9月25日「忘れていた来訪者⑦」
「どうなってんだっ!? ミチはまだ見つからねえのか!!」
「へ、へえ! もうしわけありませんっス!」
林原組若頭の菊池 玄吾郎は子分に激を飛ばす。 通称、自称ともに「玄」。
数日前から行方不明になっている自称兄弟分のミチオをここ数日ずっと探していた。
最後に玄五郎が「ミチオ」を見たのは小学校で、彼はその時気を失ってしまったのだが、目撃者―小学校関係者―によると、満身創痍の怪我をしていたらしいので、そう遠くには行っていないと思った。
ところが、市内の病院等の医療施設にはミチオの姿は無く、林原組員数人と玄五郎が捜索しているが、痕跡さえ発見できずに居た。
聞いた怪我の様子から一刻を争う程の重傷の者が近くの医療施設に居ないとなると・・・。
悪い想像しか出来ず玄五郎はかぶり振るが、何処か諦める必要は無いと感じていた。
「根拠はねえが・・・あのミチが簡単にくたばるハズがねえ! お前らもっぺん今度は民家を集中して探してきやがれっ!」
「? 若頭? なんで民家なんでさぁ?」
「アン!? そりゃおめえ、怪我してるミチを匿ってるかもしれねえじゃねえか!」
「わ、若頭~。ひでえ怪我だったってぇ話でしょう? そんな民家なんてトコに居たらそのまま屍に・・・」
「おう? 竜二・・・オレに意見するなんざ偉くなったもんだなぁ!?」
「ひ、ひぃ!?」
「四の五言ってねえで探して気がやれっ! トウヘンボクっ!」
「へいっ!」
玄五郎の一喝で子分の竜二はその声に押されるように駆け出していった。
少しだけ寒くなってきたそんな秋の日の一日だった。
その日の夕暮れ時。 玄五郎は桐梨相談所へ向かう事にした。
今相談所には李麗香という女が居る。
他に居たラビアンローズというエージェント達は戻っていないようだ。
雇い主から仕事が入ったのか、はたまた何か元から戻らないつもりだったのか、その所在は玄五郎には不明だった。
もっともナノカ等は学校に通っているので会おうと思えばすぐに会えるようだが・・・。
地下1階、地上3階の桐梨相談所。
一階の事務所でソファーに座りながら昼間から酒を飲んでいるレイシャンが居た。
もっとも昼も夜もずっとこの調子で特に何かしているという事も無い。 玄五郎が近付くのも気にせず透明で芳醇な香りがする杯を傾けていた。
彼女からもそんな香りがしそうだ。 酒臭い。
「ようっ。 昼間っから酒とはいい身分じゃねえかミチのお師匠さんよ」
「ん? あぁ君は確か小僧の友人だったか? 何か用があったかい?」
今更気付いたように半眼になって顔だけ向けてくるレイシャン。彼女自身武術の達人なので、気付かなかったという事は無いだろうが、酔っていたのかもしれない。
どっちにしろ酔っ払いだ。
「用・・・じゃねえだろうがよ? お前さん一体何してやがるんだ此処で」
「む・・・貴様にお前と言われる筋合いでは無いつもりだが? 私が何をしようと貴様には関係の無い事だ。 それとも酒の相手をしてくれるというなら厳かでは無いが?」
「てめえっ! ミチや姐さんが大変な時に呑気にヤってる場合かよっ!? 理解に苦しむ大馬鹿野郎か! えぇっ!」
レイシャンの態度に玄五郎は怒るが、虫でも見るような顔でそれにケラケラと笑った。
「!! ミチのお師匠さんだってからって容赦しねえぞおいっ!」
その態度に打って響くように掴みかかろうとレイシャンに手を伸ばした。
しかし、その瞬間トロンとしていたレイシャンの目が一気に覚醒した。
「チンピラ風情が吠えるな。 誰に物を言っているか分かっているのか貴様!」
並みの男ならそれで怯んでいただろう。
だが、相手は林原組若頭。 それが余計に火に油を注ぐ。
「てめえわぁぁぁぁ!!!」
満身の力を持ってレイシャンを殴ろうと拳を振り上げる玄五郎。
その拳がレイシャンの顔に到達するまで2秒も無かっただろう。
しかし、そのインパクトの瞬間。
衝撃で吹っ飛ばされていたのは玄五郎だった。
「な・・・?!」
玄五郎には何が起こったのかわからなかった。
気が付くと床に大の字になって倒れていた。
「・・・つまらん。 帰れ下郎」
冷たく言い放つレイシャンは腰を低く落として手の平をこちらに向けていた。 いつの間にソファーから立ち上がっていたのか、いつの間にそこから玄五郎を吹き飛ばしたのか・・・。
全てのレベルが違いすぎていた。
「お・・・オレには聞きたい事があるんだ・・・。 おちおち帰ったとあっちゃ男が廃るぜ!」
「私は帰れと言ったが? 女に言う事を聞かせたかったらそれだけの力を示してもらおうか」
「言うじゃねえか・・・。オレだって林原組若頭を遊びでやってるわけじゃねえんだっ! 示してやろうじゃねえかっ! さっきは油断したが行くぜぇぇぇぇっ!!!」
「ほほう? 暫く動けないと思ったが、中々タフじゃないか。 少し見直したぞ」
「言ってろよっ!」
「だが・・・」
「ぐはぁっ!」
「小僧もそうだったが、貴様も動きが簡単過ぎる。 腕力だけで振り回しているような拳で私を倒す事等できんぞ」
「・・・・くっ! 今のは効いたぜ・・・。 だが、オレを倒すにはまだ足りないようだったな!」
「足りないのは君の頭だと自覚して欲しいものだ。 無駄な突進を繰り返すだけの低脳な男・・・。ましてや祈にさえ勝てないような男が私に挑む等・・・」
「待った~!!」
「は?」
「む?」
死闘を続けようとする二人に大きな声と共に闖入者が現れた。
「すーぱ~あっぷぁ~っ!」
「何っ!?」
現れただけでなく、言うが早いかレイシャンに向けて「飛び蹴り」を放つ。
「蹴りじゃねえかいっ!?」
肩で息をしながらも律儀に突っ込みを入れる玄五郎。 義理と人情の男である。
何にせよ現れた人物に一気に場の空気を持っていかれた感じがした。
「彼女」はいつもそうだ。
「ピンクパンサーEX!」
「おうおう玄ちゃん分かってるじゃないかいチミぃ♪」
あえて俗称(自称だが)を呼んであげると飛び上がりながら喜ぶ名取久美子。もちろん呼んだもの義理だ。
「・・・この間の娘か」
飛び蹴り自体は不意を突かれたが簡単に防いだレイシャンは現れたのが久美子だと分かるとあからさまに嘆息した。
「貴様はこの前負けたのを忘れたのか小娘?」
「うん忘れたっ! てゆ~かアレが本気だったとでも思ってるのかね俺様も舐められたもんだにゃ~」
「・・・ふん。つまらん問答をするつもりは無い。 すぐに地に這い蹲らせてやろう」
玄五郎を牽制しつつ、久美子に向き直るレイシャン。 一度戦った相手なので戦法等は分かっている。
彼女に負ける気はなかった。
2対1なら少しは骨が折れたかもしれないが・・・。
「・・・・・・」
玄五郎はそれを腕を組んでみていた。 1対1で無いと戦わないという事らしい。
男気は認めれるが、損な性格だなとレイシャンは思った。
「余所見してる余裕あるんだ?」
「ぐっ!?」
警戒を解いたつもりは無かった。
まばたき適度の一瞬玄五郎に目を向けていただけだった。しかし、その一瞬で久美子の拳は鳩尾に入っていた。
「まず1ポイント~♪」
「この・・・!」
見た目から想像出来ない思い一撃が腹部を襲った。 だが、堪えられない程ではない。
すぐに反撃しようと神速の上段蹴りを放つが久美子は飛び退きそれを逃れる。
「そらそらそら~♪ いつまで逆に立ってられるかな~?」
「な・・・何だこの速さは!?」
前に戦った時とは別人のような連撃を繰り出す久美子。一撃一撃が軽いわけでも無く、一発まともに当たれば致命傷なぐらいの剛拳を放ち続けてきた。
「悪いけど、手を抜くつもりは無いよ~? だって・・・」
右の拳を大きく振りかぶって必殺の一撃を放つつもりの久美子。 だが大振りで遅くなった攻撃に素早い左ジャブを放って潰そうとするレイシャン。
「貴様にみっちょんの事を聞き出すんだからぁぁぁぁぁっ!」
「!!?」
振りかぶった拳はオトリだった。 こちらの左ジャブの腕を掴まれそのまま後ろに巴投げされてしまう。
「ぐはぁっ!」
投げられた速さで受身さえも取れない程、そのまま地面に叩きつけられた。
レイシャンは流石に息も出来ない衝撃を貰ってしまった。
「一本♪ だじぇ☆」
「・・・・・・・・」
「すげぇ・・・」
見事に完封勝ちだった。 レイシャンはまだ戦えただろうが、勝負という点では完全に負けてしまった。
先程手も足も出なかった玄五郎は素直に感嘆してしまう。
久美子は顔や口調は笑っていたが・・・。
「さあ、吐いてもらおうかにゃ? みっちょんの事や色々知っているのは分かっているんだ俺様はっ♪」
何か内に秘めた怒気という気配の迫力があった。
どうやら怒っているようだ。
「・・・・・・」
そんな久美子を呆然と見ながらレイシャンは自分の体と拳を見つめて黙ったままだった。
「・・・はえ? どうしたのさ?」
「・・・・・・」
流石に不思議に思って久美子が覗き込むように見ると、レイシャンの体が小刻みに震えていた。
「・・・・はじ・・て・・けた」
「え?」
ぼそりと呟くのが聞こえたがよく聞き取れない。
聞き返す久美子に少し声を大きくしてもう一度レイシャンは呟いた。
相手に、そして自分に聞かせる為に・・・。
「はじめて・・・負けた」
「・・・・・・ふぅん」
そんな呟きもどうでもいいように久美子。
「そんな事より知っている事を喋ってもらおうか? 私は優しくないのだよ」
「・・・・わかった。 敗者は勝者に従うまでだ・・・」
久美子が何処から情報を仕入れてきたのか等色々謎はあったが、それでも従わないわけにはいかない。
負けたのだから。
「・・・」
思いっきり蚊帳の外に居る玄五郎はそもそも同じ事を聞きに来たのだから清聴する事にした。
「まず、コレを言っておかないといけない。 全ては何が本当なのかという事だ」
「・・・どういう事かにゃ?」
「私の知っているのは本当だという確証は無いという事だ。 ただ、情報はある程度の確認は取れているので信憑性はある。 そして、それがどういう事態を起こすのかという事に慎重にならないといけないという事だ」
「・・・意味が分からんのだよ。 ハッキリくっきり言ってくれない?」
言われて意を決したようにまっすぐ久美子を見てレイシャンは言った。
「彼等は人間では無いという事だ」
「彼等」。
それは汐留祈の事。
そして・・・
桐梨壬千夫・・・柊壬千夫の事だった。