9月3日(3)「少女配送中」
「二人もいっぺんだなんて・・・。 今日は天使様が微笑んでくれているのですね」
小木曽さんはそう言って片手を後ろに回した。 この女、白昼堂々と銃を取り出すつもりか!?
「させるもんかぁっ!」
僕は最後の力を振り絞って小木曽さんに飛び掛った。 虚を突いて相手の武器を奪う!
小木曽さんの後ろ手に隠した武器を奪おうと手を伸ばした。
その瞬間―
「こらぁ! 白昼堂々と女の尻に手を伸ばすとは何事かぁ!」
久美子ちゃんに引っ張られていた。 しまった。居たんだこの子。
「本当に御加護があるみたいですね!」
不味いと思った時には遅かった。 小木曽さんの隠れていた手から獲物が現れる。
それは銃では無かったが、電気カミソリのようなフォルムをしていて「ガン」とは名が付いているが「銃」では無い物。
スタンガン!?
僕はそれが首筋に届いてくるのを感じながら接近してしまった自分の愚かさを呪った。
そしてすぐに放電。
僕はその一瞬で気を失ってしまった。
――――――――――――――――――――――――――――――
そう。 僕は気を失ったのだ。
だから、この後の事は後から聞いた話という事になる。
多分脚色されているのだと思うから、全てを信じるわけじゃなかったけど・・・。
僕は――意識が無いまま立ち上がったらしい。
――――――――――――――――――――――――――――――
それを見て久美子という女が油虫を見たような顔で怯えていた。
「た・・・立った! 立った立った! みっちょんが立った!」
女の頭の中には何処遠くの国の山奥の風景でも見えているのだろうか? 少し嬉しそうだった。
そして、もう一人の女はこちらを化け物を見るような顔で見ていた。
その手には黒くてゴツイ安っぽいスタンガンが握られていた。
なるほど。 それで起きちまったんだな。
オレが。
「おい。テメエら」
ビクッ!と二人が震えるのが分かる。
兎のように怯えてやがる。
「まだ」何もしてないのによぉ。
「なんだか知らねえが、オレを傷付けてタダで帰れると思うなよ?」
オレは銃を取り出そうと上着の内ポケットに手を入れる。 しかし、そこには何も入っていなかった。
チッ・・・。 そういやミチオの野郎手ぶらだったな。
まぁ、それならそれで構わない。
素手でも十分「殺せる」。
「あ、あぁ・・・あ、貴方がブラッディ・イーター?」
確か小木曽とか名乗っていた女がオレの名を呼んだ。
そうだ。オレはブラッディ・イーターなんて呼ばれる事もある。
最近はそんな事も忘れているようだがな。 ミチオは。
「誰が喋っていいと言った?」
オレは生意気な口を開く女の首を締め上げた。
そのまま片手で持ち上げてやる。
「ぐかぁっ! あ・・・ぐ・・・ぅ・・・ぐぐ・・・」
「こ、こらぁ! 首を絞めるなんて恐ろしい事を! どうせ絞めるなら私の――!」
「黙ってろ」
「きゃはっん!?」
止めに入ろうとした騒がしい女を鳩尾を狙って蹴り上げて黙らせる。
それで息が出来なくなったのか女はすぐに静かになって倒れた。
さて・・・。
「お前、ラビアンローズとか言ったな? オレを誘いたいらしいが何が目的だ? オレを殺したいならそんな物じゃ駄目だな。 オレは打たれ強いんでな。 それと・・・」
「がっ!? ぐごぁ・・・ぁあああああ!!」
「オレはミチオ程甘くねえよ。 仮にもオレにケチつけてきたんだ。 覚悟は出来てるんだろうな?」
オレは更に力を込める。 もう暫く絞めたならこの女の命はそこで終わっていただろう。
だが、オレは・・・というよりミチオはコイツに聞きたい事があったらしいので寸前まで痛めつけて捨てるように手を放してやる。
「・・・此処で話がし辛いなら何処でも連れて行け。 ただし、オレに危害を加えようとするなら今度こそお前を殺す」
「わ・・分かりました・・・」
オレの言う事に素直に従う女。 そういう従順なヤツは嫌いじゃない。
ミチオに手を出した祈とか言うガキとは正反対だ。
そういえばあのガキも「オレ」に会いたがっていたが・・・。
今は報酬が出そうなこの女に着いて行く方がいいだろう。
オレも餓死したく無いからな。
「後、そこで気を失ってる女も連れて行くんだろ? オレには関係無いから好きにすればいい」
「え・・・ええ・・・」
オレに言われて思い出したように気を失った女を担いでいる女。
さて、今回の仕事はどれぐらい稼げるか・・・。
オレは女が用意した車に乗り込み、女のアジトへと向かうことになった。
アジトはやはり前に視察した藤野宮女学院内の空き部屋の一つらしい。
オレは車の中で眠くなって、到着するまでに一眠りする事にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
車が藤野宮女学院の敷地のすぐ近くに停車した。
その僅かな揺れで僕は目を覚ました。
「ぶ・・・ブラッディ・イーター様、着きました」
「? うん」
すると、小木曽さんが何故かオドオドしながら車のドアを開けてくれた。
「お手をどうぞ」
「・・・」
何故かさっき会った時のような余裕が無さそうだけど、何かあったのかな?
まぁ、丁寧にされるのは良い事だけど・・・。
僕は拉致されたんじゃないの?
「じー・・・」
何か声を出して見てますよ?という意思表現を背中に感じた。 振り向くと久美子ちゃんが頬を膨らませて睨んでいた。
「俺様に(蹴りを)入れやがった責任は取ってもらうぞ馬鹿ぁ・・・」
はい? 入れた? 何を?
何か気を失っている間に恨まれる様な事したのだろうか僕は・・・。
「貴様の(蹴りの)凶悪なのをイキナリ入れられたんだ馬鹿! 女の子にすることかぁーーー!」
「な・・・何!? なんのことだよ!?」
「知らばっとぼけるのかこの甲斐性無しぃ! おまけに知らない間に学校まで来てるしっ! この責任は100000000倍返しだかんねっ! とおぅりゃぁ!」
「0が多いよぉ!? 1億倍って何だよ! あたー!?」
「あ・・・元に戻ってたんですね。 良かった・・・あのままだったらちょっと怖かったですし・・・」
僕が久美子ちゃんにボコられていると、小木曽さんは何故かホッとしたように胸を撫で下ろした。
「え? え? 何何? 本当にどういう事?」
「覚えてないのですね? やっぱり・・・。 それで納得いきました。 前回の時は演技かと思ってましたから試しに撃ってみたら邪魔されて分かりませんでしたが・・・。 二重人格なんですね?」
「・・・・・・はい?」
小木曽さんの言った事が一瞬意味が分からなかったけど、学園内に入りながら突然豹変した僕の事を教えられた。
冗談だと思ったら久美子ちゃんがお腹を見せてきてその証拠を出されては流石に信じないわけにも行かない。
というか・・・。 入れたって蹴りだったんだね・・・。
良かった・・・。無意識に変な事しちゃったのかと思ったよ・・・。
まぁ、結構な事しちゃったみたいだけどね。
「それは分かったけど・・・。 なんで僕はこんな格好を・・・」
あの後「どうやって着せようか悩みましたが良かったです」と藤野宮女学院の制服を着せられた。 学園内に入るためにわざわざ用意したらしい。
これで2度目の女装だった。
ご丁寧にカツラまで用意されてしまって、今の僕は大人し目のロングヘアー姿だ。
それを見た久美子ちゃんに「かわいー!」と横から抱きしめられてしまったりした。
そんなのも誰に次いで二度目だった。
恥ずかしさはあったが、こちらが何かするわけじゃないので役得だと思っておこう。
しかし、腕に当たる感触は控え目で逆に背徳心に囚われそうだったのは秘密という事にしてみたいと思う。
そういう態度をおくびに出してしまうと調子に乗りそうだし・・・。
一応言い訳させてもらえば、僕は別に好色な男では無い。
ただ、周りがそういう状況になってしまっているだけなのだ。
僕自身に女の子に特に興味は無いし、恋人が欲しいとか思ったりしている事は無い。
僕は職に就いているって言っても収入も安定してないし、そんな事を考える余裕が無いってだけだけどね。
そして、僕等は空き教室―ラビアンローズのアジト―へやってきた。
「ラビアンローズへようこそ。 我々は貴方を歓迎します。 ミチオさん」
そう言って扉を開けてくれる小木曽さん。
なんだが変な店に来た気分になるよその台詞・・・。
中に入ると、大袈裟な高そうな椅子が数個置かれ、それが囲むように長いテーブルが置かれていた。
何を勘違いしているのかレースのテーブルクロスが引かれ、その上には色取り取りの花が生けられた花瓶が乗せられていた。
一見すると何処かの英国貴族の屋敷に来た錯覚に囚われてしまう。
「急造で借り入れてるので乱暴なコーディネイトになってしまっていますが、許してくださいね?」
「あ、あぁ・・・構わないよ」
「うわぁ〜学校の中にこんなヴィクトリアンな部屋があったとわぁ〜♪ 俺様の根城にもってこいだな〜」
気楽に着いて来ている久美子ちゃんは放っておいて、僕は小木曽さんと中で待っていたのであろう女の子に目を向けた。
そこには前に僕を騙して此処に連れて来た樟葉 菜乃華ちゃんが居た。
「お・・・おはようございます・・・なの」
そんな遠慮がちな挨拶をしてくれる。
なんだろう? 僕ってそんなに怖いのかな?
そういえば僕ってカツラ被ってたんだっけ。
確かに怖いかもしれない・・・。
「あぁ、ナノカさんはこの前の事を反省してるんですよ。 ちょっと乱暴だったって・・・。 ね? ナノカさん?」
「あ・・・! ええとぅ・・・。 はいなの・・・」
小木曽さんに促されてナノカちゃんは頭を下げる。 頭を下げながらチラチラと僕の様子を窺っている。
うん。 僕の格好は珍獣みたいなもんだから気にしないで欲しいな。
でも・・・。
あぁ・・・、この人達って悪い人じゃ無さそうだね。 素直に謝れる子は僕は好きだよ。
「うん。 特に怪我も無かったからもういいよ。 それより・・・僕を此処に連れて来た理由を教えて欲しいんだけど・・・」
さっき小木曽さんから聞いたのは「僕の意思で来た」らしいのだが、その理由はまだ言ってないとの事だったのでそれを聞くのが先決だった。
それに、久美子ちゃんが連れて来られる必要性も聞くべきだろう。 僕と一緒に居たから捕まった(?)のだから責任は取る必要がある。
いざとなったら久美子ちゃんだけでも逃がす算段を頭で思い描きながら、僕は小木曽さんが語り出すのを待った。
「・・・・・・これからお話しする事は・・・」
「勿論他言しないよ。 常識だよね」
「ありがとうございます。 流石ブラッディ・イーターです。 では、お話させて頂きますね」
小木曽さんはそこで一呼吸つくと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
別にクラシック音楽が流れているわけでは無いのでその音が部屋全体に響いた。
そんな少しの沈黙を持て余すように小木曽さんは口を開いた。
「・・・まず、お話しなければならないのは、これは私個人の見解では無い事を御了承下さい」
「うん。 なんとなくそうじゃないかと思ったけどね」
エージェントという職業の彼女達は国家、政府、又はそれに順ずるものに雇われているという事だ。
最近エージェントという名称で特殊部隊やアンドロイド等が活躍する映画なんかがあったが、それとは少し違う。
もっとも、そのような感じの者達がエージェントと自称する可能性もあったわけだが、それは今の彼女の発言で無くなった。
だが、その後の小木曽さんの台詞に僕は猛烈に家に帰りたくなった。
「私達の目的・・・それはすなわち日本を救う事です」
・・・・・・・・
僕は来るべき場所を間違えたのかもしれない・・・。
【聖夜に銃声を 9月3日(3)「少女配送中」終わり (4)に続く】