表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

呪い

 火の点いた松明が家の玄関に投げられる。

 扉が燃え上がり、玄関から外に出ることは出来ない。

 いや、火が点いていなくても、フルムは外に逃げ出せなかった。


「お父さん? お母さん? 何でお家を燃やしているの?」

「お前なんかいなければ! お前がここにいなければ!」

「ごめんなさいフルム……ごめんなさい……」


 フルムの問いに両親は松明を手ににじり寄ってきた。

 フルムが何度も見た夢。

 両親が自分を殺そうとした日の光景だ。

 火が点いているだけなら、フルムは両親と一緒に逃げようと言ったかもしれない。

 けれど、一人で逃げないとダメって思ったんだ。


 二人の手に包丁が握られていたから。


 その切っ先が向けられていたから、フルムは逃げ出した。

 けれど、裏口から家を抜け出した直後、お父さんとお母さんがフルムの名を叫んだせいで、振り向いてしまった。

 この時、振り向かなければ良かったと、夢を見る度に後悔する。

 ずっと忘れられない呪い。


「あ……あぁ……ああああ!?」


 両親が自分の首に包丁を突き刺して、倒れる姿が炎と一緒に目に焼き付いた。



「あぁぁっ!?」


 フルムが叫ぶと、そこはベッドの上だった。

 隣にはアークが座っていて、心配そうにフルムの顔をのぞいている。


「うなされていたようだが、大丈夫か?」

「あ……はい。大丈夫です」

「最近の訓練で疲れがたまっていたのかもしれないな。すまなかった」


 違う。そうじゃないことをフルムは自分自身で良く分かっていた。

 フルムが魔法使いになった原因として、両親がフルムに祝福を与えたから、そうアークに伝えられたからだ。

 そのせいで、フルムは絶対に認めたくないことを、認めなくてはならなくなった。


「違います……。違うんです……。私は……」


 人殺しなんです。


「まずは落ち着いて寝ると良い。酷い熱が出ている」


 死に神って言われて追い出されたのも、奴隷になって命令通り大変な仕事をしないといけなかったのも、私が力を間違えた罰。

 それなのに、アークの隣は暖かすぎた。

 アーク自身は人形で冷たいはずなのに、彼がいると空気が暖かいんだ。


「何か欲しかったら言ってくれ。すぐ用意する」


 私は優しくされて良い人間じゃない。

 そう思うのに……。


「アークさん……お願いします……見捨てないで下さい」


 フルムはアークにすがろうとしてしまっている。

 いやしくも自分からアークに手を伸ばしている。

 血にまみれた汚れた手で、綺麗なアークの手を握ってしまう。

 この人なら、自分を許してくれるかもしれないと、夢を見てしまう。


「あぁ、フルムが望むのならいつまでもここにいよう。来客も全て追い返す」


 握られたアークの手は人形らしくひんやりしている。

 けれど、そのおかげで炎の夢は見ずに済みそうだった。



 アークはフルムの手を握ったまま、眠っている彼女の顔を見つめ続けた。


「初めてフルムの方から触れてくれたな」


 その手は随分震えていたけど、今は大分落ち着いたようだった。


「すごい力だったな」


 アークはそう呟いて、窓の外を見た。

 穏やかな日差しが暖かい春の季節。新緑が芽吹き、輝くような緑の世界が広がるはずの季節だ。

 けれど、窓の外はまるで冬のまっただ中のように草木が枯れ、茶色い世界が広がっている。

 いや、枯れるというのは正確ではない。

 朽ちていると言った方がただしいのかもしれない。


「死を与える魔法、か」


 全てフルムが枯らしたのだ。

 精神的なバランスが崩れて、暴走した死の魔法がばらまかれたのだろう。

 若い魔法使いが大きな失敗をする時、決まって精神が不安定になる。

 師匠であるウルスラが村を壊滅させる大失態を犯したのも、自分の力を制御できない混乱からだ。


「フルムに祝福を与えた者が誰かという問いに答えた途端だったな」


 その時の答えは両親だった。

 先立たれたということは聞いている。そうなると、考えられる答えは簡単に一つに絞られた。


「死の魔法を制御出来ず、両親を殺したのか」


 魔法使いならよくある失敗。

 親しい人を自分の力で亡くしてしまう悲劇。

 それはとても悲しいことだと理解はするけれど、アークはその心に共感が出来なかった。

 何せアークは生まれて早々人形に魂を閉じ込められた。

 そうして、何年も人形の中で回りの世界を見て、自我を獲得していった。

 だから、人との関わりはほとんど持てなかったし、人の感情も分からなかった。

 ウルスラが拾ってくれたから、少し人が理解出来るようになって、人に憧れを抱いた。


「なぁ、フルム。悲しいっていう気持ちは、どう乗り越えるんだ? 俺はどうしたら君の役に立てる?」


 眠るフルムに疑問を投げかけてみるけれど、返事は戻ってこない。

 だから、せめてフルムの力になろうと、アークは彼女の手をずっと放さないように握り締め続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ