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聖夜に銃声を  作者: 霧香 陸徒
1部
35/49

9月7日(1)「過去の記憶と誤差」

 5年前に傭兵部隊に居た僕は、某国の戦争に借り出されていた。


 部隊での通り名は「ブラッディ・イーター」。


 血を啜る野獣。


 そんな忌憚な名前を付けられていたのは、ある作戦の後からだった。



「HEY! 貴様のせいで部隊が全滅じゃねえか! どうしてくれるんだ!」


「そ・・・そんな事言われても、あれは仕方無かったと・・・」


「仕方なかったぁ!? 今貴様仕方なかったと言ったのか!? お前の周りに居た味方はお前に撃たれたんだよ! お前のクレイジーな弾が命中してたって話だ!」


「おいおい。ウイル。 そんなに興奮するなよ。 ジャップのガキが怯えてるだろうが」


「怯えてるぅ? リッド。 俺はコイツの頭の悪さに怯えるぜ! コイツは狂乱して味方を撃ったんだぞ!? 今すぐ撃ち殺してやりてえぐらいだ!」


 ウイルという体格の良い軍曹と、リッドと呼ばれた長身の軍曹が僕の周りで騒いでいた。


 僕は今言われたような事があったと思っていない。


 気が付いたら屍の山に座り込んでいただけなんだ。


 

 ウイルの言う通り、僕が狂ってしまってやったというなら、それを止める事が出来たハズだ。 歴戦の勇者達なら・・・。


 僕のような子供に全滅させられるような事は万が一も無いだろう。


 

 だから、これは相打ちになってしまった事への当て付けなんだと思う。


「いいかガキ! 大佐の命令だから部隊に入れてやったが、俺はお前みたいな乳臭いガキが一番嫌いなんだあ! しかも日本人だぁ? 平和ボケしてる日本人は娯楽でドンパチやりに来れる程腐ってやがるのか? おう! どうなんだガキ!」


「ぼ・・・僕は・・・」


「ウイル。 飲んでいるな? 軍規に飲酒は禁じられていたハズだが?」


「飲まずに居られるかってんだ! こいつが殺した部隊にはなぁ、俺の弟も居たんだぞ!」


「・・・ウイル・・・。 それは戦争では仕方の無い事さ。 それにこの荒れた戦争に生き残っているっていうこの子供は、悪運だけじゃなくそれだけの技術があるって事だ。 物は考えようさ」


「へん! 俺には死神にしか見えないぜ! ガキ! お前は今日からブラッディ・イーターだ! 血が大好物な腐った獣め!」


「・・・・・・」


 この時の会話が広まり、僕はブラッディ・イーターと呼ばれるようになった。


 まったくの汚名であり、それを賞賛の意味で使う者は居なかった。




 その後の戦闘では僕は最前線に立たされた。


 近代戦等で歩兵など物の数では無いが、そんな冷遇をされても僕にはそれを潜り抜ける度胸は無かった。


 だから、戦闘が始まると、僕は安全な場所を探して戦闘が終わるまで隠れていようと思った。



 そこで空き家となっていた民家に逃げ込み声を潜めて座り込む。


「こんな所に送りつけて・・・親父め・・・帰ったらぶっ殺してやる・・・」


 実際に帰って逆に殴り飛ばされる事になるのだけど、それは後の話。


 今は生きる事で精一杯だった。



「ちっ! ブラッディ・イーターは何処に行きやがった!」


「さあね? 屍の山の一番下じゃないか?」


 外でウイルとリッドの声が聞こえる。


 ただの傭兵の一人の僕の事等殆ど気に止めてないような感じだったが、隠れているのが見付かれば殴られるだけじゃ済まないかもしれない。


 僕は一層息も止める程岩のように動かないように努めた。



 コトッ・・・


「!!」


 小さな物音がした。


 空き家だと思っていた民家には誰か居たのか!?


「あ・・・あぁ・・・・貴方は・・・誰?」


「え・・・日本人?」


 声に懐かしい物を感じたと思ったら、それは小さな女の子だった。


 年は僕より2.3才年下と言ったところか。


 そんな女の子が僕を怯えたように見ていた。


 

 武装しているんだから当たり前かもしれないが・・・。


「君はこの国に観光にでも? 今は見ての通り戦争中だよ」

  

 観光でこんな場所に居るとは思えなかったが、他に言葉が思い浮かばなかったのでそんな的外れな事を言ってしまった。


「・・・戦争屋さん? お名前はなんていうのぉ?」


 少女は僕の話を聞いていないかのように、何処か焦点の合っていない虚ろな目で聞いてきた。


「名前? ブラッディ・イーター・・・・・・じゃなかった。 ミチオだよ。壬生の壬に、千本ノックの千に、夫の夫だよ・・・って壬生って分かんないかな?」


 見た目は簡単だけど、常用漢字でも無いし、人に説明する時に困る名前だと我ながら思った。 名付けたのは親父だけど、画数が少ないって点だけは嫌いでも無い。


 だけど、そんな事はどうでもいいようで、「読み」だけを少女は繰り返して呼んできた。


「ミチオ・・・・。 ミチオおにいちゃんだね。 お兄ちゃんお願いがあるの」


「お願い? ここから逃がして欲しいっていうなら僕には無理だよ。 そんな度胸も力も・・・」


 隠れて逃げているだけの臆病な子供だから、誰かを守ってやるなんて出来やしない。


 こんな異国の地で人をゴミのように打ち倒すような場所で居る事にも耐えられずに逃げているだけの、臆病な僕なのだから・・・。


「ううん。 お兄ちゃんには力はあるよ」


 何処に根拠があるのか、少女は意外にハッキリしていた。


 だが、守れないと思う背徳心からか、少女をハッキリと見れなかったのだが、その後の台詞で「少女の状態」を見てしまって僕は声を上げそうになってしまった。


「だから・・・私達をころしてください」


 少女は額から血を流し、苦痛に歪む表情のまま僕を見ていた。


「今すぐ・・・らくにしてくだ・・・さい・・・」


 いや、少女の目は僕というより、僕の武装・・・銃を見ていた。 その銃が何の為に存在しているのか、僕より知っているような目だった。

 その少女の頭の怪我と、その濁った瞳で何を見て、何を体験してきたのか・・・僕には知る由も無かったが・・・。


「!? 君その怪我!?」


「おねがいしま・・・す・・・もう・・・いたいのはや・・・だ・・・」


 涙ながら懇願する少女。 その目には希望の光も無い。


 世の中に絶望して諦めている目だった。


「う・・・僕は・・・そんな・・・」


 年端のいかない少女に迫られて、僕は困惑した。


 お菓子をくれとか、頭を撫でてくれというならば躊躇は無かっただろうが、こんな事を言われて落ち着けという方が無理だ。


「・・・おにいちゃん・・・わたしをころして・・・」


 ころしてころして と、少女は何度も繰り返す。


 その言葉が僕の頭の中に幾つも駆け巡り、何度もリフレインする。


「おねがい・・・はやく・・・その銃で・・・ころ・・・して・・・!」


「う・・・うわあぁぁぁぁぁあぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!!」


 繰り返し懇願する少女の声に、僕は混乱して一発銃を撃ってしまった。


 コトッと倒れる少女。


 頭部から大量の血を流していた。


 

 僕の手で、何の罪も無い子供の命が・・・・終わった。



 倒れる少女の傍らに、もう一つ小さな体が重なるように倒れていた。


 その向こうに・・・二つの大きな死体。



 そちらは両親だろうか・・・。


 

 血に染まった床と、跳ねてきた血で一面が真っ赤に染まっていた。



「ふ・・・・・・・く・・・・く・・・あは・・・・あははははははははははははははははっ!!」


 我知らずに笑い出していた僕。



 その声に先程通り過ぎていったウイルが戻ってきたらしく、民家の中に銃を構えて入ってきた。



 そこに僕の姿を見つけて銃口を向けるウイル。


「なんだ!? おっ! ブラッディ・イーター! こんな所に居たのか! お前・・・民間人に手を出しやがったのか!?」


「はははは・・・・。 あ・・・。 ち・・・違うんだ・・・僕は・・・頼まれて・・・違う・・・僕は・・・」


 弁解しようにも出来ない状況だった。


「違うってお前の銃でお前が撃ったんだろ! お前民間人に殺したって事は法廷で死刑だ! 良くやってくれたよオイ! お前のせいで俺達まで同じ汚名を受けるんだぞ! この野郎・・・!」


 ウイルは怒りに任せて銃口の引き金に指を掛けて、撃とうとしていた。


 その一発の銃弾で、僕も傍らに倒れる少女達のように冷たくなるんだと思うと・・・。


 

 僕は動いていた。


 がむしゃらに銃を構えなおして相手より早く引き金を引く。


 

 パン!と乾いた銃声が響き、ウイルはその音がして数秒もしない内に絶命した。


「ウイル!? おいウイル! この・・・狂ったジャップめ!」


 その音にウイルと仲の良いリッドも現れた。 ウイルと同じ様に殺気立っていた。


 僕の姿とウイルが倒れている事で一瞬で状況を飲み込んで、すぐに反応したリッドは優秀な兵士だったと思う。



 だけど、僕はそんなリッドの反応より早く引き金を引いていた。


 一瞬の躊躇も無くなってしまっていたのは・・・興奮状態だったのかもしれない。



 民間人の少女を撃ち、先程まで仲間だった二人の傭兵を手に掛けた僕は、「僕以外誰も居なくなった空き家」で今起こった一瞬の惨劇に現実味が無いように思えてしまった。


 ブラッディ・イーターの名前で呼ばれていた事に、その時初めて自覚してしまったのだ。


 撃った事で興奮するような狂った人間だったのだと・・・。




「どうしたんだ! な・・・これは・・・」


 そこにまた別の兵士が現れた。


 僕には面識が無かったが、どうやら味方のようで、撃ってくる事は無かったが、惨状に言葉を失ってしまっているようだ。


「民間人の負傷者が居ました。 病院へ搬送をお願いします」


 あたかも今発見したかのように言う僕。


 実際に撃った民間人は多分助かるとは思わなかったが、言うだけいってみただけだ。


 僕はせめてもの償いを放棄したのだ。 最後を見取るという事を・・・。


「お前は確か・・・まぁいい! お前は前線に戻れ!」


 兵士は僕の噂を知っていたようだが、一瞬口篭っただけで、すぐに追い払うように言い放った。


「サー」


 僕は短く了解した。






 そこで僕は戻る気は無かった。


 民間人を手に掛けた事や、仲間を撃った事が知れたら僕は命は無いだろうから・・・。



 僕はそれから逃げるように戦地を後にした。












 あれ?


 ・・・「あの時」撃ったのは一発だったような・・・。


 じゃあ僕は撃ったのは・・・。


 ミノリの方だけ?


 いや、どっち??


 撃った少女は本当に・・・ミノリ? 


 名前を聞いたわけじゃないし、顔だってちゃんと見てないし・・・。


 頭に・・・風穴が空いて助かるハズも無い・・・。



 という事は・・・記憶違いだというのか?



 考えても答えが出なかったので、僕はベットから身を起こした。



 いつもの自分の部屋のベット。


 部屋の机に写真立てがあって、そこに笑顔で映っている僕と、数人の戦友。


 そこにはウイルソンという男と、リチャードという男も一緒に映っていた。


 

 二人は最後こそ仲は悪かったが、僕と出会った当初は良くしてもらった人達だ。


 日本人と言う事にも他の者程敵意も無く、単純に認めてくれたりもしていた。


 ある作戦でウイルの弟が居た部隊が全滅した事で・・・その関係も壊れてしまったのだが・・・。


 そんな人達まで僕は・・・。





 

 今日は土曜日で、祈は学校は休みだった。


 時間はあるので聞いてみようと思い、彼女の部屋に行こうとした。



 過去にあった事は衝撃的過ぎて、記憶錯誤が生じているのかもしれない。



 僕一人の見解では物事は正しいとは言えるわけが無いのだ。



 僕はふと、部屋の窓から外を眺めてみた。


 そこからそろそろ秋の風が吹いてきているようで、青く茂った木も色が少しづつ変わっていこうとしていた。


 

 この相談所は駅から近く、駅から伸びるイエローワンダーストリートと呼ばれる銀杏並木を見る事が出来る。


 夕方頃に赤く染まった空とのコントラストがとてもアーティスティックで綺麗なのだ。



 どんな罪を犯した者でも、その景色を眺める事が出来るのだから幸せだと思う。


「いや・・・罪を償っていない僕に、この景色を見る権利はあるのだろうか?」


 ひとりごちる。


「権利ならあるんじゃないかしら?」


「うわっ!? い・・・のり? いつの間に・・・」


 いつの間にか祈が隣に居て、同じ様に外を見ていた。


「何言ってるのよ? 昨晩は一緒に寝たでしょ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」


「力使っちゃったから抑えるのに添寝するって事になったでしょ? 覚えてないの?」


「え・・・えと・・・・え・・・・。 あのさ・・・僕は了承したの?」


 昨晩というか、今朝戻ってきた時には疲労が眠気に変換されてすぐに布団に入ったと思う。


 その後の事は・・・正直覚えていない。


「おかしな事言うわね。頷いたわよ? 意識は無かったみたいだけど」


「それって僕は寝てたんだよね!? 頷いたって無意識だってば!?」


 頷いたっていうのは多分、祈が頭を掴んで頷かせただけだろう。きっと。


 器用に寝ながら返事したという可能性もあるが・・・。


 だけど僕の意思じゃないって!


「何慌ててるのよ? 大丈夫よ。変な事してないから。 ・・・・・・ちょっと触ったけど」


「ちょま・・・! 何処を!?」


 慌てて大事なところを抑えてしまう僕。


 それに祈はみるみる顔を赤くしてしまった。


 どうやら違うらしい。


「・・・ミチオ。 妄想が過ぎるわね。 て・・・手を握ってみただけよ! それに抱き締めてきたのはアンタの方なんだからねっ!」


「い、いやイノリさん? 僕そこまで聞いてない・・・」


 抱き締めたというのも無意識だ。 僕は抱き癖があるから隣に抱き枕のような形状の物があったら確実に抱いているだろう。


 ・・・起きたときに気付かなかったっていうのは重症だけどね。


「!? う・・・うるさいわね! 抱き癖を責めてるわけじゃないわよ! むしろ・・・暖かくて・・・気持ち良かったわよ・・・」


「・・・・・・祈。 顔赤くして言ったら恥ずかしすぎるんだけど・・・」


「ちょ・・・ちょっと! これは照れてるんじゃないんだからね!? 怒ってるのよ!」


「え? さっき責めてるんじゃないって言ってなかったっけ?」


「うるさいうるさいうるさい〜! その口を閉じるか、コレで静かになるか選びなさい!」


 肉厚の銃を突きつけてくる祈。

 それが何処から出したのか分からなかったが、黙るか、黙らされるか。という選択肢らしい。


「おわぁ!? 何処からスタングレネードなんて持ってきたの!?」


「寝てても武器を隠すのは常識よ! 無駄口はもう終わりよ! 5秒以内に答えなさい! 5・4・・・」


 カウントダウンを始める祈。 目が据わっているので冗談では無く撃つつもりらしい。


「わっ!? 5秒って短いよ!?」


「3・1・0! ファイア!」


「こらぁぁ! 今絶対1秒飛ばし―ふごふあぁっ!!?」


 強制的に黙らされた。

 っていうか卑怯者ぉ・・・。



「こらぁぁぁ! いのりんごぉ! みっちょんをロリコンへの道に着実に進ませるなぁぁ!」


「く・・・久美子ちゃん!?」


 部屋の中にはもう一人居た。


 名取久美子ちゃん。


 ただ、居たというか・・・。


「祈、なんで久美子ちゃんはあんな格好を?」


「うるさいからよ。 あれなら無問題でしょ?」


「いや・・・だからって一応女の子なんだから・・・「簀巻き」はちょっと・・・」


 久美子ちゃんは、ミノムシのようにロープや布でグルグル巻きにされて床に放置されていた。


「く・・・久美子ちゃん・・・その格好で一晩?」


「みっちょ〜〜〜ん! 姫のピンチなるぞぉ! 助けろぉぅ!」


 哀れに思って声を掛けると、本当に虫のようにジタバタと暴れだした。


 意外に元気だ。


「・・・なんかこういう生き物みたいだね」


「ふふっ。そうね〜」


「おおおぉぉぉぉい!? ほがらかに生暖かい目で見るなぁ〜〜〜! 俺様は動物園のパンダじゃないんだぞぉ〜! レンタル料高いからって見なくちゃいけない使命感に駆られなくてもいいんだぞぉ〜!」


 つい面白くて見てしまったけど、危険な事を言っているので僕は久美子ちゃんの戒めを解いてあげようと手を伸ばした。


 だけど・・・


 何故か助けなくてもいいんじゃないだろうか?と思ってしまうのはどうしてだろうね?


「そのペタ胸が汚れ芸人だって証拠よミチオ」


「あ、なるほど」


「ちょっとまてぇぇぇぇ!? みっちょんも納得するなぁぁ! 胸ならそこのロリん子ツインテも同じ様なもんじゃないか〜差別問題だあ! 」


 ・・・


「あ!? こらみっちょん! 何でもう一回結び直すよ!?」


 解こうと思ったが、外れないように僕は結び目を縛った。


「分かったでしょ? うるさいのよこの子」


「なるほどね・・・」


 こんな状態になっている事の理由は、嫌でも分かってしまうぐらい久美子ちゃんは騒がしかった。


 一晩中こんな格好していたら普通衰弱すると思うのだけど・・・元気すぎる。



「とりあえず朝食でも食べましょう。 ミチオ。何かリクエストは?」


「あぁ、サニーサイドアップとトーストでいいよ。 食パンあったよね?」


「あの〜・・・」


「あるわね〜。 折角だからピザトーストにしてあげるわ。 どう?」


「朝からはちょっとねぇ・・・。 イチゴジャムでいいと思うけど」


「ちょっと・・・ねえ・・・お二人さん?」


「張り合いが無いわね〜。 まぁ好きな物でいいと思うけど」


「和食もいいけどたまには洋食がいいしね。何か最近朝がご飯系ばっかりだったし」


「おぉぉい・・・無視はよくないと思うんだよ君達ぃ〜。 イジメカコワルイ! それに何か二人とも慣れ親しんだ感じでムカム――」


 バタン。


 久美子ちゃんが何か言っているが、僕等はそれを無視して部屋のドアを閉めた。


 あのタイプは相手をしてはいけない。


 どこまでも止まることが無いだろうから・・・。





 台所のある事務所まで二人で歩いていると、祈は急に立ち止まった。


「ミチオ・・・朝食の前に、昨日連れて来た子の様子見ましょうか?」


「あ〜そういえばそんな事もあったねぇ・・・何処に居るんだっけ?」


 昨日も色々あって良く覚えてなかったが、昨日此処に義手の少女を連れて帰ってきたのだった。


 確か・・・玄さんに任せたっきりだったような・・・。


「奥の空き部屋ね。 あ・・玄が襲ったりしてないかしら?」


「そ・・・それは流石に無いと思うよ。 良識ある大人だからね玄さんは」


 いくら幼女好きの変態だとしても、襲ったりする程玄さんは落ちていないハズだ。


 そんな事をするならとっくに・・・。 いやいや、それは言い過ぎだね。


 林原組の若頭だっていうぐらいの人物をそんな目で見たりしたら―



「ひやあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」



 突然今向かおうとした空き部屋から悲鳴が聞こえた。


 その声は小木曽さんでも、ナノカちゃんでも、レンちゃんでも無い女の子の悲鳴。


 ま・・・まさか玄さんが!?



 僕等は無言で頷きあって、空き部屋の扉まで走った。


 そしてドアノブを握って勢い良く開いた。


 

 そこに、信じられない光景があった。



 昨日出会った義手の少女が居たのだが・・・上半身裸だった。


 涙目になりながら怯える少女の傍らに・・・。


 その横に固まっているように動かずに僕等を見る玄。



 「犯行現場」という文字が頭に浮かんだ。



「こ・・・こんのぉぉぉぉぉぉロリコンオヤジがぁぁぁぁぁ!!」


「ご、誤解だ姐さん! ちょっとま――ぐはぁぁぁぁ!?」


 それを見た祈の怒りの鉄拳が玄さんの横面に綺麗にクリーンヒットした。


 あまりの勢いに巨体とも言える玄さんの体が大きく吹っ飛んだ。


 だが、祈はそれで辞めるつもりは無く、まだ倒れたままの玄さんの上に載り、マウントポジションのまま胸倉を掴んで拳を上げた。


「玄・・・遺言はあるかしら? 後、何処に埋めて欲しいかも聞いてあげるわよ? うふふふふ・・・」


 殺る気まんまんですか!? 祈さん!?


「あ・・・・姐さん・・・誤解・・・俺は別に変な事をしようとしたわけじゃ・・・」


「この期に及んで言い訳なんて男らしくないわね玄・・・。 仁義の世界は所詮こんな男が蔓延るのかしら?」


「ち・・・違うんでえ! これはちょっとした好奇心ってヤツで、俺はその・・・」


「好奇心は猫を殺すのよ? 悪戯しようとする好奇心なんて殺しちゃった方が世の中の為よ・・・覚悟しなさいね? ・・・・・うふふっ。 怯えた顔しないでいいわよ。 一瞬で終わるから・・・」


「み・・・ミチ〜〜! 見てないで姐さんを止めてくれぇ!」


 性犯罪者が何か言っている。


 僕も祈ほどじゃないが、同感だったのでそんな玄さんの最後を見取ってあげたいと思う。


 南無。


「・・・・・・あ・・・あの」


 祈の必殺の拳が今にも振り下ろされようとした時、義手の少女は恐る恐る声を掛けてきた。


 それに横目でチラっと見て再び祈は玄さんを見下ろしながら言った。


「待ってなさい。 今乙女の敵を滅するところだから」


「・・・あの・・・違う。 その人は・・・何もしていない」


「やってるじゃないの。 剥かれたんでしょ? 貴女」


 上半身裸で、下はショートパンツ姿では弁解の余地も無いと僕も思った。


「・・・・・。 脱がされた。 だけど、何もされてない」


「姐さん! その子の言ってるのは本当だぜ! 俺はあの義手以外におかしな所がねえか調べようとしただけでえ、やましい気持ちはこれっぽっちも無かったって!」


「脱がせるだけで犯罪よこの下衆!」


 コツンと加減をして玄さんの頭を殴る祈。


「あいたぁ〜!? いや、姐さん。 誤解していると思うが、俺はロリコンじゃねえよ! 純粋に子供が好きなだけだぜ! しかも、この子は高校生らしいじゃねえか! 守備範囲外だぜ!」


「ど・こ・が・誤解じゃーーーーーーー!!」


 今度は手加減無しに殴られる玄さん。


 玄さんってこんな汚れキャラだっけ?


 まぁ、人の性癖はどうだか知らないけどね。



「ふう・・・失敗だったわね。 ここまで変態だとは・・・。 今後一切この手の子には近付かせないようにしないとね」


「弁護する余地も無いよ・・・」


 流石に殺られる事は無かったが、ピクピクと痙攣して倒されている玄さん。


 形無しって言葉が浮かんだけど、言わないでいてあげるのがせめてもの優しさだよね?


「まぁ、不幸な事故だと思って忘れなさい。 ええと、アンタ名前は?」


「マ・・・マロン」


 大柄な男を一方的に打ち倒した祈に怯えているのか、昨日見たような勢いが無いマロンちゃん。


「マロン・・・可愛らしい名前ねぇ・・・。 さて、聞きたい事はいくらでもあるけど・・・その前に・・・」


「・・・・・はい」


「ミチオを傷付けた責任を取ってもらいましょうか・・・マロン」


「・・・・・・」


 マロンちゃんは黙ったまま祈を見ていた。


 いや、恐怖で身が竦んでいるのかもしれない。


「腕の代わりに右目がいいかしら? それとも左目? 許されることじゃないって事を分かってもらうわよ」


「ちょ・・・ちょっと祈!? 何するつもりなの!?」


 恐ろしいことを口走った祈に驚いて、慌てて祈を止めに入った。


「左腕が怪我で不自由になってるミチオのように・・・不自由になってもらうわ。 止めないでね」


 再び怪しい手つきでマロンちゃんに向き直る祈。


 いや、待ってってば!?


「と、止めるってば!? そんな事までする必要は無いよ! 事情を聞きだせるだけでいいじゃないか!」


「・・・! その甘さで怪我したんでしょうが! 黙ってなさいよ馬鹿!」


「う・・・それを言われると・・・でも!」


 祈の言う通りなのだが、それでもそこまでする必要性を僕は感じなかった。


 確かに命を狙われたのだが、それは命令されたからで、この子自身は悪い子じゃないかもしれない・・・。


 いや、それが甘いのか・・・。


「・・・そこまで食い下がるって言うならミチオ。 後で極刑。 それで許してあげるわ。 いいわね?」


「あ、許してくれるんだね。 よかった・・・・・って極刑ぃ!?」


 許すという言葉に一瞬頷きかけてしまった。


「身代わりになるっていうんでしょ? ただじゃすまないから覚悟しなさいよ? ミ・チ・オ♪」


 この娘・・・・・・100%サドだ。

 

「じゃあ、マロン。 貴女の背後関係を吐いてもらいましょうか? これは詰問じゃないわ。 拒否権は無いし、逃げようと思うのも無駄よ。 逃がす程私は愚かじゃないのは分かってくれるかしら?」


 どうしてこの娘は人が怖がるような台詞がポンポン出てくるんだろうね・・・。


 その祈の脅しのような―ようなでは無いが―問いかけにポツリポツリとマロンちゃんは話し出した。


【聖夜に銃声を 9月7日(1)「過去の記憶と誤差」終わり (2)へ続く】  

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