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聖夜に銃声を  作者: 霧香 陸徒
1部
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6月15日「意志と遺志の狭間」

「私を殺したあの人・・・絶対に許さない」

「私を助けたあの人・・・絶対に助けるわ」


 二つの相対した意識が交差する。


 一つは邪念であり、一つは慈悲である。


「今でも鮮明に覚えているわ・・・あの時の事を!」

「今でも鮮明に思い出せるわ・・・あの時の事を・・・」


 意識の中で二つの意識。


 そんな葛藤とも呼べる心の乱れに、「彼女」はずっと戦い続けていた。


 時には激しく燃え広がる炎の激情のように・・・


「今ほんの少し力を入れたら・・・アイツを殺せる!」

「今ほんの少し力を抜いたら・・・アイツが殺される!」



 時には水面に落ちる水滴のように、静かに波紋を広げながら・・・


「ヤツは日本に居る・・・早く行かなくては・・・勝手に死なれては困る」

「彼は日本に居る・・・早く力を付けなくては・・・勝手に暴れられたら困る」




 「彼」と出会った2年前、中国に居た。


 そこで知り合った者の元で、日々心と体の鍛錬を続ける。


 

 知り合った者はマフィアだった。


 マフィアと聞くと怖いイメージがあるかもしれないが、彼女が出会ったのは、絆を大事にした気の良い人達だった。



 そんな人達の下で、「力を抑える為」の修行をしていた。


 「力」とは、彼女の中にある邪念「ミノリ」の超人的な力の事だった。


 彼女はその「ミノリ」に意識の主導権を奪われる事によって、力を手に入れる。


 逆に言えば、「ミノリ」が居ないと「ただの少女」になってしまうのだ。



 彼女は考えた。


 自分の意識を保ちながら、力を使えないか? と。


 「ミノリ」の力が強過ぎて、普通の精神では抑える事が出来ないのだが、彼女はそれを「二つの意思」によって抑える事に成功する。


 一つは、自分を神と称し、普通の人との格差を意識する事。


 もう一つは、その力を使う意味を意識する事。 これは「彼」を思う事で成り立つ。


 

「愛の力は偉大ね・・・」

「キモいわよ。 アンタ・・・」


 「ミノリ」に突っ込まれるが、実際に抑えているのだから言わせない。


 私こそが絶対であり、私の方が正義なのだ。



「よう〜。 祈の神さん精が出るねぇ〜? また打ち込みかい?」


「あら? 李? 何か用? また仕事かしら?」


 組織の射撃場で、撃ち込みをしていた私に、組織のリーダー的存在の李功という男が話しかけてきた。


 年は40前後で少し顔立ちは老けているが、中々の男前だった。


 私はそんな彼に目も合わせずに答えた。


 文字通り眼中に無い。


「おいおい。 それじゃあ俺達がコキ使ってるみたいじゃねえか? 感謝してるんだぜぇ? この前の事だって祈様が居たからこそ上手くいったと思ってるよ」


「政府の官僚が気に入らなかっただけよ。 相手する事自体は不服では無かったけど、手応えが無さ過ぎてつまらなかったわ」

 

 祈と呼ばれた少女は年は15歳。 だが見た目は10歳の子供だった。


 そんな子供を「祈様」と呼ばせる実績はあると彼女は自負していた。 おごりでは無く、その実力を認められている。


 認めていなくても、認めさせる自信さえあった。


「手応えねぇ・・。 あの官僚様は八極拳法の免許皆伝だったハズだがね」


 人を見かけで判断してはいけない。


 そして過去がどうあるかも関係無い。


 重要なのは今どうあるかだ。 その官僚は私の一発の銃弾に倒れた。


 どれだけ身のこなしが出来る者でも、隙を見せればただのでくの坊だ。


 それに、今話しかけてきている男も、その気楽そうな雰囲気でありながら、同じ顔のまま女子供を殴れるような男だ。


 見た目とは、それほど脆い物だった。


 それでも、彼女に恐れるという感情は無い。


 その必要だって無い。


 何故なら、人を殴る強さも、人を撃つ強さも兼ね備えているから・・・。


 「あの日」から彼女は「最後に頼れるのは自分」と奮起し、生身の体でも、充分に渡っていける実力を日々探求していた。


「そういう達人って言われる人が一発の銃弾も避けれないって何なの? 殺気にさえ気付けなかったあの老人が衰えているだけだと思うけど?」


「老人って言っても現役だったんだがね? 戦車に人はかなわないって事かな?」


「誰が戦車よ? 私は神よ」


「とんだ戦神様で御座いますよ。 貴女様は・・・」


 李功はお手上げと言わんばかりに手を広げて見せた。


「麗香といい・・・、最近は女が強くて仕方無い。 もっと女性らしくという事を考えてだな・・・」


「あら? レンシャンをそう育てたのは貴方だって聞いたわよ?」


 李功には娘が居た。 李麗香という若い娘で、次期首領との声もある程の実力者だった。


「組織に産まれてしまったからな。 自分の身を守れるぐらいにはしようとしただけさ。 だが・・・」


「だが・・・なんだ? お・と・う・さ・ま?」

 

 そこにチャイナドレスを着た美女が現れた。

 

 李功を父と呼んだその人こそ、李麗香―リ・レイシャン―だった。


 年は22だったが、見た目は細身だが、腕っ節が強く、自分の数倍以上ある虎を素手で絞め殺せるらしい。


 実際に見た事は無いが、その優雅な身のこなしからは想像出来ない猛者であった。


 そんな娘に低い声で言われて、流石の李功も乾いた笑いを搾り出す。


「ははは・・・。 レイシャ。 帰ってたのか。 道中何も無いか心配したぞ」


「へぇ。 心配しているなら護衛の一人も付けない所に愛を感じるわ。 お父様。 心にも無い冗談がお好きな困った人だわ」


 端から見れば仲の良い親子に見えなくも無いが、娘は殺気立っているようで、いつ李功が殴り殺されないかと思う緊張感があった。


「は・・ははは・・・。 少し出かけるだけだから大丈夫だと思ったのだよ。 後で後悔してしまったのだよ」


「・・・・・・功。 それ以上喋らない方がいいと思うわよ? レイシャンを止めるのは私でも骨が折れるしね」


「なんだい祈? アンタも私を化け物扱い? こんなにも弱々しく愛らしい女の子を何だと思っている」


「女の子?  ひごぉ!?」


 「女の子」という所に首をかしげた李功は、李麗香の裏拳で黙らされた。


「生身の人間で私と対等かそれ以上っていうだけで充分「女の子」じゃないわよ。 私の事は話したわよね?」


 「ミノリ」という力を使って常人では考え付かない程の力を使う自分の事を、李麗香には話してあった。


 当然見た目が子供の女の子なのに、銃撃戦を潜り抜け、壁に穴を開けるほどの一撃を放ち、李功の命を助けたとあれば素性を聞かれるのは当然だったのだが、その説明が難しい力を、麗香はいとも簡単に納得して見せたのだ。


「プラーナの一種ね。 中国4000年の歴史の中にも不思議な力を持った仙娘の話はある。 仙気を瞬間的に解き放つ手法と同じだと思っているけれど・・・似たようなもの。 人はそれぞれに自らの力を高める事が出来る唯一の生物だわ」


 麗香は汐留祈の力を、仙人のような神秘的な力と思っているらしい。


 だから仙人=神様 のような方式も容易に思いつくのだろうが・・・。


「真意がどうであっても、見た人がそう感じたならばそれはその人にとって真意よ。 見て分からない人には力を示してあげればいい。 それも見せてあげている事と同じだしね。 でも中には李功みたいに見ても認めようとしない人種もいるって事よね」


「そうね。 ・・・いや、祈。 一瞬納得してしまったが、それでは私がやっぱり恐ろしい化け物って事になってしまう!」


「あら? 気付いた? 奇特な事に、自分でも認めようとしない人も居るのよね。 本当に困ったものだわ」


 悪ぶる振りもせず、本当に呆れたように肩を竦める祈。


 そんな彼女の態度に麗香はふぅっと溜息を付いて怒る事も無かったが、完全に拗ねてしまった。


「まったく・・・皆がそんな噂を立てるから男が逃げていくじゃないか・・・。 いき遅れたら祈とお父様のせいだ」


「あぁ、食い下がると思ったらそんな事気にしてたのね。 レイシャン程の器量ならすぐに出会えると思うわよ? 私には関係無い話だけど」


 どれだけ怖い噂があっても、女の目から見ても美人な麗香は本人が言う程恵まれていないわけでは無いのだろう。

 だが、年頃の娘の悩みというか、そんな物も持ち合わせている彼女は充分魅力的だと祈は思った。


 自分など条件が揃わないと10歳の体から成長しないというのに、贅沢な悩みだとも思う。


「あぁ・・・そういえば祈は、コレが居たねえ。 そりゃあ関係無いでしょうよ」


「小指を立てるのはやめて頂戴レイシャン。 下品よ?」


「確かブラッディ・イーターなんて物騒な名前の男か。 その男は相当強いのかい?」


 話の矛先が祈へ返って来た所で李功が話に戻ってきた。 鼻が真っ赤になっていたが、骨は折れてないようだ。


 ・・・鼻血は出ているが。


「私を殺せる唯一の人間よ。 強くないわけが無いわ。 李功。 欲しいなんて思ったら駄目よ? 接触しようとしたら・・・」


「わ、わかってる分かってる! ただの興味本位の質問だよ。 だが、そんな名前の凄い奴が居るなら噂ぐらい聞こえてきてもいいものだが・・・。 そんな話は聞いてないな私は」


「そりゃ隠蔽するでしょうよ。 だって彼は・・・」


 「一人で戦車や戦闘機相手をしても生き残ったぐらいなのだから」という言葉を祈は飲み込んだ。


 代わりにもっともらしい事を言う。


「公式の記録には残ってないのよ。 失敗続きで」


「うん? 失敗というのは?」


「文字通りよ。 任務遂行率は極めて低いわ。 それだけ見ればただの男よ。 だけど、私には特別なのよ」


「あぁ・・・恋は盲目というヤツか。 祈が買っている男というからどれだけ凄いのかと思ったらそういう事だな?」


「そうよ。 でも、それでも私の中では絶対よ。 もう一度言うわ。 手を出そうとしたら、命は無いわよ?」


 「彼」は平和な日本に住んでいるのだ。 この裏の世界に関わらせる事も無いと、核心は隠して本当の事を言う。


「ははは、大事な客人の想い人に手を出す程堕ちていないよ我々も。 なあ?」


「そうだ。 私達は祈には感謝している」


 李功の言葉に、麗香も頷いた。


「そんなの手が空いていたから手伝っただけよ。 報酬は施設の使用。 等価と思うわ」


「祈は命の値段が安いな。 だが、私達の感謝の気持ちはそれだけだと思われては一家の沽券に関わる。 だから、コレを貰ってくれ」


 李功が手渡してくる一枚のクレジットカード。


「ん? 何よこの黒いカードは?」


「ブラックカードだな。 好きに使うといい。国一つは買えないだろうが、生活に苦労はしないだろう」


「・・・発信機代わりね。 まぁいいわ。 貰っておいてあげる」


 利用明細を見れば、何処の国で何処の町に居るか、すぐに分かるという事だ。 お手軽な発信機だと皮肉る祈。


「手厳しいな祈は・・・。 そんなに信用できないか私達が?」


「マフィアを誰が信じるのよ? 利用価値が無くなれば捨てるのが常識でしょう?」


 言葉とは裏腹に、祈は顔は笑っている。


「利用価値か・・・。 祈にとって私達はもう必要無いらしいな」


 同じく李功、麗香も同様に笑顔だった。


「最初から無いわよ。 自惚れ無い事ね」


「分かった。 すぐに出て行きなさい。 もう此処には戻って来るな」


「私に命令するなんて4000年早いわよ」


 「言葉だけの喧嘩」をする三人。


 李功達は、最初から追い出すつもりで、祈も出て行くつもりだった。


 双方の想いが合致した。、


「・・・・・・」


「・・・・・・じゃあ、元気でね。  死ぬんじゃないわよ二人とも」


「・・・・・・」


 最後に一言素直に礼を言って、祈は李一家の元を後にした。









「あれは気付いていた顔だな。お父様」


「あぁ・・・、本当に頭がキレる子だ。 近々大きな争いになるだろうからどうやって出て行かせようと思っていたところだったが・・・」


「祈が居れば楽に終わらせる事が出来そうだけど・・・」


「客人に、一家の厄介事を背負わせる程我々は恥知らずでも恩知らずでも無いだろう?」


「・・・勿論」


「それに、我々にはお前が居るからな。 一家は安泰だよレイシャ」


「・・・はい、お父様・・・」


 



 その後、政府による中国マフィアの一斉取締りが行われる。


 その混乱に乗じて、一強の中国マフィア組織のリーダーである李功は、対抗勢力により命を落とす事になる。


 だが、娘の李麗香による活躍によって、その混乱は一気に収まり、組織は断固とした強大な物となるのだった。



「・・・これを見越して追い出すなんて、格好付けすぎよね。 アイツラ・・・」


 そんなニュースを日本行きの機内で知った。


 李功に貰ったブラック・カードを眺めながら、一家が用意してくれたファーストクラス席で少女は呟いた。


 もうすぐ日本につく。


 私の想い焦がれる「彼」にやっと会う事が出来る。



 彼女の黒い瞳には、飛行機の窓から見える空の青さが眩しく映っていた。



 そして、彼女は出会う。


 その「彼」・・・ブラッディ・イーターと・・・。


【6月15日「意志と遺志の狭間」終わり】

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