9月19日③「忘れていた来訪者②
「大丈夫かなぁ・・・」
それから30分程経っても降りてこない二人に僕は心配になってきた。
「レイシャンが襲われると思ってるのミチオ?」
祈はのん気にホットミルクを飲みながら言った。
ミルクを飲む時はとても幸せそうな顔をするのでちょっと面白いけど、今はそれをゆっくり眺めている心境じゃない。
「あの親だからね・・・。 心配はするよ」
「相当嫌いなのね。 自分の親の事」
そう言う祈の表情が一瞬陰った気がしたが、祈は天涯孤独なのだから無理は無い。
あんな親でも生きているだけマシなのかもしれない。
・・・・・・今は納得出来ないけどね?
「そうですか? 私にはとても仲の良い親子に見えましたよ」
とてものんびりと頬に手を当ててそんな感想を呟く小木曽さん。
彼女の目にはコンバットナイフで満身創痍の戦いをしていても「元気があっていいですね」とか言いそうな雰囲気があった。
「縁起でも無い事言わないでよ小木曽さん・・・」
不名誉な事を言われて僕は非難すると、それに頷くように顎に手を当てて祈。
「でも、確かに油断ならない男みたいね」
「そうだね。 卑怯な事では右に出る者は居ないんじゃないかな」
その一言に祈は顎においていた手を滑らせそうになりながら、片手で一瞬顔を覆うようにして見せた。
「・・・なんだかその一言で大体どんな人か分かった気がするけど、そういう意味じゃなくて、アレは仮面だって事よ」
「? 仮面? 変装はしてなかったよ?」
あの親父はヘンタイだが、某アニメのような特殊メイクをした怪盗でも無いのであれはそのままの親父のハズだ。
「・・・・・・自分の親なのに気付いてないってのも間抜け過ぎねぇ・・・」
「??」
なにやら的外れの事を言ってしまったようだった。
変装の事じゃないとすると・・・。
「まぁ、いいわ。 それより何を話しているのか気にならない?」
「そ、それはそうだね。 なんで初対面の師匠と話なんて言い出したんだろうアイツ・・・」
考え込もうとする所に話題を変えられて一瞬戸惑ってしまった。
初対面のあの親父と、レイシャンが話すような事と言っても思い浮かばない。
ただ助平心に口説くつもりなら此処でやっていたハズだし・・・。
なら、皆に聞かせれない事を話しに?
・・・初対面の人相手に??
「じゃあ聞きに行きましょうか」
「え?」
「原始的なやり方だけど聞き耳でもたてに行きましょう。 物音出すんじゃないわよ?」
祈の提案はとても簡単な物だったので素直に頷く事にした。
だけど、それに素早く前に出てナノカちゃんは手を広げて通せんぼしてきた。
「だめなのっ! そんなお行儀の悪い事しちゃいけないなの!」
この子、真面目な子でいい子なんだけど、融通が利かないところがあるみたいだ。
だが、そんな妨害など祈には通用しない。
「あら真面目ね? なら、もし二人が・・・」
「あぅ!? そ・・・それは興味ありなの・・・」
何かを耳打ちされて考え込むナノカちゃん。
僕には何を言ったのか分かったが、その可能性だけは否定したい。 希望的観測だけど・・・。
「でしょう? じゃあ一緒に行きましょうか」
「はい・・・・・・ってダメなの! それこそ二人の邪魔しちゃいけないなの!」
一瞬陥落しかけたナノカちゃんだったが、何処か片隅に残った良心で祈に組みかかった。
急な事で避ける事も出来ず、がっしりと掴まれてしまう祈。
「ちょ・・・何するのよっ!? ば・・・馬鹿力ねアンタ!」
どれだけ最強でも不意を突かれれば祈も捕まえる事が出来るらしい。
それだけナノカちゃんが凄いのか、ただ油断したのか僕には分からないけど・・・。
そんな二人の取っ組み合いの中、騒ぎを聞きつけて面倒臭い人物が現れた。
「ふにぃ~なになになに~騒がしいぞい~? おぉ!? 下克上か!? 俺様も混ぜろぉ~♪」
久美子ちゃんだ。
事あるごとにウチに遊びに来てるので今更驚かないけど「ごめんください」ぐらい一度は言ってほしいよまったく・・・。
「はぁ!? 何沸いて来てんのよアンタ!? ちょっとコラ! 怒るわよアンタ達!」
流石の祈も2対1ではどうにもならないらしく、どたばた暴れているが、抜け出す事は出来そうに無いらしい。
「ぬっふふ~♪ 今こそ積年の恨みを晴らさんでおくべきかぁ♪ なのなのん! そっちから責めてやれぇ♪」
「了解なの!」
「結託までするんじゃないわよぉぉぉ! ミチオ! 助けなさいよ! あれ? ミチオ? ミチオーーーー!」
「らしい」が多かったのは僕はその時はもうその場に居なかったからで・・・。
遠くに祈の悲鳴を聞きながら、僕は静かに2階への階段を上がる。
親父の部屋は2階。
個々の部屋は基本的に2階に集まっている。
「あんな魔境でじゃれ合う程体力は無いよね普通の人間は。 さて・・・」
階段を上がってすぐの所に親父の部屋―両親の部屋―はあった。
扉に音を立てないように耳を当てて中の様子を探った。
「――事は無い」
「・・・では、親父殿は私に道化師になれと?」
親父とレイシャン。 二人の声が聞こえた。
道化師?
「私も確証は無いがね。 だが、アレを見たらそうとしか思えないしな」
親父は何を見たのだろう?
帰ってきて見た物と言えば・・・。
数年ぶりに返って来た相談所。 そして僕。
見た事の無い新参者達。
そんな所だろう、
「・・・親父殿。 では・・・―ん?」
「どうした?」
「・・・いや。 分かった。 彼の事は任せて貰おう」
「いつまでも子供だからなぁ。 ビッシリ鍛えてやってくれ」
この親には子供だなんて言われたくないが、ツッコむわけにはいかないので必至に堪えた。
しかし、次の瞬間―
「了解した。 まずは――」
「うわっ!?」
部屋の扉がレイシャンによって開け放たれた。
その反動で僕は廊下に派手に転がってしまう。
「こんな下賤な真似をする根性から叩きなおしてやろう小僧・・・」
「あ・・・はははは・・・気付いてたんですね師匠」
転んだままの僕を見下ろして冷やかな微笑を浮かべるレイシャン。 美人の冷笑ってどうしてこんなに恐ろしいんだろうね・・・。
「ははっ。 中々いい感じだなぁ。 壬千夫一つ聞きたいんだが・・・」
「な・・・なに?」
そんな僕の様子を楽しそうに親父は見ながら、質問してきた。
「祈ちゃんの事覚えているか?」
祈の事を。
「え? あ・・・昔会ってたみたいだけどそこまでは覚えてないけど・・・」
「ふぅぅん。 ならいいや。 がんばれよ」
「うん。 ・・・え? な・・・なんでアンタに言われないといけないんだよっ!」
「そりゃ当然」
そこで一区切りして、大袈裟に腕を組んで威張って親父は言った。
「親だからだな」
いつか戸籍上から抹消してやろうと僕は固く誓うのだった。
「こおらぁぁあぁぁぁ! 何見捨ててんのよぅ!」
僕が肉親に最大の愛情(殺意)を注いでいると、祈の叫び声が階段の下から聞こえてきた。
「あ、祈抜け出せたんだ・・・っておわっ!?」
その姿に僕は絶句する。
祈は何故か・・・・・・全裸だった。
「とにかく服着てくるから後で覚えときなさいよっ!」
どれだけ激しい取っ組み合いをすればあんな事になるんだろう・・・。
というか、この後僕殺されるかもしれない。
・・・・
逃げようかな?
「元気な子だな」
「あぁいい子だ」
ほがらかに親父とレイシャンは温かい目で見ていた。
さっきまで初対面だったハズなのに妙に他人行儀な緊張感が見えない。
「頑張って殴られとけよ息子よ。 女の子を見捨てるようなヤツは」
「馬に蹴られて死んでしまえ」
「なんで息が合ってるんだよぉアンタラぁ~~!?」
逃げちゃダメらしい。
自分の部屋に大急ぎで入っていく祈の後姿を眺めながら、次に扉が開くのを僕は沈痛な思いで待つのだった・・・。
その後、僕は宣言通り祈にボコボコにされ、その隙を狙って久美子ちゃんが襲いかかろうとしてきたのでコルト・キングコブラで追い返したりしたり・・・。
そんな事をしていると、親父は返って来た服装そのままに、軽く手を上げて僕に一言言ってきた。
「ちょっと銀行に行って来る。 すぐ戻らない」
「あ、うんいってら・・・・ってまた放浪する気かアンタはっ!?」
「わははははは~! しーゆーあげいん~♪」
何故か上機嫌に親父は相談所を出て行った。
「全く・・・ん? 銀行? まさか・・・」
出て行って少ししてから僕は唐突に気が付いた。
親父に基本的に銀行に行く用事なんて無い。
借金を返すような事は彼の経済力と甲斐性には無いからだ。
それなのに自分から銀行に行くという事は・・・。
お金が出来て降ろしに行くという事だ。
家に置いてある財産は事務所の金庫に入れてある。
そこには・・・・「祈に貰った小切手」も・・・。
「やられた!」
急いで金庫を確認すると、やはりそこあった「小切手」が無くなっていた。
やっぱりあの親は最低な人間だ。
人の物を盗るような男を誰が好きになるというのだろう・・・。
「ん?」
小切手は無くなっていたが、代わりに小さな紙切れが入っていた。
置手紙のつもりか、多分親父が書いたメモだろう。
僕はそれを拾い上げ、メモを開いて見ると・・・。
<その子 汐留祈じゃないぞ>
そんな一言が書かれていた。