1. 9月16日 謎を見つけた月曜日 中編
元名探偵と名乗る少女、東浦明と彼女の率いる「ミスド」を巡る日常系の推理小説。
東浦と初めて対面した川井は、彼女に質問をなげかけた。
が、東浦の解答は川井の期待を裏切るものだった。
興味を失いかけた川井だったが、彼女のある言葉に違和感を感じる。
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「思ったよりも小さいな! だが、悪くない。むしろ、持ち運びやすくて良い感じだ!」
東浦は感嘆の声を漏らした。パイプ椅子に腰掛け、足を組み、俺のタブレットを手にとっている。慎重に、フレームを撫で、何か探すように、角度を変え、観察している、興味津々、意気揚々。何故か、そんな四字熟語が思い浮かんだ。
場所は変わらずC207号室、ミスドの部室だ。東浦がまず、興味を示したのは俺個人ではなく、俺の持っているタブレット型端末だった。「それを見せてくれないか」と熱心に頼まれ、断るのも気が引けたので貸したのだが、それ以来ずっとこの調子である。先程まで熱心に手を動かしていた雑誌に見向きもしない。(その雑誌のページから、どうやらパズル雑誌らしいことが分かった)
俺は丸椅子に座り、そんな彼女を眺めている。位置は部室の入り口から見れば奥側、真ん中にどんと陣取る縦に長い机を基準にすれば、右辺ということになる。(東浦の位置が上辺で、入り口側が下辺だ)
それにしても、確かにタブレットは珍しいけど、そんなにテンション上がるものかね。早く、本題に入りたいのだが。無論、部活監査の件も話さなくてはならないが、この場合の本題とはそれじゃない。監査よりも、もっと重要なこと。彼女が「自分は元名探偵である」と言ってのけた件について、である。
出合い頭の挨拶。衝撃の後に抱いた感情は、衝動だった。質問したい。確かめたい。彼女は本当に名探偵――元名探偵――なのか? どうやって名探偵になったのか? 名探偵だったとしたら、何故辞めてしまったのか? 疑問は尽きることなく湧いてきた。
「東浦さん」
夢中になっている東浦に話しかける。
「別に敬語じゃなくていいぞ。同級生だろう、川井君」
彼女は俺の方を見ず、答えた。同級生? こいつ、一年生なのか。華奢な体格から年上ではないだろうと予想していたが、まさか同じ学年だとは。
「それよりこのタブレット、電源はどうやって付けるんだ?」
「……側面のボタンだ。長押しすれば付くぞ」
「おおー本当だ。付いた付いた!」
東浦は無邪気に喜ぶ。って、こんなことしてる場合じゃない!
「東浦、あんた、本当に名探偵なのか!」
「昔の話だ。今は見ての通り、一部活の長さ」
「でも、名探偵だったんだろ! 何か事件を解決したりしてたんじゃないのか!?」
「事件、という程のものはなかったな。大したことのない、そう出来事だな。事件、とまではいかない出来事を推理したに過ぎないよ。そんなに気になるかい?」
俺がずっと憧れを抱いていた名探偵。それが目の前に現れたのだ。気にならない訳がない。しかも、それが同年代の女子だなんて。
「それはそうだろ! 名探偵に会えるなんて、滅多にない!」
「ふむ。それもそうだな」
「良かったら、実際に推理とか見せてくれよ!」
彼女の正体を確かめるには、それが一番手っ取り早い。偽物だったらたちまちボロを出すだろう。俺は見逃さないぜ!
東浦は「唐突だな」と言って、タブレットから顔をあげる。
「いきなり推理と言われても、何を推理すればいいんだ。解決すべき謎なんて何もない」
「じゃあ、俺がどんな人間か当ててくれよ! 俺の外見だけで推理してさ!」
ホームズもやっていた、人間観察。例えば、腕時計をしている腕を見て利き腕を当てたり、服装や靴で職業を当てたりといったアレである。
「ほら、名探偵なら簡単だろ?」
俺は立ち上がり、さあ来い、と両腕を広げる。
「うーむ。しかしなあ」
しかし、東浦は煮え切らない
「実際に何らかの推理を見せるのが一番手っ取り早いのだろうが、それは無理なんだよ。私は既に名探偵を引退している。探偵が行うからこそ、推理は当たるんだ。普通の人が行う推理はただの推論、一解釈にすぎない。
例えば、そうだね」
東浦はタブレットを机の上にそっと置いた。席を立ち、俺の周りをぐるぐると徘徊し始める。舐め回すような、ねっとりとした視線が俺の体を這う。
「ふむ」
東浦は何やら納得した表情を浮かべた。
しかし正直言って、気まずい。非常に、気まずい。異性に間近で見つめられることが、こんなにキツいものなんて。スンスンと鼻をならしているのは、匂いを嗅いでいるからか。身を屈め、ズボンを観察しているのは何のためだ。髪を触る必要がどこにある! しばらく辺りをうろついて、東浦はやっと口を開いた。
「君は……」
年頃の女性にしては低い声が、俺の鼓膜を揺らす。
「女だな」
「……違う」
「趣味はサイクリング!」
「……違う」
「前世はアリストテレス!」
東浦は俺に向かって、ビシリと指をさす。
「それは……分からないけど」
なんだこれ。
「まあ、そういうことだ」
「どういうことだよ」
「仕方ないな。では、今の私の『推理』について解説してあげよう」
東浦は俺から離れ、長机の反対側、黒板の方へスタスタと歩き始める。
「最初の『君は女である』というのは、君の仕草が根拠になっている。初対面の人物には敬語を使い、無意識に人を気遣っている。手の動かし方は繊細で、タブレットを見る限り物も大切に扱う性分らしい。これらは女性に見られる特徴だ」
東浦は歩みを止め「それに、近頃は男性のような女性も珍しくないと聞いた」と話す。
「だから、君はあえて男性の格好をしている女じゃないかと考えたんだ」
何故そこであえて、考えてしまったんだ。
東浦は再び、黒板の前辺りをぐるぐると歩き始める。
「そして、『趣味はサイクリング』という推理の根拠は、君の体型や歩き方だね。太ってはないが、特に痩せているという訳でもない。そして、歩き方はしっかりしていて、足腰が強そうだ」
言うほど強そうかね? 俺は太くも細くもない、何の特徴もない自分の足を見つめる。
「また、君が歩く時に微かに金属がこすれる音がした。君は生徒会役員なんだし、ナイフや小刀なんて持ち運んでるわけがない。普通の生徒が持ち運ぶ金属といえば鍵くらいだろう。ただ鍵一つ持っていたところで擦れる音がする訳がない。一つは家の鍵だとして、もう一つ鍵を持つとしたら何になるだろうかと考えたら、自転車の鍵が妥当だろうと思った」
家の鍵を持っている、というところまでは正解だ。だが、その金属音はおそらく中学二年生の群馬の自然旅行時に買ったキーホルダーのものだろう。日本全国どこの都道府県にでもあるような、あの金ピカの剣の形をしてやつである。
「君の前世がアリストテレスである根拠は『前世を占う101の方法』という本だ。図書館にもあるから、今度是非読んでみたまえ」
「……」
占いって……。これはもはや推理とも呼べない。ただの当てずっぽうじゃないか! 元名探偵というから期待してみれば何だ。ただの口だけのアホだったか。
『いや、それなら俺だって』
ちくりと、胸の奥が痛んだ。
「根拠となる事象と論理的な思考。『金属音』と『体型』という事象を根拠に、思考を重ね『サイクリンが趣味』という答えを導き出す。この一連の流れが『推理』だ。言ってしまえば、誰だってできる」
俺の気持ちなどお構いなしで、東浦は話を続ける。
「そして、名探偵が行う思考は『推理』と呼ばれ、普通の人間が行う思考は『推論』と呼ばれる。私はもう探偵じゃない。だから、先程までの思考はただの『推論』だね。当たっていなくても仕方ない」
そう言って、東浦は肩をすくめた。
「……なるほどな、参考になったよ」
棒読みにならないように気をつけて言う。
「すまないな、後輩探偵の役に立てば、と思ったのだが、やはり推論は当たらんなあ」
「推理が当てられるようになったらまた……」
違和感。
……待て、今こいつ、何と言った?
「すまないな『後輩探偵』の役に立てば、と思ったのだが」
後輩、探偵?
「ん、どうした? 表情が固いな。寒いのか?
生憎、この部屋は暖房設備がないのだ。スクワットするなりして、なんとか我慢してくれ」
「……後輩探偵って誰のことだ?」
「ん?」
「今『後輩探偵の役に立てば』って言っただろ。後輩探偵って誰のことだ?」
東浦は「そんなの決まってるじゃないか」と言って俺を指す。
「君だよ、君」
くらりと、目眩がした。
俺は一度も自分が探偵だと名乗ってない。当然だ。俺が名探偵だということは秘密。隠すべき事柄だからだ。なのに、こいつは俺のことを探偵と呼んだ。さも当然のように。
「……俺が探偵? いつ、そんなこと言った? それとも、これもさっきのと同じ、当てずっぽうか?」
「ああ、ただの推論だよ。これも」
今日の時間割を答えるように、東浦はすらすらと言葉を並べる。
「気づいてないかもしれないが、私が名乗った時、君は一瞬表情を変えた。まあ、私の挨拶に対して、表情を変える者は多々いる。驚きの表情を浮かべる者、何故か哀れみの表情を浮かべる者、中にはあからさまに馬鹿にするような表情を浮かべる者もいる。君の表情はどちらかと言えば驚きだったかな。
興味深いのはそこから君がとった行動だ」
東浦は再び、歩き始める。うろうろ、徘徊しながら言葉を繋ぐ。
「君は自身の感情の動きを悟られないよう、すぐに表情を戻した。そして、色々私に尋ねたね。
『名探偵なのか?』とか『過去に解決した事件はあるのか?』とか。
私の挨拶に対してここまで興味を示すような者は珍しい。大抵の者は無視するか、あからさまに馬鹿にした態度を示すか、だ。この時点では、ただの推理小説マニアかな、ぐらいの漠然とした予想ぐらいしかなかった。さて、では君が次に言った台詞を覚えているかな?」
『それはそうだろ! 名探偵に会えるなんて、滅多にない!』
「怪盗や怪人がいないように、名探偵なんて居ない。それが世間一般の常識だ。だいたいの推理小説マニアもそうだな。彼らは名探偵を架空の人物、キャラとして見ている。当たり前だ。現実にそうそう奇怪な謎が転がっていないように、名探偵という存在も稀有なのだ。
にも関わらず、君は名探偵が居ることを前提に話をした。ただの探偵じゃない、名探偵を、だ。
さて、今集まっている情報は四つだ」
東浦は指を折り、数える。
「一つ、元名探偵である私を前にして驚くも、その感情をできるだけ隠そうとした。
二つ、私の挨拶に対して興味を示し、情報を聞き出そうとしている。
三つ、名探偵が存在することを前提で話をしている。
そして四つ」
東浦はニヤリとした笑みを浮かべた。
「自身が探偵だと指摘され動揺した。さらに、その根拠を確かめようとしている。少しの間違いでもあったら、その推論を否定してしまおうというほど必死に」
推論の上に推論を重ねた、ボロボロの推理だ。先程のような出鱈目な推理がたまたま一つ、当たっただけと考えていい。いいはずだが……。
「以上の情報を繋ぎ、君は探偵なのではないかと考えた。何より、私が君の立場だったら、もし目の前に自身を名探偵だと名乗る者が現れたとしたら、必ず何かアクションを起こすだろう。例えば、君が私に質問したように、推理を見せてくれと頼む、とかね。探偵とはそういうものだ。目の前の謎に食いつかざるをえない。そういう生き物なのだ」
ただ、クラスメイトは誰一人俺の正体に気付くことはなかったのに、こいつは俺と出会って一時間も経たないうちに、俺の正体を言い当てた。これは果たして、偶然なのか? もし、最初の推理は全て俺をからかうためのもので、今の推理が本気で行ったものだとしたら……。
「まあ、君が探偵だろうが元アリストテレスだろうが、私は構わないよ」
落ち着け、まだこいつが名探偵だと決まった訳じゃない。動揺を悟られるのが一番まずい。
東浦は自身の左腕を見つめる。手首に光るのは銀色の腕時計。
「ふむ。喋りすぎたか。まあ、そろそろ来るだろう」
そろそろ来る? 誰が?
「お待たせ~」
東浦の言葉が合図だったかのように、部室のドアが開く。
部屋に入ってきたのは女生徒だった。下は東浦と同じ、赤っぽいプリーツスカート。上は紺のブレザー、白のブラウス、スカートと同じ色彩のリボン。清鳥高校の冬服だ。ピンと伸びている背筋にかかる髪はブレザーの紺より黒く、黒ウサギの毛並みのように艷やかだ。女生徒は優しげな細い目――糸目、というのだろうか――で部室の中を見渡し、柔和な微笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、ちょっと説得するのに時間がかかちゃって」
「大丈夫だ。この男のお陰で退屈はしなかったよ」
親指で俺を指す東浦。
女生徒はドアを閉めると、こちらに向かってくる。手元では茶色の学生鞄が揺れている。
「あなたが、生徒会の川井さん?」
彼女は俺の前で歩を止めて、尋ねた。仄かな柑橘系の匂いが鼻孔をくすぐる。
「はい、川井です。あなたは……」
「私は高等部二年、天津実莉です。副部長兼会計をしています」
大人びている。女生徒、天津さんに対する第一印象だ。スラリと伸びた身長。丁寧な言葉遣い。立ち振舞が高校生とは思えないほど、落ち着いているように見える。ただ、気のせいだろうか。言葉では言い表せない冷たさを感じるのは。
「ちなみに、部長は私だ」
東浦が横から口を挟む。
それはさっき聞いた。というか、下級生である東浦の方が部長なのか。普通は年上が部活の長を務めるものだと思うが。
「川井さん、今日は来てくれてありがとう」
軽く頭を下げられる。さっきからやけに丁重である。最初この部室に居たあの体操服のチビにも、十分の一でいいから見習ってほしいものだ。
そういえば、彼女はどこに行ったのだろう。再びこの部室に戻ってきた時には既に居なかった。あれだけ人のことを煽っておいて、自分は一足先に帰ったのだろうか。
「それじゃあ、遅れてしまって申し訳ないけど、早速入部試験の説明を始めるわね」
「……はい。分かりました」
仕方ない。東浦との会話は後回しだな。俺がこの部屋に来たのは部活監査のためだ。まずはそのテストとやらの話を聞こう。
天津さんは東浦の後ろを周り、俺から見れば机の向かい側、黒板の前まで歩み寄る。
「ミスドは基本的に誰でも大歓迎の部活なんだけど、入部希望者は必ず、入部テストを受けてもらうことになってます。これは部活監査に来た徒会役員も例外ではないの」
話を聞きながら、改めて彼女の容姿に目をやる。すらりと伸びた細い足。きゅっと引き締まったウエスト。服の上からでもわかる胸の膨らみ。ほのかに色づいた桜色の頬。小さな唇。形の良い鼻。細い目をさらに細め、優しく微笑む様はまるでどこかの国のお姫様のよう。東浦が人形のような完璧な美しさだとすれば、彼女は生物として、洗練された美しさだ。
「聞いてますか?」
「ああ、すみません。聞いてます、聞いてます」
って、根本的なことを聞き忘れていた。
「あの、初歩的な質問で申し訳ないんですが、そもそも、ミスドってどんな部活なんですかね」
「それは私から説明しよう!」
東浦が突然パイプ椅子から立ち上がる。
「ミスドとは、この世に存在するありとあらゆる謎を見つけ、愛し、慈しむ部活である!」
腕を組み、どうだ、というように東浦は俺を見下ろす。
いや、そんな説明仕切りました、みたいな顔されても……。
「部長の説明じゃ、少し分かりにくかったかもしれないわね」
天津さんは落ち着いている。
「ミスド、正式名称『ミステリー同好会』は、この世界のありとあらゆる全ての謎を見つけ出して、調べたり、調べなかったり、解決したり、解決しなかったりして、楽しむ部活よ」
ミステリー同好会? ミステリー・同好会……ミス・同……ミス・ド……ミスド。
分かりにくっ。略すにしても、もう少し別の略し方があったのではないだろうか……具体的には思い浮かばないけど、そう思わざるをえない。
「はあ。ミステリー同好会というと、推理小説とかの研究を?」
「ええ、勿論含まれます。他にも超常現象、伝説、オカルト、神話、哲学。ありとあらゆる謎を見て、楽しむ部活がこのミスドです」
それはなんとも守備範囲の広い部活で。
「ミスドに入部するには知識や技術はなくても良いですけど――まあ、あればあるで越したことはないんだけど――ある程度、適性が求められます」
「謎を楽しむ、これはある種の才能が必要だ。テストではそこを見るのだな」
東浦はいつの間にか再び椅子に座っていた。足を組み、尊大な態度。丁重な天津さんとは大違いだ。
謎を楽しむ? そんなこと、才能なんていらない気がするが。
「謎に対する姿勢、部長の言葉を借りれば『謎を楽しむ才能』。テストではそこを判断します。
手紙は持って来てますか? 入部試験をお伝えする手紙が、そちらに行っているはずですが」
ああ、靴箱のあれか? ブレザーの内側のポケットに手を突っ込み、封筒を取り出す。中から手紙を取り出し「これですか?」と天津さんに見せる。
「持っているようですね。では、早速問題を発表します。
問題、その手紙を作成したミスドの部員の名前を答えよ」
手紙を書いた部員の名前?
「それって、部長の東浦じゃないのか?」
書類は大抵部長や副部長といった役職持ちが書くものだろう。
「ストップ。まだルールの説明が終わってないわ」
「うむ。名探偵たるもの、焦りは禁物だ。落ち着いて、論理立てて考えねばいかんぞ」
……俺は今、どんな顔をしているのだろう。きっと初めて葛根湯(漢方薬)を飲んだ時のような表情なんだろうな。さっきの推理のどこに論理性があるというのだ。
「では、問題の発表も済んだところで、具体的なルールの説明を始めます。黒板を見て下さい」
天津さんに言われた通り、黒板を見た。本棚と同じくらいくたびれた黒板には、白チョークで書かれた端正な文字が並んでいる。
『ルール
其の一.期限は木曜日
其の二.調査は何でもあり
其の三.発表は優雅に美しく』
東浦はブレザーの懐からペンのような物を取り出し、天津さんに渡した。受け取った天津さんはそれの先端を摘み、引く。ペンの先端がすっと伸び、中から銀色の棒が現れる。どうやら、それはペンではなく、指し棒のようだった。教員が授業で黒板を指す時に使うような、アレだ。
「まずはルール其の一について。問題の答えは今週の木曜日、九月十九日の放課後までに見つけて下さい。今日が月曜日だから、今日含めて四日ね」
指し棒の先端、赤い円錐が「其の一」という文字を指す。
なるほど。今すぐこの場で答える訳じゃないのか。
「次に、ルール其の二。このテストは、答えは一つですけど、解法は人の数だけ解法があると言っても過言ではありません」
「ようするに、調査の手段は問わない、ということだ。君の得意な方法で答えを探したまえ」
東浦が説明の途中で口を挟む。
何でもあり、というのはそういうことか。しかし、好きなようにって言われてもな……。
「四日間をたっぷりと使って答えを導きだしたら今週の木曜日、この部室で、ミスドの部員全員の前で、答えを発表してもらうわ。ルール其の三の『発表』ってのはそのことを指してるの。私達はその『発表』を元に、テストの結果を判断します」
「どうやってその答えを導いたのか、根拠をあげつつ、分かりやすく説明すると高評価だ。
何か質問はあるか?」
「二つ、質問したい。まず、ルール其の二について。調査は何でもあり、って言ってたけど、指紋の鑑定とかはできたりするのか?」
天津さんは指し棒を元の長さに戻し、東浦に渡した。
「君の目が顕微鏡の役割を持っているならそれもよかろう。調査はたった一人、テストを受ける人間だけで行うのだから、必然方法も限られる。より正確な言い方をすればこうだ。調査は『本人の力が及ぶ範囲内で』何でもありだ」
「自給自足ってことか」
「何をもってその四字熟語を選択したのか理解に苦しむが、納得してくれたならそれでいい」
ミスド、のセンスよりはマシだ。
「次の質問。ルール其の三、発表は『優雅に美しく』って書いてあるけど、ちょっと曖昧すぎじゃないか?」
仮にも採点の基準だ。「言葉遣いが美しくない、減点」なんてされたらたまったもんじゃない。
天津さんは黒板の前に置かれた丸椅子に腰掛ける。鞄を膝の上で開いて中身を漁りながら、俺の質問に答える。
「しいて言えば、シンプルかつ論理的にってとこかしら。発表する時は答えをただ述べるのではなく、答えの正しさを証明するつもりで行うと良いと思うわ」
「さて、ここまでテストについての説明を行ってきた訳だが、そろそろ気づかないかね? このテストがあるものと似ていることに」
東浦はそう言って、身を乗り出す。
「君は探偵だろう。このテストのプログラム、一連の流れに見覚えはないか?」
テストの流れか。テストは「手紙を書いたのは誰なのか」突き止めることがゴールだ。ゴールにたどり着く手段は無数にあるが、受験者は得意とする方法で証拠を集め、部員の前で『優雅に美しく』答えを発表する。
「!?」
俺の頭に電流が走った。調査をする。考えを深める。一同を場に集めて発表する。この流れ、似ている。調査は証拠集め。考えを深めるのは推理。発表は謎解き。そうか、これは。
「推理小説か」
「気づいたようだね」
東浦は不敵な笑みを浮かべている。ダークブラウンの瞳に、隠し切れない愉悦の色が映る。
「そうとも、このテスト模倣しているのだよ! 古き良き時代、かの金田一耕助やシャーロック・ホームズが行った冒険の数々を、非日常の舞台を再現しているのだ。だからこのテストはこう呼ばれている」
「『探偵ゲーム』と」
まるでとっておきの玩具を見せびらかす子供のように、外連味たっぷりに東浦は言った。
心の奥底で待ちわびていたチャンス。名探偵として活躍する。謎を解き、真実を明かす。そんな好機が、今まさに訪れた。俺が今まで過ごしてきた日常に、推理小説や刑事ドラマにあるような魅力的な謎や事件はなかった。頼りになるワトソンも、極悪な犯罪者も、浮世離れした怪盗も、居なかった。どこにでもあるような平凡な日常。そこに名探偵の居場所はない。俺は活躍する機会すら、与えてもらえなかった。
しかし、それも今日で終わりだ。やっと、念願が叶う時がやって来たのだから。
「私もこのところ退屈していた。でも、ようやく楽しめそうだ。なにせ『探偵』の推理が見られるのだからな。どうだね? やれそうかな、このテスト」
「……もちろんだ」
東浦の言葉に、自然と胸の鼓動が高まる。
「どんな謎だって解いてやるさ」
俺は逸る気持ちを抑えつつ、答えた。
「何せ俺は『名探偵』だからな」