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続く夢という名の日常

 フルムが眼を覚ました時、まず自分のいる場所を疑った。

 暖かなベッド、カーテン越しの柔らかい日の光、焼きたてのパンの匂い。


「あれ……ここどこだろう……?」

 まだ夢の中にいるかとも思ったが、次第にハッキリし始める意識で、自分が魔法使いに買われたことを思い出した。

 夢のようだと思った夜が明けても、同じ場所にいられたことにフルムは長い息を吐いた。


「ふむ。起きたか。長い間眠っていたが、身体の調子はどうだ?」


 そして、フルムを買った魔法使いは、ベッドの傍らで本を片手に椅子に座っていた。


「え? 元気ですけど、今何時ですか?」

「昼を回っている」

「え?」


 外を見ると確かに太陽が高い位置にある。


「やはり疲れていたのだろう。このベッドと枕は疲れが完全に抜けるまで眠らせる魔法をかけておいたからな」

「もしかして、昨日寝かしつけた時からずっとそこにいたんですか?」

「そうだ。フルムが目覚めるのを待っていた。さぁ、目が覚めたのなら食事だ。見たところ、栄養条件が悪い生活をしていたようだし」


 アークの視線がフルムの頭上から足下に流れる。

 それが少し気恥ずかしいと感じるも、嫌な気持ちは感じなかった。

 アークのことは人形に魂を宿していることしか知らないが、悪い人ではないと感じている。

 口調は少し厳しいと感じるが、悪意も怒りも感じない。

 ただ、嫁にすると言われたことだけは、理解出来なかった。


 アークについていきリビングの椅子に向かい合って座る。

 一体アークが自分で何をしたいのか、アークをジッと見つめて考えようとすると、おもむろに彼はテーブルの上に並べられた料理を指さした。


「熱よ。宿れ」


 アークが言葉を発すると、皿の周りに赤い翼を持つ小さな妖精たちが集まった。

 その妖精たちが皿にキスをすると、たちまち料理から白い湯気が立つ。


「さぁ、暖かいうちに食べよう」

「今のは何ですか?」

「魔法だよ。これから君に習得して貰う術だ」

「すごいですね……。私にも出来るようになるのでしょうか?」

「当然だ。出来なければ困る」


 口調はぶっきらぼうだったけど、アークの顔は少し笑っていた。

 何で少し楽しそうだったのかは分からない。

 嫁にされるということ、魔法の話をした時に嬉しそうだったこと、聞きたいことがいっぱいあって、フルムは口を開いてみるが、何と聞けば良いのか分からなかった。


 それにアークの方も時折ちらりとフルムの方をのぞいてくるけど、基本的には黙々と食事をするだけで何かを言うわけでも無い。


 声をかけようにもかけづらい状況だった。

 それに、奴隷ではないと言われたけど、弟子という身分の距離感も分からない。

 ズカズカと聞いて良いのか分からないのだ。

 そんな風に悩んでいると、アークの方から声をかけてきた。


「フルム」

「っ!? はい!?」

「味付けはどうだ?」

「は、はい……おいしいです」

「なら良い。使い魔たちも喜ぶ」


 突然声をかけられて背筋がビクッと反応する。

 悪い人ではない。そう思うけれど、身体が勝手に反応してしまう。

 奴隷時代に罵声を浴びせられた癖が抜けないらしい。


「あの……アークさん」

「なんだ?」

「ごめんなさい……」

「理由なく謝るな」

「あ、えっと、そのビクビクして……ごめんなさい」

「俺は……そんなに怖いか?」


 アークが本から眼を離し、何かにショックを受けているかのように震えている。

 フルムはフルフルと震えている男の人が次にすることを思い出すと、慌てて首を横に振った。


「いえ、そういう訳じゃないんです。何というか癖なんです……」

「癖?」

「……はい。昔、ちょっと……その色々あって……」


 誤魔化したらきっと怒られる。

 でも、言って気にかけて貰うのも何だか申し訳ない。というか、自分が怖くて言えなかった。

 フルムが首をすくめて耐えようとすると、不意に頭をなでられた。


「そうか。なら、良い。これからはビクビクしても良い。謝る必要も無い」

「何があったか聞かないんですか?」

「話したい時に話せば良い。時間はたっぷりある。なら、今ここで聞けなくても、どうでも良い」

「ありがとうございます……。その食べ終わったので洗濯物干してきますね」


 この時、フルムは嘘をついてしまった。洗濯物を干してくる仕事は言いつけられていないし、洗濯物があるのかすら分からない。

 何でも良いからフルムは逃げ出す理由が欲しかったのだ。アークの優しさに耐えきれなかったから。

 このまま吐き出してしまえば、全てを受け入れて許して貰えそうな優しさは、受け取っちゃダメだと自分に言い聞かせて。

 その声でフルムはアークから自分の名前を呼ばれているのに気がつかなかった。



 アークは走り去って行くフルムの背中を見て、大きく息を吐いた。


「うぐ……どうして俺はこう口下手なんだ……」


 もっと優しい言い方があるはずなのに、口から出るのはぶっきらぼうな言葉だけ。

 人形の身体なので、人間のように胸が高鳴ったり、息が苦しくなったりするような身体の緊張はしないはずだった。

 本来の計画ならばもっと知的で落ち着いて優しい人間を演じられるはずだった。


「何で顔が強ばって、触る度に手足が震え、言葉が上手く出てこなくなる!?」


 アークは自分の意思に反してプルプル震える手をジッと見つめる。

 命のやりとりをしている最中よりも、よっぽど気力を使っている。

 自分の魂を制御できず、制御出来なくなった魔力が不規則に腕を動かしているようだ。


「ひとまず怖がられてはいないと言ってくれたが……、何故あの時、優しい言葉をかけられなかった……」


 昔、辛い事があったと言っていた時、少しでも共感の言葉を言ってあげられたら。

 そう思うが、アークはもう一度ため息をついた。


「共感できないんだよな……。奴隷になったら辛い、親に見捨てられたら悲しい、それは分かるけど、俺はその辛さも、悲しさも分からない……。俺がまだ人形の身体だからかな」


 そんな自分が何を言っても空虚な言葉になりそうで、アークは簡単にそういう言葉を使えなかった。


「俺に分かるのは魔法と魔術だけ。教える時は優しくしたいな……」


 高鳴る心臓のない胸をアークは押さえながらそう呟いた。


「というか、そもそも俺は食材の買い出しに誘おうとしていたはずだ。すっかり忘れていたな……」


 魔法を極めた魔王と教会と国に恐れられているのに、アークはうまく制御できない自分の感覚にただただ戸惑うのであった。


「……フルムを探しにいくか」


 元凶であるフルムと一緒にいればその不可解な謎も解けると信じて。

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