9月2日(5)「冷却時間」
林原組の屋敷の大浴場。
100人以上が住むこの屋敷の風呂は、家庭の風呂というよりは銭湯のそれに近い規模の大きさがあった。
「ん? なんだ人だかり??」
浴場の脱衣所の入り口に数人の組員が屯っていた。
大きいといっても一度に30人程度しか入れないと聞いた事があるので順番待ちか何かだろうと思う。
僕はその内の一人を捕まえて話しかけた。
「やあ、どうしたんだい? 前の人まだ入ってるの?」
「あ、先生! へ、へいっ! そうなんでさぁ。 ま、まあワシラは別にまだまだ後でええんですがね? 先生入りなさるんかい?」
何やら慌てたような様子で言葉を濁してるように見えるけど・・・。 どうしたんだろ?
「何? 交代の時間守ってくれてないの? 中の人が」
「い、いえ! 中には今一人だけなんですんがね? 先生なら入ってもいいと思いやすが、ワシラは遠慮しときますんで! ご・・・ごゆるりと〜〜〜!」
「おい!てめえらいくぞ!」「へえ!」と屯っていた数人はそそくさと何処かに行ってしまった。
はて? 一人しか入ってないなら何を遠慮しているんだろう?
自分達の屋敷なのに・・・。
それ程大物が入ってるのかな中には・・・。
「大物・・・・・・って事は大親分?」
ひとりごちて、林原組の大親分こと組長の林原 流離が入っているのかもしれないと思い、僕は脱衣場へ入る事にした。
組長なら顔見知りだし、逆に入っていかないと機嫌が悪くなる可能性があったからだ。
彼はそういう「遠慮」が大嫌いな男で、道理が通っていない事以外はとても大雑把な性格をしているのだ。
僕もその組長と始めてあった時は他人行儀だった事に始めて怒られた大人の一人として認識した。 そのおかげで若頭の玄さんも同じような性格としって打ち解けるのは早かったのだが・・・。
久しぶりに親父さんと裸の付き合いか・・・。
少し楽しみだな・・・。
脱衣所で服を脱いで、腰にミニタオルを巻いて中に入る。
「邪魔します〜。 ミチオです〜」
入るなり一応挨拶する。
こんな裸になるような場所だから刺客が現れたら対処出来ないのでこうやって声をかけるのが礼儀だった。 いくら自分の屋敷だろうと、普段から命を狙われるような立場の者というのは結構大変なのだ。 僕も今はそうだけど・・・。
「あら? 此処は混浴なの?」
湯船の中の人影から高い声が響いてきた。
何処かで聞いた事ある声だったが、それは決して男の声じゃなかった。
というか・・・昨日からこの声は散々耳に残っているので疑いようが無かったが。
「い・・・いのりが居るのっ!?」
湯船と脱衣所は少し遠くて湯気で良く見えなかったが、湯気の中に映し出されるシルエットはどう見ても男のようながっしりした身体つきには見えなかった。
「私以外に誰が居るっていうのよ? 貸し切りみたいよ? ミチオも早く暖まりなさい〜」
祈と思われる声が心持ち甘い。 どうもお風呂に入ると祈はいつものトゲトゲしいのが無くなるようだった。
いや・・・また演技かもしれないが・・・。
青年妄想中...
って何を思い出してるんだ僕はっ!?
相手は子供だが、女の子だっていうのに・・・。
そう思っても昨日見た祈の姿を思い出してしまってこれ以上進めない。
「い・・・いや、僕は後で入るよ。 祈はゆっくり―」
「早く来ないとぶっ殺すわよ♪」
なんで風呂に入らないだけで殺されないといけないんだろう?
祈はとても可愛らしく言っていたが物騒この上なかった。
「これは償いなんだから・・・」
「ん? 何か言った?」
「なんでも無いわよ。 早く来なさい。 後で背中流してあげるから〜」
何にせよ祈に悪意は無いのでおとなしく従う事にした。
毎度ながら子供の裸に欲情する事は無いだろうし、問題は無いって言えば無いんだけど・・・。
まだ数日で「毎度」とか言ってる僕って性質が犬なんだろうか?
僕は水場に近付いて、手元にあった桶で体を一度清めてから湯船に足を入れた。
そこまで来ると湯船に浸かっていた祈の顔が流石に分かった。
うん。 祈だ。
若干違いはあるが、どう見ても祈にしか見えなかった。
「お邪魔するよ。 でも祈って一体何時間入ってるの? 夕方からでしょ?」
僕も話をしていて時間を忘れていたが、もう外はどっぷりと闇になっている。
祈は聞かれて少し赤くなりながら片腕を上げて見せてきた。
「コレ。 あの玄ってヤツ中々やるわよね。 私に防御させるんだから。 コレを冷やしてたのよ」
「うぇっ!? ちょっと祈! 病院行かなくていいの!?」
祈の腕は一部が赤くはれ上がっていた。 そこまで歪に形が変わったりしているわけではないが、元が白い肌なので物凄く痛そうで見てられなかった。
・・・実は腕を上げている事で違う意味で見てられなかった所もあるのだが、それは割愛する。
「ん。 見た目ほど大した事無いんだけどね。 当分腕は使わない方がいいわね。 勿論大事を取って。 だけど」
「・・・・・・ご・・・ごめん。 僕が馬鹿な事を言ったばっかりに・・・」
気丈にも言っている祈の言葉を鵜呑みにしたりする事は決してしない。 いつも強気な祈が「大事を取って」等と弱気な事を言うぐらいだ。 本当は酷い状態なのかもしれない。
僕は本当に馬鹿な事をした。
祈だって本当は列記とした女の子なのに・・・。
いくら常人離れした身体能力があったとしても、生身の・・・それも子供なのに・・・。
「ちょっと? 何暗い顔してるのよ? 私がいいって言ってるんだからミチオは気にしなくていいのよ?」
「で・・・でも・・・」
僕は申し訳なくて祈の顔が見れなくなってしまった。 どうして彼女はこんな僕を慕っているのだろうか・・・。 こんな馬鹿な僕を・・・。
こんなに小さな体で・・・。
昨日よりは少し大きいけど・・・。
どうして・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・
?
な・・・・・・・に・・・・?
昨日より少し大きい??
そういえば僕はさっき最初に祈を見た時なんと思った?
若干違いはあるが、どう見ても祈にしか見えなかった。 と思わなかったか?
この祈は・・・・・・・・・
目の前に居るのは・・・・・
誰だ!?
『・・・・・・あら? どうしたのミ チ オ?』
僕は毛穴という毛穴から汗が吹き出すのを感じた。
湯船に浸かって暑かったわけじゃない。
体が無意識に未知の恐怖に怯えているのだ。
『やっと気付いたの? ミチオってやっぱり鈍感なのねぇ・・・クスクスクス・・・』
祈の姿をしたその女は、見た目は中学生か高校生ぐらいだった。
夕方に見た小学生の祈は何処にも居ない。
不意に先程玄さんと話した話を思い出した。
彼は「10年後に同じ台詞を言えるとは思えねえな・・・」と言っていたが、まさかそれが同じ日に見る事になるとは思わなかった。
『安心なさい。 私は祈よ。 ただ・・・アナタの知ってる祈じゃないだけの話よ』
「ど・・・どういう事だよ! 祈は何処だ! お前は何者だ!」
『クスクスクス・・・』
女は僕の質問に答えずにただ笑っていた。 その笑みは顔立ちが整っているせいで余計に恐ろしく見えた。
『何度目なのよソ レ? 私は神だって言ってるでしょう? まだ信じてないの?』
そう。 祈は何度も僕に「神」だと言った。 だけど、それは彼女が孤児で両親が天から見守っているという事への比喩だという事のハズだ。
こんな・・・化け物のような「神」じゃないはずだ!
「ふ・・・」
「?」
祈の姿をした女の動きが急に止まった。
何か力を溜めている様に拳を握って固まっている。
そう思った矢先に女は拳を湯船の水面に思い切り叩き付けた。 そして絶叫。
「ふざけんじゃないわよおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「!?」
「勝手に出て来て何言ってるのよっ! アンタの好きなようにはさせないんだから! 私のミチオを傷付けたりしたらぶっ殺すわよ!」
「・・・・い・・・いのり?」
女は意味の分からない事を叫んで何度も水面を叩いた。 そこに仇敵がいるように何度も・・・。
『その前に・・・私が彼を殺してあげるわ・・・ねえ、い の り?』
「うるさいうるさいうるさいうるさい! みのりは黙ってなさい! もうバレたんだからアンタの企みも終わりじゃないのよ!」
『ふぅん? 何がバレたっていうのぉ? 彼はぜぇんぜん分からない顔をしてるわよ?』
祈の様子が交互に入れ替わる。 見ている方にしたら一人芝居に見えるのだが、そんな演技をする意味が分からないのでその見解は却下だ。 そうなると、これは・・・祈の中に別の人格が存在するって事なのだろうか?
だが、意味が分からないのは確かだ。
この女は本当に祈なのか? 見た目は違うし・・・。
「過去に何があったとしても関係無い。 大事なのは今」だとか玄さんの言葉を借りたとしても、そんな受け入れ方を出来る程僕は大人でもない。
何がどうしてどうなってるんだあ!?
「き・・・・・・消えろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉおぉおぉおぉぉっぉおぉぉおっ!!」
その声と共に水面に叩き付けた一撃で一際大きな水柱が立った。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
呼吸を乱して胸に手をやる祈。
僕はそれを唖然と見ている事しか出来なかった。
僕の視線に気付いて祈は横目で見てニヤリと笑う。
「と・・・とりあえず勝ったわ・・・もう大丈夫よミチオ」
何に勝ったというのか分からないが、とりあえず安心していいようだ。
そんな事が彼女の雰囲気で分かった。
「な・・・何がどういう事だよ!? 説明して欲しいんだけど!?」
早急に簡潔に分かりやすい説明を要求する! 拒否権は無いよ?
とまでは言えなかったが、本当は言いたい気分だった。
「・・・ミチオのせいよ」
祈の短い台詞に一瞬ドキッとしてしまう。 身体付きが少し大人になったせいか違う意味に聞こえてしまった。
「・・・いいわ。 本当は全部終わってから話そうかと思ってたけどそうも言ってられないみたいだから話してあげる。 ツケが回ったんだからね? 本当にミチオのせいで!」
「ど・・・どういう事?」
「ツケが回った」という言葉に100番勝負が終わった時に祈が言った言葉を思い出す。
あの時「このツケは大きい」というのはこの事だったのか?
そのツケって何?
「さっきのアレね? 果実の実って書いて「ミノリ」。 私の妹の名前なのよ」
「? いもうと??」
「ええ。 5年前に死んじゃったけどね。 その妹が私の中に居るって事よ。 しかも貴方を恨みながらね。 ミチオ」
5年前に死んだ・・・祈の妹の実?
それが祈の中に居る?
「何を言ってるんだよ祈は・・・。 そんな事があるわけないじゃないか・・・。
一人の体の中に二人の魂が居るって言うのか!?」
「その通りよ」
「!!?」
「5年前・・・私達姉妹はある戦地に居たわ。 日本じゃなくて遠い遠い国で・・・貧しい国だったから、私達は食べる物も無くて、餓えですぐにでも事切れる寸前だった・・・」
僕の頭の中は混乱していたが、祈は構わず語り出した。
何処か目は虚ろで、その瞳の先にその頃の情景が映し出されているかのように・・・。
「私達の両親はそんな私達を哀れに思ってね。 お母さんが・・・庭にあった大きな岩で・・・殴ってきたのよ」
「!?」
まだ混乱していたが、祈の語る内容が衝撃的過ぎて反応してしまう。
母親が・・・子供を岩で殴る!?
「何度も何度も殴られたわ。 お母さんはごめんなさいごめんなさいと言い続けながら・・・。 妹は何で殴られていたか分かってなかったけど、私には分かっていた。 そうしなければ自分達が生きていけなかったから・・・」
「そ・・・そんなのって・・・」
貧困によって食い扶ちを減らす意味と、その死肉を食らう意味での行動だというのは何となく分かったが・・・。 そんな惨たらしい事を本当に母親がしたというのか・・・。
それほど国も人心も荒れていたという事なのだろうが・・・悲し過ぎるよ・・・。
「そして動かなくなった私達を見てお母さんは正気に戻ったように頭を抱えてね。 持っていた岩で今度は自分を殴りつけたの。 ・・・打ち所が悪かったんでしょうね。 一撃でおしまい」
「・・・・・・」
もはや言葉が出なかった。 そんな事が起こってしまう戦地で、祈は生きていたのか・・・たったの5年前に・・・。
・・・5年前?
いや・・・まさか・・・。
「その後お父さんも後を追うように自殺したけど・・・。 私達はまだ生きていたのよ。 瀕死の状態で放っておけばそのまま死んでいたでしょうけどね? 私の方は少しマシだったけど、妹は・・・」
「ま・・・待ってくれ祈! その後もしかして・・・」
祈の言葉で5年前にあった惨劇を思い出した。
僕はその頃とある国の部隊に所属していた。
そして、その部隊の最後の作戦で少女を・・・
「・・・・・・ええ、貴方が妹にトドメを刺したのよ。 ミチオ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・!!!!!」
あの時の子供が!
あの時の子供が!
あの時の子供が!
あの時の子供がぁ!!
僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が!!!
僕はなんて事をしたんだ!
そうだ完全に思い出した! あの時僕は瀕死の子供を見つけて・・・頼まれたんだ! 殺してくれって!
だからって・・・!!
僕は・・・・
僕は・・・・!!!
「・・・ミチオ・・・」
「!?」
頭の上が急に暖かい感じで包まれた。
発狂しそうだった僕は、そうされて一瞬にして我に返ってしまう。
何かと見上げると、そこに柔らかな感触・・・。
ぶっ!?
「む・・・む・・・」
僕の頭の上に祈の膨らみが乗っていた。 10歳の時はそんな事は出来なかったのだが・・・。
逆に落ち着かない。
「いいのよ・・・。 私は救ってくれたと思ってるのよ? あの子と違って・・・。 あのままだと妹は苦しみながら死んでいった・・・。 それを一瞬でも早くその苦しみから解放してくれたのよミチオは・・・」
「い・・・祈・・・僕は・・・」
「いいの・・・いいのよ」
僕はこれでも男なんだけど・・・。
そう言おうとしたのだけど、祈は勘違いしているのか更に強く僕の頭を抱きしめた。
「それでね、ミチオ。 あの子は貴方を恨んでいる。 霊魂となって私の中に入り込んで、貴方を殺す為に私の中で生き続けているのよ」
「に・・・にわかに信じられないけど・・・」
しどろみどろになりながらも僕は答えた。 正直話の内容が頭に入ってこなかったが、あまり呑気な事を言っている雰囲気でも無いので自重する。 一番自重して欲しいのは祈の体なんだけどね。
「信じられなくても事実なのよ。 私本当は今17歳なのよ? それなのに10歳の体をしてる方がおかしいわよね?」
「えっ!? 17歳のピチピチボディ!?」
僕は反射的にそんな事を言ってしまった。
刹那、僕は湯船の中に落とされてしまった。
「・・・ミ チ オ? 真剣に聞いてる?」
「うぷっ・・・う、うん」
急だったんでお湯を飲んじゃったけど、今ので気が確かになった。
あのままだと僕何かに目覚めそうになってたかもしれないけど・・・。
「まったく・・・。 後90日って言ったのはね? それぐらいになったら妹はおしまいなのよ」
「・・・? そうなの?」
「ええ。 そうなったら実は力が無くなって消える。 それは確かよ。 でもね、私の体が完全に元に戻ったら駄目なのよ」
「?? また訳が分からないけど・・・今度は何?」
最初から分からなかったが、これ以上込み入った事があるというなら世界に魑魅魍魎が跋扈していても不思議だと思わないだろう僕は。
「私の体が17歳に戻ると、私の中の実が開放されるのよ。 そうなったら私の意志では止める事が出来ないの。 それを抑えるための手法なのよ幼児化が。 私の国のシャーマンが掛けてくれた魔法で、体の成長を逆転させる代わりに霊的な力を手に入れる魔法なのよ」
「いや、魔法とか・・・」
もうなんでもありな感じだった。 自称神だとかいうレベルはもうゆうに越している。
「まあ魔法は冗談だけどね」
「ちょっと!?」
こんな時にそんな冗談は笑えないんですけど祈さん・・・。
「でも、体が戻るとミチオを殺そうとするミノリが現れるのは本当よ。 その姿こそがミノリなのよ。 それを抑えるにはミチオの傍に居ないと駄目なの」
「そ・・そうなんだ? な・・・なんで?」
「そ・・・そんなの言えるわけないでしょ!」
「はいぃ?」
何故か祈はそこで怒り出した。
意味分かんないよ・・・何もかも・・・。
「と、とにかく! 100番勝負で「力」を使っちゃったんだからミノリが出やすくなっちゃったの・・・。 だから元に戻す必要があるわ」
「元にって・・・子供の姿に?」
「コ○ン君みたいで面白いでしょ?」
「理屈は分からないけど何か危険な事言ってるよ祈っ!?」
何にせよ子供の姿の方が「ミノリ」を抑える事が出来るらしい。
その「ミノリ」が出て来ると僕を恨んでいるでの殺しに掛かるというなら・・・そうするしか無いのだろうけど・・・。
「でも、どうやって?」
「うん。 それはね―」
祈は何故か耳元で小声になってその「方法」を伝えてきた。
その内容は・・・。
「ちょ・・・それ本当にっ!?」
「こんな事ウソついてどうするのよ! アンタの命が掛かってるんだからね!? いいのよ? 私は別にアンタが死んだって?」
「う・・・・新手の脅迫だよソレ・・・」
自分自身を人質に取られるような変な感覚だったが、四の五言ってる場合では無さそうだ。
僕は覚悟を決めて、その「方法」を実行する。
・・・・・・・・・・・・
ここでいやらしい事を考えた人は手を挙げなさい。
「・・・・」
「・・・・」
ほぼ正解だから。
「ん・・・・・・・ふぅ・・・」
「・・・・ふぅ」
僕は生まれて初めて
女の子にキスをした。
ちなみに「深い方」だ。
「・・・上手いわねミチオ」
「は・・・恥ずかしい事言わないでよ」
顔から火が出そうなくらいに真っ赤になってしまっているんだろうなぁ僕・・・。
なんでキスなんだよ!? それも深い方!
いくらなんでもこんな事で僕のファーストキスが奪われるとは思わなかったよ・・・。
少し落ち込んでいる僕に、上目遣いで祈が覗き込んできた。
いや、なんと祈はちょっと目を離した隙に―恥ずかしくて目を逸らしたんだけど―小さくなっていた。 それは始めて会った時の祈だった。
本当だったんだね。
やり損かと思ったよ。 良かった・・・。
でも、祈のその後の言葉で僕はそんな安堵感も何処へやら、爆発してしまった。
「あ、実は密着すればいいだけなんだけどね?」
「そ・・・そんな事は先に言ってよぉぉぉぉっぉぉぉぉ!?」
僕の絶叫が林原組の大浴場に木霊する。
それがその日の最後の締めくくりのように思えて僕は少し頭が痛くなった・・・。
9月2日は祈の正体がなんとなく分かった。 そんな日だった。
【聖夜に銃声を 9月2日(5)「冷却時間」終わり 9月3日(1)に続く】