9月4日(7)「少女増量中」
「どういう事なのか説明してもらいましょうか?」
「同じくだ。 返答次第でお前の鼻をへし折るぜ? もちろん嫉妬でな」
「え〜と・・・冷静になって欲しいんだけど二人とも・・・」
僕は事務所の自室で正座させられていた。
それを見下ろすように祈と玄さん。
二人とも何故かボロボロで目が据わっていて、恐ろしい。
床にカーペットが引いてあるが、薄いので足が痛くなってきた。 4つの目に睨まれているのでそっちも痛いが・・・。
だけど、少しでも足を崩そうとすると、祈が延髄蹴りを食らわせてくるので動けない。
玄さんも睨みを利かせているのでどちらか一人を振り切ったとしても、すぐに捕まるだろう。
こうなったのは理由がある。 だけど、それは僕のせいじゃない事を言っておく。
「あの〜・・・」
そんな三人の方へ若い女性の声が聞こえてきた。
だが、それを祈と玄さんは無視して聞こえない振り。 僕もそっちを向けない。
「何を冷静になれって言うのよっ!? アンタ自分の立場がわかってるの!」
「そうだぞ? ミチよ。 姐さんの言う通りだ。 俺達が必死になって情報集めて帰ってくりゃぁ、てめえはその対象者と仲良くよろしくやってるったぁどういう事だっ! しかも同時に3人だとっ!? てめえは少子化に真っ向からアヤ付けるってんだなオイっ!」
「いや・・・仲良くやってたつもりはないし・・・」
さて・・・どう説明したものか・・・。
正直僕も状況が良く分かっていなかった。
気がついたら僕は相談所に戻ってきていて、自分の部屋のベットで寝ていたのだ。
そこまでいいのだが・・・、そのベットを囲むように小木曽さん、ナノカちゃん、後、レンちゃんという子が居た。 やましい事など無いのだが、祈が林原組に帰って僕が居ない事で玄さんと一緒に街中を探し回ったらしい。
そして、まさかと思い相談所へ戻ってみると・・・。
丁度、ベットに寝ている僕の顔を覗き込んでいた小木曽さんを発見したというわけだ。
気を失っている間は確証は無いが何も無かったと思う。
だけど、どうも勘違いされるような場面だったようで、玄さんには睨まれ、祈には正座を命じられた。
なんで僕がこんな目に・・・。
「と・・・とにかく僕は何もやってない。 気が付いたら此処で寝てたんだし・・・」
「ほう。 姐さんという者がありながら女連れ込んだってえわけじゃねえんだな?」
今ひとつ腑に落ちないような目つきで、色々突っ込みたい事を言ってくる玄さん。
「なんでそうなるんだよ!? 僕がそんな事すると思ってるの!?」
「男は皆そうだと思うけど?」
「祈も! そんな発想何処から来るんだよ!? 仮にも小学生でしょ!?」
見た目は幼いが、言う事がどうも小学生では無い。 実際の小学生より10歳程長く生きてはいるが、小学校等の施設に居るのは確かなのだから相応の事を言って欲しいと思うのは僕の我侭?
まぁ祈がイキナリ甘えた声で「ミチオおにぃちゃん♪」とか言ってきたら無言で撃ち殺しそうだけど・・・。
怖くて。
そう思っていると祈の目に殺意が灯っていたので慌てて事情を説明する。
ラビアンローズの事、僕の事、仕事の事、相談所の間借りの事など・・・。
全て小木曽さんが言った事をそのまま伝えただけだが、祈はそれをふんふんと素直に聞いていた。
ただ、僕の中にある違う人格についてはとりあえず伏せておいた。 確証も無いし。
ラビアンローズについても確証は無いのだが、間借りについては今この場にラビアンローズの人達が居るという事が答えだろう。
「よろしくお願いします。 ミチオさん、イノリさん」
「よ、よろしくお願いしますなの。 霧梨さん、汐留さん」
「よろしくお願いしますです。 ミチオ様、イノリ様」
ラビアンローズの三人の内、一人は見た事の無い顔だった。
小木曽さんと、ナノカちゃんと・・・確かレンって子が居ると言っていたが、多分そのレンなのだろう、
少し眠そうな印象がある大人しい感じの子だった。
「なんでえ? 派遣社員みたいなもんか?」
それを見て玄さんは言った。
エージェントなんて総じてそういうものだと思うけど・・・。
「それより、家賃払わないって事かしら? 体で払うってそこの女が言ってたのよね?」
「あ・・・それはちょっとした茶目っ気でして・・・」
祈の言葉に、小木曽さんは慌てて訂正しようとする。 しかし、相手は祈だ。 聞いちゃいない。
「なら、私の言う事を聞いてもらいましょうか? 私は先にこの相談所に雇われている言わば先輩社員よ。 直接的な上司って言ってもいいわ」
「はい? ちょっとイノリさん? 僕一応その祈の上司なわけだよね? あれ?? 分かってる?」
なにやら勝手に話を進めようとしている祈に一応抵抗する。
もちろん「無駄な抵抗」だ。
「ラビアンローズだかなんだか知らないけど、当面昼の仕事を担当してもらうわ。 夜の仕事は任せるには信用を得てからね。 後、最後に言っておくけど・・・」
祈は一瞬で彼女達を認め、追い返すような事は無いようだった。 だけど、昼の仕事を担当って・・・。 仕事なんてそんなに無いんだけど・・・タダメシ食らいになるだけだと・・・。
「ミチオに手を出したら、この世の地獄に招待してあげるわ。 もちろんペアで。 分かったわね?」
ペアって・・・僕もっ!?
「当たり前でしょ? 手を出すって事はミチオにも非があるって事なんだから」
当然のように言ってくる祈。 思っている事を突っ込まれるのは何度目か知らないけど、どうして分かるのか今度じっくり聞いてみたいと思う。 その答えによっては明日からマスク着用するかもしれないけど。
「私達には大事な使命が・・・」
確かラビアンローズは何かの研究所の活動を阻止するという以来を受けているハズだが・・・。
「そんなの放課後にでもしなさい。 表立って攻撃する段階でも無いんでしょ? 生活費稼がないっていうならすぐに追い出すわよ」
「は・・・はい」
一言、二言で黙らせる祈。 少し事情を聞いただけですぐに状況を理解したようだ。 僕なんかより頭の回転が速い。 そして、その指示にも迷いも無い。
どうやったらこんな子に育つんだろう・・・。
そう思ったが、なんでも一人で出来なければ生きていけないような暮らしをしてきたのだろうから、それは作られたのでは無いのだろうが・・・。
僕も幼少の頃に同じ様に戦地で生き抜いたハズだが、祈のような現実派では無いかもしれない。 その差はどこから来るのだろうか?
年の違い? 環境の違い?
それとも、男の女の違い?
男と言うものはいつまでも夢見がちな生き物らしいが、女は逆に現実的であると聞いた事がある。
では、僕が夢見がちな子供だって事だろうか?
「とりあえず、ミチオ。 こんな事態を招いたのは貴方の責任よ。 貴方の過去とか私は何も言わないけれど、大事なのは今なのよ。 今困っているのは過去の貴方がした事の為。 そうならば、貴方はそれを清算する必要があるわ。 私も過去がどうとかって言うのは好きじゃないのだけど、現実にそれが今こうやって形になってしまっているのだから、それは仕方無いわね? 過去はその人の本当の姿とは一概には言えないけれど、ただ、それが形として残る事は確かなのよ。 だから、今回は貴方の責任。 私の過去は私がキッチリと清算させてもらうから気にしないでいいわよ」
なんだか言っている意味が分からなかったが、つまりは「自分の落とし前は自分でつけろ」と言っているようだ。 夢を見る子供でいる暇も無いわけね・・・。
「なんでえ。 てえ事は、もうミチを狙うヤツぁいねえって事だな?」
玄さんも話を聞いていたのだが、今ひとつ分かっていなかったようだった。
「形」では僕はラビアンローズの人達を雇うような形になっているが、彼女達を完全に信用するにはまだ早い。 信用してないのなら追い返せばいいと思うだろうが、そうしなかったのは祈に考えがあるからだろう。
僕も実は同じ考えだ。
どうせ狙われるなら近くに置いておいた方が分かりやすいという事だ。
ただ、それを気付いてない振りをしないといけないので少し大変だが、無遠慮に夜道に襲われるよりよっぽどマシだと思うし・・・。
何より祈は頼りになるので安心してもいいと思う。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
あれ? 僕いつの間に祈を信用してたんだろう?
まだ会って日が浅いのに・・・。
「じゃあ、異論は無いわね? 明日からの指示は明朝にするから今日は寝てしまいなさい。 私とミチオはやる事があるから、じゃあおやすみ」
そう祈は言うと、僕と玄さんの手を引いて部屋から出て行く。
えっと? 僕も?
「な、なんだよ祈。 やる事って?」
「はぁ? 夜にやるって言ったら1つしか無いでしょ?」
僕と玄さんの手を引いたまま祈は歩き続ける。 下りの階段をそのまま下り、向かっているのは・・・
「狙撃場?」
こんな夜に銃の練習なんてするんだろうか?
それにしては玄さんまで連れてきてどうするんだろう?
「おぉ・・・ミチのトコの此処に来るのも久しぶりじゃねえか・・・」
玄さんは感動したように呟いた。 僕は普段はあまり人を此処には入れない。
もちろん重火器があるので危険な事もあるし、玄さんが此処に来たのはリボルバーを譲ってあげた時ぐらいだ。
地下の狙撃場には武器庫があるから・・・。
あぁ、なるほど。
「武器庫に用があるんだね?」
「分かってるならさっさと自分の足で歩きなさい。 大の男が二人して・・・」
「そうは言っても祈が何も説明してくれないからじゃないか」
「・・・・・・ちょっと、そこで立ってなさい」
武器庫の扉までもう少しという所で祈はそう言ってきた。 僕と玄さんの二人を残して一人武器庫に入っていった。
武器庫に鍵が掛かっていたが、鍵自体はダイヤル式で、祈はそれを少し触って開けた。
一応言っておくけど鍵の番号を教えた事は無い。 どうやって知ったか知らないけど、なんだか驚かないのはどうしてだろうね?
「何をするんだろう?」
「ミチが分からねえってんなら俺が分かるわけねえわな」
数分後、武器庫から出てきた祈は3丁の拳銃を持っていた。 一見して僕の愛銃のコルト・キングコブラと玄さんの使っているコルト・アナコンダ、それと祈のカスタム銃だった。
その3丁の内、僕と玄さんの銃の2丁を静かに地面に置いて、祈は一度こちらを見て笑った。
その次の瞬間祈は・・・
パンパン!と撃った!
「おっ・・・と?」
「ひぃや!?」
2発の銃弾は僕の首筋の近くを、玄さんの肩口近くに当たりそうになった。
だが、最初の動作で僕には「当てる気が無い」事は分かったのでよけるつもりも無かったが・・・。
「ふぅ〜ん・・・腐っても・・・ね。 玄。 あんたはもういいわよ。 分かったから」
「な・・・なんでえ? そりゃどういうこった?」
「ミチオ。 受け取りなさい」
玄さんの言葉を無視して祈は僕の愛銃を拾うと、緩やかなスローイングで投げよこしてきた。
多分玉が入っている銃をそんな渡し方をするなんて常識的には無いが、僕はそれが祈に試されているような気がして素直に空中でキャッチする。
その刹那、祈はまた笑った。
そしてまた発砲してくる。
「!?」
その時間は2秒も無かっただろう。 今度の弾道は間違いなく僕を狙っていた。
何もしなければ僕はその凶弾で即死していただろう。
だが、そんなもので死ぬつもりは無い。
僕は愛銃が手に収まると同時にタイミングを計って一発撃つ。
その銃弾が祈が放った銃弾を弾き飛ばした。
「・・・・・・」
祈は無言のまま再度発砲。
今度も僕を狙ったものだ。
だが、先程より余裕があったので、落ち着いて横に避ける。
その時僕は愛銃の引き金に指をかけていた。
後は覚悟だけだ。
何故か分からないが、祈は僕を狙っている。
それも当たれば致命傷になる場所ばかりをだ。 という事は、祈は今敵になっているという事だ。
判断が遅くなるとその分生きている可能性は低くなる。
僕は迷い無く祈を狙ってリボルバーの一撃を放った。
「・・・♪」
それを祈は楽しむように銃で側面で受け止めた。 僕のリボルバーを受け止めるなんてどんな強度をしてるんだあの銃・・・。
だが、側面で受け止めたという事は次の攻撃まで隙が出来るという事だ。 ついでに受け止めた衝撃で少し体が後ろに下がっている。 僕に銃口を再び向けてくる前に・・・
撃った・・・のだが、その時にはすでに祈は横に飛んでいた。 そしてそうしながら今度は2発連続で撃ってくる。
「!?」
その軌道が一方は僕、もう一方は唖然と見ていた玄さんに向いていた。
神経が研ぎ澄まされる瞬間だった。 リボルバーは一発一発が大事な銃だ。
だから、その一発を撃つ為に慎重にならないといけない。
覚悟を決めて・・・・撃つ!
2発同時だと言っても、2発目は1発目より遅く放たれる。 だから僕は一発目を狙って撃った。
ただ、それは一発目を狙っただけで終わらせるつもりは無い。
そこで弾かれた弾が後から来た2発目に弾かれるのを見て僕は安堵の溜息を付いた。
正直上手くいくとは思わなかったが・・・。
「うふふ〜♪ やるわねミチオ。 合格! っていうか・・・普段猫被りすぎじゃないのソレ?」
「やっぱり何か試してたんだね? でも、直接狙ったりして僕が避けなかったらどうしたんだよ?」
「それなら死ぬでしょうね? でも、そうじゃなければ仕事なんて出来ないじゃない」
「仕事?」
「そ。 玄も一緒にって思ったけど駄目ね。 反応が鈍すぎるわ。 手加減してやってるのも分からないぐらいだしね。 玄にはさっきの私達の撃ち合いを見ても分からなかったでしょうしね?」
「あぁ・・・。 すげえのは分かったがよ・・・」
玄さんは力無く肩を落とした。 多分最後に自分を狙われたのも分かってなかったのだろう。
あれは危なかった。
「そうだ。 最後のは危なかったよ? 僕が打ち落とせなかったらどうしたんだよ」
「あぁ。 あれは自分か玄かどっちを取るのかって思ったんだけど、どっちも助けるなんて思わなかったわ。 甘過ぎるわねえ・・・。 それが貴方の美徳かもしれないけど」
「悪かったね。 甘くて」
「褒めてるのよ? まったく・・・ブラッディ・イーターも並じゃないわね。 本気じゃないって言っても私とやりあえるなんて・・・」
「僕だって本気じゃなかったよ?」
売り言葉に買い言葉だ。 実際は心臓がバクバクいってるけどね。
「それにしても、結局何がしたかったんだよ? 僕を試したかったなら明日でも良かったんじゃないの?」
「そうね。 それもあったけど、今夜の事があったから試したかったのよ。 メール着てたわよ?」
「めーる?」
「事務所のメールが着たら私の携帯に転送するようにしておいたのよ。 ほら、仕事よ。 もちろん夜のね」
「なんだってぇっ!?」
祈はスカートのポケットから真っ赤な携帯を取り出してそのディスプレイを見せてくる。
そこには殺しの依頼のメールが映し出されていた。
「って事で今度こそ初仕事ね。 ミチオ」
そう言って笑いながら祈は大きく飛びのいた。
そしてニッコリと笑ったまま銃口を向けてくる。
「それじゃあ・・・」
僕はその行為に何がしたいのか悟った。 また撃ち合いか・・・。
銃弾が無駄になるけど・・・付き合ってあげよう。
少しでもずれると大惨事だが、祈がタイミングを計ってくれたおかげで先程の離れ業よりは幾分か難易度は下がった。 相手の銃口を狙うようにすればいいのだから。
「私達の夜に・・・」
「銃声を」
僕等は同時に発砲する。 その軌道は丁度同じ距離で同じ高さでぶつかり合い弾かれる。
そんなおかしなハイタッチのような事をして、僕等の9月4日は終わっていった。
9月5日の0時になっても僕等の時間はまだ眠らない・・・。
【聖夜に銃声を 9月4日(7) 「少女増量中」終わり 9月5日(1)に続く】