9月5日(2)「守る現在未来」
屋敷の窓から飛び降りた僕は、同時に窓から飛び出した人影を発見した。
このタイミングで同じ様に飛び降りてくるのはこの屋敷の者だとは思えない。
ならば・・・祈?
先程見捨てようと思ったばかりだが、彼女が無事だったのなら話は別だ。
ただ、僕は助けたくなかったわけでは無い。 もし、彼女が失敗して捕まっていたのなら僕が無理に助けに行こうとすると彼女は怒るに決まっているからだ。「なんでそんな無駄な事をするのよ!」と・・・。
非情かもしれないが、そういう一瞬の判断に成否を問われてしまうような仕事だから、それは祈も僕も分かっているハズだ。
祈が同じ立場だったら同じ様に見捨てただろう。
問題は祈が屋敷の者に顔を見られたかどうかだ。
そう思って僕は同じ様に降り立った者へ近付き話しかけようとした。
その一瞬の判断が失敗だった。
「!?」
近付いた瞬間に膨れ上がった殺意を感じて身を伏せる。すると、今立っていた場所に風を切るような音が一つ二つと過ぎていった。
音の重みからすると、「暗黒」という名を冠した投擲武器「ダーク」だろう。
分かりやすく言えば投げナイフなのだが、普通の投げナイフより肉厚で、切り裂くタイプでは無く、突き刺すタイプの投げナイフだ。
それを一瞬の内に見極め、僕は一旦距離を取るために後ろへ跳躍した。
投げナイフの射程距離はせいぜい5mも無い。 アニメや映画でとんでもない距離を投げてたりするが、実際の投げナイフはそんなに届くような物では無い。
ボウガンのような装置や、筋力等があれば射程距離は伸びるだろうが、普通であれば少し距離をとるだけで致命傷にはならないのだ。
そして、それと同時に分かったがある。
それは相手が祈などでは無い事だ。 彼女は投げナイフ等持ってきて居ないハズだ。
・・・僕の知らない所で装備していたら知らないが、知っている限り彼女の装備は「愛銃」と「サイレンサー付き自動拳銃」ぐらいだ。
近距離用にナイフ等彼女には必要無いのだから。手刀で十分だろう。
僕が下がった事で、相手もそれに合わせて動いてくる。
相手の意図は分からないが、僕に敵意がある事は確かだ。 遠慮無く迎撃させてもらおう。
「最近カッコイイ所無かったし、本職で遅れを取るわけにはいかないよ!」
僕は愛銃と取り出して、跳躍してくる相手に向けて一発ぶち込む。 屋敷の敷地内だが、もう侵入者に警戒されているので遠慮は要らない。
闇の中ながら、相手もそれに気付いて腕をクロスさせて防ごうとする。
だが、僕の銃はリボルバーだ。 そんな物で防げるわけがない。
たちまち銃弾を腕に受けてその衝撃で弾かれるように飛ばされる相手。
うん。 それが普通なんだよ。
祈みたいに銃の側面で受けるなんて事は、リボルバー相手には自殺行為なんだからね?
直撃したのだがら、すぐには動けないはずだ。 僕はトドメを刺すために敵へと近付く。
闇の中で相手の顔が見えなかったが、近付いた事で、その正体が月明かりに照らされて分かるようになる。
・・・・・・・・
誰? この人?
見た事の無い者だった。
まぁ、多分同業者だとは思うけど、見た目は普通の女の子だったりした。
どうして最近女の子ばっかりに出会うんだろうね・・・。
僕は女の子だと分かった瞬間に酷く罪悪感に襲われてしまった。
つい優しい言葉を掛けてしまう。
「大丈夫? 相手の力量を推し量るのもこの仕事をやっていくのには必要だよ?」
そう言って手を差し伸べてしまっている自分を、他人事の様に思いながら女の子の反応を待った。
流石にリボルバーに打ち抜かれてしまっては痛みで動けないとは思ったが、女の子はとてもアッサリと身を起こして僕の手をポカンと見つめた。
あぁ・・・それも「普通の反応」だよね。
「・・・・・・貴方は・・・誰? ブラッディ・イーターじゃ・・・無いの?」
女の子の言葉に手を引っ込めそうになったが、表情に出さずに僕は手を差し伸べ続けた。
この女の子は、僕を本当に狙っていたみたいだ。 それもブラッディ・イーターの僕を。
「・・・ブラッディ・イーターを知っているの?」
「・・・・・・私はソイツを暗殺するように命じられた・・・」
僕の手を握って立ち上がりながらまたもアッサリと自分の事情を話す女の子。
僕の・・・暗殺を命じられた?
いや、それより今掴んできた腕・・・撃たれたのに動くの?
「・・・・・・私は人じゃない。 だからこれぐらいは大丈夫」
女の子は僕の視線に気付いて腕を見せてきた。 その腕は血の様な液体まみれだったが、普通の人間には無いような「配線」が見えていた。
・・・・・・人造人間? 馬鹿な・・・。
「・・・違う。 今貴方の思ったような者じゃない。 私は普段は普通の人間。 だけど、この腕は人じゃない」
そう言いながらニコリともせずに女の子は頭を下げてきた。 そのまま「ごめんなさい」と呟いた。
・・・なんだこの子・・・。
腕は、要するに義手って事か・・・。
「・・・という事は、さっき打ちのめした女の子がブラッディ・イーターだったの? 任務完了」
「・・・え?」
義手の女の子はそう一人ごちて、踵を返すと撃たれたと思えない動きで闇へと駆けて行こうとする。
今聞こえた言葉を理解するのに時間がかかって、その後姿を止める時間は消えてしまった。
気が付くと、女の子の姿は無く、夜の帳に屋敷からの喧騒だけが聞こえてきた。
祈が・・・やられた!?
僕はその事実が本当にそうなのかという事が未だに理解できなかった。
あんな化け物が・・・どう見ても普通ぐらいの技能者に負ける?
不意を突かれたとしても、考えられなかった。
事態は更にややこしい事になっているのかもしれない。
だって、喧騒が屋敷内だけで無く、屋敷の入り口辺りにも起こっていたから・・・。
そう思っていると、また屋敷の窓から一つの人影が降りてきた。
そのシルエットが小柄な感じだったので、今度こそ間違い無いと思った。
だが、そのシルエットは降りてきたというより、落ちてきたと言った方が適切だったかもしれない。
着地するような姿勢も無いまま、そのまま地面に叩きつけられる人影。
僕は慌ててその人影に歩み寄ると、その人影はやはり祈だった。
見た感じ満身創痍と言った感じか・・・。
地面への衝撃はどうか分からないが、傷だらけの体はそのままだと危険な状態だと思えた。
「あ・・・アイツラ・・・帰ったらぶっ殺すわ・・・」
祈は抱き抱えると、そんな事を呟いて拳を固めた。
アイツラ?
「アイツラって? 祈、何があったの?」
声を掛けると、祈は僕の顔を見て安心したように溜息をついた。
そして僕の腕の中からヒョイと立ち上がると、屋敷と入り口の方を指して肩を竦める。
「ウチに置いて来たラビアンローズ達が来てるわよ。 今一人は屋敷の中で大暴れしてるわ。 一人は試作AMにやられてたみたいだけど知ったこっちゃ無いわよね? 仕事は終わってるからさっさと帰りましょうかミチオ」
どうやらさっきの女の子にやられたのは祈では無いようだ。AM―オートマーター―?自動人形って事かな?
それにしても・・・
「・・・何してるんだよあの人達・・・」
何しに来たのか知らないが、こんな屋敷に大人数で来たらそりゃ見付かるよね・・・。
多分侵入者として見付かったのはラビアンローズの人なんだろう。
世話が焼けるよホント・・・。
「・・・ミチオまさか、助けに行こうなんて考えてないでしょうね?」
「え? だって、彼女達は・・・」
ほっといたら多分OUTだろうと思うしね。
「私は簡単に見捨てる癖に? 今此処に居るって事はそういう事よね? ねえミチオ?」
バレてる。
「え・・・いや、祈を信頼しているからこそで、別に祈が心配じゃなかったわけじゃ・・・」
慌てて言い訳するが、祈はすぐに悪戯っぽく微笑んできた。
「フフッ。 冗談よ? こんな仕事を失敗するようなら私でも見捨てるわよ。 そういう判断は出来るのね。 惚れ直したわよ? って事で、これぐらいの警備に引っ掛かってる馬鹿なエージェント達は見捨ててOKと思うわよ?」
・・・・・・・・・・・
「あれ? どうしたのよ?」
「・・・・・・今祈なんて言った?」
「? 何が??」
「いや・・・あの・・・判断が〜 の後に・・・ええと・・・祈って僕に惚れてたの?」
「!? あ、あぁ! そうよね! あんな人達でも知り合ったんだから助けてあげるのが人情ってもんよねっ! ほらミチオ! グズグズしてたらあの子達が肉塊になっちゃうわよ!」
「いや、祈さん・・・人の話を聞いてます?」
まさかと思ったが、明らかに分かり易いうろたえ方をされてしまった・・・。
薄々思ってたけど、祈って・・・。
いや、彼女はすぐに人の考えを読んで来るから、これ以上は考えないようにしよう。
その後、老執事と好勝負をしていたナノカちゃんと、目を回して倒れていたレンちゃんという子と、入り口で健気に応戦していた小木曽さんを回収して僕は足早に相談所へ戻った。
そういえば、窓から落ちてきた祈はナノカちゃんの攻撃の衝撃の被害にあったかららしい。
祈曰く「荒削りすぎるけど、火力だけなら私と同等か、それ以上だったわ」らしい。
どんな魔王なんだと思ったが、確かめるのも怖いから止めておこうと思う。
後、義手の女の子にやられたレンって子は、帰ってくると意外に元気にお茶を入れてくれたりした。 僕の様にタフなんだろうね。
その二人を止めようとしたらしい小木曽さんは、帰ってくるなり僕と祈に土下座してきた。
なんでもナノカちゃんとレンちゃんの二人は責任感が強いらしく、僕の仕事を手伝いたかったらしい。 結果は散々だったので二人とも反省してくれたんだけど・・・。
「私は有言実行の女よ?」と祈が二人を鉄拳制裁していたのは見ない様にしておいた。
そんな虐待映像を見る程、僕は悪趣味じゃない。
ただ、その事が祈とラビアンローズの人達との上下関係を決定付けたと言っても過言では無いかもしれない。
彼女達は負い目がある分、祈には絶対に逆らえなくなってしまった。 もちろん僕にも。
そうそう。
後、あの義手の女の子の事なんだけど、それは祈が説明してくれた。
ある研究所が開発した機械仕掛けの人形で、人を元にして作られるので体の組織の8割は人間なのだが、高性能な機械の体が一部入っている事で、普通の人間には出来ないような事をする「お手伝いロボット」らしい。
それを俗に「オートマーター」と呼んでいるらしいのだが、その話を聞いていた小木曽さんが激しく反応したりした。
どうやら、小木曽さんが言っていた「研究所」というのはその研究所だったらしい。
研究所の名前は「岩倉研究所」。
なんだか普通の町の研究所のような感じの名前だが、その技術は他の追随を許さないオーバーテクノロジーを持っているという。
その研究所が開発した物が僕を狙ってきたという事は・・・。
「共同戦線です! ミチオさん!」
息巻きながら言う小木曽さんを僕は疲れた目で見て、すぐに無視してから自分の部屋に戻った。
もう・・・眠らせて欲しい。
目が覚めたら全て夢でありますように・・・。
僕が布団に入れたのはもう日が出始める頃だった・・・。
【聖夜に銃声を 9月5日(2) 「守る現在未来」終わり (3)に続く】