月の光
深い深い森の奥に、高い高い塔が建っていました。ぴかぴかに磨かれた白いレンガが積み重なっているその塔は、まるで空の天井に続く大きな柱のようでした。
その塔のてっぺんに、真理子は一人で住んでいます。生まれたときからずっと、真理子はこの部屋から出たことはありませんでした。
ぴかぴかの白い壁にかこまれた部屋で、ベッドも机もイスも本棚も、みんな白いものですから、真理子は色というものを知りません。窓には特別なフィルムが貼ってあって、薄い色は白に、濃い色は黒にしか見えませんでした。今日の真理子の朝ごはんは、白パンに白インゲンのスープです。
部屋から出たことがないからといって、真理子は世間知らずではありませんでした。毎日、白黒のテレビから世界中のことを知り、白黒の本を読んでいろいろなことを考えています。真理子はとても賢い女の子でした。
真理子は毎晩、白い毛布にくるまりながら、外の世界を想像します。いつも、お日さまの光を浴びながら、柔らかい緑の芝生を裸足で駆けて、あたたかい茶色の木で作られた扉の向こうの花園へ向かうのです。そこにはいろいろな花が咲き誇っています。赤いバラ、青いりんどう、黄色いひまわり、橙色のガーベラ、ピンクのコスモス、紫のあじさい。植物のさわやかないいにおいを胸いっぱいに吸いこんで、チョウやミツバチといっしょに友だちが来るのを待つのでした。でも、いくら待っても友だちは来ません。真理子は夢の中でもひとりぼっちでした。そして、いくら想像しても、花たちは白と黒のままなのでした。
「この部屋から、いつ出られるのだろう」
たくさん勉強すれば、この部屋から出ることができることを真理子は知っていました。でも、どうしてもそう思ってしまって、眠れない夜もありました。そういう夜は、決まってフィルム越しの窓から、お月さまに語りかけるのでした。
「お月さん、お月さん。太陽の光が赤いって本当なのかしら」
お月さまは答えません。
「お月さん、お月さん。あなたも赤く光るって本当なのかしら」
お月さまは、また答えません。
お月さまは真理子のことを嫌っているのではありません。むしろ気の毒に思っていたのです。お月さまは、答えたくないのではなく、知らないのでした。お日さまがあんまりまぶしいものですから、その光を体に当てるのが精いっぱいで、なにも見えていないのです。
ああ、かわいそうな真理子。私にはお前の気持ちがよくわかる。
お月さまはそう思いましたが、真理子のために、なにかしてあげられることはありませんでした。
ああ、かわいそうな真理子。せめて今夜は安らかにお眠りよ。
月の光に照らされて、高い高い塔は、今日もぴかぴかと輝いていました。