9月3日(1)「少女暴走中」
「いってきま〜す」
「はいはい。 気をつけてね」
元気にランドセルを背負って学校へ向かう祈。
今日は月曜日なので小学校へ通うそうだ。
祈の中の人(?)は17歳らしいが、見た目が10歳なので通っているらしいが・・・。
なんだかその理屈って意味が分からないんだけど・・・。
まぁ、僕ぐらいの年になったら学校生活が懐かしいとか思ったりしないでも無いけど、そういう身元とか彼女はどうしてるんだろう?
もちろん偽装だろうけど・・・。
その前に汐留 祈って名前は何処から来たんだ?
某国で亡くなった両親は貧困で亡くなったようなもんなんだろう?
それが・・・ブラックカードなんて持つような財力が何処から出てきたんだ?
そんな祈の謎はまだまだあったが、彼女がどういう経緯で僕の所に来たのかは昨日なんとなく分かった。
彼女は・・・正確には彼女の「もう一つの魂」が僕を殺しに来ているらしい。
「普段見えている祈」はそれを阻止してくれるらしいけど・・・。
それって祈を追い出せば話は終わるんじゃないかな?
そう思ってみたのだけど、事の発端は僕にあるのだから流石に無責任だと思い直した。
だって、彼女の妹の「ミノリ」を直接手にかけたのは僕であり、その償いだとしたら僕が逃げ出す事は許されないハズだ。
ただ・・・、「あの時」同じように瀕死だった祈は・・・何故生きている?
それが僕にとって一番の謎だった。
あの時、僕は銃口を向けた一人の少女だけを見ていたが、その隣に居た祈を僕はほとんど見ていなかった。 だから、似ているとは思ったのだが、似ているというだけで、まさか姉妹だとは思わなかったのだから・・・。
僕は一つの可能性を考える。
あれは祈の演技で、全ては何かの為の壮大な嘘だという事だ。
実際に他人の様に発狂した姿を見たが、それが演技だと考えると不思議な事は無い。
そして、あの姿は僕の妄想だとすれば・・・
・・・・・・・いや、やっぱり無理がある。
どういう技術を使っても人が若返ったり大人になったりなんて・・・まるで漫画の世界じゃないか!
「お〜。 姐さん行きなすったかい」
「あ、玄。 おはよう。 玄さんにしては早いね? こんな朝早くに起きて来るなんて・・・」
林原組の若頭の玄さんが玄関先に出てきた。
彼は低血圧で昼間まで基本的に寝ている事が多いのだけど、その日は珍しくまだ8時過ぎだというのにいつもの浴衣(?)を着て起きて来た。
下駄を履いて腕を組んでいると何だか絵になるなぁ。
「あぁ、本当は姐さんを見送りたかったんだが・・・。 流石に俺には早起きは億劫でいけねえや」
そう言いながら欠伸を噛み殺しながらカラカラと笑った。
低血圧でも意外に元気だ。
性格だね。
「ふぅん? じゃあせっかくだから朝御飯でも食べようか? ちょっと歩かない?」
「ん? なんでえ? ミチから誘うとは今日は大雨が降るってえのかい?」
「何も無いよ。 ただ祈が居ない間にたまには日常が味わいたかっただけだよ。 あの子が居ると僕の日常が音を立てて壊れてしまうからね」
本当に意味は無かったけど、ただ何もしないで御飯食べて、町を歩いて、話をして・・・。
そんな普通の生活がとても好きなだけなんだけどね。
「ほう。 ミチはそういうトコ変わってねえなぁ。 普段は平和主義で呑気だってえのに・・・仕事になると変わっちまう。 そういう「補充」が必要だってえ事だな?」
玄さんは僕の裏の仕事の事を知っている。
そんなに数をこなした事は無いのだけど、どうも玄さんは勘違いをしているようで、僕が凄腕の殺し屋だと思っているらしい。
人を殺す事に抵抗はあるし、そんなに上手く殺せるわけじゃないのだけど・・・。
そういう仕事の時は、何も考えないようにしているだけだしね。
無心になって「作業」をするだけだ。
そこに人の心は要らない。
人の心を持ったままだと・・・壊れてしまうから・・・。
「そんなに僕って変わる? 無心のつもりなんだけどね」
「その無心が余計に怖いぜ。 正に裏の世界の申し子って所だなミチ」
まるで現場を見てきたように明後日の方角を見て身震いする玄さん。
そこにどんな猟奇殺人鬼が見えているのかな?
目とか赤く光ったりとか・・・。
生憎、僕は月夜に変身したりしない。
「やっぱり誤解してる・・・。 僕は至って普通だよ」
「姐さんといい・・・。 普通の基準が高過ぎて俺なんざ赤子に見えちまうぜ・・・」
まぁ、その誤解により僕を高く買ってくれているからこそ、此処に居る事が出来るのだから言及はしないようにする。
「じゃあ、そこの珈琲屋に行こうよ。 あそこの珈琲は美味しいしね」
「珈琲屋ってえと・・・あぁアレか。 専門店のトコだな。 あの店あ・・・やめねえか?」
「? どうしたのさ? 玄さんって珈琲嫌いだったっけ?」
「いや・・・そうじゃねえんだが・・・。 あそこのマスターの子が今家出してるってえ話でな? 店の雰囲気がどうも暗くていけねえ」
「ふぅん? マスターの子って娘さんだっけ? どうしたのその子?」
「あぁ・・・なんでもマスターが家に帰ったら置手紙があったってえ話だ。 「強いやつに会いに行く」ってだけ書かれた置手紙だってんで探しようがねえらしい」
「・・・? どっかで聞いたような置手紙だねそれ・・・」
玄さんの台詞に何か思い出しそうだったのだが、記憶がもやに掛かったように晴れてこない。
まぁ、その内思い出すだろうと、僕は考えるのをすぐにやめた。
そんなに大事な事じゃないだろう・・・。
だけど、その事はすぐに思い出すことになったのだが・・・。
「発見〜〜〜〜〜〜!!」
「な・・・何!?」
「突撃でありますっ! ちぇすとぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーー!!」
「どわわわぁぁぁぁっ!?」
イキナリ高い声と共に何かが突撃してきた。
僕は避ける事が出来ず、それをお腹に食らって吹っ飛びそうになるのを堪えて飛んできた者を凝視した。
それは女の子だった。
頭から突貫してきたようで、僕の腕の中に居る。
それも束の間、すぐに女の子は飛び退いて仁王立ちしながら指を指して来た。
「ふっふっふっ・・・。 俺様のすぺしゃるあとみっくだいれくとおりじなるばあちかるあくとれいかーすあたっく!を受けてまだ立っておるとは見上げた根性だな! ちなみに略してSADOBAKA! つまり俺様の事だ!」
「・・・・・・玄さん、じゃあそこのファミレスにしようか?」
「朝から野郎二人でファミレスてえのも寂しいが、まあ妥協しようじゃねえか」
「無視するなーーーーーっ!!」
何か元気な女の子だ。
自分の事を「俺」とか言うので一瞬男の子かと思ったけど、服装がスカートだったし顔も可愛らしい女の子だったから疑う余地も無かったけど・・・。
どうも「おかしい子」みたいだから無視するに限る。
玄さんも了解したようで出来るだけ目をあわさないようにしていた。 流石に察しがいい。
「こらこらここら! 俺様を無視するなんて宇宙の意思に反する事をお前達は平気でするっていうのかっ!? 泣いちゃうぞコラ!」
「そういえば、あそこのファミレスって何か新メニューあった?」
「あぁ〜俺も職業柄あんま行かねえからなぁ・・・。 普段寿司屋と蕎麦屋が多いのは付き合いだから仕方ねえんだが・・・。 俺としてはスイーツが増えてると嬉しいんだがねえ」
「あ〜玄さん甘党だっけ?」
「おうよ。 生クリームは至高でえ。 俺の主成分ってえ言えるぜ」
「うぅ・・・いけないんだいけないんだぁ・・・。 大人二人がこんな可愛い女の子いじめるなんていけないんだぁ・・・」
なおも無視していると、女の子は地面に座り込み指で「の」の字を書いていじけていた。
見た感じ高校生ぐらいだろうに、どうも頭の中は小学生っぽい。
祈とは正反対だ。
そう思うと少し可笑しくて吹き出してしまった。
「おぉ!? 笑ったな貴様ぁ! 可愛い顔してなんてサドな男なんだぁ! 訴えてやる訴えてやるJA●Oに訴えてやるぅ〜! そんで著作権使用料取られて泣いちゃえばいいんだへ〜ん!」
いや・・・そんな事JA●Oで扱ってくれないし、著作権使用料って団体違うよソレ・・・。
・・・とか突っ込んだら負けなんだろうなきっと。
しかし、このまま騒がしくすると、僕や玄さんはいいが、林原組の組員達が出て来て不味い事になってしまうかもしれない。
僕らがいいって言っても、「示しが付かない」って制裁を加えそうだなぁ・・・。
「ええと・・・何? 何か用なの?」
だから根負けして僕は話しかけてしまった。
その瞬間女の子の目がキラーンと光ったように見えたが・・・。
「ウホッ! やっとこちらを見たなBOY! いいぞえいいぞえ〜。 この久美子ちゃんをもっと視姦するがいい! 生のじょしこーせーだぞぉ〜えらいんだぞぉ〜」
「・・・・・・・・・」
僕は何も言わないで立ち去ろうとした。
「おぅぃっ!? ただのお茶目じゃないかぁちょっとは察しろよっ!? アンタ本当にサドじゃないのか!」
馬鹿過ぎて付いていけないから視界から居なくなって欲しいな。って思ったのは認めるけどね。
「・・・さっき自分がサドって言ってなかった?」
「あはは〜! やっぱり聞いてたのだね! それなのに無視するとはなんと大人気無い! 爺は嘆かわしいですぞぉぉ〜。 あ〜それよりチミチミ。 ちょっと訊ねたいのだが・・・」
「何?」
爺ってアンタ女でしょ! って突っ込む前に何か聞いてきたので一応返事をする。
その態度に大袈裟に胸を張って息を吸い込んだようだ。
何故かカメラワークを気にしている女優か何かのつもりかビシッ!と決めている。
「俺様の名前は名取 久美子! 人は私の事をピンクパンサーEXクーミンと呼ぶっ!」
「はい?」
意味が分からなかったけど、それ・・・溜めて言う事なの?
「ちなみに〜・・・なんでピンクパンサーEXクーミンか知りたいかにゃ?」
「ううん。ぜっんぜん興味無い」
「ガーン!!」
何故か僕の一般的な返答に衝撃を受けたように両手を突いて倒れた。
それをみて「O R Z」という英文字が小文字で頭に浮かんだ。
まぁ、そんな事より彼女の名前・・・。
名取 久美子?
それって・・・あのエージェント集団が探してた子じゃないかっ!?
「あ・・・ええと久美子ちゃん? ちょっと聞きたいんだけど・・・」
僕はあのエージェント集団が探していた子という事で、何かラビアンローズについて知っていないか聞こうと倒れている彼女に近付いた。
それはただ、好奇心というだけで、何かそうする事でラビアンローズの人達を出し抜こうとか思ったわけじゃない。
ただの好奇心・・・って確かころされちゃうんだっけ?
そう思い出した時には・・・
「キラーン! 奪取! そして逃げる!」
「って!? なんで僕の手を取って逃げるのぉぉ!?」
僕は久美子ちゃんに掴まれて林原組の敷地内から遠ざかっていく。
拉致!?
「・・・・・・祈の姐さんが居なくたって結局面倒に巻き込まれるんじゃねえかミチよ・・・」
その僕の姿を遠目に見ながら、別に追いかける事も無く玄さんは見送っていた。
薄情者〜〜〜〜!
僕の9月3日はそんな始まりだった。
【聖夜に銃声を 9月3日(1)「少女暴走中」終わり (2)に続く】