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聖夜に銃声を  作者: 霧香 陸徒
1部
38/49

9月7日~9月8日「終わりは無い今日」

 岩倉研究所というのが何処にあるのかと言えば、僕の事務所から歩いて5分ぐらいの場所にあった。


 そんな近くにあって気付かなかったのは、特に気にしていなかったからだ。


 


 出て行ってしまった祈を探すのに、まずは出て行く前に「後始末を付ける」と言った岩倉研究所を調べる事が先決だと思ったわけなのだ。


 後から考えるとその事についてはラビアンローズ達と利害が一致しているとは思った。 彼女達は元々その研究所の無力化が目的であるのだから。



 だが、調べた結果、研究所に怪しい所は無く、試作AMと言っていたような物がある事実等は見つける事が出来なかった。


 そして同じ様に祈の痕跡も見当たらなかった。



「どういう事? ここはきな臭い事をしてるって話だったよね?」


「分かりませんです。 ただ、祈様の痕跡については彼女が故意に消している可能性は捨て切れませんです」


 レンちゃんに岩倉研究所について調べてもらっていたのだが、その成果は何一つ上がらなかった。


 

 林原組やナノカちゃんは聞き込みに回っていて、小木曽さんはその情報を纏めている。


 

 そして僕は・・・。



 何もしていない。


 

 小木曽さん達に相談所の留守番を頼まれているのだが、要は「下手に動いては対象を遠くへ逃がす可能性がある」と言いたいらしい。


 それならば捜索をしている事だけでも、祈に勘ぐられると思ったのだが、小木曽さん達はそこまで時間を書けるつもりは無く、人海戦術により短期決戦のつもりで、気付かれる前に捕まえてしまおうという作戦だった。



 だが、相手は「あの」祈である。


 まさかと思い付近の宿泊施設の記録等を調べてみたのだが・・・。



 汐留 祈 で宿泊をしている記録は9月7日だけで50件以上あった。



 ダミーが49件あるという事だ。



 今、その一件一件を確認してもらっている。



 そして、数時間後。


 結果は出た。


 

 「結果は何処にも宿泊していない」という報告で幕を閉じた。



 これはすでに祈には捜索は気付かれていて全てが嘘の情報だったという事だった。


 

「フフフ・・・。 流石祈さん。 一筋縄ではいきませんね・・・」


 小木曽さんが不敵に笑みを浮かべて、赤ペンで広げていた地図に50個目の×を付ける。


「50件全て電話予約でされ、その内の30件は実際にエキストラが宿泊していたようですよ。 手の込んだ事をします」


「残りの20件は予約だけって事? 宿泊記録じゃなかったの?」


「残りは宿泊自体が9月7日より前・・・つまり宿泊している名前自体を変えたという事のようですね。 その事態に気付かなかったのか、気付いていてホテル側に圧力が掛かったのか・・・多分両方かもしれません」


「電話の声紋から判別してますが、多分それも偽装されているでしょう。 発信はプリペイド携帯のようですが、その番号も10件以上違う番号からになっています」


 どんどん祈の工作情報が入ってくる。


 人一人を捕まえるのは簡単だと息巻いていたが、時間が経つにつれて「汐留祈」という人物の恐ろしさが浮き彫りになってくる。


 ただの少女などでは決して無い。


「この分だと不審な行動をしている者を探すという条件では無理でしょうね・・・。 彼女がそんな迂闊な事をするとは思えなくなってきました・・・」


「生命活動をしているのならば、何処かにその証拠が必ず残るハズですです。 それがこれだけ探しても見付からないっていうのは・・・異常過ぎますです!」


 小木曽さんも夜中だというのに鳴り止まない電話とメールの対応に追われ、そのどの報告にも有力な情報が無い事にうなだれ、レンちゃんも最初はありありと見えた自信も、すでに青ざめた顔になっていた。



「もう・・・死んでいるって事は・・・無いよね?」


 僕は聞いていいか分からなかったが一番最悪の事態を口にした。


「それはあり得ません。 もしそうならそれこそ何も出ない事は無いです。 生きているからこそ妨害活動が出来るのです」


 だが、それはレンちゃんにキッパリと否定される。


 


 時刻は深夜1時を回っていた。


 それまで騒がしかった事務所はそろそろ落ち着いていく時間帯になっていた。


「今日はもう駄目かな」


「そういえば、ナノカ様遅いです・・・」


 そんな時間になっても聞き込みに出ているナノカちゃんが帰ってこなかった。


 数時間に一度定時連絡をしていたのだが、この2時間ばかりその連絡がパッタリと途絶えていた。


 小木曽さんを見ると、少し顔が強張っていた。


 ナノカちゃんは小木曽さんの娘だ。 自分の娘の帰りが遅くて心配しない親は居ないだろう。


「大丈夫ですよ。 あの子だって一人前のエージェントです。 何か有益な情報を手に入れている最中なのかもしれません。 信じて待ちましょう」


 そう言った小木曽さんの表情は、正直あまり見たくない感じだった。


 娘を信じきった顔。 疑う余地など無いといった顔だった。


 だが、2時間も連絡が無いというのは・・・。


「ナノカさんとの付き合いは私が一番長いのですよ? 私が信じなくて誰が信じるというのですか?」


「その姿勢は偉いと思うけど・・・。 それは盲信と言えなくも無い?」


「そんな事は無いですよ。 この世にあの子をどうにか出来る人なんて居ませんから」


「・・・親馬鹿だね。 あぁ、ナノカちゃんから聞いたんだけどね? ナノカちゃんは話さないでって言ってたから僕が言ったって言わないでね?」


 ナノカちゃんは確かに優れた人材ではあると思うけど、この世の中で一番というわけでは無いだろう。


 だから完全に小木曽さんの贔屓目だった。


 そんな小木曽さんに非難では無い「馬鹿」という言葉を贈呈してみたのだが、その言葉を受け取って小木曽さんは固まった。 目を見開いて僕の顔を見ていた。


 ・・・なんだろう?


「どうしたの? 僕変な事言ったかな?」


「あ・・・いえ。 ミチオさん。 ナノカさ・・・ナノカがそう言ったのですか? 私を親だと・・・」


「あ、うん。 違うの? 嘘を言っているような感じじゃなかったけど・・・」


「・・・・・・違います。 私とナノカは年がそこまで離れていません。 ミチオさん失礼です」


 小木曽さんは怒ったようにプイ!と横を向いて頬を膨らませた。


 その仕草は確かに子供っぽい。 いや、実年齢には関係無いだろうけど・・・。


「そんな事言っても僕は小木曽さんの年を知らないよ。 ナノカちゃんは確か17だっけ? それから離れてないって事になると・・・」


 娘という事になると単純に計算しても最低30以上でなくてはならない。


 だが、小木曽さんは見た目はどう見てもまだ20台程で、そう考えると辻褄が合わなくなってしまう。


 そう思って改めて小木曽さんを見ると、彼女は瞳から液体を垂らしていた。


 いや、涙を零していた。


「わ!? ぼ・・・僕が悪かったです! ごめんなさい!」


 泣いている相手に「なんで泣いているの?」なんて聞けるわけも無いし、とにかく僕は謝った。


 理由は思いつかないが、流れ的に僕が泣かしてしまったとしか思えなかったし。



 だが、頭を下げる僕に、小木曽さんは「違うんです・・・」と繰り返した。


「あの子が・・・私をお母さんと呼んでくれたのが嬉しくて・・・。 血は繋がってませんが、家族みたいな物なんですよ私達は・・・」


 良く分からないが、そこには僕の知らない人間ドラマがあるようだった。


 あまり興味が無かったが、そんな大事な娘(同然の子)が帰ってこないという事実について何の解決にもならない情報だったからだ。



 だが、それもその後の一本の電話が解決させた。



 あまり良くない状況で。



  受話器を僕は軽い気持ちで取ったが、その相手が思いも寄らない相手で一瞬戸惑ってしまった。


「はい。 桐梨相談所です。 え!? はい・・・。 はい。 ・・・分かりました。 すぐに行きます。 場所は・・・。 はい。 ・・・・・・それで今ナノカちゃんは・・・。 なるほど・・・分かりました。 では」


 ナンカちゃんの名前が出た事で小木曽さんが激しく反応したが、受話器を奪い取られるという事は無かった。 あくまで冷静になろうと努めているようだ。


 電話の相手は・・・病院からだった。


「いま、病院から電話があったよ。 ナノカちゃんは怪我をしてしまったらしい」


「!?」


「命の別状は無いみたいだけど、頭を強く打っているみたいで今は意識が無いらしいよ。 病院は近くの中央病院みたいだから行ってみる?」


 小木曽さんは返事をするのも面倒だと言わんばかりに外に出る支度をし始めた。


 僕は嘆息して病院への地図を描いてあげた。


 電話に出た僕は分かったが、どうやら軽傷のようで、特に心配する程でも無いらしいから意識が戻るのを待った方がいいと思った。 


 親(代わり?)の小木曽さんにとっては限界だったのだろう。 僕から地図を受け取ると、すぐに出て行った。


 その後ろにレンちゃんが当然の様についていった。



 僕は、事務所を留守にするわけにも行かないので待機するつもりで見送った。


 

「・・・・・・」


 僕一人だけになって事務所は夜の帳の中に静寂を取り戻していた。


 それが今までの騒動の終わりのような静けさな気がして僕は安堵の溜息を付いた。



 汐留祈という人物が居て、その人物が僕の生活を滅茶苦茶にした。 それが良い意味だったのか悪い意味だったのかと言えば、楽しかったと思う。


 だが、彼女は自分の意思でこの場を去ったのだ。


 それを無理に連れ戻して良いのだろうか?


 そんな事は今必死に探してくれている人達に悪いので言えないが、僕の心の中は酷く冷めていた。


 

 確かに祈の事は嫌いじゃない。 むしろ好きな方だ。


 だが、彼女は最後の手紙で「忘れてくれ」と願ったのだ。


 

 好きなら・・・忘れてやるのがいいのでは無いだろうか・・・。



 あれだけインパクトの強い女の子を忘れるなんて出来るとは思えなかったが、考えないようにする事は出来るハズだ。


 僕の人生の中で台風のように過ぎていった汐留祈。


 時々思い出して含み笑いをしたりとか・・・。



 償えなかった罪の意識も忘れてしまう程の遠い未来に僕は期待した。


 

 でも・・・・・・



 自殺は無いと思う。


 どんな事情があっても、今まで生きていたというのだから価値のあるものだったハズだ。


 僕の心の中に中々消えない物を残して行ったのだ。 その責任だってある。



 なにより・・・・・・それが全部僕の為だっていうのが気に入らない。


 頼んでいないし、どこまでも勝手に動いていたのだ祈は・・・。



 本当に馬鹿な娘だ。


「ホントに・・・馬鹿だよ・・・。 何が楽しくて・・・僕なんかの為に・・・」


 言葉とは裏腹に僕は一人涙を流していた。


 その事にも気付かないぐらいに僕の頭の中は麻痺していたのかもしれない。


 そうなるぐらい・・・自分でも気付かないぐらいに・・・僕は・・・



 祈が好きになっていたのかもしれない。





 ―――――!!!


「!?」


 深夜の事務所にけたたましく電話が鳴る。


 病院に行った小木曽さん達からかと思い受話器を取りながら、僕は時計を見た。


 小木曽さん達が出て行ってまだ10分も経っていない。


 病院までは最低でも20分ほど掛かるハズなので、小木曽さんとは違うのかもしれない。


「もしもし」


 僕は受話器に話しかけた。


「・・・・・・」


 しかし返事は無かった。


 

 悪戯電話か? と思い受話器を置こうとすると、そこで声がやっと聞こえてきた。


《・・・・》


「?」


 受話器に再び耳を当ててみると、女の声がしていた。


《・・・オ・・・にげて・・・》



 ブツッとそこで相手から電話は切れてしまった。


「? なんだったんだろう? 鬼げて?」


 僕は聞こえてきた声が聞いた事のある声だという事を考えないようにしていたようだ。


 それは良く知っている声で、その聞こえた言葉からどういう事を言っていたのかも分かったが、それを頭が理解しようとしなかった。


 電話の主は「逃げて」と言っていたのだ。


 「ミチオ、逃げて」と。


 

 電話の相手は・・・祈だった。



 祈が逃げろという事は・・・



 ガシャーン!


 窓ガラスが割れて人影が事務所に現れた。


 人影はすぐに何かを投げて、事務所を照らしている蛍光灯を全て割ってしまった。



 暗闇に包まれる事務所の中に侵入者。


 それは長身だった。


 長身と言っても「女にしては」だ。



「探す手間が省けたって事だね・・・祈。 ううん。 ミノリかな?」


 闇の中で凶刃を煌かせながら、僕等は対峙した。



 18時間ぶりの彼女は見違える程の「別人」だった。


 祈は自分の中に居る「ミノリ」を自制出来なかったのか・・・。


 

 そこに電話がまた鳴った。


 今度はそれが誰かなんて言っている場合では無い。


 それが合図となって、僕とミノリ(?)は動いた。



 怪我をしている左腕が痛んだが、今は泣き言は言えない。


 目の前にあらわれた敵を打ち倒す事が先決だ。


 それで全てを清算する気持ちで僕は愛銃を握った。


 数分後にはどちらかの死体が発見されるだろう。



 桐梨相談所に銃声が響き渡った。


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