呪い
火の点いた松明が家の玄関に投げられる。
扉が燃え上がり、玄関から外に出ることは出来ない。
いや、火が点いていなくても、フルムは外に逃げ出せなかった。
「お父さん? お母さん? 何でお家を燃やしているの?」
「お前なんかいなければ! お前がここにいなければ!」
「ごめんなさいフルム……ごめんなさい……」
フルムの問いに両親は松明を手ににじり寄ってきた。
フルムが何度も見た夢。
両親が自分を殺そうとした日の光景だ。
火が点いているだけなら、フルムは両親と一緒に逃げようと言ったかもしれない。
けれど、一人で逃げないとダメって思ったんだ。
二人の手に包丁が握られていたから。
その切っ先が向けられていたから、フルムは逃げ出した。
けれど、裏口から家を抜け出した直後、お父さんとお母さんがフルムの名を叫んだせいで、振り向いてしまった。
この時、振り向かなければ良かったと、夢を見る度に後悔する。
ずっと忘れられない呪い。
「あ……あぁ……ああああ!?」
両親が自分の首に包丁を突き刺して、倒れる姿が炎と一緒に目に焼き付いた。
○
「あぁぁっ!?」
フルムが叫ぶと、そこはベッドの上だった。
隣にはアークが座っていて、心配そうにフルムの顔をのぞいている。
「うなされていたようだが、大丈夫か?」
「あ……はい。大丈夫です」
「最近の訓練で疲れがたまっていたのかもしれないな。すまなかった」
違う。そうじゃないことをフルムは自分自身で良く分かっていた。
フルムが魔法使いになった原因として、両親がフルムに祝福を与えたから、そうアークに伝えられたからだ。
そのせいで、フルムは絶対に認めたくないことを、認めなくてはならなくなった。
「違います……。違うんです……。私は……」
人殺しなんです。
「まずは落ち着いて寝ると良い。酷い熱が出ている」
死に神って言われて追い出されたのも、奴隷になって命令通り大変な仕事をしないといけなかったのも、私が力を間違えた罰。
それなのに、アークの隣は暖かすぎた。
アーク自身は人形で冷たいはずなのに、彼がいると空気が暖かいんだ。
「何か欲しかったら言ってくれ。すぐ用意する」
私は優しくされて良い人間じゃない。
そう思うのに……。
「アークさん……お願いします……見捨てないで下さい」
フルムはアークにすがろうとしてしまっている。
いやしくも自分からアークに手を伸ばしている。
血にまみれた汚れた手で、綺麗なアークの手を握ってしまう。
この人なら、自分を許してくれるかもしれないと、夢を見てしまう。
「あぁ、フルムが望むのならいつまでもここにいよう。来客も全て追い返す」
握られたアークの手は人形らしくひんやりしている。
けれど、そのおかげで炎の夢は見ずに済みそうだった。
○
アークはフルムの手を握ったまま、眠っている彼女の顔を見つめ続けた。
「初めてフルムの方から触れてくれたな」
その手は随分震えていたけど、今は大分落ち着いたようだった。
「すごい力だったな」
アークはそう呟いて、窓の外を見た。
穏やかな日差しが暖かい春の季節。新緑が芽吹き、輝くような緑の世界が広がるはずの季節だ。
けれど、窓の外はまるで冬のまっただ中のように草木が枯れ、茶色い世界が広がっている。
いや、枯れるというのは正確ではない。
朽ちていると言った方がただしいのかもしれない。
「死を与える魔法、か」
全てフルムが枯らしたのだ。
精神的なバランスが崩れて、暴走した死の魔法がばらまかれたのだろう。
若い魔法使いが大きな失敗をする時、決まって精神が不安定になる。
師匠であるウルスラが村を壊滅させる大失態を犯したのも、自分の力を制御できない混乱からだ。
「フルムに祝福を与えた者が誰かという問いに答えた途端だったな」
その時の答えは両親だった。
先立たれたということは聞いている。そうなると、考えられる答えは簡単に一つに絞られた。
「死の魔法を制御出来ず、両親を殺したのか」
魔法使いならよくある失敗。
親しい人を自分の力で亡くしてしまう悲劇。
それはとても悲しいことだと理解はするけれど、アークはその心に共感が出来なかった。
何せアークは生まれて早々人形に魂を閉じ込められた。
そうして、何年も人形の中で回りの世界を見て、自我を獲得していった。
だから、人との関わりはほとんど持てなかったし、人の感情も分からなかった。
ウルスラが拾ってくれたから、少し人が理解出来るようになって、人に憧れを抱いた。
「なぁ、フルム。悲しいっていう気持ちは、どう乗り越えるんだ? 俺はどうしたら君の役に立てる?」
眠るフルムに疑問を投げかけてみるけれど、返事は戻ってこない。
だから、せめてフルムの力になろうと、アークは彼女の手をずっと放さないように握り締め続けた。