9月1日(7)「闇と影と」
はめられた!
そう思ったが銃口がこちらの頭を狙っているので逃げられない。
立ちすくむ僕の後ろでナノカちゃんが扉を閉めて鍵を掛けるのを気配で感じた。
「ようこそ。 桐梨 壬千夫。 いえ―ブラッディ・イーター」
小木曽さんは悪ぶる素振りで僕の二つ名を口にした。
この女の人は・・・僕を知っているようだ。
だけど・・・自分で言うのもアレだけど、そんなに有名になった記憶は無いんだけど・・・。
「作戦成功率100%。 狙った獲物は逃がさない血を啜る夜の凶鬼ブラッディ・イーター・・・。 いかにもな名前よね」
フフっと笑って小木曽さんは僕を見た。 その蛇のような鋭い視線に身動きが取れなくさせる効果があった。
ついでにナノカちゃんが後ろから僕の腕を取って極めてきたりするのに抵抗も出来ないぐらいだった。
「抵抗はしない事です。 その子の力は並じゃないから腕なんて簡単にへし折れますよ?」
「くっ・・・」
小木曽さんの言う事は間違い無いのだろう。 僕に組み付いているナノカちゃんは女の細腕なんて常識は幻想のようにギリギリと締め上げてきた。
「それじゃあ改めて仕事の話をしましょうか。 貴方に探して欲しい子が居ると言ったのは覚えているでしょうか?」
喋り方は丁寧だが、それ以上に威圧感を感じてしまう小木曽さんという存在。
なるほど。 この存在感は10代なんて事は決して無い。
「嫌だと言ったら?」
僕は挑発するようにキッと小木曽さんを睨む。
だが、身動きが取れない僕が怖くないようで、そればかりか不敵に笑うだけだった。
「フフフ・・・。 だったら明日の三面記事にさえ載らずにひっそりと行方知れずになってしまうだけの話ですよ」
「・・・拒否権は無いんだね。 だけど、その子を探してどうするっていうんだ? 君達の目的は何だ! 君達は何者だ!」
「私達は彼女・・・名取さんを仲間に迎え入れたいと思っているのですよ。 彼女の身体能力は並じゃない。 何者だって言われても名も無いエージェントの集まりだって言うしか無いのだけど・・・強いて言えば「ラビアンローズ」ですね」
ラビアンローズ。 その名前に聞き覚えは無かったが、何かの裏組織なのは間違い無いのだろう。 そして、その組織に名取という女の子を迎え入れる?
その子がどれほどだというのだ。
「後、貴方も。 私達に協力して欲しい。 勿論ブラッディ・イーターとしてね」
そこで小木曽さんが僕の事務所に来た本当の理由を明かした。
彼女は「昼間の僕」に会いに来たのでは無く、「夜の僕」に会いに来たらしい。
それにしても、僕を過大評価してるんじゃないだろうか・・・。
そんな大層に迎え入れられる程僕の知名度は無いハズなのに・・・。
「5年前のバルカンで突然起こった大量殺戮事件・・・その当事者が貴方でしょう?」
ドクン―
僕の中で何かが弾ける様な気がした。
5年前・・・。 バルカン半島のある一角で僕はとある軍に傭兵として雇われていた。
そこで起こった戦闘で、僕の仲間も敵もほぼ全滅するような事態があった。
僕はそういう戦闘はあまり得意じゃなかったのだけど、運良く生き残ったというだけで、僕がどうしたという話じゃ無い。
やはり勘違いをしている。
だって・・・あの時に僕が殺したのは・・・。
○×■○な○○×■だけだったのだから――
「ふぅぅん。 そういう事だったのね」
「!?」
急に誰かの気配が増えた。
暗幕が垂れていた事と、中の電気が薄暗かった事で分からなかったが、部屋の隅から声がした。
その暗がりで腕を組んで立っていたのは・・・。
「いのり!」
「な・・・いつから居たんですか!?」
驚愕する小木曽さんと僕。 ナノカちゃんは見えないのか一瞬反応が遅れたが、僕の脇からその姿を見つけて驚いていた。
確か部屋は鍵が掛かっていたハズなのに・・・何処から入ってきた?
「私は神よ。 ミチオ」
僕の思想をやはり読み取ったような事を言う祈。
なんにせよチャンスだ。
「あの・・・ナノカちゃん?」
「うん? なんなの?」
僕は惚けながらも僕の腕を極めているナノカちゃんに話しかけた。
「言いにくいんだけど・・・さっきから背中に気持ちいいものが当たってるよ?」
「!?」
そうなのだ。 ナノカちゃんは意外に胸があるようで、僕の背中に先程からギュウギュウとその突起物が当たっていたのだ。
それを言ってあげるとナノカちゃんは真っ赤になって自分を抱くようにして後ずさる。
今だ。
「あっ! しまったなの!」
慌てて手を伸ばすがもう遅い。
僕はその一瞬の隙をついて一気に距離を離すと、祈の方へと駆けつけた。
「ごめん祈。 助かった」
「あんな娘ぐらい組み伏せなさいよ。 この軟弱者。 まぁいいわ逃げるわよ」
「了解」
祈は僕の手をとって、暗幕をたくし上げた。 するとそこに面した窓が心持ち開かれていた。
そこから入ったのか・・・。
「に・・・逃がさないですよ!」
小木曽さんが持っていた銃で僕等を狙っていた。
不味い。 こんな距離からだと逃げ場が・・・。
そう思っていると小木曽さんは躊躇無く引き金を引いた。
「甘い」
「!? そんな馬鹿な!?」
小木曽さんが撃った弾は当たらず地面にめり込んでいた。
それは祈が持っていた「鉛筆で」弾を叩き落したのだ。
もはやそれは人間業というレベルを超えている。
「神に手を出した罪。 後でたっぷり償わせてあげるわ」
そう言って僕の手を握っていた手が、腰に回った。 そして―
「うわぁぁぁ!?」
僕は我が目を疑った。 僕の何分の一かの体の祈は僕を軽々と持ち上げると、そのまま抱き抱えて窓から飛び出した。
僕は太ってないけどそんな次元の話じゃ無い。
祈は特に苦しそうな顔もせずに走り続けた。
走りながら彼女は告げる。
「ミチオ。 今回の失敗の償いは体で払ってもらうわよ」
「うえぇ!? どういう意味それ!?」
この後、僕は生きているのだろうか?
身の危険を感じるが、しっかりと祈に掴まれて動く事が出来なかった。
そして、超人的な瞬発力で学園の塀を一気に乗り上げて外に出た。
そのまま数分は知り続けていると、回りの風景がネオン街へと変わっていく。
そして数分後、僕等が辿り着いた先は―
「ら・・・ラブホテル!?」
僕は先程とは違う意味で身の危険を感じるのだった。
【聖夜に銃声を 9月1日(7) 「闇と影と」終わり (8)に続く】