも、今更だけど、どうして此処へ? 事務所に戻らない理由があるんだよね?」
薄々分かっていたが僕は聞いて見た。 比較的素直な祈は今なら何でも答えてくれる気がしたからだ。
「もちろん事務所に帰ったら捕まるからよ。 あの小木曽・・・多分偽名でしょうけど、あの女には居場所を知られているんだから今日一日・・・いいえ、当分帰れないでしょうね。 危険が去るまで」
「なるほど。 でホテル」
饒舌な祈に少しだけ驚きながらも先を促す。 聞ける事は聞いていた方がいい。
これからのために。
「そうよ。 だってこっちの方が安いし。 私家が無いから良く利用してたのよ此処」
「家が・・・無い?」
祈のサラッと言った事実に彼女を掴んでしまいそうになったけど、それを堪えて僕は静かに首を傾げた。
彼女の気が変わって話さなくなるよりはいい。
「ええ、こっちには無いわね。 日本に帰ってきたのは久し振りだし」
「へぇ? 今まで何処に行ってたの? 祈は日本人だよね?」
「ニューヨーク。 親は・・・多分日本人ね。 両親は顔も知らないけど。 神だから自然に産まれたんじゃないかしら?」
次々に語られる「事実」。 僕はそれを聞いて大体の彼女の状況を理解した。
人は樹の股から産まれるわけじゃないし、コウノトリも運んできたりしない。
人と人との愛が、今居るような場所で育まれて、そして生命として宿り産まれて来る。
僕だって、祈だって、それは変わり無いハズだ。
だから・・・両親の顔も知らずに孤児として生活している祈は・・・。両親の事を天に居ると思っているのだろう。
天から産まれた女の子。
それが祈というわけだ。
「なるほど・・・それで神ね」
「・・・・・・鋭いわねミチオ。 人が神と呼ぶ者をどう定めるか。 それは人それぞれって事よ」
「ありがとう。 初めて褒められたね。 さて・・・」
彼女の事を今色々知って何か胸が熱くなるような感覚がした。
まだ色々聞きたかったがそろそろ本気でのぼせてしまうので僕は浴槽から立ち上がった。
『あ・・・』
祈と僕の声が同時に上がる。
立ち上がった事で・・・僕は・・・現れてしまった。
「何見せてくれてるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「どぅわあぁぁぁぁぁぁあっぁあぁあっぁ!?」
「見てしまった」祈は僕を手加減無しに突き飛ばした。
僕を軽々と担ぐような子だ。 僕は浴室のタイルを滑ってそのまま浴室から飛び出してベットの端にぶつかって止まった。
「くきゅぅ・・・・・・・」
衝撃で目を回しながら、これからこんな毎日が続くのかと思うと余計に目が回りそうだと僕は陰鬱に思うのだった。
そして夜が明ける。
【聖夜に銃声を 9月1日(8)「愛生罪死」 終わり 9月2日(1)に続く?】
隣で眠る祈。
ダブルベットなので僕は床に寝ようとしたのだが、それは許してくれなかった。
僕としては幼女趣味と疑われるよりはマシなんだけど・・・。
やむなく僕はベットに出来るだけ祈に触れないように入る。
幸い彼女の体が小さくて離れて眠ることは出来そうだった。
だが・・・、祈に背を向けて寝ていると、僕は何かベットが小刻みに揺れているように感じた。
ベットはとても振動を伝えやすい構造になっているのか、実際には震えている程度だったのだろうけど、僕はそれが気になって眠る事が出来なかった。
どうしたんだろう?
僕は好奇心に負けて祈の方を見た。 すると彼女も背を向けて寝ていたのだが、その肩が震えていた。
まさか・・・泣いて・・・?
いくら子供でもやっぱりあんな痴態を晒したのは泣くほど嫌だったのかもしれない。
・・・実際痴態を晒したのは僕だが・・・。
「祈・・・どうしたの?」
僕が声をかけながら肩に触れると彼女は電気が走ったように体をビクッ!と体を一際大きく震えさせた。
「あ・・・、ごめん驚かし――!?」
肩に触られた事で祈がこちらを向く。
そしてその瞳には大粒の涙が・・・。
「い・・・いのり! 僕何か悪い事を・・・いや! なんでもいい! ごめんなさい!」
僕はそんな彼女の姿に居た堪れなくなって素早くベットの上で土下座した。 理由は分からなかったが、知らずに彼女に恥をかかせてしまっていたのかもしれない。
ここは男として誠意をもって謝ろう。 許してくれるまで何度でも。
「え・・・? ミチオ? いや・・・あ、あはははは!」
「えっ?」
そんな僕を見て祈はやはり「大粒の涙を流して笑っていた」。
あれ?
「ちょ・・・ミチオ! これ以上笑わせるんじゃないわよ! ホント・・・可愛かったわよさっきは♪」
「え? え?? 何?? どういう事?」
「だって女の子に免疫が無いのかってぐらい赤くなってたりしたじゃない? もう、悪戯心・・・じゃなかった乙女心をくすぐり過ぎよ貴方♪」
「な・・・・・・もしかして祈・・・」
「えぇ! そうよ? 演技に決まってるじゃない馬鹿じゃないの? アハハハ♪」
こ・・・この・・・。
僕はとても面白そうに笑う祈を見て呆れるしかなかった。
あの素直な祈は・・・全部幻だったのか・・・。
明日からがますます不安になってしまった。
「とりあえず今日は寝るわよ〜明日は学校休みだし、昼前には出て調査しましょうか」
「う・・・うん」
頷きながら僕は一生この神様に敵う気がしなかったのだった。
【今度こそ 9月1日 終わり】