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魔法と魔術

 フルムはアークに連れられて、裏通りの細い道を歩いていた。

 アークのひんやりした手が、しっかりとフルムの手を握りしめている。


「あの……逃げたりしませんよ?」

「君はさっき悪霊にとりつかれたのをもう忘れたのか?」

「……ごめんなさい」

「謝るな。俺が目を離したせいでもある。街は人混みが多いからな。何かが混ざっても分かりにくい」

「えっと、自惚れかも知れませんが……。もしかして、私のこと守ってくれてるんですか?」

「当然だろう? 人間は身内の者を守る生き物だ」

「身内……。それってやっぱり……」

「弟子というのも身内だろう?」


 あぁ、弟子の方か。でも、弟子ってそういうものなのかな?

 フルムは首を少し捻ると、そういうものだと思って小さく頷いた。


「それと将来の嫁を傷物にされる訳にもいかない」

「……そ、そうですか」


 どこまで本気なのか分からないけれど、アークの握る手の力が強いのは、フルムを守るためらしい。

 自称魔法使いで、実際は人間の魂が宿った人形のアーク。

 そんな人の嫁になるなんて、正直どんなことになるのか想像が全くつかない。

 魔法使いも会ったことが無くて、どんな人たちなのかも実は良く知らなかった。

 何故かと言えば、小さい頃、フルムは一度も魔法使いに死眼を見て貰ったことがないからだ。何度か押しかけて来たような気がするけど、両親が絶対に私には会わせなかった。


「あのアークさん、聞いてもいいですか?」

「ん? なんだ?」

「魔法使いって何ですか?」

「ふむ、その答えはこの店に入ってからにしようか」


 アークがとある古書店の前で足を止めた。

 その中に入ると、年老いた老婆が椅子に座りながら店番をしていた。

 ニット帽にもこもこのセーターを着た様子は、ふわふわの羊のようだった。


「ん、これは珍客だねぇ。人形憑アークじゃないか。ということはその子が噂の死に神かい?」


 突然声をかけられた上に、フルムは自分のことを死に神だと言い当てた老婆に目を向けてしまった。

 しまった。そう思った時には目があっていた。

 また死に様が見える。そう身構えたがフルムの目は老婆の死を映さなかった。

 かわりに羊の瞳と同じ横長の瞳で見つめられて、逆に自分の深淵までのぞかれているような寒気が走った。

 この老婆は人間じゃない。


「ウルスラはいるか?」

「店主ならいつもの部屋だよ」


 けれど、アークは相手が人間でなくても全く意に介さず、とある本棚から赤く分厚い辞書を抜き取って、別の本棚の隙間に差し込んだ。

 すると、本棚が横に滑って隠し階段が現れた。

 店番が人間でなければ、店も普通の古書店ではないようだ。

 フルムは店番の羊老婆が見えなくなると、恐る恐るアークに先ほどの老婆のことを聞いた。


「さっきの人は何者? 人間じゃないよね?」

「羊の使い魔だな。ここの店主は変わり者なんだ。あれが人間じゃないって分かる者としか商売しないのさ」

「魔法使い専門のお店ってこと?」

「そういうことだ。ウルスラ、入るぞ」


 階段奥にあった壁を開ける。

 すると、そこは本屋のようで本屋じゃない、雑貨屋のようで雑貨屋でもない。本以外に、箒や杖といった雑貨から、錠剤や飲み薬といった薬類、宝石や金細工といったアクセサリー、はたまたフクロウや黒猫といった生き物も売っている。


「……何のお店?」

「私の趣味の店よ。子猫ちゃん」


 フルムが商品に圧倒されていると、店の奥から長い黒髪の女性が出てきた。

 胸元が大胆に開かれ、スカートにはスリットがあってちらりと健康そうな長い脚が顔を見せる。この人が魔法使いウルスラ。


「……子猫ちゃん?」


 フルムはその呼び名で呼ばれたことは初めてで、自分を指さしながら首を傾けた。

 すると、ウルスラはハァハァと荒い息を吐きながら、フルムに近づいて来た。


「うん。かわいい子はみんな私の子猫ちゃんなの。モフモフしちゃうぞー」

「おい、今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ」

「安心して、アークもかわいいよ? なんたってあなたは私の――」

「フルムはお前のじゃない。俺のだ」

「あぁ、そっちね。あらー、嫉妬? 嫉妬でも、女の子を露骨に物扱いとかひくわー」


 ウルスラはそういうと、フルムの後ろに回り込み、アークから庇うようにフルムを抱きしめた。

 アークは何か諦めたようにため息をつくだけで、遠い目でフルムを見つめていた。


「あ、あの、私、買われた立場なので……、物扱いでも間違ってないっていうか……」

「こんなかわいい女の子を物扱いしちゃうなんて、アークは人でなしだねぇ。人形だけに。この人でなしのところにいるのが嫌になったら、いつでもうちに来て良いからねー」

「えっと、その……ごめんなさい」

「あぁん、振られちゃった。すごく残念」


 ウルスラは口ではそう言いながらも、全然残念そうな感じじゃなかった。むしろ楽しそうに笑っている。


「おい、ウルスラ。勝手に人の花嫁を取るな。それに俺は物扱いしていないはずだ」

「冗談じゃなかったんだねぇ。あの嫁にする宣言。へぇ、あのアークが弟子とお嫁さんを取るなんてねぇ」

「人間に戻るためだ」

「フフ、そういうことにしておくよ」


 アークは肩をすくめ、ウルスラはニヤニヤ笑っている。

 フルムは初めてウルスラに会ったけど、すぐにアークと仲の良い人なんだと分かった。

 自分と接するときより、アークの態度が柔らかい気がする。

 それこそ、自分を花嫁にするよりも、ウルスラとの方がよっぽどお似合いに思えた。

 だから、ウルスラが自分をかわいがってくれたんだと思う。

 アークと仲が良いから、ついでに仲良くされているんだ。

 一人で来たらこんな対応はされないかも。

 フルムはそう思ってしまうと、二人の顔を見ないように目を背けた。


「フルム、ウルスラはこんな見た目をしているが、中身は俺以上に年取ってるぞ」

「え? でも、私と同じくらいに見えますけど……」


 ウルスラは十代後半から二十才くらいまでの若さに見える。

 三百年近く生きているアークより年上だとは到底思えなかった。

 けれど、アークはすぐにその答えを教えてくれた。


「時が止まってるのさ。不老不死の祝福をかけられているからな」

「そーいうこと。永遠の十七才って訳。今は十七才と六千ヶ月くらいだよ」


 ウルスラは途方もない数字を言って、ケラケラと笑っている。

 言われて見れば死眼で顔を見ても、死が見えない。


「お、死眼でも私の死が見えないって顔してる」

「っ!? 魔法で心が読めるんですか?」

「顔見れば分かるよ。驚いてるもん」


 ウルスラはそう言いながら、フルムの頬をぷにぷにと突っついた。

 そして、慈愛に満ちた目で見つめられる。


「もし、あなたがその力をマスターしたら、私に使ってもらってもいいかな?」

「えっ!?」

「あはは。ま、当分死ぬつもりはないけどね。後千年くらいは生きるつもりよ」

「スケールが大きすぎて……そのうまく想像できないですね」


 目の前にいるのに、生きている世界が違うようにまで感じる。

 こんな人たちと同じ魔法使いになれ、と言われても魔法使いになれた自分が全く想像出来なかった。

 アークは何故フルムを魔法使いにすると言ったのだろう。


「良いかフルム。魔法使いというのは理から外れた者たちのことを言う。理から外れれば外れるほど、魔法使いとしての素養は上だ」

「どういうことですか?」

「俺たちは存在そのものが、理に歪みを与える。スポンジに重りを乗せたら、そこの部分は凹むよな? そして、重りを取り除いたら元に戻る」


 アークは勝手に店の商品を使って、そんな簡単なことを実演し始めた。


「けれど、理というのはそう簡単に穴を許してくれない。だから、何か他の物で埋めようとする。その時に埋められる物というか力が魔法だ。適当に言えば、異物を取り除こうとする力を奪って使っているってところだ」

「私もその異物といえる存在なんですね?」

「そうだ。その死眼が存在することで理は歪む。その歪みが人の死を見せるんだ。俺の場合は魂だけで存在し、人形に取り憑いて生きている行為が歪みを生んでいる。だから、あんな魂の魔法が使える」


 アークから滲み出ていた黒い骨の身体は、アークの存在で歪んだ理から生まれた物らしい。

 そして、もう一人の魔法使いウルスラもまた不老不死の呪いという歪みを持っていた。


「私はさっきも言ったように、私の肉体は時が止まっていて歳を取れない。だから、私のはこんな魔法」


 そう言った次の瞬間、ウルスラはフルムの背後に立っていた。


「あれ? いつのまに」

「私の回りの時を止めたの。その間に背後に回ったって訳」

「……すごい」


 魔法は魔法使いの歪みと連動している。

 アークは魂に歪みを持つが故に魂に作用する魔法。

 ウルスラは時に歪みを持つが故に時に干渉する魔法。

 そして、フルムは死に歪みを持つが故に死を決める魔法を使える。


「こんな感じに俺たち魔法使いは、一人一人持っている魔法が違う」

「それなのに弟子を取るんですか?」

「あぁ、力を制御する方法は基本的に同じだからな。それと、いくら魔法使いでも、魔術は訓練を積まなければ使えん」

「魔術は魔法と違うのですか?」


「魔法はさっきも言ったように存在そのもので理を歪めて得る力だ。基本的に何もしなくても勝手に発動する。けれど、魔術は自分から理を望むようにねじ曲げる術なんだ。だから、理を学び、理を弄る呪文や魔法陣といった知識を学び、理をねじ曲げるだけの力《魔力》を磨く必要がある。だから、魔術は魔法使いでなくても、普通の人間が学べるんだ」

「魔法と魔術……複雑ですね」


「そうだな。例えるなら、太陽と月のような物だ。太陽は己で輝き、月は照らされて輝く。だが、どちらも空を照らす光に違いはない」

「なんとなく、分かりました」


 フルムはおぼろげながらも、分かったつもりで頷いた。

 アークが珍しく饒舌で楽しそうに見えたから、何となく邪魔しちゃ悪いと思ってしまったからだ。


「ただ、太陽のように強き光は己を焼く、月のように照らされる光は才能で持つ輝きが変わる。どちらにせよ力を自分で制御出来なければ、自分を傷つけるだけの力だ」

「……はい」


 そのことはフルムも嫌というほど知っている。そのせいで、両親と故郷をなくしたのだから。

 そのことを考えても、フルムは表情を変えたつもりはなかった。けれど、ウルスラが突然フルムの頬をつまむ。


「まあ、魔法使いになっちゃうような人って、一つや二つ、ううん、何十何百と失敗談を抱えているよ。だから、何だって話しかもしれないけどさ」

「ウルスラさんもあるんですか?」

「うん、私、故郷を滅ぼしてるからねぇ」


 ウルスラはケラケラと笑いながらそんな恐ろしいことを言う。


「さっきも言ったでしょう? 私の魔法は時を操れる。力に目覚めた時は制御が全然出来なくてね。私の村では人が突然固まったり、子供が次の日おじいさんになっていたり、逆におじいさんが赤ちゃんに若返っていたなんてことが起きたのさ」

「……ウルスラさんがやったんですか?」

「そう。そして気付けば、村人全員死んじゃった。さすがにみんな赤ちゃんに戻ったら生きていけないよね。んで、慌てて元に戻そうとしたら、みんな老衰で死んじゃった。五百年前にあったことだからもう記録はほとんどないけど、村があった場所には今も怪談として残っているよ」

「その後は?」

「今のフルムみたいに魔法使いの師匠に拾われて、弟子入りした。おかげで、こうやって普通に生きていられるの」


 ウルスラは全く悲しむ様子を見せず、とてもあっさりと過去のことを話してくれた。

 自分よりもはるかに壮絶な体験をしているのに、どうしてこうも前向きでいられるのだろう?


「私の不老不死の祝福は、不幸なこともあったけど、手に入れたこと自体はすごく運が良かったことだと思うわ。おかげで、師匠に会えて、今はこうやって力の制御ができて悠々自適に暮らせるから」

「その……羨ましいです」


 アークがフルムを買った時に、そんなことを言っていた気がして、自然と羨ましいなんて言葉が出た。

 この目をいつか持っていて良かったと思える日が来るとは、まだ思えなかったから。


「ま、アークは良い子よ。だから、フルムもきっと大丈夫。いつか私みたいに笑い話に出来るから。あ、でも、もし、アークが何か悪いことしたらすぐに私に教えてね。師匠としてビシッと言ってあげるから」

「え? ウルスラさんアークさんの師匠なんですか?」

「あれ? アークから聞いてないの?」

「いえ、まったく……」


 フルムが首を横に振るとウルスラは何かに気付いたようで、ニヤニヤしながらアークに詰め寄った。


「なんで隠していたのか当ててあげようか?」

「フルムの前では止めて欲しい……」

「師匠の自覚ってやつね。あはは。全く、会う度に子供扱いされるのが嫌だって言ってたけど、今日は言わないと思ったらそういうことかー。そうだよねぇ。かわいい弟子でお嫁さんの前で子供扱いは嫌だよねぇ」

「おい、思いっきり言ってるぞ……」


 アークが顔を覆って長いため息をついている。

 その姿があまりにも意外で、フルムは恥ずかしがっているアークをジィッ見つめ続けた。

 なんか、この時はアークが本物の人間に見えた気がして。


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