9月2日(4)「冷却期間」
【今回の話は半分ぐらい飛ばしても特に問題ありません(何)】
雲が流れていく。
どこまでも続く青い空に、白い雲が流れていく。
目に見える速度では無く、ゆっくりと、しかし確実に動き、それは段々と千切れたり繋がったりしながら左へ右へと流れていく雲。
じっくりと、そして悠久に続くそんな自然の中に身を泳がせるような行為に僕は没頭していた。
空を見上げながら、僕の意識は流れる雲に透写したように虚ろになる。
とても気持ちが良い。
このままこの雲のように世界中を旅する事が出来たならどれだけ幸せだろうか・・・。
何に追われる事も無い、永遠に終わりの無い世界。
重力に魂引かれて、人はそんな空に思いを焦がしているものなのだろう。
いつか、その空に還る時を夢見て・・・・・・・。
「あ〜・・・・久しぶりに落ち着いたよ・・・・・」
僕は林原組の屋敷でゆっくり骨休めをしていた。
今は僕一人。
祈は先程の戦闘で「汚れた」と言って大浴場へ突撃しているので平和だった。
この林原組の屋敷だけで組員が100人以上滞在しているので大豪邸と言っても過言ではないが、それでも静かな場所ぐらいはある。
一階の客間に通され、僕は軒下で夕涼みというわけだ。
僕はこうやって空を眺めるのが好きだ。
とても落ち着くのもあるし、時にはワクワクしたりする事もある。 この感覚は実際にやってみた人しか分からないだろうと僕は思う。
空を見ていると何処かに飛び出したくなると思わない?
ただ、それをする時では無い時は、ゆっくりと意識だけを飛ばしてぼーっとするのが一番なんだ。
「それにしても・・・昨日今日で忙しかったなぁ〜」
丸々30時間程一人きりになれなくて、気が休まっていなかったのか、一人になった時の解放感は言い知れないものがあった。
別に祈の事が嫌いだとか言うわけじゃない。 むしろあの素直な・・・自分に素直な性格はある意味気持ちが良いとは思うし、同時に羨ましいとは思う。
ただ、僕はどっちかと言えば物静かな方が好きなんだよね・・・。
女性の趣味って意味じゃないけど。
女性の趣味だったら・・・もしかしてあれぐらい強引な方がいいのかなぁ? 僕って呑気だし・・・。
「お似合いじゃねえかい? ミチよ」
「!? げ・・・玄。 急に声かけないでよ・・・驚いたよ」
急に僕の背後にがっしりとした体躯の男が立っていた。 林原組若頭の玄さんだ。
彼は極道をさせるには勿体無いぐらい男前で、その顔に似合わずに情に脆かったりする男だった。 僕との間には友情というか、強い繋がりがある。
昔、彼が対抗組織に拉致され、その際に救出の依頼を受けたのが僕だった。
救出劇の際に玄さんが撃たれそうになったのを身を挺して守ったのだけど、その為に僕はその凶弾をその身に受けて、そのまま病院送りになったっていう格好悪い話だからあまり言いたくないんだけど・・・。
幸い急所は外れてたので助かったから、もう笑い話だよね。
「・・・なんでえミチ。 俺の顔をじっと見やがって。 そっちの気があったかお前」
いくら僕が縁側に座っているからって、そんなくそみそなテクニックは持ってないよ・・・。
「や・・・。 ちょっと昔を思い出してね。 それより誰がお似合いだよまったく・・・。 僕と祈はそんなんじゃないし、大体年が違い過ぎるよ」
僕は19だし、祈は10才だ。 実際に年を聞いた時にそう祈が言ってたし、小学校に通っていると言っていたので間違いは無いだろう。
僕は小学生に手を出すような変態じゃない。
この男と違って。
「・・・あのなぁ。 俺が子供がすきなのは別に幼女が好きってわけじゃねえんだぞ?」
僕が半眼になっているのを見て、その視線の意味を感じ取ったのか玄さんは慌てて弁解してきた。
「説得力無いよ玄」
僕の知る限りはこの男、中学生以下しか対象に見た事は無いハズだ。
列記としたロリコンだと思うんだけど?
「まぁ聞けって。 祈の姐さんのようなのは別として、そのぐらいの年代の子は純粋な子が多いんだ。 俺はその純粋な彼女達に惚れこんどるんだ。 そういう意味では祈の姐さんはとても純粋だと思うがね?」
「・・・アレは純粋というより直情的って言うんだよ玄」
ロリコンへの情熱を熱く語られて、僕はますます目を細くして言った。 しかも祈が純粋だと言う彼の顕美眼を疑いたくなる。
「ほう・・・」
「な・・・なんだよ玄」
玄さんが意味有り気な視線を投げかけてきた。
「また「アレ」扱いしてるじゃねえか。 聞けばミチと姐さんはまだ会って一週間も経ってねえって言うじゃねえか。 そんな相手を「アレ」と呼ぶミチは・・・」
無意識だった。
根も葉もない誤解だ。
「ま・・・待て! 嫌な予感がするからそれ以上言わないで玄さん!」
「「さん付け」しやがったからその発言は却下だぜ? ミチはな。 姐さんに惚れてる。 俺の目は間違いじゃねえ。 多くの舎弟どもを見定めてきた林原組若頭の俺の目はな」
僕が祈に惚れてる!? 玄さん言っていい事と悪いことがあるよ!
それに若頭の名を使われたらおいそれと反論出来る雰囲気じゃないじゃないか・・・。
「冗談言わないでよ! と・・・年の差があるじゃないか!」
一応の抵抗。
「それこそ冗談だぜミチ。 姐さんだって10年もすりゃあ立派な女になるだろうよ。 その時ミチは同じ台詞を吐いてると俺には思えねえな」
「ろ・・・ロリコン嗜好を正当化するのはやめてよ! 僕はノーマルだよ?」
そう言いながらも10年後の祈を思い浮かべてみる。
顔は・・・うん。綺麗な方だし、将来美人になるんだろうなぁ・・・。
・・・って何を考えてるんだよ僕は!?
幸いそんな僕の思想に気付いていないのか、玄さんはそのまま続けて語っていた。
「・・・・・・頑固だねぇミチは。 まぁ男だ女だ言うのは置いといて、人としては信頼してるんだろ? 俺は正直嫉妬しちまったぜお前さん達によ」
「嫉妬? 玄が僕等に?」
さっきの「そっちの気」を思い出してかぶり振る。
それは流石に無いだろう。
・・・幼女趣味の変態だけど。
「そうだろうよ。 じゃなけりゃお前さん最後の最後まで勝負中に助けに入ったりしなかったじゃねえか。 それは何よりあの姐さんを信頼してるからだろうがよ?」
確かに100番勝負の中で最初の一人目で祈が打ち倒されていた可能性もあったハズだ。
だけど、不思議と僕はその可能性が思いつかなかった。
人を見る目があるとか、そういう事なのかもしれないが、思いつかなかった事は事実だった。
「・・・・・・まぁ、彼女の能力は信用してるよ。 あれだけの力を見せられちゃ仕方無いよ。 でも、祈は僕の不甲斐無いのがイライラしてるんじゃないかな? それは信頼と呼べないと思うよ」
僕なりに頑張ってはいるつもりだけど、どうも彼女のペースに乗せられてしまって上手く体が動かない気がする。
いや、それは人のせいにした言い訳かもしれないが、僕が駄目なんじゃなくて、彼女が凄過ぎるというのでは無いだろうか?
一般の成人男性に比べれば少しはマシだと思うんだよ僕なりには。
目の前に「一般の成人男性」では無い男が居るが、それを別にすればだけどね。
「・・・・・・。 さっき姐さんが言ってたんだがよ。 さっきの勝負のときに姐さんが俺に「ミチオを傷付けていいのは私だけ」って言ってただろうがよ?」
「あ・・・あぁ、言ってたね。 滅茶苦茶な台詞だよまったく・・・」
「だあな。 だが、その後お前さんとわかれた後に俺にぼそっと呟きやがったんだ姐さんは。「私を傷付けていいのもミチオだけだ」ってな」
「い”っ!? それどういう意味だよ!?」
「そのままの意味だろうよ? それだけ姐さんもミチを信頼してるって事じゃねえか。 俺達仁義の世界じゃそんな関係は珍しくないが、お前さん達は堅気だ。 それがそこまで繋がってるって聞いたら嫉妬しちまうのも無理はねえだろ」
「・・・・・・」
玄さんの言う事も分かる気がするが、玄さんは物事をいいように見すぎていると思う。
実際に僕は祈の事をほとんど知らないし、僕の事も祈は知らないハズだ。 そんな二人が・・・
・・・・・・・
あれ? そういえば僕の事を尋ねてきたのは祈だったっけ?
彼女は僕の事を何処まで知ってるんだろう??
ブラッディ・イーターの二つ名を持つ僕を知っている祈。
桐梨相談所に勤めている僕を知っている祈。
出会った時に写真を持っていたという事は顔は知らなかったみたいだけど・・・。
もしかして祈は「過去の僕」を知っている?
元より調べ上げているのかもしれないが、僕からは何処まで知られているか確認できない。
何度聞いても答えは同じだった為だ。
「でもなミチ。 祈の姐さんの過去を知らないってのは理由にならねえんだよ」
「? なんで? 過去はその人その物の形かもしれないじゃないか?」
「・・・極道にはな。 過去が無いようなヤツはごまんと居るってえんだよ。 それでもそんな薄っぺらな奴等がこの社会でやっていくには「今」を作り上げていくしかねえんだよ。 俺だって親父に拾われねかったら今頃路地裏でのたれ死んでやがるぜ」
「何が言いたいんだよ玄・・・。 分かりにくいよ・・・」
「この世界じゃよ。 イキナリ鉄砲玉に狙われる事なんて日常茶飯事だ。 そんな中で背中を預けていいって思えるヤツが確かに居る。 だがよ、そんなヤツラの過去がどうかなんて俺は知ったこっちゃねえ。 今俺や親父を決死の覚悟で守り続ける組員達は確かに目の前に居やがるんだ。 それで十分じゃねえか」
「・・・それが僕と祈の関係と同じだと?」
「だろうよ? 逆に言えば裏切りも日常茶飯事なこの渡世だ。 そんな理屈じゃ説明出来ねえ信頼の関係ってのがあるわけだ。 だから俺は今生きてる。 それが証明ってもんじゃねえかい?」
「この渡世」が「このオットセイ」に聞こえて一瞬噴出しかけたけど、そんな雰囲気じゃないので自重する。
流石に玄さんは考えが硬いなぁ・・・。
「・・・玄が言うと説得力あるね」
「なんでえ? 気のねえ返事だな?」
「うん。 玄の言う事は良く分かるよ。 ただ、僕は僕なりの哲学があるって事だよ。 僕は僕が感じた事しか信じないんだ。 それは分かってくれる?」
「・・・筋金入りの朴念仁だよミチは」
熱っぽく語っていた玄さんは大袈裟に溜息をついて肩を落とした。
こればっかりは性格だから仕方無いよ玄さん。
「そんな事より・・・」
僕は丁度良かったので此処に来た理由を玄さんに話そうと思った。
元々最初に話そうと思っていたのだけど、うやむやでゆっくりと話が出来なかったのだ。
祈は居ないけど、話をさせてもらおう。
「僕等がここに来た理由なんだけどね? ちょっと変な奴らに付き纏われてるみたいなんだ」
「おっなんでえ? ウチのシマでかい?」
玄さんはそこでいつもに増して厳しい顔をした。
先程も別にふざけては居なかったのだが、自分達のシマでの異変には敏感にならざる得ないのだろう。職業的に。
「うん。 藤野宮女学院を知ってるよね? あの学園内に怪しい組織みたいなのがあったんだ。 ちょっと時代錯誤な表現だけど秘密結社かな? ラビアンローズって名乗ってたよ」
「らびあんろーず? 聞かねえ名前だなぁ。 その横文字な奴等にタマ狙われてるってえのかい? ミチ」
「確証は無いよ。 ただ、僕を勧誘しようとしていて、断ったら撃ってきたから多分消すつもりだと思うよ彼女達は・・・」
「彼女達? なんでえまた女かミチよ」
「ちょ・・・「また」って何だよっ!?」
「去年ぐらいに女子高生に告白されたってのは何処のどいつだったけえなあ? なあミチよ」
「な・・・なんで知ってるんだよっ!? 玄に話した事無いでしょ!?」
「ウチのシマでの事を俺が知らないわけ無いだろうがよ? それがミチの女関係ってんなら知らないわけがねえやい」
「だから何で知ってるんだってっ! プライバシーの侵害だよ!?」
「実はよ。 ウチの組員が道歩いてると変な女子高生が「私今日告白しちゃったんですぅ〜ミッチー大好き〜♪」って聞いてもいないのに話し出したらしいぜ? そのネーミングに変に思ったウチの組員が問いただしたら「壬生の壬に千と夫でミチオ」って言うじゃねえか。 流石にたまげたぜ?」
「・・・僕はその彼女の行動力に驚いてるよ・・・」
話の出所はどうやら当の本人の朝美 麻兎ちゃんらしい。
エージェント集団ラビアンローズに所属している女の子。
それを今日知ったけど、見事に裏切られていた。
だが、その彼女の行動は不可解だ。 何故不特定多数にそんな情報を流す必要がある?
そんな情報を流して得になる事と言えば・・・。
駄目だ。 思いつかない。
「なんでそんな事したんだろう麻兎ちゃんは・・・」
「なんでと言ったかこの朴念仁は? ミチよ・・・女心が分かっちゃいねえなマッタク・・・」
「? 女心? どういう事だよ?」
「そりゃその女がミチが好きだからに決まってるじゃねえか? 本当は世界中に伝えたかったんだろうよ。 いい娘じゃねえかその娘」
「・・・・・うん。 悪い子じゃないんだよ。 僕はそう思ってた・・・」
「思ってたあ? なんでえ即行で切れちまったのかい?」
「いや、そもそも繋がってないし! そうじゃなくて、その子さっき言ったラビアンローズに所属してたんだよ。 そんな事僕は知らなかった。 だから彼女は僕に近付く口実で告白したんだと思う・・・」
「・・・・・・なるほど。 そうなると話が違ってきやがるな?」
「そうだろう? 勝手に携帯の登録も済ませられたし、結構強引な所があるんだよ。 でも、そんな悪い子には見えなかったんだよね・・・だからショックだよ」
「ん? ・・・・・ミチ。 おめえ・・・。 なんだそりゃ!?」
「え?」
玄さんは急に立ち上がると自分の膝を大袈裟に叩いた。
そして「やれやれだぜ」と肩を竦めて僕を見下ろしてきた。
「かぁーーーーー! ここまでとは思わなかったぜ! ミチ! お前ちょっとは人の気持ちってえのを考えやがれ!」
「え? ええ? 何ソレ!?」
「分かってねえな! 誰が打算でそんな足が付くような事をしやがるんだってんだ! その携帯に登録したってのは相手さんの携帯だろうがよ!? なんでえ? てめえらの世界じゃそんな物はすぐに書き換えられるってんで簡単にしちまうってえのかい?」
「・・・あれ?」
「あれ? じゃねえんだよ! お前さんさっき俺が言った事全部聞いてなかったてえのか!?」
「えと・・・? あ・・・・・・」
「そうだろうがよ! これは憶測だがその女あ初めから裏切るつもりなんて無かったんだろうがよ! ミチに告白した! だけど裏の組織に所属してた! だがよ、それは後から付いてきた事情であって、手前をどうにかしようと思ってやった事じゃねえ! そんな覚悟で告白するヤツがどこにいやがる! その娘には自分の事情も過去もそんな物は関係無く今のミチを好きだったから告白したんじゃねえのか!?」
「・・・・・・」
「違うってえのか!?」
「確証は無いよ」
「何ぃ!?」
熱く語る玄さんには悪いけど、そんな希望的観測は僕には出来なかった。
その可能性があるだけで、100%じゃない。
そんな油断で僕は死ぬつもりは微塵も無いのだ。
玄さんはいい人だけど、情に脆過ぎる所があるからそこが彼の弱点だった。
その甘さは今は良くても後々に致命傷になり兼ねない。
死と隣り合わせの世界という点ではそれは僕と玄さんの共通点だが、実際の考え方はまったく違うようだ。
「おう! そこまで言いやがるならその確証ってやつを証明してやろうじゃねえか!」
「えぇっ!? どうするって言うの?」
「ウチのシマでの事だ。 ウチのモンを出向かせて真意を問いただす。 邪魔するんじゃねえぞ?」
「ちょ・・・危険だよ! 彼女達は武装してるんだよ? チラっと見ただけだけどワルサーP−99だって持ってるよ! ワルサーP38の真の後継と謳われたあのP−99のフォルムを僕が見間違うと思ってるの!?」
本当にチラっと見ただけだが、多分リーダーの小木曽さんの腰にはワルサーP99を携帯していた。 ドイツ製の自動拳銃でワルサーP38以降失敗作続きだったワルサー社が作り出した傑作と言っても過言ではない銃の事だ。
僕がそれを見間違うなんて事はまずありえない。
それがどういう事かというと、そういう銃を裏のルートで仕入れる事が出来る程のコネクションを持ってるという事だ。
組織の規模は未数値と言えるだけに危険過ぎる。
「ミチが銃マニアなのは分かった。 だが、ミチの勧めでコルト・アナコンダを持たせたから大丈夫だろ?」
「こ・・・これだから素人は! 確かにキングコブラよりは扱いやすいけど結局はリボルバーには高い技術が必要だって言ったじゃないかっ!? それにコルトは玄だから勧めたんだよ!? 肉厚があるから防弾性もあるって事で!」
「あぁ・・・悪かった。 ミチにそっちの話を振った俺が悪かった・・・」
どうせ携帯するならサブマシンガンとかデリンジャーに・・・いや、サブウェポンに特化したって状況によって対応できないから、狙撃銃だと―
「あぁ・・・誰か止めてくれや・・・」
何やら玄さんがゲンナリしてるけど僕はそれを気にせずに続けた。
「防御面を考慮するならやっぱりベレッタM93Rだよ! フルオート性にも優れているし弾幕を張りやすいからね! それかグロック18! これはどういう物かと言うと―」
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
その後僕は小一時間程どれだけ装備の有無が重要かを説き、それを玄さんはとても真摯に聞いて答えてくれた。
流石に玄さんだよ。 僕の話をまともに聞いてくれる数少ない親友だ。
そういえば麻兎ちゃんも話を聞いてくれてたなぁ・・・。
何故か大抵は話の半分も聞かずに何処かに行っちゃうんだけど・・・。
「・・・これが人の為に言ってるってんだから邪険には出来ねえよなぁ?」
玄さんが誰も居ない空間に向かって話しかけている。
なんだろう? 何かのまじないかな?
「そんな真剣に人を思ったりするところがミチのいいところではあるんだがよ・・・。 久しぶりに聞くと堪えるぜ・・・」
玄さんは何故か話の支点でも無いのに頷いた。 いや、首を垂れた。
あぁ、そういえば流石に寝起きだったんだから疲れてるかな? これぐらいにしとこう。
「で、玄さん。 調べてくれる事は素直に嬉しいよ。 後「何故飛ばたし」って顔に書いてあるけど何それ?」
「気にすんな。 なんでもねえよ。 それより調べてもいいってのか? さっき危険がどうこう言ってやがったのに」
「うん。 流石にここまで言って玄さん程の男が分かってくれないと思ってないからね」
「そうかい。 まあそれが無くたってミチには大恩があるってんだよ。 それを返せねえ程俺は落ちちゃいねえぜ」
「・・・うん。ありがとう」
恩と言われて少し恥ずかしくなった僕は玄さんから視線を外してまた空を見上げた。
そこにはさっき夕焼けだった空がいつの間にか夜空に変わっていて驚いた。
そんなに時間経ってたっけ?
「・・・」
何故か僕の後ろで溜息が聞こえてきたけど僕は聞こえない振りをして雲が見えない夜空を見上げた。
後ろで玄さんが子分を呼んで「とにかく気をつけろめぇ!」と激を飛ばしてるけど、まぁそれはそれだ。
何故か僕は充実した気分で星の空に意識を飛ばす事に集中する。
何処かに死兆星でも見えないかな・・・。
そんな雑念を混じらせながらも僕の意識は星空を舞う。
月の光が地上に届くように、僕の意識だってあの輝く星に届ける事が出来るハズだ・・・。
そんな想いを受け取ってか、視線の先の星が一際キラリと輝いたように見えた。
そして、その星が動き出した。
「あ・・・流れ星・・・」
星がスゥっと流れ落ちるのが見えた。 流星。
昔流れ星に願いを3回言えば願いが叶うというおまじないを聞いた事があるが、3回言う前に基本的に流れ星は消えてしまう。
だけど、そんな流れ星を遠い昔からずっと待ち続けて星空を見上げていた人がこの地上にどれだけ居るのだろうか?
確か論理的には不可能らしいけどね。
でも、もし願いを3回言う事が出来たとしたら、僕は何を願うのだろうか・・・。
僕の願いは・・・。
「・・・・・・」
僕は視線を地上へと戻す。
縁側から見える庭には誰も居ないが、そこに映し出す幻を僕は見つめていた。
僕の願いは・・・。
幻は少女の姿をしていた。
少女と言っても祈の事では無い。
僕が昔殺してしまった少女だった。
幻の彼女は僕を睨んでいた。
それはそうだろう。 僕が殺してしまったのだから恨まれても仕方無い。
だけど・・・
いや、だからこそ・・・
僕は願う。
この罪が許される事を・・・。
幼い命を奪った罪深い僕を許しておくれ・・・。
「許すわけ無いでしょう?」
少女は笑顔のままハッキリとそう言った。
もちろん許されるわけがない。
だけど・・・そう願ってしまうんだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれ? 今実際声が聞こえなかった?
「誰!」
幻を見ていたと思っていたが、庭先に立つ幻はハッキリと目に見えていた。
良く見ると、それは昔殺してしまった幼女では無く、見た目は祈に似ているような感じの少女だった。
ただ、祈と違う所は背の高さが違う。
パッ見では140cm以上ありそうだ。
「私は絶対に許さない・・・貴方を・・・・殺す」
「な・・・」
少女は身が震えるような冷たく低い声でそう呟くと、スッと夜の闇に身を躍らせてた。
「・・・・え?」
僕はすぐに目で追うが、すぐ近くの茂みに入ったと思うと物音がしなくなった。
隠れている?
いや・・・気配がしない。
相手がその道のプロなら気配を殺すぐらいはするだろうけど・・・そういうレベルの話じゃ無い。
「何見てんだミチ?」
「うわっ!?」
玄さんがイキナリ声をかけてきた。
庭先に意識を集中してたものだから大袈裟なぐらいに驚いてしまった。 少し飛び上がったかもしれない・・・。
「なんでえ? 庭になんか居たかい?」
「居たよ! 居たんだよ! 今そこに誰か女の子が!」
冗談を言うよう話しかけてくる玄さんに僕は苛立って大きな声を出してしまった。
「あん? また女かあ? ミチ。 溜まってるんじゃねえのか?」
「そ・・・そんな事じゃなくて! ほら、そこの茂みの近くに消えたんだよ!」
「ミチ。 冗談でもそれぐらいにしときな。 ウチのセキュリティに侵入者なんて引っ掛かってねえよ。 最新のSEROMを搭載してるんだ。 ねずみ一匹進入できねえよ」
「あ・・・」
玄さんに言われて思い出した。
そうだ。 この屋敷はセキュリティシステムがある。
それをあんな見たところ普通の少女が潜り抜ける事が出来るとは思えない。
祈じゃあるまいし・・・。
だったら、あれは・・・なんだったんだろう?
・・・そういえば祈は?
「玄さん。 祈はどうしたの? さっきから見てないけど・・・」
「ん? 姐さんならまだ風呂じゃねえか? 女の風呂は長いってえからなぁ。 ミチ、覗くなよ?」
「玄さんじゃないからそれは無い」
僕はキッパリと言う。
それに一度見たしね。
・・・・・・・・・・・
思い出しちゃったけど、まぁ子供の裸だし別になんとも思わないけど。
僕は何か気持ち悪い気がした庭先から視線を外して屋敷の中に入る事にした。
僕もお風呂貰おう。
お風呂は心と体の洗濯だ。
流してしまおう色々なわだかまりを・・・。
僕は玄さんに風呂に入ることを告げ、大浴場に向かう事にした。
そういえば、さっきお風呂について何か聞いたような気がしたけど・・・。
僕はその時完全に忘れていた。
まだ祈がお風呂に入っている事を・・・。
【聖夜に銃声を 9月2日(4)「冷却期間」】