師匠と弟子と嫁
何故だろう。さっきからフルムの態度が硬い。というか、不機嫌そうだ。
一体どうしたというのだろう?
ウルスラが商品をまとめる間、アークはフルムと一緒に待合室でお茶を飲んでいたのだが、フルムはアークに近寄ろうとしない。
「アークさんはウルスラさんをお嫁にしないんですか?」
「うむ、想像したくもない」
「あんなに仲よさそうなのにですか? 私とよりよっぽどお似合いだと思いますけど……」
この子は一体どうしたのだろうか?
「勘弁してくれ。ウルスラが家に毎日いることを想像しただけで、恐怖を覚える」
「ウルスラさんのこと嫌いなんですか?」
「いや、嫌いという訳ではない。魔法使いとしても人間としても尊敬はしている。ただ、それとこれとは別だ」
仮にも師匠で、魔法も魔術も教えて貰った相手だ。嫌いになれという方が難しい。
それでも、一緒にいたくない理由は――。
「俺の身体についての話しなんだ」
「あ……ごめんなさい。言いにくいことなら別に良いですから」
何故かフルムが急に青ざめた顔であたふたしている。
別に怒っていないことを伝えるためにもここは正直に白状すべきか、それともこれ以上弟子の前で赤っ恥をかかないように黙っておくか。
アークは少し迷ってから口を開いた。
「いや、話しておこう。俺の身体は知っての通り人形だ。んで、この身体はウルスラが作ってくれた。だから、時折ウルスラにメンテナンスを頼んでいる」
「そうだったんですか。それで仲よさそうなんですね。でも、それならなんで一緒にいるのは嫌なんですか?」
「……足が四本ある人間はいないよな? 尻尾が生えている人間も俺は見たことがない」
「えっと……普通はいないと思うんですけど……」
「気を抜くとな……そうやって改造されるんだ……」
「あー……、それは嫌ですね」
どちらにせよ赤っ恥をかくことになって、アークは頭を抱えた。
「やはり、そうやって改造されるとな。この身体は人形なんだなと実感させられるからな」
だから、人間の身体に憧れる。
ウルスラは人間に近い感覚を再現したと言っていたが、本物を知りたい。
いや、本物かどうかなんか実は関係無く、アークは自分が本当に人間なのかが知りたかった。
人形憑きと言われ、人間ではなく、人形に憑いた霊的な存在として扱われている。
事実、生まれてから数年間は人間として生活出来ていなかった。
ウルスラにアークの魂が宿った人形を見て貰わなければ、今頃はまだ人形の中から世界を何も知らずにのぞいているだけの命だっただろう。
「アークさんは、それでも、その身体になって良かったって思えました?」
「そうだな。苦労もあるが、この身体になれて運が良かったと思うし、良かったこともあった。もちろん、良くなかったことも多いけど、それでも俺は今生きていて良かったと思う」
「……私もなれますか?」
「俺はフルムじゃないから分からない。生きていて良かったと思えるかどうかなんて、当人が決めることだから、俺が安易になれるとも言えない」
「……そうですよね。ごめんなさい。変なこと聞きました」
「謝らなくて良い。それに、フルムがそう思えるよう、俺は手を貸す」
「……私はアークさんに貰ってばっかりですね」
「雛鳥が親鳥から餌を貰うのと同じように、師匠が弟子の力になるのは当然のことだ。受け取って貰えない方が悲しい」
「ありがとう……ございます」
フルムが少しはにかんでお礼を口にする。
その表情にアークは見とれて目が離せなくなった。
「なるほど。良い師匠やってるじゃん。私の受け売りも多いけど」
「ウルスラ……からかうのは止めて欲しい」
「師匠が弟子の力になるのは当然のことだ。受け取って貰えない方が悲しい。私もカワイイ弟子のアークの力になろうと、身体の改造しようとしてるのに受け取って貰えなくて悲しいぞ」
「あなたの場合は自分の趣味が半分でしょう……」
「何を失礼な。九割自分の趣味よ」
「胸張って言うことじゃないでしょうに……」
こんなことを言う人だから、ウルスラを師匠だとフルムに教えるのは嫌だった。
悪戯好きな魔法使い。しかも、悪戯する相手が弟子となれば、容赦なんてほとんどなかった。
けど、面倒見が良かったり、案外気が利いたりと良い師匠でもある。
「それじゃあ、アークこれが注文の品だ。初級魔術の参考書と魔法使いの自己制御マニュアル。結婚祝いということで、プレゼントさせてもらうよ」
「助かる」
そして、気前も良い。
けど、こういう時ほど、この魔法使いは悪戯を仕込む。
「それと、これはフルムちゃんにね」
「ペンダントですか?」
「悪霊除けの呪いがかけてあるわ。悪霊がこのペンダントに近づくとね。感覚的に痛いって思うんだ。針でチクチク刺された感じ」
「えっと……アークさんは大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。アークは悪霊ではないからさ」
「なら、ありがとうございます」
柊の葉を象ったペンダントがフルムの首にかけられる。
「それじゃあ、アーク、ペンダント代に二十万リーンね」
「結婚祝いじゃなかったのか!?」
「あら? これはあなたがフルムのために頼んだ物でしょう? 私からのプレゼントじゃないわ。言うなれば、男の子から女の子への贈り物よ? アークがフルムのためにお金を払わないでどうするの?」
これだから、ウルスラを嫁にするなんて考えられないんだ。
そう口には出さず、アークはため息をつきながら代金を支払うのであった。