不死の魔法使い、死眼の少女を買う
仮面をつけた男がオークションハンマーで競売の始まりを告げる。
「お待たせしました。本日の最後にして最高の商品です」
その商品を覆う布が取り除かれると、手錠と首輪を鎖でつながれた少女が現れた。顔はフードで隠された上に、目元を布で目隠しされている。
その少女を仮面越しに多くの人間が見つめ、会場の至る所から感嘆の声を漏らす。
仮面競売場、扱われる商品の特徴から互いの身元がばれないように、参加者全員が顔を仮面で隠しているのだ。
「まずは百万から」
司会者が値段を告げる。
すると仮面をつけた参加者たちは間髪入れずに値段をあげていく。
二百、二百五十、三百、そんな人が一生かけて稼ぐような金額が動く。
「あれは何ですか? ただの奴隷にこの金額はおかしいですよ? 相場の百倍くらいしていますよ」
「知らずに参加したのか? あの子は死に神だ」
「死に神?」
「そう。眼を見ただけで人の死に様を決める死に神だ。あれが手に入れば面白い魔術が作れるだろうよ」
死に神を金で競り落とすなんて罰当たりな行為だが、そんな倫理を気にする人間はこんなところにいない。何故ならここは魔術師と魔法使いが己の魔術と魔法の触媒を手に入れようと集まる競売場なのだから。
「千万」
提示額の桁があがり、会場からスッと興奮の熱が失せる。
けれど理由は提示額だけじゃない。
提示額が大きいというのもあったが、その男が少女の前に突然現れ――。
「こいつを俺の嫁にする」
唐突なプロポーズをして会場が呆気にとられたからだった。
○
競売場の責任者が書類にサインを書き、死神と呼ばれた少女の権利書を男に渡す。
「アーク様、提示額の千万リーン確かに受け取りました。さて、競り落とした商品の歳は十六、性格は無口で大人しい、愛玩用であれば特に厳しい躾けはいらないはずです」
アークと呼ばれた男性は無言で紙を受け取ると、さっと目を通してポケットにしまった。
年の頃は二十代前後の青年といった見た目で、小さな国の国家予算を提示出来る若さには見えなかった。
「それにしても、アーク様、舞台にあがるのは反則ですよ? 競売場において提示額以外の駆け引きは禁止しておりますので」
「些事に興味はない。これで終わりなら、さっさと帰りたいのだが?」
「えぇ、これで権利の委譲は終了しました。アーク様に言うのも無用な心配かと思いますが、どうかお気をつけてお帰り下さいませ」
競売からの帰り道で強盗に襲われる。
仮面をつけて身分を隠そうとも、起きるときには起きてしまう。その時の責任は一切持ちません。
そう言葉の裏に隠して責任者が愛想笑いを浮かべる。
アークはその社交辞令に耳を貸さず、買い取った死に神のいる檻の中に向かった。
周りに人は誰もいない。薄暗い石で出来た壁と錆びた鉄の柵しかない簡素な檻だ。
その檻の中で少女は椅子に座って俯いていた。
アークは、周りの音を遮断する灰色のフードを花嫁のベールでもとるかのように外す。
すると、中から現れたのは月夜のような淡い輝きを持つ黒髪だった。
続けて目隠しも外す。
「目を開けて前を向け。お前の力を見たい」
アークの言葉に少女はただ俯いたまま、身動きを取らないでいる。
すると、アークはおもむろに少女の首輪に繋がる鎖を掴み、強引に少女の顔をあげさせた。
「あうっ……」
首輪が喉を圧迫したせいか、少女の声が漏れる。
そうやって開かれた目は鮮血のように赤かった。
「その目で俺の死が見えるか?」
「あ……あれ? なんで? あっ……しまった……」
「その反応、どうやら人の死が見えるのは本当らしい。死を操れるかどうかまではまだ分からないけど、お前の名前は?」
「……声を出しても良いの?」
少女の問いにアークは頷く。
すると、少女は少し困ったように名前を告げた。
「フルム、フルム=トーナ」
「フルムか。確認するが、お前が死に神と呼ばれているのは、人の死期と死に方を見ることが出来るからだろう? それで、俺の死は見えなかったんだな?」
アークの確認にフルムは力無く頷いた。
「あなたは……誰?」
「俺はアーク=アニマ」
アークはそう言うと鎖から手を離し、顔を上げたまま固まるフルムの目をのぞき込む。
鮮やかな血のように赤い瞳の奥で、魔力が渦を描いている。
「人の死を司る目。死眼を持っていることが幸福かどうかはさておき、特別な眼だな」
「……特別? 止めてよ! この目で人が死ぬのが分かってから良い事なんて一つもなかったよ! 私はそのせいで! そのせいで……今まで……」
フルムが唇を噛み、また俯く。
アークはその姿を見ると、今度は指でフルムの額を押して、顔をあげさせ――。
「過去が不幸だからと言って、明日が不幸とは限らない。受け売りだがな」
「……え?」
「最初は人形かと思ったけど、さっきの威勢を張れる心がまだあるのなら、壊れた人形じゃないってことだ。一緒に過ごしても退屈はせずに済みそうだな」
アークはそう言うと杖を取り出し、床に円を描く。
すると、床に淡い光が生まれ、不可思議な幾何学模様が浮かび上がる。
「開け転移の門」
まばゆい光が二人を包み混み、牢屋の中から人影が二つ消えた。
○
光が失せると、そこには木々に囲まれた古い屋敷があった。
「ここが俺の家、そして今日からフルムの家になる」
「転移の魔法……。ご主人様は……魔法使いなんですか?」
「そうだ」
「魔法使いさんが……なんで私なんかを……」
魔法使いは珍しい。魔力を持って生まれる人間は千人に一人くらい。
さらにそこから魔法使いとしての才能を持つ人間は十人に一人くらいになる。
そうして、魔法使いになると、その者は他者を超越する。
奴隷を買って、雑務をこなさせるぐらいなら、使い魔を呼んで仕事させるような人種だ。
わざわざ大金をはたいて人間は買わない。
だから、何か大きな理由があるのだと勘ぐった訳だ。
「表向きには、他者を君の力から守れという仕事の依頼があったからだな。死に神と呼ばれる君の力で、大勢の人たちが死なないようにと。ま、ざっくり言えば、君を殺すか、力を制御出来るように育ててくれと言われた訳だ」
「私を殺してくれるんですか?」
「その頭は飾りか? それともまだ認識阻害の魔術が残っているのか? 考えてもみろ。殺すつもりなら金を払わずとっくに殺している。魔法使いでも金は必要なんだ。数十年の蓄えが吹き飛んだぞ」
「うぅ……ごめんなさい」
フルムは安心したようなガッカリしたような複雑な表情で息を吐く。
アークはまた俯いたフルムの顔を上げさせると、首輪に繋がる鎖を掴む。
すると、その瞬間、首輪も手錠も鎖と一緒に砕け散った。
「それに労働奴隷にするつもりもない。自由に言葉を発してくれて構わないし、家の物も自由に使って良い。私生活で一々確認をとられたんじゃ、面倒臭くて仕方無い」
「え?」
「フルムは今日から俺の弟子になってもらうために大金を出したんだ。心を壊した人形じゃ困る」
「私が……弟子? えっと、私、労働奴隷とか実験台として買われたんじゃ?」
「そんなもの使うようであれば、魔法使いとしては二流か三流だ。さて、そういう訳なので、ご主人様と言うのは止めて貰おう。そうだな。アークさんで良い」
「ほ、本当に名前で呼んで良いんですか?」
「許す」
「で、では、アークさん……」
「良く出来たなフルム」
名前を呼んで貰ったアークは上機嫌な声でフルムの頭をワシワシと撫でる。
「さて、競売場の牢屋は牢屋の中では清潔な部類だとは言え汚いからな。まずは風呂にでも入って貰おうか。次に栄養の揃った食事をとってもらい、最後には暖かなベッドで休んでもらう」
アークは独り言をぶつぶつと呟き終えると、呆けていたフルムを抱きかかえ、屋敷へと入る。
そして、風呂場にフルムを連れて行ったのだが――。
「猫じゃあるまいし、そんなに風呂に入るのを嫌がらなくてもいいじゃないか」
「いやいやいや! 何でアークさんが一緒にお風呂場に入ってくるんですか!?」
「ふむ? 我が家の風呂は魔力で動く特別製だから、俺がいないと動かないし、フルムも汚れているから綺麗にしてやろうかと思ったのだが」
「お風呂くらい一人で入れますから!? 私もう十六歳ですから! 見られるの恥ずかしいですから!」
「ふむ? とても美しい肌だと思うのだが、見られて恥ずかしがる必要などどこにある?」
「うぅぅ!? お願いですから見ないで下さい! 娼婦はやったことないんです!」
結局、フルムはアークにすぽんと服を剥かれたが、そそくさと湯船に飛び込み身体をアークから隠した。
シャワーカーテンで仕切りも作り、カーテンの向こうから感じるアークの気配を誤魔化すように、フルムが湯船の中でボソボソと何かを呟く。
そうやって漏らす言葉で、フルムは自分の身に何が起きたのか、一つ一つ思い出していた。