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魔法の訓練

 フルムは胸の前にぶらさがる柊のペンダントを指で転がしていた。

 魔除け、お守り、かわいいアクセサリー、色々な意味が込められているけど、フルムが一番気になっていたのは、アークが自分のために買ってくれた意味。

 ウルスラは結婚祝いと言ってくれた教材とは違う物に、アークは一体どんな意味を込めたのだろう? 結婚祝い以上の意味を込めているのかな?

 一通りの買い物が終わり、家に帰るまで、フルムはずっとそのことを考えていた。


「さて、フルム、早速だけど魔法の訓練を始めよう」

「……」

「フルム? どうした? 何か考え事をしているように見えるぞ」

「あ、ごめんなさい。えっと、魔法の訓練ですよね? どうすれば良いですか?」

「雑念があると危険だ。気になることがあるのなら言え」


 そう簡単に言えたら苦労はしないんだけどなぁ。

 フルムはそう思いながら困って頬をかいた。

 自分でも何でこんなにモヤモヤしているのか分からないんだ。


「その……分からないんです。自分でも。何が気になってるのか分からないんですけど」

「ふむ。どうにもウルスラと会ってから様子がおかしいとは思っていたが、ウルスラに何か呪いをかけられた訳でもなさそうだ。知ることが多すぎた故の気疲れか? それとも、奴隷生活中の疲労が出てきたか」


 アークはそう言いながら、フルムの額や手足をペタペタと触って熱が出ていないか調べているようだ。

 熱の出ていないはずのフルムの身体が、触れられたところから熱を帯びる。

 けれど、その熱は痛みや辛さがあるような熱さじゃなかった。

 むしろ、どこか心地の良い熱さだ。

 その心地良さに気付いたフルムは、自分に驚いてペンダントを強く握りしめてしまった。


「あ、あの、アークさん、聞きたいことが一つあります……」

「ん? 何だ?」

「どうして私にペンダントを買ってくれたんですか? これ、すごく高いんですよね?」


 一生懸命がんばって聞いたのに、アークは逆に何でそんなことを聞くのか? というような顔をしていた。

 そんなことが聞きたくて、おどおどしていたのか、って怒られるかな。

 そう思ってフルムが身構えると。


「何度も言うけど、フルムは人にも人ならざる者にも狙われている。特に人ならざる者がフルムに向ける意識は好意だ」

「好意? 私を好きってことですか?」

「そうだな。そういうことにはなる」


 好かれているのに遠ざけないといけない。

 それが不思議だったのだけれど――。


「けれど、それはフルムの魂が持つ力に引き寄せられているだけだ。例えるなら、熟して甘い香りを放つ桃のようなものだな」

「私が美味しそうってことですか?」

「そういうことだ。人の魂や肉体を喰らう者達にとって、死を操れる魔法を持つフルムはとても魅力的に映るんだ。死霊に対するサキュバスの催淫と例えられるか?」


 男を欲情させて精気を奪う悪魔、サキュバス。

 死霊を欲情させるのがフルムの存在らしい。


「だから、悪霊除けのペンダントをウルスラに用意させた」

「そうでしたか」


 特に特別な意味はなくて、フルムを守るためだけのプレゼント。

 自分が好かれているなんて思ったこと自体が、思い上がりだったのかもしれない。

 そう思うと、フルムは握りしめていた柊のトゲを痛いと思えた。


「フルムの趣味に合わなかったか? すまないな。女性はかわいい物が好きだと理解はしているのだが、どんなものがかわいいものなのかまで理解は出来ていなかったかもしれない。せっかく身につける魔除けなのだから、フルムが喜びそうな見た目にしてくれとウルスラにも頼んだのだが……」

「い、いえ、かわいいと思います。かわいいです」

「そうか。なら良かった。俺は良く似合っていると思っていたが、俺の感覚は人間からずれてはいなかったんだな」

「……ありがとうございます」


 良く似合っていると言われているだけで、このペンダントが宝物みたいに思えてくる。

 短くて、すぐ消えてしまう言葉なのに、心の中にずっと残るみたいだ。


「あの、魔法の使い方教えて下さい」


 今ならきっと集中出来る。アークに褒めて貰いたい。

 そうフルムは思えた。


「よし、なら、早速これに死眼を使ってみよう」

「鶏?」

「さすがに人でやるのは怖いだろう? けれど、今夜の晩ご飯にする死眼を使うのなら抵抗感は大分減るはずだ。まずは自分の死眼の力に慣れることから始めよう」


 こうして、フルムは毎日晩ご飯となる魚や鶏と言った食材の死を見ることになった。

 眼に映るのは、アークの呼び出した使い魔が切ったり、焼いたりするところ。

 そして、その様子をメモして、夜にアークが呼び出した使い魔の動きを観察して、フルムの見た死と同じだったかを確認する。

 それが、第一段階の訓練だった。


 けれど、この訓練はフルムにとって意外と苦で無かった。というのも、奴隷の仕事で炊事を押しつけられた時は、よく鳥を絞めていたおかげで、ためらいは少ないのも助かったのだ。

 そして、当然と言えば当然だったが、死に様の的中率は百パーセントだった。


「よくがんばったなフルム。死眼に少しは慣れたようだ。この調子なら次の段階に移っても良さそうだ」

「次ですか?」

「あぁ、次は死を操る訓練だ」

「え!? でも、私の眼って見るだけじゃないんですか?」

「無自覚に使っていたんだ。言っていただろう? フルムの身体に手を出そうとした人間はみんな死んだって。あれはフルムが無自覚に死眼の力を使ったのさ」

「私が……殺した?」


 つまり、フルムは殺人者ということになる。

 そう言われると、フルムは心の底から身体が冷え切ったような気がした。


「正確に言えば、フルムにかけられた祝福が殺した。だから、フルムが殺したというよりも、フルムに祝福をかけた人間が、フルムに害を為そうとした人間を殺したんだ」

「祝福?」

「ウルスラは不老不死の祝福で時が歪んだと言っただろう? フルムにかけられた祝福は他人に絶対殺されないという祝福だ。どんな人間でも殺される可能性は常にある。故意であろうと事故であろうと関係無くな。それがフルムの抱える歪みで力の源だ」

「え? それで私は人の死を見えるようになったんですか? 他人に殺されない祝福で他人を殺すって繋がらないんですけど」

「正確に言えば、他人を殺すではなく、他者の死を操れるようになっただな。絶対に殺されない肉体、その歪んだ理は、自分に害を為す他者を殺すことで達成される。いや、もっと言えば、自分以外を殺せば達成されるだろう?」

「私以外が死ねば、私は殺されない。そういうことですか」


 フルムの解答にアークはフルムの頭をなでながら頷いた。

 歪んだ理を無理矢理戻そうとする力、それが魔法。

 そして、理を歪めるのは祝福という名の呪い。

 一見単純な祝福でも行き過ぎれば、異常な特性になるのだ。


「そういうことだ。だから、気をつけろ。フルムがもし力を暴走させれば、多分国一個簡単に滅ぶ。だから、みんなフルムを買おうと大金を支払う訳だ。適当に滅ぼしたい国や地域にフルムを放り込んで、痛い目にあわせれば、相手は丸ごと滅ぶ」

「私に……それだけの力があるなんて……」


 見て見ぬ振りをしていたけど、フルム自信、他者の死を見るだけでなく、自分に死を操れる力があることは、何となく気付いていた。

 けど、それが祝福によるものだとは知らなかった。

 もはや祝福を通り越して呪いだが、一体誰が何のためにかけた祝福なのだろう。


「あの、私の呪いは……一体誰にかけられたんでしょうか?」

「分からない。けれど、俺の場合は両親だった」

「お父さんとお母さんが……?」

「その可能性はあるだろう。後は祖父母という線もある。普通、生まれた子に祝福をかけるのはその子の家族だろう? 俺は苦しみの無い命になるように、と神官だった両親に祝福されて、身体の苦しみとは無縁な魂だけの存在に――ってフルム? どうしたフルム!?」

「ゲホッ。おえええ――。ゲホッ」


 フルムは突如こみあがってきた吐き気のせいで胸を押さえて、えずいていた。

 それを見て、慌てた様子でアークが駆け寄り背中をさすってくれている。

 けれど、フルムは耐えきれず、そのまま意識が遠のいていった。

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