9月24日「花達の事情」
「君達の処分は見送る事にした。ベースにて指示を待て」
「畏まりました」
「了解なの」
「イエスサーです」
背広の男の号令に三人は答えた。
エージェント集団ラビアンローズ達だった。
男はクライアントであり、数日前に召集されたが、クライアントから告げられた言葉は「処分」だった。
まるっきり晴天の霹靂とまで言わないけれど、心当たりが無かった。
しかし、クライアントの言い分は彼女達には絶対であり、「雇われている側」からすると天命でもある。
ただ、同時に彼女達自身も不透明だった任務の詳細が改めて提示される事になった。
「異端の技術達の監視・暴走阻止」
それが任務だった。
それはTAMであり、汐留祈であり、桐梨…いや、柊壬千夫だった。
先日の小学校のTAM暴動事件により、TAMによる暴挙を防げなかった事、汐留祈と柊壬千夫の身柄を消失した事が処分対象となるらしかった。
2人は異端の技術…その内容も知らされた。
「納得いかないなの! 今更任務内容を明らかにして出来てなかったから処分なんて!」
とある室内の廊下。ナノカの依頼主の前で溜まった鬱憤が炸裂した。
言われたい放題というのは彼女の性に合わなかったらしい。
「まあまあナノカ様。それだから御上は処罰を与える事をしなかったです。警告という意味での事だと思うですよ?」
三人の中で一番新参者のレンが的確にたしなめる。
年はナノカと同じぐらいだが、知識量だけはナノカよりも上だった。
だからと言って彼女自身傲る訳でもなく、礼儀正しく、大人し目の可憐な少女…だが…。
「そうね。私達は後手に回りやすい性質なのだし、いちいち腹を立ててられないと思うわ」
「ですです紗菜様の言う通りです♪」
小木曽に惚れているという性癖が無ければ普通なのだが…。
「……。でも…」
まだ納得いかないナノカだが、事情を聞いた後では言葉が続かなかった。
「祈さんと壬千夫さんがそれぞれの機関に接触して本格的に動き出したら…見極める時はその時…」
厳かな声で言う小木曽。それに他の二人は何かを感じ取ったように同じ様な口調で続ける。
「皆の幸せを守るのが私達の使命なのです」
と、レン。
「壬千夫君達の幸せをも同価値なの。例え私達が屑ゴミとなってもやり遂げて見せるなの」
と、ナノカ。
「ふふっ。でも気高い薔薇のようにね♪」
不敵に微笑み小木曽が続けた。
『散ってなお美しい花屑のように!』
まるでミュージカルのように天に向かって手を差し伸べている三人。
演出があるならスポットライトに照らされているだろうか。
「……何格好つけてんだよお前等…」
そんな三人を冷やかな視線を投げ掛けるように長身の若い男が話し掛けた。
「あら?荒井さんお久し振りです」
何事も無かったかの様に冷静に小木曽は男の名前を呼んだ。
「こんな場所」で会う事も想定していたので驚きはしないようだ。
「誰…なの?」
「あぁナノカさんこの人はーうぷっ!?」
ナノカにとって初対面である事は、小木曽にはわかっていたので紹介しようとすると、荒井という男に口元に大きな手の平を当てられしまった。
「おっと紗菜。なんて言おうとしてる? お前の事だからクソ真面目な紹介になりそうだから止めた。オレだから止めた。面白くないゾ相変わらず」
小木曽をファーストネームで呼ぶ荒井。
「むぅ~決め付けは良くないと思うのですが…」
呼ばれ方自体はどうでもよいように、不満を漏らす小木曽。ナノカの目には親しそうに見えた。
何か縁のある人物なの?という視線を荒井に向けるが、気付いて貰えなかった様で一瞥もしてこなかった。
「じゃあ、お前は「お兄様」という事実無根な説明をしようとしてかなったのか? 可愛い妹よ」
「どっちなの!?」
…本当に気付いて居なかったのはネタだったのか分からないが、ナノカは思わず突っ込まずに居れなかった。
「ナノカ様。その方は小木曽様の血縁者なのですよ。ね? 清丸様」
レンは面識がある様で荒井を名前で呼びナノカに紹介した。
「レン子。ファーストネームで呼ぶなってオレがそっちで呼ばれるの嫌いだって言わなかったか?」
「荒井様こそ「レン子」はやめて欲しいと二千六百6十四時間前に言ったばかりなのですよ?」
「細かいな!?三ヶ月前でいいじゅねえかソレ!?」
「正確には三ヶ月と二十日です」
「知らんわっ! なんだよその余命みたいな言い方わ! というかアレか? 甘えに来たまえへとか言うのか!? オレに仮面でも被れってのかよこん畜生!!」
「……アレは兄じゃないですよ?」
「……真意は了解なの」
小木曽の様子から胸中を察したナノカは、はぁ…とため息をついた。
あまり相手をすると疲れるタイプのようだ。
「まぁ…そんな事より御前等。隠れラボは見付かって無いのか? 『どっちのも』」
「『ブレイン』の方はまもなくって所なのですよ~」
「えっ? 『ブレイン』? レン、なんの事なの?」
「ナノカさんは気にしなくて大丈夫なのです。肉体労働に専念して下さいです」
「TAMの方の研究所が見つからないけど、そっちが見付かれば時間の問題だな。任せたぞ」
「な、なんで貴方が言うなの!? クライアントでも無いのに…」
「……お役人には見えないかね? まぁ気さくなお兄さんだと思っておきな。なのなのちゃん」
「!? 誰が―」
「ほらほら力入れる所が違うわよ。あの人あれでも陸上自衛隊特殊部隊隊長よ。階級はカーネル(大佐)」
「マジなの!?」
「残念ながらマジよ」
「マジなのです」
国防長官直属特殊部隊隊長の荒井清丸。
任務内容は国内の未曾有の事態を収集、鎮圧する事。
今回のようなTAMという超先天的な技術力、軍事力に対抗するために結成されたエリートであり、小木曽達の任務と「同じ位置」に居る。彼らが表で動き、ラビアンローズ達が裏で動くという感じだ。
彼等、彼女達のクライアントは『政府』。
日本国だった。