9月1日(6)「宮女散策」
藤野宮女学院
その学園は良家のお嬢様や社長令嬢等が通ういわゆるお嬢様学校だった。
そんなわけで男子禁制。
学園内には親御であったとしてもその敷居をまたぐ事は出来ないとまで言われている。
校門にはガードマンが常に見張っていて、中に入るには身分証(学生証)を見せなければいけない。
「はい、おじさんご苦労様」
「お・・・お願いします」
僕と祈は「偽造した」学生証をガードマンに見せる。
偽造と言ってもそれは良く出来ていて、多分本物と並べても区別がつかない程精巧に作られていた。
「ん。 いいよ通って。 忘れ物なら早くしないと門が閉まるからな?」
「ありがとうございますぅ〜♪ お じ さ ん」
祈が黄色い声でガードマンのおじさんにウインクしていた。
・・・・・・頭大丈夫だろうか?
まぁ、散々頭を打ち付けているのは僕の方だけど・・・。
僕等はあの後、着いて来るとごねる麻兎を振り切って、この藤野宮女学院へやってきた。
勿論「女子学生の制服」を着ている。
祈にしては一応背の低いという得意な女子高生と言えなくも無いが―ちょっと苦しいが―僕に至っては本気で変態だった。 体毛は薄いので足や二の腕は出していても問題無いけど・・・。 この羞恥プレイはもはや拷問だと言いたくなる。
「そういえばミチコ。 何か装備持ってきた?」
「ミチコって言わないでよ・・・。 ええと・・・ペンシルガンぐらいだけど?」
護身用の武器を持ってきたのかと聞かれたので、シャーペンの形をした武器を取り出してみせる。 芯を押し出す所を押すと、小威力の弾が打ち出される。
致命傷は与えられないが、牽制には十分の物だ。
暴発が怖いんだけどねコレ。
場所が場所だけに仕込み杖を持っているわけにもいかない。
「十分物々しいわね。 捕まらないでね? 私はコレ」
そう言って祈が見せてきたのは普通にペンシル・・・鉛筆だった。
僕のように火薬が入っているわけじゃなく、ただの亜鉛が入っているような鉛筆だ。
「ナイフ代わりね。 投げれば投げナイフにもなるし、意外に便利なのよ?」
まぁ、それを首筋なんかに突き刺せばそれだけで致命傷だけど・・・。
「投げるにしては軽量過ぎない?」
「・・・・・・仕方ないわね。 見てなさい」
祈はキョロキョロと辺りを見渡し、そこに一本の樹を見つけて微笑する。
それをじっと見つめてから、彼女は一瞬のスローで鉛筆を投げつけた。
「!?」
「で? 何か言う事は?」
祈は自信満々に樹を指差して言った。
そこには数センチめり込んだ鉛筆が刺さっていた。
「御見それしました・・・祈様・・・」
また彼女の戦闘スキルを見せ付けられてしまった。
彼女が言うには軽い鉛筆でも投げる姿勢と力加減で立派な凶器となるというのだ。
他に代用品としてはプラスドライバー等をあげた。 マイナスドライバーより刺さりやすいらしい。
良い子は絶対に真似しちゃいけないよ?
僕は良い子だ。
「こういう厳重な警備がある場所だから装備が限られてるけど、戦闘は避けた方がいいわ。 私は大丈夫だけど、貴方を守りながらなんて無理だし」
祈の言う通り、もし相手が「厳重な警備」を無視してオートマチックマシンガンでも持っていたら、こんなペンシルでは太刀打ちできない。 勿論、こんな学園内でそんな必要性が迫られるような事があるとは思えないが、職業柄警戒しないわけにはいかない。
名前と身分を偽って近付いてくるような者が現れた事で、日常の危険度が一気に上昇したと言えるのもある。
小木曽と名乗った女の正体は分からないが、身の安全の為には彼女の目的を知る必要があった。
何処にいるのか・・・。
学園は大学院かと思うほど広かった。
「二手に分かれましょう。 もう日が落ちるまでそう時間が無いわ」
祈の言うように既に時刻は16時を回っていた。
まだまだ日は高いといっても、後1.2時間もすれば日は落ちて校門が閉まってしまうかもしれない。
僕は祈の提案に頷いて、中庭のようなところで分かれた。
さて、何処を探そうかなあ・・・。
小木曽さんは幸い学園では目立っているようなので、近くに通る人に聞いていけばいいかもしれない。
いいかもしれないのだが・・・。
生憎僕が喋ると正体がばれてしまうかもしれない。 喉仏は存在する。
「あら? 貴女見かけない子ね?」
僕は急に誰かに声を掛けられた。 恐る恐る向き直ると、そこには長髪の女の子が立っていた。
もみあげが長い事以外は特に普通の子っぽく見えるけど・・・。
僕は喋る事が出来ないのでこの状況は非常に不味い。
「? どうしたの? 気分でも悪いなの?」
何も答えずに押し黙っている僕を訝って、その女の子は顔を覗き込んで来た。
不味い―近くで見られたら流石にバレる!
僕は顔を背けようとするが、その顔を女の子は素早く掴んで来た。
「え、ちょ―」
「あ・・・あなた・・・」
まじまじと顔を見られてしまっている。 近くで見ると、とても綺麗な顔をしているな・・・とか惚けている場合じゃないのに、その女の子から目が離せなくなってしまった。
僕がそんな状態になっているのを知ってか知らないでか、女の子は僕の顔をじっと見てから、今度は制服の方を・・・体を上からしたまで舐めるように見渡していた。
視線が外れた事で呪縛から解き放たれたように覚醒するが、逃げるべきか考えている間に女の子がクスリと笑っていた。
・・・笑って?
「ミチオさん。 こんな所で何をしているの? その格好・・・似合ってるなの♪」
「い”っ!?」
正体がバレた。
だけど、この女の子は僕を知っている?
「あら? 私の事が分からないなの? まーちゃんしか目に映ってなかったかしら?」
「まーちゃんって・・・もしかして麻兎ちゃんの!?」
「はい♪ まーちゃんの友達の樟葉 菜乃華といいますなの。 以後お見知りおきをお願いします」
ナノカと名乗った女の子は僕に丁寧に頭を下げてきた。 僕はその子を知らなかったけど麻兎ちゃんが何か話したりしているのだろう。 顔は写メか何かで見たとか・・・。
だが、最悪の事態ではないが、そこそこ悪い状況なのは変わりなかった。
知り合いとしても、事情を話すわけにもいかないし、何より目立つ行動はしたくなかったからだ。 だから麻兎ちゃんも置いてきたわけだし・・・。
「でもミチオさんにそんな趣味があったなんて・・・。 麻兎が知ったらなんて言うかしら・・・」
ナノカちゃんは何故か笑いを堪えながら携帯を取り出していた。
「・・・何しようとしてるの?」
僕はなんというか虫の知らせで、その後の彼女の行動が読めたので言った。 ナノカちゃんは携帯の側面をこちらに向けていた。
「はい可愛く笑ってなの〜。 日本酒バーボンういすき〜」
ニコリと条件反射で笑顔を作ってしまう。
「って・・・ナノカちゃん!? その写真どうするの!?」
簡単に顔写真を撮られてしまった。 一応裏稼業の人間なのに・・・。
えと・・・口封じしないといけないよね。
残念だけど。
「とっても可愛いので個人用に使わせてもらうなの♪」
そう嬉しそうに言うナノカちゃんを僕は灰色の目で見ていた。
行動は迅速に。 始末は確実に。
鉄則だ。
今やらないと何かの拍子にあの写真が世に出回る可能性がある以上躊躇は無かった。
今手持ちにある武器はペンシルガンのみ。
こんなものでも使いようによっては即死させる事が出来る。
「ええと・・・ナノカちゃん? ちょっとお手洗いまで案内してくれると助かるんだけど」
「え? でも此処って場所柄で女子トイレしか無いなの。 ・・・・・・ちょっと面白そうだから了解なの♪」
ナノカちゃんは少し考えた末にすぐに了承してきた。
でも僕は女子トイレまで行くつもりは無い。 その道なりに暗がりに連れ込む事が出来ればいい。
僕は久しぶりに血が騒ぐ気がした。 人を殺す事が好きだとかいうわけでは無いつもりだが、何度もその手を赤く染めている。 その感覚を思い出しては高揚するしか無いだろう。
僕はナノカちゃんに案内されながら学園の本館の方へと歩いていった。
先行するナノカちゃんを見ながら隙をうかがう。
今の所、連れ込めそうな暗がりや路地は無かった。 比較的広い通路を歩いていた。
本館の中は外気を遮断しているためか、とても涼しかった。
その分僕は余計に冷静になったようで、歩きながら周りの状況を見渡す余裕が出来た。
通路の脇には何かに使われるのか分からない空き部屋が並んでいた。
この先に女子トイレがあるとすればそろそろ行動に出た方がいいかもしれない。
「そういえば、今日は一人なの?」
ナノカちゃんが振り返り、急にそんな事を聞いたので僕は一瞬ドキッとした。
彼女には一緒に入ってきた祈を見られていないのだろうか?
だったらこれ以上こちらが不利になるような事は言えない。
僕は肩を竦めて答えた。
「うん。 一人出来ているよ。 ちょっと野暮用でね」
「へえ・・・。 何の用事なんですか? そんな女装までして」
当然の返答だったので、僕は「用意していた」台詞を伝えた。
一応こういう事態も考えていたのだ。 これでも。
「うん。 ちょっと依頼があってね。 この学園の子が如何わしい商売に手を染めているって情報を確かめに来たんだ」
それを聞いて首を傾げるナノカちゃん。 僕の仕事が何なのか麻兎ちゃんから聞いてないのかもしれない。 そんな彼女に「探偵」と短く伝えると、彼女は手を合わせて瞳を輝かせた。
「うわぁ♪ そんなアナクロ・・・じゃなかったマイノリティな職種をしてる人初めて見たなの♪」
マイノリティって・・・。 まぁ、確かに一般的な職業じゃないかもしれないけど・・・。
若干その言葉に傷付いていると、ナノカちゃんはまた歩き出した。
しかし、少し進んだと思うと振り返ってくる。
何故かとても笑顔で。
「着いたなの」
「え・・・?」
ナノカちゃんが指差す場所はトイレでも何でもなかった。
そこは一つの空き部屋で、暗幕が垂れているのか中の様子は分からない。
ナノカちゃんはその部屋のドアを開けて中へと促した。
僕は意味が分からなかったが、その中に居た人物を見て初めて謀られた事を悟った。
「お・・・小木曽さん!?」
中に居たのはこちらに銃口を向けながら怪しく微笑む小木曽さんだった・・・。
【聖夜に銃声を 9月1日(6) 「宮女散策」終わり (7)に続く】