9月6日(6)「夜空に風が吹く」
「ただいま・・・」
「あ、おかりなさいです。 ・・・ってきゃあぁぁぁぁー!?」
桐梨相談所に戻ってきた僕等は、それを出迎えてくれたレンちゃんの悲鳴に玄関に全員を集める事になった。
その悲鳴の理由は僕なんだろうけどね。
さっきから血が抜けて左腕が重いし。
「何よ? 帰った早々騒がし・・・。 ミチオっ!? その腕っ!」
「あぁ、ちょっと油断しちゃったみたいだよ。 まぁ命に別状は無いよ」
僕の姿を見て驚く祈に、一瞬優越感が沸いてしまった。
この反応を見ると、流石の祈も此処までは予想してなかったのだろう。
「・・・まさかここまでとは思わなかったわミチオ・・・。 事情はどうか知らないけど・・・」
祈は一度ナノカちゃんを睨んで、その視線にビクッとナノカちゃんが震えるのを確認して、もう一度僕に向き直った。
「その子の戦闘能力は並じゃないハズよ。 それでそんな怪我をしてるって言うのはミチオ。 貴方がマヌケなせいよ」
「・・・。 あぁ・・・分かってる」
厳しい言葉だったが、祈は一人一人の能力を把握している。
それで最初は二人で行かせたし、途中で玄さんを合流させた車があるので「足」ぐらいの意味だったのだろう。
それは祈が玄さんにもナノカちゃんにも何も言わないから分かる事だった。
「ち・・・違うなの! ミチオ君は私がヘマしたから怪我したなの! 悪いのは―」
「黙りなさい。 アンタは良くやってるわ。 それは拳を見たら分かる。 これは、それを制御できなかったミチオ一人の責任よ」
ナノカちゃんが庇ってくれたけど、そんな物は分かっていると一言で制し、祈は僕に歩み寄り胸倉を掴んできた。
「桐梨相談所所長。 貴方・・・責任者失格ね。 今回は自分が怪我したからって良いって思わないでよ? 一歩間違えたら他の者が同じ事になっているのよ?」
「・・・返す言葉も無いよ」
祈の言葉は正論だった。 そしてその語気に怒りが混じっている。
失敗をしてしまった者に、意見する権限等無い。
そんな僕達の様子を「生け捕りにした娘」を抱えながら、玄さんも苦笑していた。
見兼ねて割って入ってきた。
「まぁ、祈の姐さん。 それぐらいにしとこうぜえ? ミチオが生還したってえだけじゃ不満かい?」
「・・・」
「・・・なんで睨むんでえ?」
「玄。 無駄口叩いてないで、その子を空き部屋に拘束しときなさい。 女の子縛るのは専売特許でしょ?」
「ちょ!? 俺はそっちの犯罪には手染めてねえぞ!?」
「幼女趣味なだけで十分犯罪よ。 組員に聞いたわよ? 小学生が好きなんですってね? 私に手を出そうとしたら・・・染めるのはどんな色の液体かしらね?」
「・・・こえぇ」
大の大人が震えるほどの眼光を光らせて怖い事を言う祈様。
ただの強気な子っていうならいいけど、実力も兼ねてるんだから恐ろしい。
「へいへい姐さんは人使いが荒えわ」と、頭を掻きながら玄さんは廊下の奥へ消えていった。
「レン。 小木曽。 ナノカの手当てしてあげなさい。 ちょっと拳を痛めてるわ」
「あ、はいです!」
「分かりました」
祈の指示でナノカちゃんはレンちゃんと小木曽さんに連れて行かれる。
・・・というか気付かなかったけど、ナノカちゃんも怪我してたんだね・・・。
「痛めてたんだね・・・。 それに気付かないなんて、僕って本当に責任者失格だね・・・」
流石にこの年で泣く事は無いが、それでも悔しくて体が震えてくる。
今朝まで気楽にやっていたけど、そんな甘い世界じゃない事は知っていたハズなのに、怪我をして、ナノカちゃんを守れなくて、玄さんにも迷惑をかけて・・・。
「僕って駄目な男だったんだね。 今更だけど実感するよ・・・」
昼間の仕事が殆ど無かった今までは、危険な仕事はあまり無かった。
だが、夜の仕事は人を殺める仕事だったので、失敗=死という事もあり得たわけなのだが・・・。
実の所を言うと、夜の仕事の時はキチンと仕事を遂行した事は無い。
仕事が出来ない者に、仕事が来るわけが無く、日に日に仕事の依頼は減っていっていたわけだが・・・。
そこに祈が現れた。
その祈の紹介で、この前の夜の仕事も上手くいった。
だから増長したのかもしれない。
ブラッディ・イーターなんて二つ名で呼ばれ、あたかも超人のような存在に持ち上げられて・・・気を良くしてしまったのかもしれない。
それが、あんな嫌な人格を産んでしまったのかも・・・。
「小木曽から聞いたわよ。 アンタ、別の人格があるんですってね?」
「・・・あぁ、そうらしいね」
やっぱり小木曽さんは皆に話しているんだね。 あの人格の事・・・。
「私も同じ様な事になってるから言えるけど、それは貴方が自分自身を制御出来てないって証拠よ。 私の中のミノリね? アレを制御するのに3年掛かったわ。 それでやっと此処に戻ってこれたと思ったのに・・・」
祈の中に居るという「妹の魂」のミノリ。
それは別の人格の僕と同じ様に凶暴な者らしいが、祈はそれを表に出ないように抑えつけている。
僕は最初、それが彼女の妄想で、そんな妄想が表面に現れているだけの彼女の人格なのだと思っていたけど、それが「霊魂」なのか「性格や人格」なのかはこの際どうでもいい。
大事なのは「それを出さないように出来ているか」なのだ。
日常生活で怒りを覚える相手に、殺意を覚えるのを抑えるのと同じ様な物だが、それを抑え切れずに衝動のままに動いてしまっては、法的に罰せられる事だってある。
「・・・ファイルは?」
「え? あぁ、コレだね」
考え事をしていた僕に祈は短く言った。
ファイル。
今回の依頼の成果だ。
これを依頼主に渡せば任務は完了である。
「一応依頼はこなしたわね。 そこは評価するわ」
「・・・ありがとう」
ファイルを手渡し、祈は中を検めてみてからそれを一度玄関の隅に置いた。
「ミチオ」
「何?」
玄関で二人立ち尽くしているという構図。 背が僕より低いので一瞬僕が見下ろして窘めているように見えなくも無いが、実際は逆だ。
体は小さくても、僕より知識も技術も、威厳でさえも持ち合わせている祈。
敵わない・・・。
いっその事、祈を所長にした方がいいんじゃないかと僕は真剣に思った。
・・・・・・・
あれ?
そういえば・・・久美子ちゃんは?
「・・・・・・ミチオ。 ちょっと歩かない?」
「? 歩くって外を?」
先程まで一緒に居たのに見渡すと久美子ちゃんが居なかった。
玄関に入る前に帰った?
あの子が?
マイペースなのに?
「当たり前よ。 室内歩いてどうするのよ」
そう言うとこちらが答える前に、祈は靴を履いて玄関の扉に手をかけた。
祈の反応を見ると初めから居なかったみたいだけど、どうも解せない。
あれだけ関わっていて何も言わずに帰るとは考え辛いのだけど・・・。
「何してるのよ? 行くわよ?」
「あ、うん」
キョロキョロとしていると祈に急かされた。
帰ってきたばかりだから出るのが嫌だとか言ったら殴られそうだったので、僕は素直に祈に着いて外に出た。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そうしてあるいて数分経っただろうか。
二人とも会話も無く、歩き続けていた。
祈が何も喋らないので何処に行くのか分からないが、当ても無いのかもしれない。
ただ、その沈黙が苦しい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
祈は後ろを振り返らずにどんどん歩いていく。
僕はその背中をゆっくりと追いかける。
歩幅が違うので離される事は無かったが、無言の圧力で「黙って着いてきなさい」と言われているようで僕はただ犬の散歩のように静かに歩く。
「・・・・・・もういいかしら?」
「? 何が?」
やっと喋ったと思ったら振り返り、僕では無く、「僕の後ろの方」を祈は見ていた。
「尾行は無いみたいね。 ミチオ、もう喋っていいわよ」
「え?? え? 何? どういうこと?」
「・・・本当に鈍いわね・・・。 さっきまで知らない子が着いてきてたわよ? 心当たりは?」
「え? ・・・まさか久美子ちゃん?」
「その久美子ちゃんって子は武術使えるの?」
「? さぁ? 強いみたいだけどどうなんだろうね?」
「気配消してるのかもね・・・・・引き離すわよ」
「え!? ちょ・・・またコレぇぇぇ!?」
本日二度目の横型フリーフォール。
人一人を軽々と担いで走るなんて、こんな女の子がするって事は「見た目」じゃ判断出来ないだろうねぇ・・・。
二度目となると、少しなれて流れに逆らわないようになすがままにされておく僕。
・・・・・・
こんな物に慣れてるとかどうか思うよ。正直。
「風が流れたわっ! やっぱり居るみたいだから本気出すわよミチオっ!」
「ほ・・・本気って!?」
「しっかり掴まってなさいよ! せぇぇぇぇぇぇいっ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!?」
祈は僕を抱えたまま「飛んだ」。
飛び跳ねたなんてレベルじゃない。
一跳びで民家の屋根の上まで跳躍した。
「まだまだっ! ミチオ! 振り落ちたら死ぬわよ!」
「ちょっとぉ!? 死と・・・隣り合わせになり・・・過ぎなんだけど・・・僕!」
そんな悲鳴も「地上」から離れてしまって途切れ途切れになってしまう。
羽でも着いているのかと思う程、空を翔る祈・・・と抱えられた僕。
今度の一跳びは先程の10倍は飛んだ。
視界の民家が小さくなっていく。
そうかと思うと、今度は自由落下して、着地点はまた民家の屋根の上。 そしてまた一跳び。
・・・どんな忍者だよ。
何度も言うが、普通の人間はこんな事は出来ない。
汐留祈・・・。
本当に何者なんだこの娘は・・・。
「さぁ〜〜到着っ!」
ズダン! という強烈な着地音でやっと地面に降り立った僕等。
下手なアトラクションよりよっぽど怖かったんですが祈さん・・・。
「ふぃ〜・・・到着? 目的地があったの?」
「えぇ、そうよ。 此処に連れて来てあげたかったのよ」
僕を放して、その場所を手を広げて見せる祈。
いつの間にか辺りは草原だった。
いや、遠くの方に民家の明かりとかが見えるのを見ると・・・丘の上?
「ちょっと・・・。どれだけ飛んだんだよ!?」
担がれていて視界が悪かったのもあるが、一瞬にして小高い丘の上に到着する程のスピードと高さが出ていたとは思わなかった。
こんな事が出来るって言うのも「神」だからなのだろうか?
「おかしい?」
「おかしいに決まってるよ! どんな人間がこんな事出来るって言うんだよ!?」
実際それを体験したのだから言えないが、そうだとしても、夢なんじゃないかと思ってしまう。
「夢じゃないわよ? 腕の痛みはあるでしょ? 本当に馬鹿なんだからミチオは・・・」
「あ・・・」
祈に言われて左腕の痛みが急に蘇ってきた。 幸い骨に異常は無く、そこまで深い傷じゃないが、皮膚がバックリと割れていて痛々しい。
傷ってどうして意識した瞬間痛くなるんだろうねぇ?
「ミチオ、相談所ではキツイ事言って・・・ごめんなさいね」
「ご・・・? って祈!?」
急に目を細めて僕の腕を祈は取った。
その腕を労わる様に見つめて、僕を見る彼女の顔は・・・
「これも・・・償いなのよ・・・」
泣き顔だった。
「祈・・・」
「償い」という言葉が引っ掛かったが、その顔に何も言えなくなってしまう。
祈はスッと腕を放すと、涙を浮かべたまま僕を見上げた。
そんな祈は・・・初めて見た。
それより、祈は何故僕をこんな場所に連れてきたのかが気になった。
そこは何も無い草原で、少し地面が柔らかい気がしたが、それ以外は何の変哲も無い草原だった。
二人っきりで話がしたかったのだろうか?
それでこんな寂れた場所に・・・。
「ミチオ」
「な、何?」
「・・・この場所の事知ってる?」
何か喋り出すと思って一瞬身構えてしまったが、話題はなんて事も無い普通の物だった。
「僕もこの街に住んでるから・・・知ってるけど・・・。 春顔の丘だっけ?」
「・・・違うわ。 それは表の名前。 非公式な方よ」
「??」
「春顔の丘」というのも俗称で、正式には違う名前が付いているハズだが、そんな名前は僕は知らなかった。
この丘はただ雑草が多くて別に何処にでもある場所のハズで、ただ街を見下ろす事が出来るというだけの丘だ。
「・・・まぁいいわ。 ミチオは昔此処でお父さんに修行させられていたわよね? 覚えてない?」
「あ・・・。 そういえばサバイバル訓練って言いながら・・・って何で知ってるんだよ!? 僕でさえ忘れてたよそんな事!」
「もちろん神だからよ?」
「・・・まったくもう・・・」
祈の「神」はいつもの事だからいいとして、祈の言う通り、僕は父親に此処に連れてこられて色々なサバイバルスキルを叩き込まれた。
・・・その時まだ10歳にもなっていなかった僕にはただのイジメにしか感じられなかったけどね。
毎日毎日訓練訓練訓練訓練・・・。
何の為にそんな事をするのかと思ったら、事業を継がせる為だとか言われた時には・・・、本当に実の父親を殺したくなったものだ。
実際は勝てなかったんだけどね。 今は身近に居ないからいいけど、今度会ったら刺し違えてでも倒したいと思う。
「ある意味英才教育だったじゃない? そのおかげで戦地で死ななかったんだしね」
「・・・・・・でも、守れなかったよ?」
「誰を?」
「誰をって・・・祈達だよ」
「あぁ、そんな事まさか今の今まで気にしてたの? アレは私達に運が無かったってだけよ。 私は感謝してるのよ?」
「感謝って・・・君達を手に掛けた僕を!? どうしてそうなるんだよ! おかしいよっ!?」
「・・・さっきなんでミチオが此処で修行していたのを知っているかって言ったわよね?」
「え・・・あぁ。 言ったけど・・・」
「あの時私達も居たのよ。 この街に」
「えっ!?」
「私達は元々この街に住んでいたわ。 この街に生家があるのよ。 今はもう無くなってるけどね。 そして、偶然この丘にピクニックに来た時に貴方を見つけた・・・」
「・・・覚えてないなぁ・・・。 本当の話?」
「もちろんよ。 だから感謝してるのよ。 あの時に貰ったコレの事もね」
祈は一冊の薄汚れた手帳を取り出し見せてきた。
年季が入っていて、装丁は大分ボロボロだがしっかりと手帳の形は残っていた。
「うん? 何この手帳?」
「最初のページ」
「最初? あ・・・コレって・・・」
そこにあったのは四葉のクローバーだった。
それが大切に加工されて最初のページに挟まれていた。
「私がこの街に戻ってきたのは丁度2年程前・・・。 驚いたわよ帰ってきたら・・・ミチオ。 足元を見てみなさい」
「足元? 草があるだけ・・・あ、クローバー。 四つ葉はあるかな?」
うずくまり四つ葉のクローバーを探してみる。
「目が悪いの? よく見てみなさいよ」
「え? あ、あるね四つ葉・・・、いや、まって・・・。 あっちのも・・・コレも・・・えぇと・・・四つ葉の確率は1万分の1だったよね?」
「さあね? でも、此処にあるのは1万分の1万よ。 全部が四つ葉よ」
「うわぁぁ・・・・・。 凄い・・・」
本来クローバーの名前で知られるシロツメクサは、三つ葉である。
それは誰でも知っているが、ごく稀に四つ葉の物が産まれるらしい。
その確率は1万分の1とも言われ、見つければ幸せになれるという逸話さえある。
ギネスに乗っているのは10数枚とも言われているが、四つ葉がここまで群生しているなんて事は普通には無い。
「四つ葉のクローバーの群生地。 別名「幸せの丘」よ。 まぁ、私が名付けたんだけどね?」
幸せの丘。
そんな名前を聞いて何故か懐かしい感じがした。
そのフレーズを何処かで聞いたような気がしてならない。
「・・・祈。 もしかして・・・それを名付けたのって・・・」
「あら? 思い出した? 10年も前の話よね。 あの頃は殆ど無かったわね四つ葉。 ミチオが泣いているミノリの為に必死に四つ葉を探してくれて・・・その時に付けたのよ。 あの後四つ葉を奪ったらあの子本気で怒ってたわね〜」
「ちょっと!? そこまで思い出さなかったけど、ミノリちゃんにあげたんだよね僕!? 奪っちゃ駄目じゃん!」
「あぁ、もちろん返したわよ? だからコレは妹の形見よ」
「あ・・・」
手帳の四つ葉は奪った物では無く、遺品だった。
僕はそれで「妹の死」という物に関わった自分を責めてくなる衝動にかられてしまう。
だが、このクローバーの事で僕と祈が過去に繋がっていた事が分かった。
という事は祈はコレをずっと持っていたのか・・・。10年間も・・・。
だが、そんな顔をしている僕に、祈は笑って答えた。
「ふふっ・・・何よ。 辛気臭い顔して。 もう終わった事よ。 それに、最近色々と大変みたいだけど、それも、このクローバー達がなんとかしてくれるわよ。 そうでしょ?」
「確かに・・・これだけあれば100回ぐらい幸せになりそうだね・・・」
一面の緑色。 それが全部四つ葉のクローバーだとすると、凄い幸福に見舞われそうだ。
「でしょう? 私はこのクローバーに何度も助けられたわ。 だから、今度はミチオ。 貴方がこのクローバーを使う番よ」
17の時5年ぶりに日本に帰ってきた時には、この丘に来た事は無かったのだけど、まさかこんな事になっているとは思わなかった。
10歳の時まで日本で過ごし、15歳の時まで傭兵部隊に所属し、最後の作戦で日本に帰ろうと思ったが17歳までの2年間を西欧の極秘暗殺機構に所属していた。
まぁ西欧では失敗続きで逃げ帰ってきたようなもんだけどね。
そんな時間と並行するように祈も色々な場所で様々な体験をしてきたのだろう。
ボロボロになった手帳がその旅の過酷さを物語っていた。
「・・・祈・・・。まさかこの為に此処に?」
「もうミチオには心も体も傷付いて欲しくないのよ・・・。 だから、私から・・・これを託すわ」
祈はそう言うと、手帳に貼り付けてあるクローバーを剥がそうとした。
だが、それは形見なのだから、そんな事はさせてはいけないと思い、僕は首を振った。
「祈・・・。 それはいい。 気持ちは受け取ったよ」
「・・・うん。 今まで傷付けてごめんなさい。 でも、これは貴方への償いなのよ。 私の心と体を救ってくれた事への償い・・・」
「そんな・・・僕はそんな大層な事はしてないよ。 祈だって気付いてなかったし・・・」
「ううん。それでもよ。 でも、今回の事で、85日待つ事は辞める事にしたわ。 前に一日に嘘を一つついているって言ったわよね?」
「え? そんな事言ってたっけ? あぁ・・・そういえば言ってたような・・・」
聞いたような気がしたが、そこまで大事な事だと思ってなかったので覚えてなかった。
「言ってたのよ。 それでね。 前に話した「85日後にミノリが消える」って・・・。アレ嘘よ」
「えぇ!? 一番大事な所だよソレ!?」
そこまで大事な事だったらしい。
「ぶっつけ本番でも大丈夫かと思ったのよ。 でも、そうも言ってられないみたいだから本当の事を言えば、85日後にミノリは完全に出てくるわ。 それと戦える程の力を持たないと駄目なの」
「た・・・戦える程って・・・今の祈みたいな反則な力持ってるんでしょ!? 無理だよ!」
恥ずかしい話、今ここで祈に組みかかったとしても勝てる自信は無かった。
体格差だけしか勝っている所は無い。
「無理でしょうね。 でも、ブラッディ・イーターの貴方なら・・・出来たハズだったのよ。 でも、完全に力に振り回されている今の貴方だったら瞬殺されるわね。 間違い無く」
「・・・どうすればいいんだよ。 その人格の出し方を練習でもすればいいの?」
「いいえ。逆よ。 抑えるのよ。 元々ミチオは力があるのを使えてないだけよ。 人格が変わったからって筋力やらが変わる訳じゃないわ」
「・・・そうなんだ?」
という事は、あの人格はただ凶暴だって事なだけなんだね・・・。
人畜有害過ぎる・・・。
「そうよ。 だから、今日から特訓よ」
「えぇ!?とっくん!?」
「何よ? 軍隊に居たんでしょ? それぐらい余裕よ」
「いや・・・ただの傭兵だったんだけど僕・・・」
訓練などはあったが、僕はあまりそれに参加しなかった。 何故なら僕一人の能力は部隊に知れ渡っていたからだ。 悪い意味で。
同じ部隊に居ると敵にも味方にも死人が大勢出る。
戦争をしているから当たり前なのだが、僕はそこから「ブラッディ・イーター」等と呼ばれ忌み嫌われたのだ。
理不尽だよね?
「その傭兵時代には力が使えてたから生き残ったんでしょ? 私が言いたいのはそこから何があったのか知らないけど腑抜けたって言いたいのよ!」
「ええぇぇぇ・・・。 そんな事言われても」
「そうねぇ・・・。 何かご褒美があった方がやる気が出るでしょうから、こうしましょう。 ミノリに勝てたら私をあげるわ」
「それって・・・」
どんな罰ゲーム?って言いそうになったのを必死に堪えた。
「もちろん好きにしていいわよ? どう? やる気出たでしょ?」
簡単に言っているが、僕に幼女趣味は無い。
・・・うん。 無いよ。 多分。
「・・・・・・。 分かったよ。 やるだけやってみるよ」
言ってから怪我をしていない方の右手で祈と握手しようとした時、風を切るような音と共に叫び声が響いた。
「何をやるって言うのかこりゃあああぁぁぁぁ!」
「うわっ!? 何!? く・・・久美子ちゃん!?」
「らぶりぃえんじぇるクミリィパンサーこと俺様だぁっ! こらぁ! そこのちびっ子! みっちょんを幼女趣味の道に貶めるつもりかぁ〜!」
久美子ちゃんだった。
突っ切って来たのか所々ボロボロになっているが、元気そうだ。
まさか・・・ずっと追いかけてきていたの?
「・・・・・何よアンタ? いい話してるんだから向こう言ってなさい。 しっしっ」
初対面の祈は、あからさまに馬鹿を見る目で腕を振った。
まぁあからさまに馬鹿なんだけどこの子。
「むぅ〜!? 人を野良犬扱いしやがったなぁ〜? ただじゃおかねえゾ♪ みっちょん! 許可を!」
「・・・やっちまえって言わないといけないのソレ?」
何故かこちらに輝く瞳を向けながら静止している久美子ちゃんに冷たく言い放ってあげる。
だが、それを許可と取ったらしく、何故か拳を高らかに上げて吠えた。
「ふぁいなるこれくとおぉ! りりぃぃぃぃぃぃぃぶぅぅぅぅ!! 覚悟しろめぇ凶悪ちびツインテぇ!」
「・・・ミチオ。 コレ殴っていいかしら? イライラしてくるんだけど・・・」
同感。
「やっちまえ」
「みっちょん!? そっちは0.5秒で承認とは何事かぁ〜〜!?」
「愛の差ね」
「そんなものは無いって・・・」
なにやらイキナリ戦闘を始めてしまった二人の規格外共。
規格外と書いて「キチ●イ」って読めるんだよ? 知ってた?
「読めないわよっ!」
暴れながら律儀に突っ込んでくる祈。
とゆーか二人が暴れてクローバーが舞ってるんですが・・・。
それを見て、僕には「幸せが散っていく」ようにしか見えなかった。
その内の一本をキャッチして、なんとなく僕はそれをサイフに入れた。
せめてもの魔除けにはなるかもしれない。
「察するに貴様がみっちょんを惑わす悪女だなぁ! お天と〜様が許しても、この名取久美子が許さないのである! 神妙にお縄につけぇぇぇ!」
「あら? 天に歯向かうなんて愚の骨頂ね? 遊んであげるわよ馬鹿女!」
「おぉ!自らを天と呼ぶかぁ!? 笑止! 神殺しの必殺の拳を受けろぉぉ! 心のコス●を熱く燃やせ!奇跡を起こせ! 誓い合った遥かな銀河的超連打ぁぁ!」
「長いわよ!? ってパワーだけなら玄にも勝りそうじゃないっ! 面白いわよ! 本気でやらせてもらうわ!」
「むぅ〜!ちび鬼畜ツインテの癖にちょこまかと避けるなぁ! 俺様の拳が真っ赤に燃えるぅ!みっちょんを辱めろと轟き叫ぶぅ!今必殺の――ってセリフの途中で仕掛けてくるなんて卑怯の極みだぞぉ〜!」
「知らないわよ! 馬鹿じゃないのアンタ! もう怒ったからそこに直りなさい!」
「くぅ!? 素早い上に力もあるなんて反則過ぎなチビチビ変態ツインテだなぁ!? だが、このピンクパンサーEXクーミンの辞書に敗北の文字は無いぃぃぃ!」
「フン! じゃあ最初のその辞書に書き込んであげるわ! 惨敗の文字をね!」
「こしゃくなり〜! やってみるぉぉぉい!」
「でぇぇぇぇっぇぇい!」
「そりゃあぁぁぁぁぁ!」
二人の戦闘は拮抗しているらしく、一向に終わりが見えなかった。
とゆーか・・・レベルが違い過ぎる。
僕には止めに入る事は出来ないし、なんというか二人とも結構楽しそうに見えるし放っておこう。
「楽しそうにしてないわよっ!」
そうしていると、段々と日も落ちて、もうすっかり辺りは暗くなってしまっていた。
四つ葉のクローバー達を舞い上がらせながら、丘に風が吹く。
その風が緑色となって、町へと降り注ぐように吹いていく。
この風が、幸せを運んでくれますように・・・。
サイフの中のクローバーにそう祈り続けてたりしながら、9月6日は暮れていった。
【聖夜に銃声を 9月6日(6) 「夜空に風が吹く」終わり】