9月1日(2)「仕事開始」
汐留 祈。
彼女はそう名乗った。
見た目はただの小さな子供。 年も10歳のようだ。 僕より数十センチは背が低いし、女の子なのだが彼女は僕と同じような事をしているらしい。
僕は昼間は「なんでも屋」のような仕事をしている。
人に聞かれた時は困るけど僕はそれを「探偵」と短く説明する。
一番近いかなと思ったからだ。
そして、夜にはまったく違う仕事。 それもあまり世間にお披露目できないような仕事をしている。
一言で言えば「殺し屋」で、そういった「裏社会」に生きている。
祈―彼女もそんな「裏」の人間らしい。
ただ、そんな稼業をするような年では無い。 某国の少年兵では無いのだから、それぐらいの年の子供は学校へ行って大人しく勉学に励んだ方がいいのでは無いのだろうかと思う。
実際彼女も学校へは行っているらしいが・・・。
「貴方だって昼間は一般人の仮面を被ってるでしょ? 私だってそうよ。 普段は善良な小学生だもの。 まあ私は一般人じゃないけど・・・」
これである。
年相応では無いような言い回しは自信から来るのだろうが、生意気すぎる。
だが、命を救われた恩もあるのでそれは言わないで置くとして・・・。
彼女は言った。
「私を雇ってほしい」と・・・。
小学生を働かせる等とか児童虐待だと思ってしまうのだが、彼女は「普通」では無い。
だが、彼女のその口調と同じく「普通では無い仕事」をこなす技術を彼女は持っていた。
それを先日証明させられた。
若干10歳にして、その戦闘レベルはプロの殺し屋並みの・・・いや、彼女の弁を借りれば「神」技らしいが、実際そう言って遜色無い早業を見せられては何も言う事は無かった。
ただ・・・
一般的な人間の常識というか、良識から言えば、こんな子供が人を殺すような事を平然とやってのける事は悲しい事だと思った。
そのような状況になってしまって、生きるためだとしても・・・。
まぁ、僕が一番言えないんだけどね。
あの後、「どうして狙われているのか?」と聞いたら「獲物を横取りしたから」らしい。
しかも、依頼されたからでは無く「なんとなく出し抜いてみたら面白そうだったから」等と頭が痛くなる事を言ってきた。
やはり小学校で「道徳」を勉強し直して来た方がいいようだった。
将来に大人になった時に彼女が凄腕の殺し屋として名を馳せるような事をしたいなら別だが、個人的な意見としては、可愛い女の子は普通の家庭を持って、普通の幸せを見つけてもらいたいもんだ。
そう言ったら「おっさんくさい」と言われたが・・・。 祈さん、一応まだ僕は成年して無いんだけど・・・。
「暇ね〜〜」
「そうだね」
そうして僕等は「桐梨相談所」の事務所でクーラーの効いた部屋でへたり込んでいた。
こんな特殊な場所にそうそうお客が来る訳でもない。
他にする事も無いので僕は彼女の事を聞いてみようと思った。
一応雇うという事にはなったけど、僕は彼女の素性を何も知らない。
知っているのは年と名前ぐらいだ。 後、一応性別も。
「何よミチオ。 私に興味があるの?」
呼び捨てにされる。 まぁ、気にならなかったのでいいのだけど、一応年が離れているのだから年長者として敬ってほしいのだけど・・・。 彼女にそんな常識は通用しなかった。
「私は神なのよ? なんで下々の者相手にへりくだったりしなくちゃいけないわけ? それに私は貴方のパートナーよ。 パートナーって同列の存在のハズよ」
彼女は懐から一丁の拳銃を取り出しながら言った。
スプリングフィールドXDに似たような形状をした自動拳銃だった。
分かりやすく言えば、有名なワルサーP38やコルトガバメントも自動拳銃だ。
ワルサーP38は某怪盗が、ガバメントはそれを追いかける警部が持っているものだ。
リボルバーのように銃弾を手で装填するわけでは無く、マガジン(弾倉)を装填して素早く連射出来るのが特徴だ。
祈が持つ銃はその中でも少し小振りでジュニア・コルトかベビーナンブかと言う更に小型の物を連想させられる。
今名前を挙げた物は一通り事務所の地下の射撃場にあった。
もちろん日本国内では銃刀法があるので非公式だが。
「もっとサブマシンガンみたいな物の方がいいんじゃないの?」
「なんかマニアックな事考えてるみたいだけど、コレはカスタムメイドよ。 それに大きすぎたら持ち歩けないでしょ」
元々持ち歩いたら駄目だけどね。
「コルト・キングコブラ懐に忍ばしてるような未成年に言われたくないわ」
僕の愛銃に因縁をつけられた。 それはさっき言ったリボルバータイプの銃で、充填弾数は6発。 回転式でステンレス素材なので見た目も綺麗だ。
乱戦には向かないけど、僕はこのタイプが好きだった。
ただ、このタイプは発射した時に衝撃が並みではない。 下手をすると腕が折れる可能性がある程だった。
だから、そういう意味で拳銃は女の子には向かないのでは無いかと思っていたのだが・・・。
祈は僕の愛銃でさえ難なく扱ってしまう。
改めて腕前を見せてもらおうと、地下の射撃場で撃ってもらったのだが・・・
「・・・やっぱり連射も出来ないから機能性が無いわね」
と僕のキングコブラを投げ捨ててしまった。(もちろん弾を撃ちつくした後にだ)
軽々とコルトタイプを撃ち、狙いも正確だった。
6発を打ち込んで的に穴が1つしか空いていなかったからだ。
もちろん残り5発を外したわけじゃない。 全部同じ穴に打ち込んだのだ。
僕も射撃精度には自信があるのだけど、彼女には敵いそうも無かった。
「私は神だって言ったでしょ?」
そう不適に笑う少女の言葉に、僕は頷くしかなかった。
さて、話を戻すと僕はそんな彼女がどうして僕の所に来たのかというのが知りたかった。
見た目云々を別にすれば、彼女を雇いたいというクライアントはいくらでも居るだろう。
逆に見た目が幼い少女なので、「仕事」をする時に相手が油断しやすいだろうから、ある意味天職かもしれない。
そんな彼女が何故?
当然の疑問だっただろうに、彼女は何故か眠たそうな目をして睨んで来た。
「・・・貴方本当に分からないの?」
「え・・・?」
聞き返すと、彼女は大袈裟に溜息をきながら肩を竦めた。
声に出してないが「やれやれ」という呟きが聞こえてきそうな感じだった。
「まったく・・・。 平和な日本に居てボケてるんじゃないの? 私が此処にいる理由なんて他に無いじゃない」
「・・・というと?」
本気で分からなくて聞き返す。 祈は僕の様子に今度は顔を赤くして怒ってきた。
「もちろん! 此処が楽そうだからに決まってるでしょ!」
「そこ大声で言うトコじゃないからっ!?」
すかさず突っ込むが、平日の昼間だと言うのに客が来ない店で説得力が無い事を自覚した。
まぁ、繁盛するような仕事でもないしね。
彼女の真意がどうあれ・・・
「でも・・・・・ホントに暇ねぇ〜」
流石に此処まで暇だとは思っていなかったのか、彼女は涙を流しながら嘆いていた。
表情がコロコロと変わるので見ていると少し面白いかもしれない。
正直依頼があるのは一週間に数える程しかない。
それもたいした仕事でもないので半日もしない内に終わるものばかりだ。
僕の年が若いのもあって、まだ世間に信頼も信用もされてないのも原因だった。
「だから夜の仕事も殆ど無いよ。 僕みたいな一般人にはね」
「ブラッディ・イーターなのに・・・」
彼女の呟くブラッディ・イーターとは僕の二つ名で、それぐらい血を啜るぐらいの場数を踏んだのだ。 だが、その血には実は味方の血も含まれている。
だからあまり格好良い二つ名でも無い。
よく彼女もそんなマイナーな二つ名を知っていたものだ。
「それ・・・何処で知ったの?」
前にした同じ質問をしてみた。 前は「蛇の道は〜」と言われたが、出所が知りたかった。
「私が神だからよ」
答えになってないような、そうでも無いような事を真面目な顔をして言う祈。
あまりそういう台詞を多用するとキ○ガイだと思われるよ?
僕は何故か納得してしまうけど。
彼女は見た目で判断できない能力を持っているとか、そういう理由からか分からないが、どうも僕は彼女に逆らう事が出来そうにない。
本当なら年上なのだから・・・というのもあるのだが、なんとなく抵抗出来ない感じがする。
それは恐怖等から来る支配では無く、神を信仰するような尊重に感じが似ていた。
だから僕は、彼女の「神」という言葉に違和感は感じていない。
むしろ、その言葉の度に再確認してしまうだけだ。
彼女に従おうとしている自分を。
契約上雇い主は僕だが、そう思えてくるのはもしかして僕って幼女趣味?
「な・・・何よその目つき・・・貴方のキングコブラ撃ち抜かれたいの?」
怖い事を言われた。 というか、この娘実は、おもいっきり年齢詐称してない? いや、性別詐称か?
生憎、もし彼女が今自分の衣服を脱ぎだしたとしても、僕は何の反応も示さないだろう。
僕はまともだ。
そんな二人に突っ込みを入れるように店の呼び鈴が突然鳴った。
僕はその音に一瞬ビクッと震えるが、祈は全く気にしてなかった。 僕の様子を見てまた眠たそうな目を向けてくる。
「・・・足音も聞こえなかったの?」
10歳児の癖にベテランのような事を言ってくる。
まぁ、ちょっと聞き逃しただけで、気配は・・・正直感じてなかった。
この仕事に向いてないと落ち込みそうになってしまった。
とにかく呼び鈴が鳴ったという事はお客さんのようだ。
「は〜い」
事務所のドアの擦りガラスの向こうに人影。 それを確認しながら僕はドアを開けた。
するとそこには一人の女性が神妙な顔をして立っていた。
「いらっしゃいませ。 何の御用ですか?」
僕は精一杯の営業スマイルで言うと、女性は伏し目がちになって僕を見上げた。
事務所から出てきた男が若いので、値踏みしているのか・・・。
「ええと・・・、相談所の方ですよね? 実は依頼した事があるのですが・・・」
こんな時間に来るのは「昼間の仕事」だ。
今回は猫探しか、浮気調査か・・・はたまた単なるホームヘルパーだという事もありうる。
そう思っていると、女性は少し考え込むようにしてから意を決して言って来た。
「この人を・・・探して欲しいのです」
そう言って一枚の写真を見せてきた。
「・・・分かりました。 中で詳しい話を聞きましょうか」
久しぶりに少し身のある仕事になりそうな予感がした。
【聖夜に銃声を 9月1日(2)「仕事開始」 終わり (3)に続く】
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