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少女が死に神になった日

 フルムが死に神と呼ばれた始まりは、村で仲の良かったお爺さんの死だった。

 幼いフルムは自分の力が何なのか分からず、目に見えたことを素直に周りの人に言いふらしていた。

 近所のおじいさんが来週急病で死ぬ。

 そう言って医者や周りの大人に助けを求めたり、言いたいことを伝えないといけないと伝えたり、何とかおじいさんが無事でいられるように動いた。


 けれど、努力虚しくおじいさんはフルムの予言通り死んでしまう。

 すると、子供の戯れ言と笑っていた大人たちと子供たちがフルムに詰め寄り、おじいさんが何故死んだのが分かったかを問い詰め始めた。

 そして、フルムが死を見えるというと、村人全員が自分の死に様を聞くようになり、本当にその通りに次の者が死んだ。

 フルムが善意で伝えたはずの予言は、いつのまにか死を運ぶ呪いの言葉にされてしまい、フルムは死に神だと言われ始めた。

 そこから、フルムの人生は大きく変わることになる。


 フルムは村人全員が死ぬことを予言していたのだ。

 村に兵士達がやってきて、村人全員が殺されるという破滅を。


 フルムはそうならないように善意で伝えたはずだった。

 けれど、その運命の日まで一ヶ月になると、村人たちはフルムを殺せば、予言がなくなり生き延びることが出来ると考えたらしく、フルムを殺そうとフルムの家に火をつけたのだ。

 しかも、その火を放ったのはフルムの両親だった。


「お前なんかいなければ! お前がここにいなければ!」

「ごめんなさいフルム……ごめんなさい……」


 そう言われて両親に殺されそうになったフルムは炎の中、命からがら逃げ出すことに成功した。


 その光景で自暴自棄になったフルムは、ひたすら走り続けて、体力を失い、道に倒れているところを奴隷商人に捕まった。


 けれど、フルムは奴隷としてほとんど働いたことが無い。

 何故なら奴隷として売られれば、買い主が不思議な死に方をするせいだ。

 突然心臓が止まったり、馬車にひかれたり、崖から落ちたりと、突然過ぎる死に方をした。

 それが三度も続けば、不気味がってフルムを買おうとする者は消えた。


 さらにはフルムを所持していた奴隷商も不慮の事故に会う。


 そうやってフルムの死に神という悪名は広まり、知っている者は彼女が近づくとこう言った。


「お前がいると不幸になる! 死に神め! 消えろ!」


 けれど、中には不幸を金にする人間もいる。

 死に神と罵られ、奴隷商からも見捨てられ、孤独になったフルムのもとにやってきたのが、仮面競売場の人たちだった。


「価値の分からぬ者達の間にいるかぎり、あなたは孤独だ。無為に朽ちるのなら、死に神を欲しがる人たちに貰われてみませんか? 君は誰よりも利用価値があり、求められる人間なのですから。その眼は誰もが欲します」


 そんな甘い言葉に流されて、フルムは魔法使いたちの競売にかけられた。

 それが自分に対する罰なのだと受け入れて――。



 罰を受け入れたはずだった。けれど、フルムを大金で買い取ったアークは不思議な魔法使いだった。

 風呂からフルムが上がると、立派な食事がテーブルの上に並べられていた。

 一人で食べるには多すぎる量に、フルムはアークが細身の見た目にそぐわず大食漢なのかと思ったのだが――。


「何をぼけっと突っ立っている? フルムも座って食べろ」

「え?」

「だから、何度も言った通り、俺はフルムを奴隷として買っていない。そもそも隷属の首輪はとっくに破壊しただろう」

「えっと、それじゃあ、コレ私が食べて良いの?」

「あぁ、ともに食事を取る。それが家族というものだと書物にも書いてある」


 書物を理由にされたことに違和感を抱いたが、フルムは自分の空腹に耐えきれず、料理に手を伸ばした。

 食べたら眠ってしまう毒が仕込まれている。そんな恐怖も一瞬心をよぎるがすぐに消えた。


「……おいしいです」

「それは何よりだ。自分一人だと味が美味いのかまずいのか分からなくなるからな」


 その食事に手をある程度つけると、フルムの手がふと止まった。

 そして、チラッとアークの顔に視線を向ける。


「聞きたいことがたくさんあるって顔をしているな」

「あの……、私の眼は何なんでしょう?」

「一種の魔法だ。たまにあるんだ。生まれた時から刻まれた呪いのような魔法が。人によっては祝福とも言うけどな」

「私の力は本物なんですよね? たまたまじゃなくて、本当に死を見ているんですよね?」

「そうだな。君の目からはすごい魔力を感じる。死を見通すだけではなく、操ることも出来るのは、その眼で見つめられると一種の催眠にかかるんだ。そのせいで、死に方もある程度操ることが出来るんだろう。たとえば、崖なのに道が続いているように見せて、足を崖から踏み外すようにとかな」

「なら、どうしてアークさんのは見えないんですか? 競売場にいた時はみんな仮面つけていても見えたのに……」

「俺は既に死んでいるからな。物心ついた時にはもう魂が肉体から剥がれていた」


 アークは何の感情もなく、あっさりと自分の死を告げる。

 それがあまりにも軽い調子だったせいで、フルムは口を開けたまま固まった。


「この身体は作り物なんだよ。二百年かけてここまで人に近づけた」

「え? その身体、人形には見えませんけど……嘘ですよね?」

「俺は嘘をつかない主義なのだけどな。まぁ、人形に魂を定着させているからこそ、フルムの死眼が効かないのだろう」

「どうしてですか?」

「死というのが肉体の崩壊とか機能停止なら、肉体を持たない俺の死は君の目では見えない。それだけのことだ。鉱石や木材などに肉体も何もないだろう?」

「その……ごめんなさい」

「どうして謝る? 俺は別に怒ってもいないし、悲しんでもいないのだけれど。物心ついたときからこういう身体だしな。こうなっているのも、俺にかけられた不死の祝福の特性というだけで、別にフルムが悪い訳ではないだろう?」


 フルムが頭を下げると、アークは不思議そうに首を傾けた。

 そして、数秒間も続く奇妙な間が生まれると、アークは何かに気付いたように手をポンと叩いた。


「あぁ、そうか。魂があるとはいえ、人形の俺と家族というのは嫌か? それなら、適当に死にたての死体を見繕って、それに憑依するが。問題は腐るから定期的に取り替える必要が――」

「あっ、違う、違います! その……ごめんなさい」

「違うのか。となると、あぁ、そうか。ちゃんと生きているフルムにはフルムの家族がいるのか。両親と兄弟は?」

「兄弟はいません。……両親は死にました」

「ふむ、仮面競売場の商品になったのは親に先立たれたからか」

「……ためらいなく言うんですね」

「気に障ったのなら申し訳なかった」


 アークの謝罪に、フルムは首を横に振り、事実ですからと呟いた。


「私はアークさんに買われました。拒否権はありません。弟子にするというのなら、弟子になります。学べというのなら、一生懸命学びます」

「その言葉が本心かどうかは分からんが、良い心がけだ。でも、君は人間なんだ。他にやりたいことがあれば、やってもらっても全然構わない。そのためになら、この家は好きに使って貰って構わないし、困った事があれば何でも俺に言えばいい。俺たちは家族になるのだから」

「……はい。よろしく……お願いします」

「よし、それじゃあ、食事を片付けたら今日は早く寝ると良い。明日は今日以上に話しをしたいしな」


 こうして、魂の入った人形アークと死を呼ぶ人間フルムの奇妙な師弟関係が締結された。



 フルムは案内された部屋のベッドで横になっていた。

 ちゃんとしたベッドで眠れる日が来るとは思わなかったため、あっという間に眠りに落ちそうな柔らかいベッドの感触が、逆に目を冴えさせた。


「……生け贄にされる訳じゃなさそうだな。とって食べられたり、実験台にされる訳でも無さそうだし」


 もし、生け贄にされるのだったら、今どんなに楽な気持ちになっていたことかとフルムは小さく呟く。

 お風呂も食事もベッドも暖かいなんてことを実感出来る日は何年も無かった。

 今までの自分が惨めだったと思い知らされて、胸が痛い。

 それだけじゃない。まだ奴隷になる前の頃を思い出してしまうから、胸が痛いのかもしれない。


「ごはん、おいしかったな……。お風呂も良い香りがして気持ちよかったし、ベッドはこんなにもふわふわで暖かい……。アークさん……見た目怖いけど……良い人なのかな」


 お風呂は貯めておいた雨水を被り、食事は冷めて固いパンをかじり、寝床は固くて冷たい床に藁を敷いただけのものだった。


「……私、こんなに幸せで良いのかな……。何人も死なせちゃったのに……」


 月明かりに照らされた部屋で誰かに問いかけてみるが、返事は無い。

 フルムは自分の気持ちを落ち着かせるために、ベランダに出て夜風に当たる。

 真っ暗な外で孤独になれば、辛い思い出を全部真っ黒に塗りつぶして、忘れられるかなと思ったのだ。

 だが、不意に頭上から声をかけられた。


「どうしたフルム? 眠れないのなら、魔法で眠らせることも出来るが?」

「いえ、ちょっと涼みたかっただけなので、大丈夫です。アークさんこそ眠らないのですか?」

「人の肉体と違って、休息が必要な身体では無いからな。確かにジッとしていれば魔力回復は早まるが、特に眠らなくても問題は無いんだ。あぁ、誤解が無いように言えば、寝ること自体は出来るぞ。退屈しのぎで寝ることはある」


 アークがいたことを失念していたフルムは少し慌てながら取り繕った。

 けれど、返ってきた言葉が意外なものだったせいで、フルムは興味本位から視線をアークに向ける。

 もう人の死を見ないようにと思って、人の眼を見ないように数年間人から眼を反らし続けていたが、アークの眼を見ても彼の死は見えない。自分の呪いが解けたような錯覚に陥ってしまう。

 それが不思議で、もう少し彼のことを知ってみたくなる。


「アークさんは何をしていたんですか?」

「星を見ていた」


 フルムがアークにつられて頭を上げてみると、空には満点の星空が広がっていた。

 とても数えきれそうにないほどの小さな光の粒が暗闇に散りばめられている。

 今まで意識して見たことが無かったが、それがとても綺麗に見えた。


「今日は良く晴れている。ここまで綺麗な星が見えたのは久しぶりだ。フルムが来た日が晴れで良かった。この日はきっと忘れない」

「綺麗ですね。夜ってこんなに明るかったんだ……」


 真っ暗だと思っていた世界には小さいけれど光がたくさんあった。

 フルムは自分が本当に夢を見ているのではないだろうか、そう思えて仕方無かった。

 もし、このまま眠ってしまったら、夢から覚めてしまうような気がして、フルムは眼を瞑るのが怖くなるくらいに。

 そして同時に、このまま死んでしまえれば、どれだけ幸せな最後だろうとも思えた。


「アークさん……、私は……明日もここにいるんですか?」

「当然だ。少なくともお前が自分の力を制御出来るようになるまではいてもらう。教会と王国議会とはそういう契約を結んだからな」


 そう言ったアークは屋根の上からベランダに降りてくると、おもむろにフルムを抱きかかえた。

 力がこもっているせいか、抱きかかえられている腕と太ももが痛む。

 少し震えているのは、何かを怖がっているのだろうか。それとも緊張しているのだろうか。

 アークの顔つきからはそれが読みとれなかった。


「さて、今の体力で夜風に当たり続けるのは良くない。部屋の中に戻るぞ」

「あ、あの……私が私の力を制御出来るようになったらどうなるんですか?」

「修行が終わってフルムが自由になった後、俺はフルムをお嫁さんにするつもりでいるが? 俺が言われたのはフルムの力による被害を防げということだけだ。被害を未然に防げれば、その後は俺の自由だろう?」

「え?」

「俺は君をお嫁さんにしたいから大金をはたいたんだから」


 師弟関係を飛び越えて、プロポーズされたフルムは心の中に溜まっていた澱が全て吹き飛ぶほど呆けて、そのまま眠ってしまった。

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