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荒城透

 アクセスありがとうございます。

 『ライン』のネットワークに立てられたとあるスレッド


 イニーツィオ争奪代理戦争part33476

>>778

 『邪神』にとうとう『エタジュール』の協力者ができたって報告があったけど、あれ本当?

>>779

 俺たち『ライン』の端末が嘘つく訳ねぇだろ。だったら本当なんだよ。

>>800

 あの赤子同然の『邪神』がそう簡単に現地の協力者見付けられる訳ないじゃん。それに報告してきた端末だって、それっきり何の情報も寄越さない。呼びかけても返事もしない。『サルバシオン』の代表あたりが紛れ込んでデマ流したんじゃねぇの? 

>>801

 俺たちのネットワークに『サルバシオン』の連中ごときが侵入できるわけないだろ。拷問されたって端末は渡さないし、万が一渡っても解読は無理だ。それが『ゾーオ』の木偶人形でも、『グロウズマウル』の魔女でもな。

>>802

 唐突にすまん。『クリーク』の斧運びに遭遇。仲間が次々倒されてるんだが。

>>803

 報告乙。別個にスレ立てて来い。

>>804

 分かった。

>>805

 『邪神』の報告して来た奴、どうせ誰かに端末壊されたりしてんだろ? 不運な新参だな。

>>806

 だな。端末なくすとかwww マジ生きてける気がしない。でもどこの端末が壊れたかくらい、本国の代表なら分かんねぇのか?

>>807

 自分は本国からの端末ですが、それは不可能です。あなたがたも知っていると思いますが、そもそも端末には識別方法がありませんから。どれが壊れたのか判明する方法はありません。

>>808

 だよな。ところで追加報告。『クリーク』の斧持ち。マジ野蛮。『邪神』追ってた端末の大方は行動不能になったから。詳しくはそっちのスレを見てくれ。俺もそろそろやられそう。ごめんなみんな。

>>809

 心配ないって。俺たち『ライン』は『邪神』討伐に向かう余裕があるくらいだ。『邪神』討伐の方もすぐに補充が行くって。生き残るのに精一杯の木っ端『クリーク』なんて好きにさせとけよ。安心して死んでけ。

>>810

 確かに大した痛手じゃねーな。しかし『クリーク』の代表もバカだよな。あいつらが率先して戦って散々殺しあぐねてた『邪神』を、せっかく俺たちが追い詰めたってのに。邪魔するんだからな。

>>811

 そうだな。とりあえず追って来てる斧持ちの特徴だけでもうpしとくから、後でテンプレに加えてといてくれ。俺にできるのはこれくらいだな。

>>812

 了解。殉職乙。

>>813

 それでは、いよいよ瀕死寸前に追い込んだ『邪神』にどうとどめを刺すかですが……




 朝日奈の腹部から垂れ流しになった血液が足元を過ぎる。それは存外、さらさらとしていた。確かに残るはずの体温を感じさせない、背筋の凍るような触感だ。せめてべったりと生ぬるければと思う。幼馴染の無残な死体を見詰めながら、ぼくは呆然とした気分で立ち尽くしていた。

 銃で撃たれてひしゃげた頭は、子供の作った粘土細工のようでどこか滑稽でもある。飛び出し気味の眼球がこちらを向いているような錯覚を覚えて、ぼくは首筋の爪痕を指でなぞった。

 「奮闘お疲れ様」

 荒城と名乗った男だった。ぼくに抗議する余地を与えないほど流暢な動きで家の中へと侵入すると、にこやかに微笑んで風呂場の方を腕でさした。

 「血で汚れているようだし、シャワーを浴びてくると良いよ。ぼくは先に、そこの死骸を片付けておくからさ」

 飄々としたその物言いに絶句していると、荒城はあくまでもにこやかに笑いながら

 「ビニール袋と新聞紙、それから古いタオルのようなものを拝借させていただくよ。こういう雑用には馴れていないだろう? 気分転換だって必要さ。そっちの可愛い女の子も連れて行ったら良い。風呂場の作法を教えてやってくれ。生憎と彼女の出身地は塵一つない楽園で、風呂になんか入らなくたって僕らよりずっと綺麗だったものなのさ。身も、心もね」

 「神無のこと、知ってるのか?」

 荒城の言動に、ぼくは思わず顔を近付けた。

 「神無? ……ああ、名前まで付いているのか。犬や猫に付ける名前よりは、随分と洒落が効いているね」

 そう言って荒城はくすくすと笑んだ。自分の好きなように喋り、好きなように笑っているという印象だ。まともな人物と会話をしている気分にはならない。

 「この子はいったいどこの誰なんだよ? イニーツィオっていうのは? さっき言ってた代表っていうのは何? そもそもぼくはいったい何に巻き込まれて……」

 「詳しいことは後で話すよ」

 そう言って、荒城は朝日奈の頭をつま先で蹴飛ばす。

 「こいつが転がった場所じゃぁ、冷静に話すことなんてとうていできやしないよ。時間はたっぷりあるんだ、焦ることはないんじゃないかな」

 「……おまえは。いったい誰なんだ?」

 飄々と良く喋るそいつに、

 「僕? それも詳しいことは今は言えない。とりあえず今のところ君に分かっていてもらいたいのは……」

 荒城はそこで妖艶に微笑むと、柔らかい瞳でぼくを見詰めながら、途方もなく胡散臭い声でこう口にした。

 「君の味方だってことさ。他の誰よりもね」

 それでもすがりつきたくなる言葉というのはどこにでもあるものだ。

 「そこの女神様の出自、君たちの国がおかれている状況、そして君は何に巻き込まれているのか、そもそも僕や『ライン』の信徒と言った連中はいったい何者なのか……」 

 荒城は仰々しい仕草で両手を開き、後ろを向いて数歩歩いて見せながら

 「全て分かることさ。ただし無理に説明することでもない。それより優先されるのは、君がお友達の死から立ち直り、正常な思考力を取り戻すこと。万が一拳銃の音を聞き付けた誰かがやって来た時の為に、床に飛び散ったこの子の死骸を片付けること。この二つさ」

 言って、荒城は振り向いてこちらに人差し指を突きつける。言い聞かせるような口調でいて、どこまでも主張が一方的だ。あしらわれているような気分になる。

 「じゃあ一つだけ教えてくれ」

 ぼくが切り出すと、荒城は楽しそうに唇を持ち上げて、愉快そうな声で相槌を打つ。

 「何かな?」

 「どうしてあんたはぼくの味方なんだ?」

 荒城はそこで、さも心外なことを言われたような顔をしてみせて、どこか拗ねた口調で「君が好きだからさ。悪い?」とそう言って見せた。それから茶化すような顔をこちらに近づけ

 「君は少しばかり人見知りが激しいようだけど、これだけは言っておく。初対面の相手とはとりあえず仲良くしておくのが良いものだよ。むやみに警戒心を出しては敵を増やすだけさ。情が沸くのはもっとダメだけど」

 悪戯っぽくそう言って見せて、神無の方を一瞥する。

 「味方は作っておくものだよ。お互いいつでも裏切る準備ができていて、でも相手が尽くしてくれることは疑ってないような、そんな心からの親友をね」

 そして、そいつはぼくの顎のあたりを優しく撫でた。端正な指先はまとわりつくようで、その表情は男娼のように艶かしい。ぞっと背筋に鳥肌が立った。荒城はさんざんぼくをもてあそんだ後で、妖艶に笑ってその場に背を向ける。死体の片づけをはじめるようだ。

 ぼくは神無を連れて、おとなしく風呂場へ向かうことにした。

 「一馬?」

 神無がぼくの顔を覗き込みながらつぶやいた。おそらく何もかも辟易したような顔をしていたことだろう。

 今は頭を冷やしたい。


 本当に神無は風呂場の使い方を知らなかった。それどころか水を嫌がることさえした。

 無尽蔵にお湯を吐き出すシャワーが、彼女には蛇の妖怪にでも見えたらしい。露骨にあせった表情を見せて、小動物のような動きでバスルームから飛び出した。

 「やだやだ。それ怖い。やだ」

 蒼白な顔でシャワーを見詰める神無はなんともほほえましい。玄関の前で幼馴染の死体が転がっていて、拳銃を持った胡散臭いホモに押し入られているこの状況で、それをなごみに気持ちを落ち着けるだけの余裕がぼくにはあった。既に焦ったり、あわてたりするのに飽きてしまっているのかもしれない。

 「仕方がないなぁ」

 どの道神無は熱を出しているのだし、頭からお湯をかけるつもりは最初からなかった。ただぼけっと後ろを付いてくる神無が、勝手にレバーを弄くっただけのことである。お陰でぼくは頭から水を被ってしまった。

 「ほらほら。ちょっと待っててね」

 限界まで暑くしたお湯をタオルに染み込ませて、ぼくはバスルームを出た。上着を脱ぎ、頭に被った水滴をタオルで軽くふき取ってから、神無の体の汚れをふき取っていく。

 服を脱がすのにも抵抗はなかった。火照った白い肌に多少どぎまぎするものは感じたものの、そんな綺麗な女の子が血肉に塗れているのをなんとかしてあげたいという想いが強かった。神無は嫌がる猫のように顔を顰めながらも、暴れることなくされるがままになっていた。

 「ねぇ一馬」

 一通り拭き終わり着替えさせてやると、神無は相変わらずのっぺりした声で切り出した。先ほど刃物を首に突きつけられていたにも拘らず、それは能天気なものである。

 「なにかな?」

 「ごめん。友達、死んじゃった」

 神無は綺麗な瞳をこちらに向けて

 「あの子は一馬の大切な人。できれば守ってあげたかった。ごめん」

 「いいさ」

 ぼくは笑った。

 神無はほんの少しだけ色づいた目でこちらを見る。ぼくははにかんで

 「なんだか妙な気分なんだ。アタマん中は偉く興奮して冴えているのに、なんでか落ち着いていて。ほとんど何にも感じないんだ。不思議だよ。もう何が起こっても驚かないよ」

 ぼくは無感動にそう言った。

 「本当にそうかな?」

 と、そこで荒城が脱衣所にやってきた。

 全裸で。

 ぼくは猛烈に驚いて、その場ですっころんで洗面所に頭を打ち付けた。突き刺すような激痛を覚えながらその場を後ずさり、脱衣所の角に背中をつけたところで絶叫した。

 「来た! ホモが掘りに来た! 朝日奈―っ! 母さーんっ! うわーっ!」

 「うろたえすぎだろ……君。いったい、僕のことをなんだと思っているのかな?」

 荒城は呆れたような声で言った。神無は無様に転がるぼくに対し、相変わらずのっぺりとした視線を向ける。

 全裸の男が釈明した。

 「死体の片付けが済んだ。気を付けたんだけど両手が汚れてね。不精というのはこの世でもっとも憎むべきものの一つだ。身を清めさせてもらおうと思ってね。別に君のことを襲いに来た訳じゃないし、僕は断じてホモではない」

 「じゃじゃぁ、なんでまた裸で入ってくるんだよ」

 「ごめんごめん。だけれど、君の国では人前で服を脱ぐのはそうまで驚くべきことだったのかな。今まで着てた服は分からなくした死体と一緒にベランダに捨てたよ。代わりの服はそこのお嬢さんの分も含めて、既に用意させている」

 「用意させているって……」

 「さき程仲間に連絡をした。携帯通信機器程度の道具なら君の国にもあるだろう? そいつが着替えを持ってきてくれる。彼女ならすぐに着くに違いない。それじゃぁ一緒に入ろうか。友情を高めるには肌を触れ合わせるのが一番良い。それで遠慮がなくなるだろう」

 「やめてくれっ。君の国ではどうかは知らないけれど、ぼくらの国だとそれは友情じゃすまなくなるんだ!」

 「尚更良いことじゃないか。どれ僕が体を洗ってあげるよ。あまり鍛えてる感じじゃないけど、しかし良く整った良い肢体だな。僕らの国だと、誰もが君のような人物と入浴することを強く望むんだ」

 「本気で言ってるのか、それ!」

 「冗談だよ」

 荒城は飄々とおかしそうにそう言って

 「君があんまり僕をホモ扱いするから、ちょっとからかってやったまでだ。でもまぁ、君と親睦を深めたいのは本当だ」

 言って、荒城はバスルームの扉を開けた。その時、ぼくの背後でガラス戸が割れる音が響き渡り、神無が猫のように驚いて音のした方を見た。

 「ちょちょっと……今の」

 「ああ。思ったより早かったな。今入って来たのがぼくの協力者だ。おそらく玄関がどこか分からなくて、やむを得ずガラス戸を叩き割ったのだろう」

 信じられないようなことを荒城は言って、それから

 「彼女の仕事はとても速い。それじゃぁ、僕とあらいっこ、やらないか?」

 言って荒城はこれまででもっとも不適な笑みを浮かべた。

 読了ありがとうございます。

 あれだ。新手の表現への挑戦、って奴だよ。

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